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野村ホールディングスの知財戦略:デジタルアセットと人的資本を核とした無形資産ポートフォリオの構築

3行まとめ

野村HDの知財戦略:「人的資本」「デジタル」「エコシステム」の3本柱で構成

伝統的な特許戦略に留まらず、経営課題直結の「無形資産ポートフォリオ」を構築。「人的資本IP」(人材育成)、「内部創出IP」(Laser Digital)、「エコシステムIP」(JV・CVC)の3領域に注力する。

人的資本IP:「Digital IQ University」でAIガバナンスを徹底

2023年設立の「Digital IQ University」は、約5,000名を訓練し700名以上をデジタル人材として認定。全社員に「AIガバナンス」教育を施し、AI活用の「戦略的自由度」を確保するリスク管理IPとして機能させている。

将来展望:RWAトークン化市場のバリューチェーン掌握

戦略の最終目標は、RWA(現実資産)トークン化市場の主導権確立にある。エコシステム(Laser, Komainu, NSV)を活用し、「アセット組成→保管→流通」の全バリューチェーンを掌握する国内随一のポジションを狙う。

エグゼクティブサマリ

 

当レポートは、野村ホールディングス(以下、野村HD)の知的財産(IP)戦略について、公開情報に基づき網羅的に分析したものです。同社の戦略は、特許や商標といった伝統的な知財管理に留まらず、「人的資本」と「デジタルアセット」を核とする広義の無形資産ポートフォリオを構築・活用する、経営の中核戦略として位置づけられていると分析されます。

本分析から得られた主要な結論は、以下の1012点に要約されます。

  • 野村HDIP戦略は、2025年の創立100周年¹ ²を節目とする「新たな価値創造」³ ⁴の経営課題と直結しています。
  • 経営戦略上、「人的資本」と「知的財産」は一体の概念として扱われ、企業価値向上に「不可欠」な投資対象と明記されています³
  • この方針は、経済産業省の「価値協創ガイダンス0⁵ ⁶が求める「無形資産の価値創造ストーリー」の開示要請に戦略的に応えるIR活動の一環と見られます。
  • 戦略推進の組織体制として、CEO直轄下に「デジタルカンパニー戦略部」「未来イノベーション戦略室」「デジタル・アセット戦略室」⁷ ⁸が設置されており、既存事業から独立したトップダウンでの変革意志が示されています。
  • 戦略の第一の柱は「人的資本IP」です。2023年設立の「Digital IQ University⁹ ¹⁰は、全社員にAIガバナンス教育¹⁰を施すことで、金融庁の懸念¹¹ ¹²に応え、AI活用の「戦略的自由度」を確保する高度なリスク管理IPとして機能していると推察されます。
  • 第二の柱は「内部創出IP」としての「Laser Digital¹³です。機関投資家向けに特化し、ドバイ(VARA¹⁴やアブダビ(ADGM¹⁵でのライセンス取得など、「規制準拠」そのものを中核的なIP(信頼)として活用しています。
  • Laser Digitalは、20245月のGMOインターネットグループとの提携¹⁶ ¹⁷で、単なる商品提供者から、ステーブルコインのB2B発行基盤(Stablecoin-as-a-Service¹⁷を提供する「プラットフォーマー」への転換を目指していると考えられます。
  • 第三の柱は「エコシステムIP」です。カストディ(資産管理)分野では、JV(共同事業)「Komainu¹⁸ ¹⁹を設立し、高リスクなインフラ開発のコストとリスクをパートナー(Ledger, CoinShares²⁰と分散保有しています。
  • CVC(コーポレート・ベンチャーキャピタル)である「Nomura Strategic Ventures²¹は、FinTech企業(例:Nada²²に投資し、そのIP(例:HEAという新資産)²³を将来的に野村本体の証券化ビジネスに繋げる「戦略的スカウト」の役割を担っていると見られます。
  • 伝統的IP(特許)²⁴については、競合(例:Goldman Sachs²⁵と比較して積極的な出願は限定的です。これは、技術の陳腐化が速い分野では、アルゴリズム等を「トレードシークレット」として秘匿する戦略的選択の結果である可能性が示唆されます。
  • 最大の長期リスクは、多大な投資で育成した「Digital IQ University」のデジタル人材¹⁰が、競合他社へ流出する「人的資本IPの流出」です。
  • 今後の展望として、野村HDは自社のエコシステム(Laser, Komainu, NSV²¹ ¹⁸ ¹³を活用し、RWA(現実資産)トークン化²⁶市場の「アセット組成保管流通」というバリューチェーン全体を掌握する、国内随一のポジションを確立する可能性があります。

 

背景と基本方針

 

野村ホールディングス(野村HD)の知的財産(IP)戦略を分析する上で、まず前提として理解すべきは、同社が現在、歴史的な岐路に立たされているという事実です。2025年、野村グループは創立100周年を迎えます¹ ²⁷。統合報告書2025は、この節目を単なる祝賀の年としてではなく、「新たな時代への挑戦」であり「次のステージへと飛躍する大切な期間」¹であると位置づけています。これは、伝統的な金融サービスが直面する手数料のコモディティ化や、FinTech企業によるデジタル・ディスラプション(破壊的変革)の中で、旧来のビジネスモデルを超えた「新たな価値創造」³ ⁴をいかに実現するかが、経営上の最重要課題となっていることの表れと見受けられます。

この「新たな価値創造」の原動力として、野村HDの経営陣が明確に特定しているのが、バランスシートには直接現れない「無形資産」です。特に注目すべきは、同社の経営戦略において、「知的財産」が単独の法務的資産としてではなく、「人的資本」と不可分一体のものとして扱われている点です。

2025年520日に公開された資料「取締役会の実効性に関する評価結果の概要等について」において、「(2) 人的資本や知的財産への投資等」という項目が立てられています³。同資料は、「野村グループのパーパスを追求し企業価値向上を実現するため」には、野村の人材(人的資本)がプロフェッショナル集団として付加価値を最大限に生み出し、「生産性の向上、新たな価値の創造、リスク管理の高度化を追求し続けることが不可欠である」³と断言しています。さらに、野村グループで働く約90の国籍の多様な人材(人的資本)こそが、「競争力、イノベーション、高度なリスク管理の源泉」²⁸であると明確に定義しています。この記述は、野村HDの知財戦略が、伝統的な特許や技術の戦略である以前に、まず「人」を中核に据えた人材戦略と表裏一体(In-tandem)で推進されていることを強く示唆しています。

この経営方針は、単なる内部的な動機付けに留まるものではありません。日本政府(経済産業省)が推進する「価値協創ガイダンス 2.0⁵ ⁶や、その前身である「伊藤レポート 2.0といった、資本市場における大きな潮流と戦略的に一致していると分析されます。これらの公的ガイダンスは、現代の企業価値の源泉が有形資産から無形資産へ移行していることを背景に、企業に対して、「競争優位の源泉となる経営資源・知的財産を含む無形資産」が、どのようにして長期的な企業価値の創造に繋がるのか、その「価値創造ストーリー」を投資家との「共通言語」を用いて積極的に開示・対話することを強く求めています。

したがって、野村HDが「人的資本や知的財産への投資」³を経営戦略の柱として明記していることは、これらの公的ガイダンスに準拠する形で、機関投資家やESG評価機関に対し、自社の将来価値の源泉が(バランスシートに載らない)無形資産にあることを戦略的にアピールする、IR(インベスター・リレーションズ)戦略上の中核的なコミュニケーション・フレームワークであると推察されます。

以上の背景から、当レポートで分析する「野村ホールディングスの知財戦略」とは、法務部門が管理する特許・商標ポートフォリオ(伝統的IP)に限定されるものではありません。それは、**「グループCEOの直轄下で推進される、1. 人的資本(組織・個人のスキルとガバナンス)、2. デジタル技術プラットフォーム(内部創出IP)、3. エコシステム(JVCVCを通じた外部IP活用)という3つの柱からなる、広義の無形資産ポートフォリオへの戦略的投資」**の全体像を指すものと定義し、以降の分析を進めます。

 

当章の参考資料

 

  1. https://www.nomuraholdings.com/doc/jp/investor/library/ar/report/2025_all.pdf
  2. https://www.nomuraholdings.com/doc/en/investor/library/ar/report/2025_all.pdf
  3. https://www.nomuraholdings.com/jp/investor/news/auto_20250520558563/pdfFile.pdf
  4. (https://www.nomura-re-hd.co.jp/ir/pdf/AR2025_A3_j.pdf)
  5. https://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/kigyoukaikei/Guidance2.0.pdf
  6. https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/tousi_kentokai/pdf/v2_shiryo1.pdf
  7. https://www.nomuraholdings.com/en/company/group/holdings/management/ac_management.html
  8. https://www.nomuraholdings.com/en/company/group/holdings/management/ac_management.html
  9. https://oneword.co.jp/bignite/ai_news/nomura-holdings-generative-ai-training-program-launch/
  10. https://oneword.co.jp/bignite/ai_news/nomura-holdings-generative-ai-training-program-launch/
  11. https://www.fsa.go.jp/news/r6/sonota/20250304/aidp.html
  12. https://www.fsa.go.jp/news/r6/sonota/20250304/aidp_summary.pdf
  13. https://www.laserdigital.com/
  14. https://laserdigital.com/company-news/laser-digital-secures-its-first-global-regulated-otc-crypto-options-limited-license-under-varas-pilot-framework/
  15. https://www.laserdigital.com/
  16. https://www.nomuraholdings.com/en/news/nr/news20240527103021.html
  17. https://www.nomuraholdings.com/en/news/nr/news20240527103021.html
  18. https://komainu.com/about/
  19. https://www.coindeskjapan.com/198380/
  20. https://www.nri.com/en/news/newsrelease/files/900013934.pdf
  21. https://www.nomura.com/
    (https://www.globenewswire.com/news-release/2025/02/25/3031642/0/en/Nomura-Strategic-Ventures-makes-an-investment-in-Nada.html)
    23.(https://www.globenewswire.com/news-release/2025/02/25/3031642/0/en/Nomura-Strategic-Ventures-makes-an-investment-in-Nada.html)
  22. https://patents.justia.com/inventor/nomura-holdings-inc
  23. https://www.retailbankerinternational.com/data-insights/goldman-sachs-group-patent-activity/
  24. https://www.nri.com/content/900035015.pdf
  25. https://www.nomuraholdings.com/doc/en/investor/library/ar/report/2025_all.pdf
  26. https://www.nomuraholdings.com/jp/investor/news/auto_20250520558563/pdfFile.pdf

 

全体像と組織体制

 

野村HDが推進する広義の知財・イノベーション戦略は、その組織構造に明確に表れています。戦略の中核を担う部門は、従来の事業ライン(例:野村證券のグローバル・マーケッツ部門や投資銀行部門²⁹)や、ITインフラを統括するCIO(最高情報責任者)の配下から意図的に切り離され、ホールディングス本体の経営戦略の最上位に設置されています。

野村HDの経営機構図を分析すると、グループCEOGroup CEO)の直下に、CFO(最高財務責任者)やCRO(最高リスク管理責任者)、CCO(最高コンプライアンス責任者)といったグループ経営の根幹をなす役職と並列する形で、以下のイノベーション戦略部門が配置されていることが確認できます

  • Digital Company Strategy Dept. (デジタルカンパニー戦略部)
  • Future Innovation Strategy Dept. (未来イノベーション戦略室)
  • Digital Asset Strategy Office (デジタル・アセット戦略室)

この組織構造は、極めて重要な戦略的意図を示していると分析されます。これらの「知財創出」機能が、特定の事業部門や機能部門(例:CIO)の配下に組み込まれていない点は、特筆に値します。

この配置が示唆する戦略的意図は、以下のプロセスで推察されます。

第一に、これらの部門がCEO直轄であることにより、既存事業部門の短期的な収益目標や利害(例:新旧ビジネスのカニバリゼーション(共食い)への恐れ)に左右されることなく、全社横断的(クロス・ファンクショナル)かつ長期的な視点でイノベーションを推進するための強力な権限と予算が与えられていると考えられます。

第二に、これは、野村グループにおけるデジタライゼーションやイノベーションが、単なる「既存業務の効率化」や「ITインフラの刷新」(これらは野村證券の各部門²⁹CIOの責務)のためではなく、グループ全体の「ビジネスモデル変革」³⁰(野村総合研究所(NRI)がデジタル化の要諦として指摘する点³⁰と類似)そのものを目的としている、という経営トップの強力な意思表明と見なすことができます。

この組織体制に基づき、各部門の具体的な役割は以下のように推察されます。

**Digital Company Strategy Dept.(デジタルカンパニー戦略部)**⁷

グループ全体のデジタルトランスフォーメーション(DX)の基本戦略を策定・推進する部門と見られます。特に、後述する全社的なデジタル人材基盤「Digital IQ Universityの運営を所管し、グループ全体の「人的資本IP」の基盤構築を担う、広範な責務を持つと考えられます。

**Future Innovation Strategy Dept.(未来イノベーション戦略室)**⁷

現行ビジネスの延長線上にはない、中長期的な(例えば5年〜10年スパンの)破壊的イノベーションの探索を担う部門と推察されます。AIの次に到来する新技術の探索や、基礎研究(R&D)に近い領域を担当し、将来の「IPの種」を蒔く役割を持つと見られます。

**Digital Asset Strategy Office(デジタル・アセット戦略室)**⁷

野村HDのイノベーション戦略において、最も具体的かつ緊急性の高い戦略領域である「デジタルアセット」に特化した専門部隊(タスクフォース)である可能性が極めて高いです。この組織が、後述する内部創出IPである「Laser Digital¹³、エコシステムIPである「Komainu¹⁸、そしてGMOインターネットグループとの「ステーブルコイン事業」¹⁷といった、グループの最重要プロジェクトの戦略立案と実行を統括する司令塔(PMO: Project Management Office)として機能していると強く推察されます。

このように、野村HDCEO直下に、時間軸(短期・中期・長期)と機能(全社基盤・デジタルアセット特化)で役割分担された専門組織を配置することで、その広義のIP戦略を強力に推進する体制を構築していると評価できます。

 

当章の参考資料

 

  1. https://www.nomuraholdings.com/en/company/group/holdings/management/ac_management.html
  2. https://www.nomuraholdings.com/en/company/group/holdings/management/ac_management.html
  3. https://oneword.co.jp/bignite/ai_news/nomura-holdings-generative-ai-training-program-launch/
  4. https://www.laserdigital.com/
  5. https://www.nomuraholdings.com/en/news/nr/news20240527103021.html
  6. https://komainu.com/about/
  7. https://www.nomuraholdings.com/en/company/group/nsc/organize/ac_organize.html
  8. https://www.nri.com/en/service/industry/automobile/gpga_digitalization.html

 

詳細分析(1: 人的資本IP — Digital IQ University」の戦略的価値

 

野村HDの広義の知財戦略において、その第一の柱、そしてすべての基盤となるのが「人的資本IP」への戦略的投資です。これは、金融という高度な規制産業の根幹をなす「人」³ ²⁸のスキルと思考様式そのものを、競争優位性のある知的財産として構築しようとする試みです。その中核的な施策が、202310月に設立された全社的なデジタル人材育成基盤「Digital IQ University」です⁹ ¹⁰

この施策は、単なるスローガンではなく、具体的な成果を伴って推進されています。2025930日の発表時点で、Digital IQ Universityは設立からわずか1年足らずで「世界で約5,000名の従業員を訓練し、700名以上がデジタル人材として認定されている」⁹ ¹⁰という実績を上げています。

このDigital IQ Universityの戦略的重要性を最も象徴しているのが、2025930日に本格始動が発表され、同年1010日から開始された、全社員対象の「生成AI人材育成プログラム」です

このプログラムの設計には、野村HDIP戦略が色濃く反映されています。分析対象の資料⁹ ¹⁰によれば、本プログラムは単なるAIの技術研修ではありません。約15時間¹⁰eラーニングのカリキュラムには、「生成AIの実践的な活用スキル」の習得に加えて、「データプライバシーを含むAIガバナンスに関する重要な知識」¹⁰が必須科目として組み込まれています。

さらに特筆すべきは、このプログラムが「世界統一のコンテンツで展開」⁹ ¹⁰されている点です。これにより、野村グループが事業を展開するグローバル全拠点で、AIの活用法とガバナンス(内部統制)に関する一貫した品質の教育、すなわち「組織的な共通IP」を全従業員に浸透させることが可能になります。

この「Digital IQ University」、特に生成AIプログラムの真の戦略的価値は、単なる人材育成(HR施策)に留まるものではありません。これは、高度な「リスク管理IP」および「コンプライアンスIP」を組織的に構築する施策であると分析されます。この結論に至る理由は、以下の外的・内的要因の分析から導き出されます。

第一に、規制環境の認識です。日本の金融庁は、202534日付で公表した「AIディスカッションペーパー」¹¹ ¹²において、金融分野でのAI活用(例:不正検知、コンプラ違反抽出)¹²のメリットを認め、活用を後押しする姿勢を見せています。しかし同時に、「生成AIを悪用した犯罪や偽・誤情報の拡散」¹¹といったリスクを強く認識しています。金融庁は、金融機関がAIの革新性を取り入れない「チャレンジしないリスク」¹¹をも懸念しており、「健全なAI活用に向けた取組み」¹¹を求めています。つまり、規制当局は「安全に使える(=ガバナンスが効いている)のであれば、AI活用を推進せよ」というシグナルを発しています。

第二に、野村グループ自身の認識です。野村グループは、202521日付のレポート「野村グループのAIガバナンスの概念と政府・企業・投資家による対応」³¹において、「AIガバナンス」の重要性を深く認識しており、その確立が「リスク調整後の投資パフォーマンスの維持・向上にもつながり得る」³¹と自ら分析しています。

したがって、「Digital IQ University」のAIガバナンス教育¹⁰は、この金融庁のスタンス¹¹と自社の認識³¹に対する、完璧な戦略的回答であると言えます。野村HDは、全社員に「AIガバナンス」¹⁰の体系的な教育を施すことで、「(1)野村グループは、AIを安全に活用するための組織的・人的な内部統制(ガバナンスIP)を構築した」という事実を、規制当局と投資家に対して客観的に証明しようとしています。

そして、この「ガバナンスIP」の確立こそが、**「(2)競合他社に先駆けて、AI活用のアクセルを踏み込む(=金融庁が懸念する『チャレンジしないリスク』¹¹を回避する)ための『戦略的自由度(ライセンス・トゥ・オペレート)』」**を野村HDにもたらすのです。これは、人的資本を企業の「防衛的知財」として機能させ、それによって「攻めの事業展開」を可能にする、極めて高度な無形資産戦略であると評価されます。

 

当章の参考資料

 

  1. https://www.nomuraholdings.com/jp/investor/news/auto_20250520558563/pdfFile.pdf
  2. https://oneword.co.jp/bignite/ai_news/nomura-holdings-generative-ai-training-program-launch/
  3. https://oneword.co.jp/bignite/ai_news/nomura-holdings-generative-ai-training-program-launch/
  4. https://www.fsa.go.jp/news/r6/sonota/20250304/aidp.html
  5. https://www.fsa.go.jp/news/r6/sonota/20250304/aidp_summary.pdf
  6. https://www.nomuraholdings.com/jp/investor/news/auto_20250520558563/pdfFile.pdf
  7. https://www.nomuraholdings.com/jp/sustainability/sustainable/finance/research/research/news20250201101025.html

 

詳細分析(2: 内部創出IP — Laser Digital」によるデジタルアセット戦略

 

野村HDIP戦略の第二の柱は、自社グループ内部で創出し、保有する技術プラットフォーム、すなわち「内部創出IP」です。その象徴であり、デジタルアセット戦略の実行部隊が、スイスを拠点とする100%子会社「Laser Digital¹³ ¹⁷ ²⁷ ³²です。

Laser Digitalは、野村HDが「伝統的金融(TradFi)」と「暗号資産市場」との「橋渡しをする」¹³ことを明確な目的として設立されました。そのビジネスモデルは、単一のサービスではなく、「トレーディング」「資産運用」「ソリューション」「(アーリーステージの)ベンチャー投資」という4つの分野で構成される、フルサービスのデジタルアセット企業です³³ ³⁴

Laser Digitalの戦略を分析する上で最も重要な点は、彼らが暗号資産ネイティブ企業(例:規制回避的なオフショア取引所)とは対極の戦略を採用していることです。Laser Digitalの最大の競争優位性、すなわち中核的な「IP」は、暗号資産技術そのものよりも、野村グループの信用力を背景とした「高度なリスク管理基準、コンプライアンス」¹⁶ ³⁵ ³⁶です。

彼らの戦略は、規制当局の監督を回避するのではなく、むしろ「機関投資家」¹³向けに特化し、意図的に世界中の厳格な規制当局の監督下に入ることで「信頼」をIPとして構築するものです。この戦略は、具体的な許認可の取得実績によって裏付けられています。

  • ドバイ(UAE: 2025年8月、ドバイ仮想資産規制庁(VARA)から、機関投資家向けの暗号資産デリバティブ(OTCオプション)提供に関するライセンスを取得¹⁴ ³⁷。これはVARAのパイロットフレームワーク下で初の「専門的」な規制準拠サービスとされています。
  • アブダビ(UAE: アブダビ・グローバル・マーケット(ADGM)の金融サービス規制庁(FSRA)から、伝統的資産とデジタル資産の両方でサービスを提供するための金融サービス許可を取得しています¹⁵ ³⁴
  • 日本: 2025年103日の報道によれば、Laser Digitalは日本市場への本格参入を目指し、金融庁に対して「暗号資産交換業者」としての登録申請を準備中であると報じられています³⁸

このように「規制への準拠」という信頼のIPを土台として、Laser Digitalは機関投資家が求める具体的な金融商品(プロダクトIP)を開発・提供しています。その例が、20239月に発表された「Laser Digital Bitcoin Adoption Fund」(ビットコイン投資ファンド)³⁵や、20252月に発表された、NEARトークンへの投資とステーキング(ブロックチェーンのコンセンサス・メカニズムへの参加)を組み合わせて利回りを狙う「Laser Digital NEAR Adoption Fund³⁹などです。

さらに、この戦略は、単なる金融商品の提供(プロダクトIP)から、金融インフラの提供(プラットフォームIP)へと進化しつつあります。その核心的な動きが、2024527日に発表された、GMOインターネットグループとの戦略的パートナーシップ¹⁶ ¹⁷ ⁴⁰です。

この提携は、日本市場において、日本円(JPY)および米ドル(USD)建てのステーブルコインの発行・流通・償還のメカニズムを共同で検討するもの¹⁷ ⁴¹です。野村HDの奥田健太郎グループCEOは、「ステーブルコインは金融市場において必然的に重要な役割を果たす」¹⁷とコメントしており、この分野への強いコミットメントがうかがえます。

この提携の真の戦略的価値は、単に「野村ブランドのステーブルコインを1つ発行する」ことにあるのではありません。発表資料¹⁷によれば、この提携は「"Stablecoin-as-a-Service"ソリューション」の提供を含むと明記されています。これは、他社がステーブルコインを発行しようとする際に、そのバックエンドとなる「規制遵守管理」「ブロックチェーン技術の統合」「取引管理」¹⁷といった複雑な業務を、野村・GMOJVが一体的に請け負うインフラ・サービスを意味します。

この「Stablecoin-as-a-Service¹⁷構想こそ、Laser Digital戦略の核心であると推察されます。野村HDは、野村の持つ「規制対応ノウハウと信用力(=IP)」と、GMOの持つ「ブロックチェーン技術と安定した運用実績(=IP)」を組み合わせることによって、将来のデジタル金融市場において、自ら「プラットフォーマー」となることを目指しています。今後、不動産や債券などあらゆる資産がトークン化される「RWA(現実資産)トークン化」²⁶が進む世界において、その決済の基盤となるステーブルコインの発行・管理インフラ(=プラットフォームIP)を掌握し、「通行料」を得るという、極めて収益性が高く、かつ戦略的に重要なポジションを狙う布石であると考えられます。

 

当章の参考資料

 

  1. https://www.laserdigital.com/
  2. https://laserdigital.com/company-news/laser-digital-secures-its-first-global-regulated-otc-crypto-options-limited-license-under-varas-pilot-framework/
  3. https://www.laserdigital.com/
  4. https://www.nomuraholdings.com/en/news/nr/news20240527103021.html
  5. https://www.nomuraholdings.com/en/news/nr/news20240527103021.html
  6. https://www.nri.com/content/900035015.pdf
  7. https://www.nomuraholdings.com/doc/en/investor/library/ar/report/2025_all.pdf
  8. https://www.financemagnates.com/fintech/japanese-firm-nomura-incorporates-crypto-subsidiary-in-switzerland/
  9. https://www.laserdigital.com/
  10. https://www.laserdigital.com/
  11. https://www.nomuraholdings.com/en/news/nr/news20230919103026.html
  12. https://www.nomuraholdings.com/en/news/nr/news20230919103026.html
  13. https://www.laserdigital.com/company-news/wyden-integrates-nomura-backed-laser-digital-into-its-global-liquidity-network-expands-access-to-institutional-digital-asset-trading-capabilities-for-partner-fis/
  14. https://plus-web3.com/media/latestnews_1000_5628/
  15. https://laserdigital.com/company-news/laser-digital-launches-near-adoption-fund/
  16. https://www.financemagnates.com/cryptocurrency/these-3-companies-want-to-offer-stablecoin-as-a-service-in-japan/
  17. https://www.nomura.com/

 

詳細分析(3: エコシステムIP — JVKomainu)とCVCNSV)による戦略

 

野村HDIP戦略の第三の柱は、自社ですべての技術やインフラを開発(Build)するのではなく、パートナーシップによる共同事業(Join)や、戦略的な投資(Buy/Invest)を通じて、自社に必要なIP(技術・インフラ・新資産クラス)へのアクセス権を確保する「エコシステム戦略」です。このアプローチは、リソースの効率的な配分とリスク分散を可能にします。

 

JV戦略 (Join): Komainu」によるカストディ・インフラの共同保有

 

デジタルアセット市場において、トレーディング(Laser Digital)と同等、あるいはそれ以上に重要なインフラが、顧客の暗号資産を安全に保管・管理する「カストディ」です。野村HDは、この極めて重要な分野において、自社単独での開発ではなく、ジョイントベンチャー(JV)という形態を選択しました。

それが、2018年に設立⁴²され、20206月に本格稼働¹⁹したデジタルアセット・カストディアン「Komainu¹⁸ ¹⁹ ⁴³です。Komainuは、野村HD、デジタル資産セキュリティ企業であるLedger、そしてデジタル資産運用ハウスであるCoinShares3社による共同事業²⁰ ⁴⁴として設立されました。

このJV(共同事業)という形態の選択には、明確な戦略的理由があると推察されます。

デジタルアセットのカストディは、機関投資家の莫大な資産を預かるため、最高レベルのセキュリティ技術と、厳格な規制遵守、そして24時間365日のオペレーションが求められる、巨額の初期投資と高いオペレーショナルリスクを伴う「インフラ事業」です。

この難易度の高い事業に対し、野村HDは単独で挑むリスクとコストを回避する道を選んだと見られます。すなわち、自社の強みである「金融機関としての信頼性・規制対応力」⁴⁴と、パートナーの強みであるLedgerの「ハードウェア・セキュリティ技術(IP)」²⁰、そしてCoinSharesの「暗号資産業界への深い知見(IP)」²⁰を掛け合わせるJVの形態を採ることで、リスクとコストを各分野の最強のパートナーと分散しつつ、機関投資家グレードのカストディ・インフラ(=共同保有IP)を構築するという、最も合理的かつ洗練された戦略を採用したと考えられます。

Komainuもまた、Laser Digitalと同様に「規制準拠」を強みとしています。20238月には、ドバイの仮想資産規制庁(VARA)から営業ライセンスを取得¹⁹しており、野村HDのデジタルアセット戦略(Laser Digital, Komainu)が、ドバイを重要な戦略的ハブと見なし、「規制準拠による信頼獲得」という共通のIP戦略で歩調を合わせていることがうかがえます。

 

CVC戦略 (Buy/Invest): Nomura Strategic Ventures」によるIPの探索

 

エコシステム戦略のもう一つの側面が、CVC(コーポレート・ベンチャーキャピタル)部門である「Nomura Strategic Ventures (NSV)²¹を通じた、将来有望なFinTech IPの「探索(Scouting)」と「アクセス権の確保」です。NSVは、将来的に野村HD本体の事業とシナジーを生む可能性のある、アーリーステージの企業に投資を実行します。

その典型的な事例が、2025224日に発表された、米国のFinTechプラットフォーム「Nada」への投資(ベンチャーデットの提供)²²です。

この投資案件を分析することで、NSVIP戦略(=投資戦略)が明らかになります。

  • Nadaが持つIP: Nadaは、「Home Equity Agreement (HEA)²³(住宅エクイティ契約)という、米国の住宅所有者が「借金(Debt)をすることなく」、自宅の将来の値上がり益の一部を対価に、自己資本(Equity)にアクセスできるという、革新的な金融商品(=IP)を開発・提供しています²³ ⁴⁵
  • NSVの投資目的: NSVのCEOであるNeeraj Hora氏は、この投資の目的について、単なる「資本の提供」²²に留まらないと明言しています。彼は「Nadaと協働し、彼らのHEAアセット(という資産)に関する将来のパートナーシップ機会(例:HEAのファイナンスや資本市場戦略)を探求すること」²² ²³を楽しみにしている、と述べています。

これは、NSVの戦略が、単なる財務的リターン(キャピタルゲイン)の追求だけを目的としていないことを示す、決定的な証拠です。NSVの真の目的は、ベンチャーデットという比較的リスクの低い資本²²を提供することを「入場券」として、Nadaが持つ「HEA」という新しいアセットクラス(=金融IP)に早期にアクセスし、その資産特性やビジネスモデルを「目利き」することにあると強く推察されます。

そして、その最終的なゴールは、この新しいIPを野村HD本体のコアビジネスへと繋げることです。具体的には、将来、野村本体の投資銀行部門(IBD)やグローバル・マーケッツ部門が、これらのHEAアセットを大量に束ねて**「証券化(Securitization)」**²³し、機関投資家向けの新しい金融商品として組成・販売するという、**本業への巨大なシナジー(=IPの商業化)**の可能性を探ることにあります。NSVの投資は、将来のIBDのディール(案件)の「種(IP)」を確保するための、極めて戦略的な「探索活動」であると結論付けられます。

 

当章の参考資料

 

  1. https://www.nomuraholdings.com/en/news/nr/news20240527103021.html
  2. https://www.nomuraholdings.com/en/news/nr/news20240527103021.html
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  10. https://fintecbuzz.com/nomura-strategic-ventures-makes-an-investment-in-nada/

 

詳細分析(4: 伝統的IP — 特許・商標戦略の分析

 

野村HDIP戦略が人的資本やエコシステムといった広義の無形資産に重点を置いている一方で、特許や商標といった「伝統的IP」の管理も、その戦略的文脈の中で重要な役割を担っています。

 

商標戦略: ブランド(信頼)の保護と新領域への拡張

 

金融サービス、特にAIやデジタルアセットといった技術的・規制的に新しい領域において、「信頼」は企業が持ち得る最も重要な無形資産です。野村HDの商標戦略は、この「信頼」の源泉であるコーポレート・ブランドを法的に保護することを最優先事項としていると見られます。

中核となる「Nomura」ブランド⁴⁶ ⁴⁷や、米国法人名である「NOMURA HOLDING AMERICA INC.⁴⁸2001年出願、2002年登録)⁴⁸といった基幹ブランドは、厳格に管理・更新されています。

さらに戦略的に重要なのは、デジタルアセット戦略のために立ち上げた「新規事業ブランド」の保護です。前述の内部創出IPである「Laser Digital²⁷ ³² ⁴⁹ ⁵⁰や、エコシステムIPである「Komainu¹⁹ ⁴³は、それぞれが独立した事業体であると同時に、野村グループのデジタル戦略を象徴し、機関投資家からの「信頼」を(規制準拠の実績を通じて)獲得・蓄積していくための「サブ・ブランド」です。これらの商標をグローバルで確保し、そのブランド価値を毀損から守ること自体が、野村HDの伝統的IP戦略の中核にあると考えられます。

 

特許戦略: 「出願による公開」よりも「トレードシークレット」を優先か

 

特許戦略に関しては、野村HDは競合他社とは異なるアプローチを採っている可能性が推察されます。

日本特許庁のデータベース(J-PlatPat⁵¹ ⁵² ⁵³や、海外の特許データベース(例:Google Patents⁵⁴ ⁵⁵を「Nomura Holdings」を名義人として検索した場合、米国の主要な競合投資銀行、例えばGoldman Sachs(「デジタル化」「フィンテック」分野で多数の特許を保有²⁵)と比較して、近年のFinTechAI、ブロックチェーン分野における積極的かつ大規模な特許出願ポートフォリオは、現状では確認されにくい状況です。

例えば、米国特許商標庁(USPTO)のデータベースでは、2013114日に出願された「METHODS AND SYSTEMS FOR MONITORING MULTICAST AVAILABILITY」(マルチキャスト可用性の監視システムおよび方法)²⁴といった、バックエンドのITインフラ(ネットワーク技術)に関連する特許出願が確認できます。しかし、これは2010年代前半の技術であり、本レポートで分析している近年のデジタルアセット(Laser Digital)やAIDigital IQ University)といった事業戦略と直接結びつくものではありません。

この「(競合他社と比較した)特許出願の相対的な少なさ」は、野村HDが技術IP戦略に無関心であることを意味するのではなく、**戦略的な「選択」**の結果である可能性が極めて高いと考えられます。

この推察の背景には、以下の理由があります。

第一に、AIやデジタルアセットといった分野は、技術の進化と陳腐化が極めて速いという特性があります。出願から登録までに数年を要し、その過程で技術内容が「公開公報」として全世界に開示されてしまう「特許」という仕組みは、これらの最先端分野の技術を防衛する手段として、必ずしも最適ではない可能性があります。

第二に、野村HDの競争優位性の源泉(=技術IP)は、公開に適した「発明」よりも、非公開にすべき「ノウハウ」に偏在していると推察されます。具体的には、Laser Digitalが内部で開発・運用する「クオンツ・トレーディングのアルゴリズム」³³や、Digital IQ Universityで教育される「AIガバナンスの具体的な運用ノウハウ」¹⁰、あるいはNSVが用いる「FinTechスタートアップの目利き(デューデリジェンス)の基準」²²などです。

これらのIPは、公開を前提とする「特許」として保護するよりも、厳格に非公開を維持する**「トレードシークレット(営業秘密)」**として保護する方が、競争優位性を長期的に維持する上で、はるかに合理的であると考えられます。

したがって、野村HDの技術IP戦略は、出願・公開を前提とする「特許ポートフォリオの構築」を(競合のGS²⁵とは対照的に)意図的に抑制し、そのリソースを「エコシステム(NSV, Komainu)を通じた外部IPの迅速な活用」と、「内部IPの厳格なトレードシークレット化」に集中させているものと推察されます。この場合、IP防衛の最前線は、法務・知財部ではなく、サイバーセキュリティ部門(秘密の防衛)と人事部門(人材の防衛)に移ることになります。

 

当章の参考資料

 

  1. https://oneword.co.jp/bignite/ai_news/nomura-holdings-generative-ai-training-program-launch/
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  13. https://www.laserdigital.com/company-news/survey-of-institutional-investors-in-japan-shows-over-half-of-respondents-intend-to-invest-in-digital-assets-over-the-next-3-years/
  14. https://www.jpo.go.jp/e/support/j_platpat/patent_search.html
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  18. https://www.google.com/advanced_patent_search

 

競合比較

 

野村HDが採用する「エコシステム型+人材先行型」の広義のIP戦略は、日米の主要な競合他社が採るアプローチとは明確な差異があり、その独自性が際立っています。

 

Goldman Sachs(GS):「内製技術(Tech-driven)+特許型」

 

Goldman Sachs(GS)は、自らを「テクノロジー企業」と位置づける傾向が強く、イノベーションとIP戦略において「内製化」を強く志向していると見られます。AIの活用においても、既製モデル(off-the-shelf)の利用では不十分であり、GS内部の膨大なコードベースを用いた「カスタム・チューニング」⁵⁶と、厳格なガバナンス・プロセスの「内製化」⁵⁶を重視しています。

その結果として、IP戦略においても「デジタル化(Digitalization)」や「フィンテック(Fintech)」の分野で多数の特許ポートフォリオを構築²⁵しています。GSの戦略は、中核となる技術(IP)を可能な限り内部で開発し、それを特許網で強力に防衛するという、伝統的かつR&D主導型の戦略を採用していると分析されます。

 

Morgan Stanley(MS):「戦略的トップティア・パートナーシップ型」

 

Morgan Stanley(MS)もまた、「エンジニアリング・エクセレンス(卓越した技術)」⁵⁷を掲げ、テクノロジーへの投資を最重要視しています。しかし、そのIP戦略、特にAI分野におけるアプローチはGSと異なります。MS2023年、OpenAIと「ウェルス・マネジメント(富裕層向け資産管理)分野における唯一の戦略的クライアント」⁵⁸として提携するという、大胆なパートナーシップ戦略を選択しました。

MSのIP戦略の核心は、自社でLLM(大規模言語モデル)そのものを開発することではありません。むしろ、自社が長年蓄積してきた「膨大な知的資本(Intellectual Capital)」(=独自の市場分析レポートや膨大な顧客データ)⁵⁸というコアIPと、OpenAIが持つ世界最先端のLLM(外部IP)を「掛け合わせる」ことにあります。最高の外部IPを迅速に導入し、自社のコアIP(データと知見)の価値を最大化する、極めて効率的なパートナーシップ戦略と言えます。

 

大和証券グループ:「スタートアップ連携+即時適用型」

 

日本の競合である大和証券グループもまた、現中計のグループ戦略骨子として「デジタル・イノベーションの追求」⁵⁹ ⁶⁰を掲げ、全社的なデジタル戦略⁶⁰を推進しています。

そのアプローチは、MSのパートナーシップ型と類似していますが、より具体的かつ即時的な「業務適用」を重視しているように見受けられます。例えば、大和総研による生成AIを活用した「CRMシステム(顧客応対履歴)の自動登録」機能の構築⁶¹や、AIスタートアップのSakana AIとの「総資産コンサルティング高度化AIの共同開発」⁶²など、特定の業務課題(例:営業員の作業負荷軽減)を解決するための、実利的なAIパートナーシップを迅速に推進しています。

 

比較表:主要投資銀行のイノベーション・IP戦略

 

比較項目

野村ホールディングス

Goldman Sachs

Morgan Stanley

大和証券グループ

基本戦略

エコシステム・オーケストレーション

 

(広義の無形資産ポートフォリオ)

内製技術(Tech-driven)+特許

 

(技術の自社保有)

戦略的トップティア・パートナーシップ

 

(最高峰の外部IP活用)

スタートアップ連携+即時適用

 

(実利的な業務課題解決)

中核的IP

広義の無形資産(人材¹⁰、プラットフォーム¹³、規制対応力¹⁴、エコシステム¹⁸ ²²

内製化されたAIモデル⁵⁶FinTech特許ポートフォリオ²⁵

独自の「知的資本(データ・知見)」⁵⁸

業務プロセス、顧客データ⁶¹

主な施策

Laser Digital (内部創出)¹³

 

Komainu (JV)¹⁸

 

NSV (CVC) ²²

 

Digital IQ Uni (人材)¹⁰

AIのカスタム・チューニング⁵⁶

 

・積極的な特許出願²⁵

OpenAIとの独占的提携⁵⁸

 

・自社データとの統合

Sakana AIとの共同開発⁶²

 

CRMへのAI適用(大和総研)⁶¹

戦略的示唆

自前主義を排し、インフラ(規制・人材)を抑える。戦略の複雑性が高い。

技術的優位性を徹底追求。コストと時間がかかるが、成功時のリターン大。

最良の外部技術を迅速に導入し、自社の強みを増幅させる。効率的。

実利主義。現場の課題をAIで迅速に解決し、生産性を向上させる。

(出典:各社公開情報に基づき、当レポートにて分析・作成)

比較分析の総括:

上記比較から明らかなように、GSが「自前主義(Build)」、MSと大和証券が「パートナーシップ(Partner/Buy)」であるのに対し、野村HDの戦略は最も複雑なハイブリッド型です。

野村HDは、**「自らも行い(Laser Digital: Build)、他とも組み(Komainu, GMO: Join)、将来の種も蒔き(NSV: Invest)、そのすべてを支える人を育てる(Digital IQ University: Enable)」**という、全方位的な「エコシステム・オーケストレーター(指揮者)」戦略を採用しています。これは、極めて高い戦略的野心を持つアプローチであると同時に、各要素が有機的に機能しなければならないという、実行(Execution)の難易度が最も高い戦略であるとも評価されます。

 

当章の参考資料

 

  1. https://oneword.co.jp/bignite/ai_news/nomura-holdings-generative-ai-training-program-launch/
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  10. https://www.daiwa-grp.jp/ir/toolkit/annualreport/pdf/ar2025/ar2025j_23.pdf
  11. https://www.dir.co.jp/business/case/crm-ai.html
  12. https://sakana.ai/daiwa-shoken/

 

リスク・課題(短期・中期・長期)

 

野村HDが推進する野心的かつ複雑な「広義のIP戦略」は、大きなリターン(アップサイド)の可能性を秘める一方で、その時間軸と戦略の特性に応じた、重大なリスクと課題を内包しています。

 

短期リスク: 市場ボラティリティと初期の財務的損失

 

最大の短期リスクは、戦略の中核(特にLaser Digital¹³)が深くコミットしているデジタルアセット(暗号資産)市場そのものの、極めて高いボラティリティ(価格変動性)です。デジタルアセットは、伝統的な金融資産とは比較にならない価格変動リスクや、市場操作、サイバーセキュリティ(ハッキング等)のリスクに常に晒されています³⁶

野村HDの戦略的な「賭け」であるLaser Digitalは、2022年の設立当初、2年以内の黒字化を目指していたと報じられています⁶³。しかし、その後の暗号資産市場の停滞(いわゆる「冬の時代」)の影響を受け、2025年時点でも欧州市場における四半期損失の一因となるなど、財務的な「初期の損失」を計上していることが報じられています⁶³

これらの初期の財務的損失が、グループ経営陣の「戦略的忍耐力」の許容範囲を超えて拡大した場合、あるいは市場のボラティリティが再度ネガティブに振れた場合、この「攻めのIP」戦略全体が、その真価を発揮する前に、縮小・撤退に追い込まれる財務的・経営的リスクが存在します。

 

中期リスク: 規制の不確実性とコンプライアンス・コスト

 

中期的なリスクは、野村HDIP戦略が「諸刃の剣」として依存している「規制」です。前述の通り、Laser Digital¹⁴ ³⁷Komainu¹⁹の戦略は、「規制準拠」³⁶そのものを競争優位性(IP)の源泉としています。この戦略は、規制が明確化され、制度が整備されれば大きなアドバンテージとなりますが、中期的に見れば二重のリスクを抱えています。

  • リスクA(規制の遅延・不利): 各国の規制(例:日本の「暗号資産の規制の在り方に関する有識者研究会」の議論⁶⁴や、金融庁のAIガイドライン¹¹ ¹²)の整備が遅れたり、予期せぬ厳しい規制(例:特定のデジタルアセットの禁止や、ステーブルコインへの過度な資本要件)が導入されたりした場合、彼らが構築したビジネスモデルの前提そのものが崩れる可能性があります。
  • リスクB(高コスト構造): 「高いコンプライアンス基準」³⁸ ³⁶を維持するためのコスト(法務・監査・システム投資、高度な人材の雇用)は莫大です。野村HDが日本市場で法人向けサービスを開始する際にも、高いコンプライアンス基準とコスト負担が伴うと指摘されています³⁸。規制の緩いオフショアの競合他社と比較して、恒常的な高コスト構造となり、手数料やスプレッドなどの価格競争力で劣後するリスクが中期的に存在します。

 

長期リスク: 戦略的シナジーの不発と「人的資本IP」の流出

 

長期的な最大の課題は、この複雑なエコシステム戦略が、最終的に「シナジー」を生み出せるかどうかにかかっています。

  • シナジーの不発: NSVが投資したFinTech(例:NadaHEA²²や、JVKomainu¹⁸、あるいは内部事業(Laser Digital¹³が、野村HD本体のコアビジネス(投資銀行部門、ウェルス・マネジメント部門、グローバル・マーケッツ部門)と最終的に有機的に結合せず、収益貢献に繋がらない「戦略的サイロ」となってしまうリスクです。例えば、NadaHEA²³を証券化するディールが生まれなければ、NSVの投資は単なる財務投資に終わり、IP戦略としての意味を失います。エコシステム戦略の長期的な成否は、このシナジーの実現にかかっています。
  • 人的資本IPの流出: 最大のリスクは、多大な時間とコストをかけて「Digital IQ Universityで育成した「700名以上のデジタル人材」¹⁰が、より高い報酬や、より柔軟な労働環境、あるいはより魅力的な(規制の少ない)開発テーマを求めて、FinTechスタートアップや巨大テック企業(GAFAM等)に流出することです。これは、野村HDが「投資」して構築した、最も価値ある「人的資本IP」が、競合他社に事実上無償で移転することを意味し、戦略の根幹を揺るがす最大の長期リスクであると評価されます。

 

当章の参考資料

 

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  12. https://www.bitget.com/news/detail/12560604999299
  13. https://coinpost.jp/?p=600484&cptr=news

 

今後の展望(政策/技術/市場動向との接続)

 

前述のリスクは存在するものの、野村HDが選択した「広義のIP戦略」は、日本および世界の政策、技術、市場の主要なトレンドと極めて高い整合性(アラインメント)を持っており、強力な追い風(Tailwind)を受ける態勢にあると分析されます。

 

政策的追い風(Tailwind)との完全なアラインメント

 

野村HDIP戦略、特にデジタルアセットとAIの分野は、奇しくも日本の現在の政策動向と完全にシンクロしています。

  • 0/暗号資産分野: 経済産業省は「Web3.0」を国家戦略として推進⁶⁵しており、税制改正(2023年、2024年)⁶⁵LPS(投資事業有限責任組合)による暗号資産・セキュリティトークンへの投資解禁⁶⁵など、ビジネス環境の整備を急速に進めています。並行して、金融庁も「暗号資産の規制の在り方」⁶⁴について有識者研究会を進め、2026年の通常国会での法案提出⁶⁴を目指すなど、規制の「制度化」と「明確化」が進行中です。野村HDLaser Digitalの日本市場参入(暗号資産交換業者の登録準備)³⁸や、GMOとのステーブルコイン事業¹⁷の検討を進めるのは、まさにこの「制度化」という最大の好機を捉え、規制の枠内で「機関投資家向け」という信頼性の高い市場を創出するためであり、政策の方向性と完全に一致しています。
  • AI活用分野: 前述の通り、金融庁は「AIディスカッションペーパー」¹¹ ¹²を公表し、「チャレンジしないリスク」¹¹を指摘する一方で、「健全なAI活用」¹¹を強く後押ししています。野村HDが「AIガバナンス」の重要性を自ら提唱³¹し、「Digital IQ University¹⁰で全社的なガバナンス教育¹⁰を徹底するアプローチは、規制当局が描く「あるべき金融機関のAI活用像」の模範解答とも言えるものであり、今後、規制当局との建設的な対話を進める上で、圧倒的な優位性を持つと考えられます。

 

展望(1): 「Stablecoin-as-a-Service」によるB2Bインフラの掌握

 

この強力な政策的追い風を背景に、野村HDは具体的な市場での優位性を確立する可能性があります。

短期的な展望として、日本の改正資金決済法に基づくステーブルコイン規制が本格的に稼働し、市場が立ち上がる(2025年〜2026年と想定)タイミングにおいて、野村HDGMOインターネットグループのパートナーシップ¹⁷は、他社に先駆けた「信頼と実績」を持つ、機関投資家・法人向けのB2B発行・管理プラットフォーム(Stablecoin-as-a-Service¹⁷として、デファクト・スタンダード(事実上の標準)となる可能性があります。他社がステーブルコインを発行する際の、規制対応と技術運用を担う「インフラ提供者」としての地位を確立する好機と見られます。

 

展望(2): RWA(現実資産)トークン化市場のバリューチェーン掌握

 

中長期的な最大の展望は、今後の金融市場において主流になると予測される「RWAReal World Asset)トークン化」²⁶(不動産、債券、美術品、インフラ資産などがブロックチェーン上でトークン化され、売買される市場)の主導権を握ることです。

RWAトークン化の市場が本格的に拡大する際、野村HDは、本レポートで分析した3つのIP戦略(人的資本、内部創出IP、エコシステムIP)の集大成として、以下のバリューチェーン全体を自社グループのエコシステム内で完結できる、国内随一のポジションを確立する可能性があります。

  1. アセットの組成・創出(Origination: NSVの投資先(例:NadaHEA²²や、野村本体の投資銀行部門(IBD)が組成する伝統的なアセット(例:不動産、プロジェクトファイナンス)を、トークン化の「原資産」として供給します。
  2. 安全な保管・管理(Custody: トークン化されたRWAを、JVである「Komainu¹⁸の機関投資家グレードのセキュアなカストディ・インフラで安全に保管・管理します。
  3. 販売・流通・トレーディング(Distribution & Trading: 内部創出IPである「Laser Digital¹³が、その「規制準拠」¹⁴という信頼性を武器に、これらのRWAトークンを国内外の機関投資家に対して販売し、流通市場(セカンダリ市場)でのトレーディング・サービスを提供します。
  4. 決済(Settlement: これらの取引の決済手段として、GMOと共同開発する「JPY/USDステーブルコイン」¹⁷が利用される可能性があります。

これは、野村HDの広義のIP戦略が、数年越しに結実する最大のアップサイド・シナリオと推察されます。

 

当章の参考資料

 

  1. https://oneword.co.jp/bignite/ai_news/nomura-holdings-generative-ai-training-program-launch/
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戦略的示唆(経営/研究開発/事業化の観点でアクション候補)

 

本分析に基づき、野村HDがその広義のIP戦略の価値を最大化し、リスクを軽減するために検討すべき、経営、IP管理(研究開発)、および事業化の観点からの戦略的示唆(アクション候補)を提言します。

 

経営への示唆: 「エコシステムKPI」の設計と戦略的忍耐の行使

 

野村HDが採用する複雑なエコシステム型IP戦略は、従来の事業部別P/L(損益)管理や、短期的な財務指標(例:Laser Digitalの四半期黒字化⁶³)では、その真の戦略的価値を測定できません。

経営陣は、短期的な財務的損失⁶³に動揺することなく「戦略的忍耐」を行使する一方で、この戦略の「進捗」を測るための新しい経営指標(KPI)を設計・導入する必要があります。

提言される「エコシステムKPI」の例としては、以下のようなものが考えられます。

  • Laser Digital¹³が、野村本体の投資銀行部門(IBD)やウェルス・マネジメント部門にもたらした、新規の機関投資家クライアント数、または共同ディール(案件)数」
  • NSVの投資先(例:Nada²²とグローバル・マーケッツ部門が共同開発した証券化商品²³の収益、またはそのパイプライン(案件候補)の金額」
  • Komainu¹⁸を利用する機関投資家が、野村の他のサービス(例:Laserのトレーディング)をクロスユース(併用)した率(クロスセル比率)」

これらの「シナジー(相乗効果)」を定量化するKPIを導入することで、経営陣は各IP(事業)の孤立(サイロ化)を防ぎ、エコシステム全体の戦略的価値を正しく評価・管理することが可能になると考えられます。

 

研究開発(IP管理)への示唆: 「IP」の防衛線を再定義する(HRCyberへ)

 

本分析が示すように、野村HDの技術IP戦略は、「特許出願」から「トレードシークレット+人的資本」へと大きく移行している(と推察される)現状において、IPの防衛(リスク管理)部門は、伝統的な法務・知財部だけでは不十分です。

今後は、IP管理の「防衛線」を再定義する必要があります。実質的な「最重要IP管理業務」は、以下の2つの部門が担うことになります。

  1. HR(人事部門): 最大のリスクである「人的資本IPの流出」を防ぐため、HR部門は、「Digital IQ University¹⁰で育成したトップタレント(700名超の認定者¹⁰)の「リテンション(引き留め)施策」を最重要課題として設計・実行する必要があります。これには、報酬体系の見直し、魅力的なキャリアパスの提示、柔軟な労働環境の整備などが含まれます。
  2. CSO/CISO(サイバーセキュリティ部門): 「トレードシークレット」として保護されているIP(例:Laser Digitalのトレーディング・アルゴリズム³³AIガバナンスの運用ノウハウ³¹、顧客データ)を、外部からのハッキング³⁶や内部からの漏洩リスクから守るサイバーセキュリティ部門の役割は、従来の特許管理部門以上に重要となります。

経営陣は、これらのHR部門とCSO/CISO部門こそが、現代の金融機関における「真のIP管理部門」であると認識を改め、リソース(予算・人員)の配分を強化することが求められます。

 

事業化への示唆: 「Digital IQ University」の人的資本を戦略的に動員する

 

多大なコストを投じて育成した700名を超える「デジタル人材認定者」¹⁰は、現在、それぞれの所属部署で日常業務("Business As Usual")に従事しながら、その知見を部分的に活用しているに留まっている可能性があります。

これらの貴重な「人的資本IP」を「遊休資産」とせず、その潜在能力を最大限に引き出し、事業化(IPの商業化)を加速させるために、よりアグレッシブな人事(タレント・モビリティ)施策を実行することが不可欠です。

具体的には、「デジタル人材認定者」¹⁰の中からトップタレント(例:上位5%10%)を選抜し、元の所属部署から一時的あるいは恒久的に引き抜き、グループの最優先戦略プロジェクト(例:GMOとのステーブルコイン事業¹⁷RWAトークン化²⁶の事業開発チームなど)に「戦略的機動部隊(SWATチーム)」として集中的に配置転換することを提言します。

この「IPの戦略的動員」こそが、人的資本への投資(Input)を、具体的な事業成果(Output)へと転換する、最も直接的かつ効果的な手段であると考えられます。

 

当章の参考資料

 

  1. https://oneword.co.jp/bignite/ai_news/nomura-holdings-generative-ai-training-program-launch/
  2. https://www.laserdigital.com/
  3. https://www.nomuraholdings.com/en/news/nr/news20240527103021.html
  4. https://komainu.com/about/
    (https://www.globenewswire.com/news-release/2025/02/25/3031642/0/en/Nomura-Strategic-Ventures-makes-an-investment-in-Nada.html)
    23.(https://www.globenewswire.com/news-release/2025/02/25/3031642/0/en/Nomura-Strategic-Ventures-makes-an-investment-in-Nada.html)
  5. https://www.nri.com/content/900035015.pdf
  6. https://www.nomuraholdings.com/jp/sustainability/sustainable/finance/research/research/news20250201101025.html
  7. https://www.laserdigital.com/
  8. https://www.nomuraholdings.com/en/news/nr/news20230919103026.html
  9. https://www.bitget.com/news/detail/12560604999299

 

総括

 

本レポートの分析は、野村ホールディングスの「知的財産戦略」が、特許や商標の法務的管理という伝統的な定義を大きく逸脱し、「企業価値創造の源泉となる無形資産ポートフォリオへの戦略的投資」そのものへと再定義されていることを示しています。

この戦略は、100周年の節目¹ ²⁷を迎え「新たな価値創造」³を迫られる経営課題に対する、野村HDの包括的な回答です。その核心は、「人的資本IP」(Digital IQ University¹⁰「内部創出IP」(Laser Digital¹³、そして**「エコシステムIP」(Komainu, NSV¹⁸ ²²**という、相互に関連する3つの柱(スリー・ピラー)の同時構築にあります。

この戦略は、AIガバナンス(金融庁¹¹)やWeb3.0(経産省⁶⁵)、無形資産開示(価値協創ガイダンス)といった、現代の主要な政策的・市場的トレンドと完全にアラインメント(整合)しており、戦略の「方向性」は極めて合理的かつ先見性に富むと評価されます。特に、「規制準拠」¹⁴ ³⁶をリスクではなくIP(信頼の源泉)として活用する戦略や、AIガバナンス教育¹⁰を「リスク管理IP」として構築し「戦略的自由度」を獲得しようとするアプローチは、高度に洗練されています。

その最終的な目標(Endgame)は、RWAトークン化²⁶という次世代の金融市場において、「アセット組成(NSV保管(Komainu流通(Laser)」というバリューチェーン全体を掌握する、国内随一の「エコシステム・オーケストレーター」の地位を確立することにあると強く推察されます。

しかし、この戦略は、その野心と複雑さゆえに、極めて高度な「実行(Execution)」の能力を要求します。短期的な財務的損失(Laser Digitalの赤字)⁶³、エコシステム間のシナジーの不発、そして何よりも「人的資本IP(育成した人材)」の流出という、重大なリスクと常に隣り合わせです。

したがって、野村HDの経営陣に対する最終的な意思決定への含意は、**「戦略(Strategy)は正しい。しかし、その実行(Execution)は困難を極める」**という一点に尽きます。この複雑なIP戦略の価値を最大化できるか否かは、今後、経営陣が(1)短期的な財務圧力に屈しない「戦略的忍耐力」を持ち、(2)エコシステムのシナジーを測る「新しいKPI」を導入し、(3)最も価値あるIPである「人材」の防衛(リテンション)と「トレードシークレット」の防衛(サイバーセキュリティ)に、従来以上に経営資源を投下できるかどうかにかかっています。

 

参考資料リスト(全体)

 

  1. https://www.nomuraholdings.com/doc/jp/investor/library/ar/report/2025_all.pdf
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  12. https://www.fsa.go.jp/news/r6/sonota/20250304/aidp_summary.pdf
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    23.(https://www.globenewswire.com/news-release/2025/02/25/3031642/0/en/Nomura-Strategic-Ventures-makes-an-investment-in-Nada.html)
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  58. https://www.daiwa-grp.jp/ir/toolkit/annualreport/pdf/ar2025/ar2025j_23.pdf
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  62. https://coinpost.jp/?p=600484&cptr=news
    (https://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/sangyokinyu/Web3/index.html)

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【本レポートについて】

本レポートは、公開情報をAI技術を活用して体系的に分析したものです。

情報の性質

  • 公開特許情報、企業発表等の公開データに基づく分析です
  • 2025年10月時点の情報に基づきます
  • 企業の非公開戦略や内部情報は含まれません
  • 分析の正確性を期していますが、完全性は保証いたしかねます

ご利用にあたって
本レポートは知財動向把握の参考資料としてご活用ください。 重要なビジネス判断の際は、最新の一次情報の確認および専門家へのご相談を推奨します。

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