3行まとめ
特許ポートフォリオの「選択と集中」:CASE領域が6割を占有
日産の知財戦略は次世代技術へ明確にシフトしています。2024年時点で特許ポートフォリオの約60%がCASE領域(電動化 約35%、自動運転 約18%等)で占められています。
アライアンスの「IPリセット」:「ハード」の日産と「ソフト」のルノー
2023年のアライアンス新体制移行は、知財の再定義が核心でした。日産は全固体電池(ASSB)の開発を主導する一方、ルノーがSDV(ソフトウェア)基盤をリードするという戦略的役割分担が確定しました。
企業の未来を賭けた最重要戦略:2028年度の全固体電池(ASSB)実用化
長期ビジョン「Nissan Ambition 2030」のもと、2028年度までの全固体電池(ASSB)搭載EV市場投入を最重要目標として設定。成功の鍵は「製造プロセスIP」の確立にあります。
エグゼクティブサマリ
本レポートは、日産自動車株式会社(以下、日産)の知的財産(IP)戦略について、公開情報および一次資料に基づき網羅的に分析したものです。同社の戦略は、2000年代以降の経営再建、アライアンスの変遷、そしてCASE(コネクティッド、自動運転、シェアード&サービス、電動化)への技術シフトという外部環境を色濃く反映し、「全方位型」から「選択と集中」型へと大きく変貌を遂げています。
本分析から導出される主要な戦略的特徴は、以下の10点に集約されます。
- 基本方針「IPエコシステム」の推進: 日産は、単なる権利の「保護」に留まらず、技術の「創造・保護・活用」および「他社との相互活用」を通じて市場全体のイノベーションを推進する「IPエコシステム」の構築を基本方針としています¹。
- CASEへのポートフォリオ集中: 2024年時点で、特許ポートフォリオの約60%がCASE領域(電動化 約35%、自動運転/自動化 約18%、コネクティッド 約10%)で占められており¹、経営資源が明確に次世代技術へ配分されていることが示されています。
- アジャイル型ガバナンスへの移行: 過去の「R&D(権利化)」と「本社(活用)」の二元的な組織体制² ³から、現在は多様な部門が参加する「知的財産専門支援委員会」¹を通じた、迅速な意思決定が可能なガバナンス体制へ移行したと推察されます。
- 最重要戦略目標「全固体電池(ASSB)」: 長期ビジョン「Nissan Ambition 2030」のもと、2028年度までの全固体電池(ASSB)搭載EVの市場投入を最重要目標として設定しています¹⁹ ¹¹。
- 「製造プロセスIP」の重視: ASSB戦略の核心は、バッテリーの化学組成だけでなく、米国スタートアップ(LiCAP Technologies)との提携²⁹を含む、「ドライ電極」技術⁹のような「製造プロセス」の知財化・秘匿化にあると見られます。
- 成熟技術の積極的ライセンス: ASSBのような最先端技術を秘匿する一方、「アラウンドビューモニター」の異業種(水中ドローン)への応用¹⁵や、旧世代のリチウムイオン電池技術のAPB社へのライセンス供与¹⁶ ²⁹など、成熟したIPを積極的にマネタイズし、R&D投資を回収する戦略が確認されます。
- 2023年アライアンスIPの「リセット」: 2023年のルノー・日産・三菱アライアンスの新体制移行は、24年間で蓄積された「共同所有IP(Jointly Owned IP)」の処遇を再定義する、歴史的な知財整理であったと分析されます¹³ ²³。
- 「ハード」と「ソフト」の戦略的分担: 新体制下で、日産は「ASSB(ハードウェア)」の開発をリードする一方、ルノーが「共通E/Eアーキテクチャ」および「SDV(ソフトウェア)」開発をリードするという、明確な技術的分担(リーダー・フォロワーモデル)が合意されています¹⁴ ³⁰。
- 競合比較:「量」より「質」の戦略: 国内特許出願件数においてトヨタ自動車(1位)や本田技研工業(2位)に大きく水をあけられている(日産4位)⁶ことは、日産が「量」での網羅的防衛を志向せず、ASSBのような特定領域の「質」で優位性を確保する戦略を選択したことを示唆しています。
- 最大の戦略的リスク: 最大のリスクは、このアライアンスにおける「技術的依存」です。日産の将来の製品(SDV)がルノー主導のソフトウェア・プラットフォーム¹⁴に依存する構造は、開発効率化の反面、アライアンス関係の不安定化が即座に日産の技術的独立性を脅かすリスクを内包しています。
背景と基本方針
日産自動車の知的財産戦略は、同社が直面してきた経営環境の変化と、自動車産業の構造変革(CASE、脱炭素化)に呼応する形で、単なる「権利保護」から「イノベーションの触媒」へとその役割を進化させています。2024年発行の「サステナビリティデータブック 2024」で明示された基本方針は、同社の現在の立ち位置を明確に示しています¹。
1-1. 知的財産の基本理念:「IPエコシステム」の構築
日産が掲げる知的財産(IP)の最上位の理念は、「知的財産の適切な活用を通じて、グローバルイノベーションの推進、個人・社会・地球の共生・共栄を目指す」¹ことです。この理念を実現するための具体的な方法論が「IPエコシステム」の構築です¹。
日産の定義する「IPエコシステム」とは、以下の要素で構成されています¹。
- 柔軟かつ効果的な知的財産の「創造・保護・活用」
- 権利の適切な行使
- 模倣品対策などの法令に基づく施策
特に重視されているのが「知的財産の管理」および「自社および他社の知的財産の相互活用」です¹。これは、自社の技術的優位性をIPで保護するという伝統的な「防衛的」側面に加え、自社のIPを他社に活用させ、また他社のIPを活用することで、日産だけでなく「市場全体でのイノベーションを推進」¹しようとする「協調的」側面を併せ持つ戦略です。
このアプローチは、自動車業界における技術の複雑化と、開発コストの高騰を背景に、すべてを自前で賄う「自前主義」の限界を認識していることの表れと見られます。日産は、この「IPエコシステム」の活性化をリードすることで、健全な市場競争の実現に貢献する姿勢を打ち出しています¹。
1-2. 長期ビジョン「Nissan Ambition 2030」との連動
このIP戦略は、日産の経営戦略、特に2021年11月に発表された長期ビジョン「Nissan Ambition 2030」¹⁹、およびそれを補強する2023年2月の「電動化戦略の取り組み加速」¹⁹と不可分一体の関係にあります。
「Nissan Ambition 2030」は、2050年までのカーボンニュートラル実現¹⁹という最終目標に向け、電動化を中核とするモビリティの未来を提示したものです。このビジョンを実現するための技術的基盤(例えば、後述する全固体電池(ASSB)¹¹やe-POWER²⁸など)こそが、IP戦略における最重要の保護対象となります。
また、日産の環境戦略は、自社の生産活動や製品(クルマの使用時)に留まらず、原材料の調達、サプライヤー、物流、廃棄、リサイクルといった「バリューチェーン全体」⁵を対象としています。この広範な領域における脱炭素化、資源依存からの脱却、大気品質の改善といった取り組み⁵のすべてが、将来的な技術的優位性を構成するIPポートフォリオの源泉となると考えられます。
1-3. 知財ポートフォリオの構成:「CASE」への選択と集中
日産のIP戦略が「選択と集中」を明確に志向していることは、その特許ポートフォリオの構成比率に端的に表れています。「サステナビリティデータブック 2024」によれば、現在の特許ポートフォリオは以下の構成となっています¹。
- 電動化領域: 約35%
- 自動運転/自動化領域: 約18%
- コネクティッド領域: 約10%
これら「CASE」に関連する領域の特許が、合計で**約60%**を占めています¹。これは、同社の研究開発(R&D)リソースが、伝統的な内燃機関や車体技術から、次世代の「電動化」「知能化」へと大きくシフトしていることを示す客観的な証拠です。日産は「引き続き時代を反映した特許ポートフォリオを強化していく」¹と明言しており、この傾向は今後さらに加速するものと推察されます。
1-4. 基本方針から読み解く戦略的示唆
日産が掲げる「IPエコシステム」¹という協調的な概念は、一見すると、2014年にテスラ・モーターズが実行した「特許のオープン化(開放)」⁷と類似しているように見えるかもしれません。しかし、両者の戦略的意図は根本的に異なると分析されます。
テスラの特許開放は、当時まだ黎明期であったEV市場において、競合他社や(内燃機関に最適化されていた)サプライヤーのEV関連技術への参入障壁を下げることで、EVの「産業構造」そのものを早期に構築し、市場全体を拡大させることを狙った、極めて攻撃的な戦略でした⁷。
一方、日産の「IPエコシステム」¹は、特許の無償開放ではなく、「相互活用」¹を軸としています。これは、第4章で詳述する「技術ライセンス」¹⁵や、第5章の「アライアンス」¹⁴戦略に代表されるように、自社のIP(特に成熟技術)¹⁶を有償または相互ライセンスの形で他社に提供・共有することで、R&D投資の回収と新たなイノベーションの誘発を両立させる、より「管理的・協調的」なアプローチであると言えます。
また、ポートフォリオの60%がCASEである¹という事実は、裏を返せば、残りの40%が内燃機関、生産技術、車体設計、デザインといった「レガシー」技術であることを示しています。日産がこれらの技術を、単に保有し続けるのではなく、第4章で分析するような異業種へのライセンス供与¹⁵といった形で「活用」の対象としている点が、同社の知財戦略の複層性を特徴づけています。
日産のIP戦略の基本方針は、「選択と集中」(CASEへの60%)¹と「協調と活用」(IPエコシステム)¹という二つのキーワードによって定義されていると結論付けられます。
当章の参考資料
- https://www.nissan-global.com/JP/SUSTAINABILITY/LIBRARY/SR/2024/ASSETS/PDF/DB24_J_P080-082.pdf
- https://www.jstage.jst.go.jp/article/johokanri/55/4/55_282/_html/-char/ja
- http://www.jipa.or.jp/kaiin/kikansi/honbun/2005_01_0089.pdf
- https://www.nissan-global.com/JP/SUSTAINABILITY/LIBRARY/SR/2024/ASSETS/PDF/DB24_J_P017-020.pdf
- https://www.nissan-global.com/JP/SUSTAINABILITY/LIBRARY/SR/2024/ASSETS/PDF/DB24_J_P017-020.pdf
- https://ipforce.jp/Data/bunya/brid/1
- https://weekly.ascii.jp/elem/000/002/624/2624055/
- The source URL for 1 was not provided in the research material snippets. Assuming it was cited in the context of 1, but without a direct URL, I will cite the page that mentions Ambition 2030, which is.2 However, the user provided 1 url: https://global.nissannews.com/releases/nissan-ambition-2030-vision-to-empower-mobility-beyond in the source snippets. I must use that.
- https://www.travelingintuscany.com/art/pierodellafrancesca/hercules.htm?s-news-5398310-2025-11-05-nissan-jidousha-saisyodai-elui-shougatutai-denchi-shijitsuka-keikaku
- https://www.nissan-global.com/EN/COMPANY/PLAN/AMBITION2030/
- https://www.nissan-global.com/EN/COMPANY/PLAN/AMBITION2030/
- https://electrek.co/2022/01/27/nissan-teases-retro-styled-micra-ev-solid-state-batteries-for-europe-e23-billion-investment/
- https://www.aoshearman.com/en/news/allen-overy-advises-nissan-on-historic-renegotiation-of-its-alliance-with-renault-and-mitsubishi
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- https://nagasakihatsumei.sakura.ne.jp/ippansyadan/kaihoutokkyo/nissan-seeds.pdf
- https://global.nissannews.com/en/channels/channel-NNG243?query=Lithium-&sortOrder=Relevance
- https://global.nissannews.com/releases/nissan-ambition-2030-vision-to-empower-mobility-beyond
- https://www.aoshearman.com/en/news/allen-overy-advises-nissan-on-historic-renegotiation-of-its-alliance-with-renault-and-mitsubishi
- https://www.nissan-global.com/EN/INNOVATION/TECHNOLOGY/ELECTRIFICATION/
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- https://electrek.co/2022/01/27/nissan-teases-retro-styled-micra-ev-solid-state-batteries-for-europe-e23-billion-investment/
全体像と組織体制
日産の知的財産戦略を理解する上で、その戦略を立案し、実行する「組織体制」の変遷を分析することは不可欠です。日産の知財組織は、1960年代の設立から現在に至るまで、経営環境と技術戦略の変化に適応するため、段階的な進化を遂げてきました。特に、2000年代以降の「二元体制」の確立と、近年の「全社横断型委員会」への移行は、同社の知財に対する思想の変化を反映していると見られます。
2-1. 組織の変遷:二元体制の確立
日産の知財組織の歴史は、1967年(昭和42年)12月、本社一般管理部門に「特許室」が発足したことに始まります³。その後、特許部(1974年)、特許ライセンス部(1984年)といった名称変更を経て、1992年(平成4年)1月に「知的財産部」となり、所属が本社一般管理部門から「技術開発部門」に編入されました³。これは、知財活動が管理業務から、R&Dと一体化した戦略的業務へと明確に位置づけられた転換点であったと推察されます。
さらに重要な組織的進化が、2004年(平成16年)4月の「知的資産統括室」の新設です³。これにより、日産の知財組織は、機能が分離された「二元体制」へと移行しました。
2005年時点の資料³、および2012年時点の資料²に基づく、この二元体制の詳細は以下の通りです。
- 知的財産部 (R&D部門配下)
- 位置づけ: 技術開発部門(後の開発部門)の内部組織² ³。
- 拠点: テクニカルセンター(神奈川県厚木市)、総合研究所(神奈川県横須賀市)といったR&D拠点に分散³。
- 人員: 2005年時点で「百余名」³。
- 主な役割(権利化・防衛):
- 研究開発の成果を知的財産として「特許出願・登録」すること² ³。
- 特許調査、他社とのクロスライセンス交渉、知財係争の対応²。
- 商標・意匠の出願登録(グローバル)²。
- 戦略: 2012年時点で「経営戦略―技術開発戦略―知財戦略の三位一体」を軸に運営²。
- 知的資産統括室 / IPプロモーション部 (本社部門配下)
- 位置づけ: 本社機構(一般管理部門)の内部組織² ³。
- 拠点: 本社(東京都中央区銀座)³。
- 人員: 2005年時点で「十数名」³。
- 主な役割(活用・収益化・ブランド保護):
- ノウハウ等も含む「知的資産のマネージメント」³。
- 知的財産を軸に、経営に貢献させるための「社内・社外とのインターフェース機能」²。
この二元体制は、知財の「創出・権利化」(R&D部門)と「経営貢献・活用」(本社部門)を明確に機能分離させたものと分析できます。R&D部門に属する知的財産部は、技術開発と密接に連携して「強い特許」を生み出すことに集中する一方、本社に属するIPプロモーション部は、R&D部門が生み出したIPを含む全社の「知的資産」をいかにして経営(P/L)に貢献させるか、という収益化・ブランド保護に特化していたと考えられます。
2-2. 二元体制下の高度な機能:「攻め」と「守り」の実行
2012年時点の「IPプロモーション部」の活動内容は、この二元体制が単なる機能分離に留まらず、極めて高度なレベルで「知財の活用」を実践していたことを示しています²。
「攻め」の知財(経営への貢献)²:
- 技術ライセンスビジネス: 社内の知的財産の競争力や価値を分析し、異業種企業に対して「Win-Winの関係」で技術ライセンスを供与(詳細は第4章)。
- 商品化権ビジネス: GT-R、スカイライン、フェアレディZといった人気モデルの車名やデザインを、ミニカー、ゲーム、アパレル等にライセンス供与。ファンの醸成とロイヤルティー収入を両立。
- コンサルタントビジネス: 日産の経営ノウハウ(知的財産)である「ニッサンプロダクションウェイ」(生産現場管理の改善業務)を、異業種企業や市役所、保育園などにコンサルビジネスとして展開。
「守り」の知財(ブランド保護)²:
- 模倣品対策: 新興国(当時)の税関、品質管理局、商標局と協力し、補修部品パッケージの模倣商標や模倣部品の業者を摘発。
- 模倣デザイン車両対策: 模倣デザイン車両を製造するメーカーとの知財抗争や直接交渉を実施。
特筆すべきは、「ニッサンプロダクションウェイ」という特許化されていない「ノウハウ(営業秘密)」までもを知的資産と捉え、コンサルビジネスとしてマネタイズしていた点です²。これは、2004年の時点で日産が「知的財産(IP)」よりも広範な「知的資産(IA)」のマネジメントを志向していた³ことを裏付けています。
2-3. 現在のガバナンス体制:「知的財産専門支援委員会」への集約
2000年代から2010年代にかけて高度に機能した二元体制ですが、2024年時点のサステナビリティデータブック¹では、ガバナンス体制の記述が変化しています。
現在、日産は「グローバル知的財産ポリシー」のもとで全社的な意識向上とガバナンス強化を図っており、その中核的な仕組みとして「知的財産専門支援委員会」を設置しています¹。
この委員会の特徴は、その構成メンバーにあります。
- 構成メンバー: 商品企画部門、研究開発部門、生産部門、ファイナンス部門、法務部門、知的財産部門等の「多様な部門のメンバー」¹。
- 目的: さまざまな知財課題に対し、「多面的に評価し適切な対応方針を迅速に導き出す」¹こと。
この組織体制の変化は、極めて重要な戦略的示唆を含んでいると推察されます。
2-4. 組織体制の進化が示す戦略的意図
2000年代の「二元体制」² ³は、R&D部門が「発明」し、本社部門が「活用」するという、比較的リニア(直線的)なプロセスには最適であったと考えられます。
しかし、現代の自動車開発、特にCASEやSDV(ソフトウェア・デファインド・ビークル)の領域では、技術とビジネスモデルが不可分です。例えば、「あるコネクティッドサービスのサブスクリプションモデル」を考案した場合、それは「商品企画」(ビジネスモデル)であり、「研究開発」(通信技術)であり、「法務」(個人情報・データプライバシー)であり、「ファイナンス」(投資回収)の問題が、開発の初期段階で同時に発生します。
このような複雑かつアジャイルな開発が求められる環境下では、R&D部門と本社部門が縦割りで機能する二元体制では、「迅速な対応方針の導出」¹が困難であった可能性があります。
「知的財産専門支援委員会」¹という全社横断的なコミッティ(委員会)の設置は、この課題への回答であると推察されます。商品企画、R&D、生産、ファイナンス、法務といった主要部門が初期段階から知財課題を共有し、多角的に評価することで、部門間のサイロ(壁)を越え、迅速な経営判断(例:この技術は秘匿するのか、特許出願するのか、アライアンスで共同開発するのか)を可能にする体制、すなわち「アジャイル型知財ガバナンス」への進化であると考えられます。
この委員会が、第5章で分析する複雑なアライアンス知財の管理や、第7章で触れるSDV¹¹といった新たな課題に対応する、日産の知財戦略の中枢として機能していると見られます。
当章の参考資料
- https://www.nissan-global.com/JP/SUSTAINABILITY/LIBRARY/SR/2024/ASSETS/PDF/DB24_J_P080-082.pdf
- https://www.jstage.jst.go.jp/article/johokanri/55/4/55_282/_html/-char/ja
- http://www.jipa.or.jp/kaiin/kikansi/honbun/2005_01_0089.pdf
- https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/journal/next-generation-mobility/next-generation-mobility24-01.html
詳細分析①:技術領域(CASE/電動化)と最重要特許
日産の知財ポートフォリオの約60%(電動化 約35%、自動運転 約18%、コネクティッド 約10%)¹を占めるCASE領域は、同社のR&D戦略とIP戦略が最も密接に連動する中核分野です。中でも、ポートフォリオの最大の割合を占める「電動化」技術、特に次世代技術として位置づけられる「全固体電池(ASSB)」は、日産の未来の競争力を左右する最重要の戦略的資産(IP)であると分析されます。
3-1. ポートフォリオの中核:電動化技術
日産の電動化技術のIPポートフォリオは、世界初の量産型EV「リーフ」の発売(2010年)以前からの、数十年にわたる研究開発の蓄積によって形成されています²⁸。このポートフォリオは、主に以下の技術群で構成されていると見られます。
- 純粋な電気自動車(EV)技術:
- リチウムイオン電池(LiB): 高度なリチウムイオン電池(LiB)技術²⁸。第4章で詳述するように、日産は2020年にAPB社に対し、この領域の先進技術(より低コスト・安全な量産技術)をライセンス供与¹⁶しており、IPの「世代交代」戦略が垣間見えます。
- e-4ORCE(イーフォース): 電動駆動の四輪制御技術。前後の電気モーターとブレーキを統合制御し、安定性や快適性を高めるアルゴリズムIP²⁸。
- e-POWER(イーパワー):
- 日産独自のシリーズ・ハイブリッド技術。エンジンは発電専用で、100%モーター駆動によるEV同様の走行体験を提供する点が特徴²⁸。この「発電と駆動の分離」およびその「エネルギーマネジメント」に関する制御技術がIPの核心であると推察されます。
- X-in-1(エックスインワン):
- 次世代の電動パワートレイン。EVおよびe-POWERのコアコンポーネントを共通化・モジュール化するアプローチ²⁸。これにより、開発期間の短縮とコストダウン(特に電動化車両のコスト低減)を目指しており、その「モジュール構造」や「共通化設計思想」がIPとして保護されていると考えられます。
3-2. 最重要開発目標:全固体電池(ASSB)の実用化
これらの既存技術群に加え、日産が現在、全社的な最優先事項として開発を進めているのが、次世代の「全固体電池(ASSB)」です¹¹。日産はASSBを「EVの未来」と位置づけ¹¹、ゲームチェンジャー技術として明確に定義しています。
長期ビジョン「Nissan Ambition 2030」において、ASSBは極めて野心的な目標と共にコミットされています。
- 実用化目標時期:
- 2028年度までに、日産が**自社開発(in-house developed)**した全固体電池(ASSB)を搭載したEVを発売することを目指す¹¹ ²⁷。
- 期待される技術的利点:
- 充電時間: 従来の液体リチウムイオン電池に対し、充電時間を3分の1に短縮する¹¹。
- コスト: バッテリーコストを大幅に削減し、将来的にはEVとガソリン車のコストを**同等(パリティ)**にすることを目指す¹¹。
- 性能: エネルギー密度が向上し、よりダイナミックなパフォーマンスと、多様なセグメントへのEV展開が可能になる¹¹ ²⁷。
3-3. ASSBにおける日産の技術的優位性とIP戦略
日産が2028年度という具体的な実用化時期を公言¹¹することは、その技術的優位性、すなわち中核となるIPの確立に自信を持っていることの表れと考えられます。このASSB戦略の核心は、単なるバッテリーの化学組成(サイエンス)に留まらず、その「製造プロセス(エンジニアリング)」のIPを押さえる点にあると分析されます。
- 独自技術「ドライ電極」の採用
2024年から2025年にかけての報道によれば、日産はASSBの実用化計画を大幅に前進させています⁴ ⁹。2025年11月5日の発表では、独自開発の「ドライ電極」技術を用いたセルの試作に成功し、想定していた性能基準を満たしたとされます⁹。
「ドライ電極」技術は、電極の製造工程で溶剤(液体)を用いず乾式の手法を採用するもので、従来のウェットプロセスに比べ、製造コストの大幅な削減、生産性の向上、および環境負荷の低減に寄与すると期待されています⁴ ⁹。競合他社もこの技術の開発を競っており、この製造プロセスIPの確立こそが、ASSB量産化とコストダウン(ガソリン車とのパリティ¹¹)を実現する上での最大の鍵となります。
- オープンイノベーションの戦略的活用
日産はASSB開発において、自社単独主義とオープンイノベーションを巧みに使い分けています。「Nissan Ambition 2030」では「自社開発(in-house developed)」¹¹が強調されていますが、特定の高度な製造プロセスにおいては、外部の専門技術を積極的に導入しています。
- 米国LiCAP Technologies, Inc.との提携(2025年8月):
- 日産は、米国に拠点を置くLiCAP Technologies社と、ASSBの「カソード(正極)電極の生産プロセス技術」の開発で提携することを発表しました²⁹。
- この連携は、ASSBの普及に不可欠な「正極材料の製造に関する課題」を克服し、安定した製造工程を確立することを目的としています⁹。
この戦略は、ASSB全体のアーキテクチャやコア技術(例:固体電解質)は自社で固く秘匿・IP化しつつ、特定のボトルネックとなり得る製造プロセス(例:カソード電極)については、LiCAPのようなスタートアップの持つ最先端技術を迅速に取り込み、開発スピードを加速させるという、極めて高度なIP戦略であると言えます。
3-4. その他のCASE領域(自動運転・コネクティッド)
ポートフォリオの残り(自動運転 約18%、コネクティッド 約10%)¹についても、IP戦略が推進されています。
- 自動運転/自動化領域(約18%)¹:
- 「ProPILOT(プロパイロット)」²⁷に代表される先進運転支援システム(ADAS)が中核です。
- これには、第4章で述べる「アラウンドビューモニター(AVM)」¹⁵のような、センサーフュージョン技術、画像認識アルゴリズム、および車両制御ロジックに関する特許群が含まれます。
- コネクティッド領域(約10%)¹:
- コネクティビティ&インフォテインメント²⁷に関連する技術。車両とクラウドサーバーとの通信、データ処理、V2X(車車間・路車間通信)技術、およびそれらを利用したサービス(ビジネスモデル特許)が含まれると推察されます。
3-5. 技術領域分析からの戦略的示唆
日産の技術領域におけるIP戦略は、「ASSB」という一点に鋭くフォーカスされています。2028年度¹¹という具体的な目標を掲げ、その実現の鍵となる「製造プロセス(ドライ電極)」⁹のIPを、オープンイノベーション(LiCAPとの提携²⁹)も活用しながら固めています。
このASSBへの「選択と集中」は、単なるR&D戦略に留まりません。第5章で詳述するように、日産はアライアンス(ルノー・日産・三菱)の中で、「ASSBの開発リード」¹⁴という役割を公式に引き受けています。日産がASSBのIPを確立することは、競合他社に対する優位性を築くだけでなく、アライアンス内における日産の「技術的価値」と「交渉力」を担保する上で、死活的に重要な意味を持っているのです。
日産は、EVの「ハードウェア」の根幹であるバッテリー、それも次世代のASSBという「技術の城」のIPを固めることで、自動車産業の次の10年における確固たる地位を築こうとしていると結論付けられます。
当章の参考資料
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- https://www.travelingintuscany.com/art/pierodellafrancesca/hercules.htm?s-news-5398310-2025-11-05-nissan-jidousha-saisyodai-elui-shougatutai-denchi-shijitsuka-keikaku
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詳細分析②:収益モデル(技術ライセンスとブランド活用)
日産が推進する「IPエコシステム」¹戦略において、知的財産は単に製品の競争力を「守る」ためだけのものではなく、R&D投資を回収し、新たな収益源を創出するための「攻める」資産としても明確に位置づけられています。この「IPの収益化」は、第2章で分析したように、古くは2004年の「知的資産統括室」³、2012年の「IPプロモーション部」²、そして2018年時点の「テクノロジービジネス部」(経営戦略本部内)¹⁵といった専門部署が、一貫して推進してきた戦略です。
日産の収益化モデルは、「技術ライセンス」と「ブランド活用」の二本柱で構成されており、特に「自動車」の枠に捉われない異業種への技術移転に特徴があります。
4-1. IPエコシステムの収益化戦略:技術ライセンス
日産の技術ライセンス活動は、「ライセンシー企業による事業化」¹⁵を最終目標としており、自社の技術(IP)が他産業で活用されること自体が、日産のブランドイメージ向上にも繋がる¹⁵という思想に基づいています。この活動は、国内自動車メーカーとしては「唯一の異業種に対する取り組み」¹⁵(2018年時点)とされており、同社のユニークな戦略が伺えます。
日産のライセンス戦略の核心は、自社の技術ポートフォリオを「競争領域(秘匿・独占)」と「非競争領域(ライセンス・収益化)」に明確に区分している点にあると推察されます。第3章で見たASSB¹¹のような次世代の競争領域は厳格に保護する一方、以下の二つのカテゴリーに属する技術は、積極的にライセンス供与(マネタイズ)の対象としています。
カテゴリー1:生産技術(製造ノウハウ・装置)
日産は、長年の「モノづくり」で培ってきた高度な生産技術や、現場のカイゼン活動から生まれたユニークな装置をIP化し、異業種(特に製造業)にライセンス供与しています。
- 高効率エンジン加工技術(2017年9月): 独ヘラー社にライセンス供与。日産が独自開発した「溶射ボアエンジン」の量産に必要な加工技術¹⁵。ヘラー社はこれを工作機械と共に自動車メーカーに販売可能となりました。
- ホーニング加工技術(2016年10月): エンシュウ株式会社にライセンス供与。工作機械として外販されました¹⁵。
- プラスティックファスナー定数供給装置(FY16): 車種に合わせて必要な数の部品(プラスティックファスナー)を作業者の手元に供給する装置。国内の機械メーカー3社とライセンス契約を締結¹⁵。
- ニッサンプロダクションウェイ(2012年時点): 日産の生産現場管理の「ノウハウ」そのものを、異業種(例:市役所、保育園)に「コンサルタントビジネス」として展開²。
カテゴリー2:成熟したコア技術(センサー・電池)
自社製品で広く採用され、技術的に成熟し、かつ他産業への応用可能性が高いコア技術も、ライセンスの対象となっています。
- アラウンドビューモニター(AVM)の応用(2016年12月): 日産が誇るAVM(車両周囲360°の映像表示)技術を、JAMSTEC(海洋研究開発機構)およびTOPY工業と共同で「遠隔操作無人探査機(水中ドローン)」に応用¹⁵。自動車の「俯瞰」技術が、深海の「探査」技術へと転用された好例です。
- リチウムイオン電池(LiB)技術(2020年4月): APB Corporationに対し、「より低コストで、より安全な」リチウムイオン電池の量産を可能にする先進技術をライセンス供与¹⁶ ²⁹。
4-2. ライセンス戦略から読み解く日産の「技術世代交代」
上記の中でも、2020年のAPB社へのLiB技術ライセンス供与¹⁶は、日産のIP戦略を象徴する重要なマイルストーンです。日産はEV「リーフ」でLiB技術をリードしてきた先駆者ですが、その技術を他社にライセンス供与したという事実は、日産が「次」の技術フェーズ、すなわち第3章で分析した「全固体電池(ASSB)」¹¹に、R&Dの軸足とIP戦略の重心を完全に移行させたことを示唆しています。
日産は、自社が次の技術(ASSB)で優位性を確立する目処が立った段階で、既存の技術(LiB)を「成熟技術」としてライセンス化し、市場全体の活性化(この場合は、より安全なLiBの普及)に貢献しつつ、R&D投資を回収するという、極めて高度な「IPの世代交代」戦略を実行していると分析できます。
これは、テスラが自社の技術的優位性を維持したまま、旧世代の特許を「無償開放」⁷した戦略とは対照的です。日産は、無償開放ではなく「有償ライセンス」¹⁵ ¹⁶という形で、自社のIPからきっちりと金銭的価値を回収するモデルを選択しています。
4-3. ブランド保護活動(「守り」の知財)
日産のIP収益モデルは、ライセンスによる「攻め」の側面だけでなく、ブランド価値の毀損を防ぐ「守り」の側面も包含しています。
- 模倣品対策(守りの徹底):
- 日産は、特に新興国市場(当時)において、自社のブランドや顧客の安全を脅かす模倣品(例:補修部品のパッケージ、模倣部品)に対し、厳格な姿勢で臨んできました¹。
- 各国の行政機関(税関、品質管理局、商標局)と連携し、模倣品業者の摘発や、政府高官へのロビイング、消費者への啓発活動を組織的に展開してきました²。
- また、「模倣デザイン車両」²に対しても、当該メーカーとの知財抗争や直接交渉を通じて、デザイン変更を要求するなど、ブランドの根幹であるデザインIPの保護にも注力しています。
- 商品化権ビジネス(攻防一体):
- 「GT-R」や「スカイライン」、「フェアレディZ」といった、日産の歴史とブランドを象徴する人気モデルの車名やデザインを、ミニカー、ゲーム、アパレル、雑貨といった商品にライセンス供与しています²。
- これは、ライセンシー企業からロイヤルティー収入を得る「攻め」の活動であると同時に、市場に正規の商品を流通させることで模倣品を牽制し、さらにファン(顧客)のブランドへの愛着を醸成するという、「守り」と「ブランド構築」を兼ねた、高度なIP活用戦略であると言えます。
4-4. 収益モデルの戦略的示唆
日産のIP収益モデルは、「IPエコシステム」¹の理念に基づき、競争領域(ASSB)と非競争領域(成熟技術・生産ノウハウ)を明確に峻別し、後者を徹底的にマネタイズする点に特徴があります。AVMを水中ドローンに¹⁵、生産ノウハウを保育園に²展開する柔軟な発想は、日産の知財活用が「自動車」というドメインに全く束縛されていないことを示しています。
この「異業種ライセンス」¹⁵という収益の柱を持つことは、巨額のR&D投資(特にASSB¹¹)を継続する上で、財務的な安定性に寄与すると推察されます。日産にとって知的財産とは、製品を守る「盾」であると同時に、新たな収益を生み出す「資産(アセット)」として、明確にB/S(貸借対照表)およびP/L(損益計算書)に貢献するものとして管理されているのです。
当章の参考資料
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詳細分析③:パートナー/エコシステム(アライアンス知財)
日産自動車の知財戦略を分析する上で、ルノーおよび三菱自動車との「アライアンス」の存在は、他のどの自動車メーカーにも見られない、最も重要かつ複雑な変数です。1999年の設立から24年間続いたアライアンスは、2023年に歴史的な転換点を迎えました。この「アライアンス新体制」への移行は、単なる資本関係の見直しに留まらず、両社の技術開発の根幹、すなわち「知的財産」の所有と活用のあり方を根本から再定義するものであったと分析されます。
5-1. 2023年 アライアンス新体制と「共同IP」の整理
2023年2月6日のフレームワーク合意¹² ²¹、および同年7月26日の最終合意²⁰により、ルノー・グループと日産は、アライアンスのガバナンスを抜本的に見直すことで合意しました。
この新体制の骨子は、ルノー・グループと日産の相互の株式保有比率を15%で均衡させる(ルノー・グループが保有する日産株28.4%をフランスの信託に預ける)¹²という資本関係の平等化です。しかし、この再編交渉において、水面下で最も困難な交渉が行われた領域こそが「知的財産」であったことが、関係者の発表から伺えます。
アライアンスの再編交渉において日産の代理人を務めた法律事務所A&O Shearman(当時Allen & Overy)は、2023年7月27日の発表で、この取引が「知的財産、商取引、供給の側面」についてアドバイスを行ったものであると言及しています¹³ ²³。
同事務所のパートナー弁護士は、この交渉の核心について、以下のようにコメントしています。
「**アライアンスの生涯を通じて開発された広範な共同所有の知的財産(extensive jointly owned intellectual property)を含む、価値ある知的財産資産の取り扱いが、この取引の決定的に重要な部分(critical part)**であった」¹³ ²³。
このコメントは、24年間の共同開発(例:共通プラットフォーム(CMF)の開発など)によって生み出された膨大な「共同IP」が、両社の技術として複雑に絡み合い、旧体制の不均衡な資本関係(ルノーが日産に優越していた)と相まって、両社の自由な事業活動の「足枷」となっていた可能性を示唆しています。
したがって、2023年の新体制への移行は、この複雑に絡み合った「共同所有IP」の所有権と利用権を法的に整理・清算し、「知的財産権の移転とライセンス供与(transfer and licensing of intellectual property rights)」¹³ ²³に関する新たなルールを策定する、事実上の「アライアンスIPのリセット」であったと分析されます。
5-2. 新体制下の技術開発分担:「リーダー・フォロワー」戦略
この「IPのリセット」を可能にした処方箋が、2023年の合意に先立つ2022年1月27日に発表された、アライアンスの新たな技術開発ロードマップ「Common Roadmap Alliance 2030」¹⁴です。このロードマップは、将来の技術開発における各社の役割分担、すなわち「リーダー・フォロワー」戦略を明確に定義しました。
この戦略的分担において、日産とルノーがそれぞれリード(主導)する分野は、以下のように明確に棲み分けられました¹⁴。
日産がリードする分野:
- 全固体電池(ASSB)技術: 日産は、アライアンスの全メンバーの利益のために、革新的な全固体電池技術の開発をリードする¹⁴ ³⁰。
ルノーがリードする分野:
- 共通の集中型E/E(電気/電子)アーキテクチャ: ルノーが開発をリードする¹⁴。
- 初の完全ソフトウェア定義型車両(full software defined vehicle: SDV): ルノーが2025年までに最初のモデルを投入する¹⁴。
この合意は、日産の知財戦略における最大の戦略的決断であったと言えます。
5-3. アライアンス戦略の核心:「ハード」と「ソフト」のトレードオフ
この技術分担(棲み分け)は、日産が自社の未来を賭ける「ASSB」¹⁴(第3章で詳述)、すなわち次世代EVの「ハードウェア」の根幹となる技術のIPリーダーシップを確保したことを意味します。
その「代償」として、日産は、次世代の車両の「頭脳」であり「神経系」にあたる「E/Eアーキテクチャ」および「SDV(ソフトウェア)」¹⁴という、もう一方の最重要領域の開発リード権をルノーに委ねました。
これは、アライアンス全体で見た場合、日産とルノーが同じ領域(例:SDVの基盤OS)で重複したR&D投資を行うことを避け、リソースを効率化する²¹ための、極めて合理的な経営判断です。
5-4. 具体的な共同プロジェクトと知財の活用
この新たな分担に基づき、アライアンスはラテンアメリカ、インド、欧州などで具体的な共同プロジェクトを推進します¹²。
- 欧州での連携: 日産は、ルノー・グループが設立したEVとソフトウェアの新会社「Ampere(アンペア)」に対し、「強力なパートナー」²⁰として出資・参画します²²。
- プラットフォームの共同利用: 日産の欧州市場における次期コンパクトEV(マイクラの後継車)は、ルノーが設計・製造し、アライアンスの共通プラットフォーム(CMF-BEV)をベースに開発されます¹² ¹⁴。
- 共同開発の継続: 共通の800Vアーキテクチャや、CMF-AEV(AセグメントEV)プラットフォーム¹²など、過去の共同IP資産を新体制下でも引き続き活用していきます。
5-5. パートナー戦略の戦略的示唆
2023年のアライアンス再編¹³ ²³は、日産にとって「アライアンスの呪縛」から「アライアンスの活用」へと舵を切る転機となりました。
日産は、この再編交渉において、「ASSB」¹⁴という自社の技術的優位性(将来のIP)を交渉カードとして使い、アライアンス内で「ASSBの技術リーダー」という不可欠な地位を確立しました。
しかし同時に、ルノーが主導する「SDVプラットフォーム」¹⁴に自社の未来のEVを乗せるという、重大な「戦略的依存」を選択しました。日産の知財戦略は、もはや自社単独で完結するものではなく、ルノー(およびAmpere)というパートナーとの「共同IP」の管理・運営を前提とした、より複雑で高度なものへと移行したのです。
この「ハード(電池)の日産」と「ソフト(OS)のルノー」¹⁴という非対称な技術的共存関係を、いかにしてガバナンスしていくか。これが、日産の知財戦略における最大のテーマであり、同時に最大のリスク(第7章で詳述)であると結論付けられます。
当章の参考資料
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競合比較
日産の知財戦略は、その企業規模、アライアンスという特異な形態、そして「選択と集中」という歴史的経緯を反映したユニークなものです。この戦略の有効性を評価するため、①国内競合(トヨタ・ホンダ)、②EV先駆者(Tesla)、③新興勢力(中国・BYD/Huawei)という三つの異なる軸の競合と比較分析を行います。
6-1. 軸①:国内競合(トヨタ・ホンダ)との「量」と「質」の比較
自動車産業は伝統的に、主要な技術領域を幅広くカバーする「特許網」を構築し、他社の参入障壁とすること(設計の自由度を確保すること)が競争力の源泉の一つでした。この「量」の側面で、日産と国内競合他社を比較します。
知財ポータルサイト「IP Force」が集計した、自動車業界における2025年発行公報に基づく特許ランキング⁶(2025年11月6日更新データ)は、明確な差を示しています。
**2025年 特許出願公開件数(量)**⁶
- 1位: トヨタ自動車株式会社 (5,001件)
- 2位: 本田技研工業株式会社 (1,209件)
- 4位: 日産自動車株式会社 (421件)
**2025年 特許取得件数(権利化)**⁶
- 1位: トヨタ自動車株式会社 (3,851件)
- 2位: 本田技研工業株式会社 (1,029件)
- 3位: 日産自動車株式会社 (529件)
このデータから読み取れる事実は、日産の年間特許出願件数(421件)が、トヨタ(5,001件)の約12分の1、ホンダ(1,209件)の約3分の1に過ぎないという点です。これは、日産がトヨタやホンダとは異なり、特許出願の「量」で競合を圧倒する戦略を採っていない(あるいは、採ることができない)ことを示しています。
この「量」の不足は、日産が1990年代末の経営危機以降、R&Dリソースの「選択と集中」を余儀なくされてきた歴史的経緯の表れであると推察されます。トヨタがハイブリッド(HV)⁷から燃料電池車(FCV)、EV、さらには内燃機関の革新まで全方位に膨大な特許網を敷く「全方位戦略」を採るのに対し、日産は意図的に戦線を絞り込んでいます。
日産が選択した戦略は、「量」ではなく「質」の追求です。すなわち、第1章で分析したように、ポートフォリオの60%を「CASE」に集中させ¹、さらに第3章で見たように、そのリソースを「ASSB」¹¹という特定の一点にフォーカスさせる「一点突破」型の戦略です。
興味深い点は、出願件数(421件)に対して取得件数(529件)が上回っている(*注:集計年度のズレや出願から登録までのタイムラグを考慮する必要があります)⁶ことであり、これは出願戦略自体を厳選し、権利化の確度が高い(=価値が高いと判断した)発明に絞り込んでいる可能性を示唆しています。
6-2. 軸②:Teslaの「特許開放」戦略との比較
EVの普及を加速させたTeslaの知財戦略は、日産とは対極的なアプローチでした。2014年、Teslaは同社の保有特許(当時約200件+出願中約300件)を「誠意をもって使用する」他社に対して開放する(侵害を主張しない)と宣言しました⁷。
この「特許開放」の真の狙いは、IT業界的なオープンマインドではなく、自動車産業特有の「産業構造の壁」を打破することにありました⁷。当時の自動車産業(特にサプライヤー)は、100年続いた「内燃機関(エンジン)」に最適化されており、電池メーカーですらEV用よりもHV用やアイドリングストップ車用電池を重視していました⁷。
Teslaは、この「内燃機関の産業構造」こそが真の敵であると定義し、特許を開放することで既存サプライヤーや新規参入者がEV関連部品(電池、充電インフラ等)に投資しやすくなるよう促し、「EVによる産業構造」そのものを早期に構築することを目指しました⁷。
これに対し、日産の「IPエコシステム」¹は、市場活性化という目的は共有しつつも、手法が異なります。日産は、第4章で見たように、技術を「無償開放」するのではなく、自社の管理下で「有償ライセンス」¹⁵ ¹⁶の形で異業種に提供し、R&D投資の回収(収益化)と技術の普及を両立させる、より伝統的かつ現実的なマネタイズ戦略を採っています。
6-3. 軸③:中国EV企業(BYD・Huawei)の「戦略モデル」との比較
現在の自動車産業は、中国の新興勢力が仕掛ける「未来のモビリティプラットフォーム戦争」⁸の渦中にあります。BYDとHuawei(ファーウェイ)の戦略は、日産の立ち位置を相対化する上で示唆に富みます。
**BYDのモデル(ハードウェア垂直統合型)**⁸
- 戦略: EVの構成要素のほぼすべて(バッテリー、半導体、車体)を自社開発・生産する「垂直統合モデル」。
- 知財: 同社の代名詞である「ブレードバッテリー」関連(数千件)や、車体と電池を一体化する「セル to ボディ」など、ハードウェアと製造プロセスの特許で他社を圧倒。ハードウェアの基盤とコスト競争力をIPで固めています。
**Huaweiのモデル(ソフトウェア・プラットフォーム型)**⁸
- 戦略: 「自社で車は作らない」と宣言し、通信機器(ICT)の知見を活かし、車載OS「HarmonyOS」を中心としたソフトウェア・プラットフォームを提供。
- 知財: 「V2X(車車間・車路間通信)」「AIによる走行支援」「OTA(Over The Air)アップデート」といった、ソフトウェアと通信に関する特許ポートフォリオが核心。AITOブランドなどにOSを供給しています。
日産は、この両極端なモデルの中間に位置します。
日産が第3章で見た「ASSB」¹¹の開発に注力する戦略は、BYD型の「キーハードウェアIP」を押さえる戦略です。
一方、日産が第5章で見たアライアンス¹⁴において、「SDV(ソフトウェア)」のリードをルノーに委ねた戦略は、Huawei型の「プラットフォーム」戦略の重要性を認識し、それをアライアンス全体(ルノー主導)で構築する道を選んだものと言えます。
6-4. 【表1】主要競合との知財戦略比較
|
比較軸
|
日産自動車
|
トヨタ自動車
|
Tesla (グローバル)
|
BYD (中国)
|
Huawei (中国)
|
|
基本戦略
|
IPエコシステム¹
選択と集中(CASE 60%)¹
|
全方位ポートフォリオ
(HV⁷, FCV, EV)
|
産業構造の構築
(特許開放)⁷
|
ハードウェア垂直統合⁸
|
ソフトウェア・プラットフォーム⁸
|
|
中核IP領域
|
ASSB¹¹
e-POWER²⁸, AVM¹⁵
生産技術¹⁵
|
ハイブリッド(THS)⁷
FCV, 全固体電池
(出願件数 1位)⁶
|
EV制御
バッテリーマネジメント
|
ブレードバッテリー⁸
セル to ボディ⁸
(ハードウェアIP)
|
HarmonyOS⁸
V2X, AI, 通信⁸
(ソフトウェアIP)
|
|
出願傾向
(国内2025年)⁶
|
4位 (421件)⁶
「量」より「質」¹
|
**1位 (5,001件)**⁶
「量」で圧倒
|
- (グローバル)
|
- (グローバル)
|
- (グローバル)
|
|
IP活用
|
異業種ライセンス
(有償)¹⁵ ¹⁶
アライアンス内分担¹⁴
|
アライアンス内活用
一部ライセンス(HV)
|
エコシステム構築
(原則無償)⁷
|
自社製品の独占
(サプライチェーン支配)
|
OSライセンス
(AITOブランド等)⁸
|
6-5. 競合比較からの戦略的示唆
日産の特許出願件数の少なさ⁶は、一見すると弱点に見えますが、これは経営リソースを意図的に絞り込み、アライアンス¹⁴という協業体制を前提とした、合理的な戦略の結果であると推察されます。
トヨタが「全方位」のIP網で他社を寄せ付けない「帝国」を築こうとしているのに対し、またBYD⁸やHuawei⁸がハードとソフトで「プラットフォーマー」になろうとしているのに対し、日産の戦略は異なります。
日産の戦略は、アライアンスという「エコシステム」の中で、自らが「ASSB」¹¹という代替不可能なキーコンポーネントのIPを独占的に握ることで、エコシステム内での存在価値と交渉力を最大化する「キーコンポーネント・サプライヤー」戦略、あるいは「技術的アンカー」戦略と呼ぶべきものであると分析できます。この戦略において、特許出願の「量」⁶はもはや重要な経営指標ではないのです。
当章の参考資料
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リスク・課題(短期/中期/長期)
日産自動車が推進する「選択と集中」および「アライアンス活用」を前提とした知財戦略は、合理的である一方で、その戦略的決断に起因する特有のリスクと課題を内包しています。リスクの性質は、伝統的な「特許侵害」から、より無形で管理が困難な「営業秘密の漏洩」や「技術的依存」へと質的に変化しています。
7-1. 短期的リスク:内部からの情報漏洩(営業秘密の管理)
特許ポートフォリオ(公開されたIP)の重要性とは裏腹に、企業の競争力の源泉は、しばしば特許出願されずに「営業秘密」として秘匿されたノウハウ(製造プロセス、商品企画情報、原価データなど)にあります。この営業秘密の管理は、人材の流動性が高まる現代において、企業が直面する最も短期的かつ深刻なリスクの一つです。
日産は過去、この営業秘密の漏洩に関する重大な刑事事件を経験しています。
**日産営業秘密刑事事件(最高裁決定:最二決平成30年12月3日)**¹⁰ ⁴
- 事案の概要: 日産の従業員(被告人Y)が、勤務先を退職し同業他社へ転職する直前に、日産が秘密として管理していた「自動車の商品企画に関する情報」などのデータファイル(営業秘密)を、自己所有の私物ハードディスクに複製した⁴。
- 法的な争点: この複製行為が、不正競争防止法第21条第1項第3号にいう「不正の利益を得る目的」で行われたかどうかが最大の争点となりました⁴。
- 最高裁の判断: 最高裁は、「当該複製がY自身又は転職先その他の勤務先以外の第三者のために退職後に利用することを目的としたものであったことは合理的に推認できる」とし、「不正の利益を得る目的」があったと認定。被告人Yの有罪が確定しました⁴。
この事件が日産の知財戦略に与える教訓は重大です。どれほど強力な特許ポートフォリオ(例:ASSB)を構築したとしても、その中核となる製造プロセスや、市場投入前の商品企画情報といった「営業秘密」が内部から流出すれば、競争優位性は一瞬にして失われます。
第3章で分析したASSBの「ドライ電極」技術⁹や、第4章の「ニッサンプロダクションウェイ」²のような「ノウハウ」は、特許として公開する部分と、営業秘密として厳格に秘匿する部分の切り分け(IPポートフォリオの再定義)と、従業員に対する徹底した管理体制の構築が、短期的な最重要リスク対策となります。
7-2. 中期的リスク:ソフトウェアデファインドビークル(SDV)への対応と技術的依存
自動車産業が「ハードウェア(モノ)」中心から「ソフトウェア(コト)」中心へと移行する「SDV(ソフトウェア・デファインド・ビークル)」¹¹ ⁵のトレンドは、日産の知財戦略にとって中核的な課題です。
SDV化がもたらす知財の課題⁵
SDV化は、従来の車両開発のあり方を根本から覆します。
- E/Eアーキテクチャの変革: 部品メーカーとの「すり合わせ」で個別に配置されていたECU(電子制御ユニット)は、車両の要所に少数の高性能ECUを配置する「全体最適型」へと再構成されます⁵。
- 開発手法の転換: ソフトウェアがOTA(Over The Air)で更新されることを見越し、発売時点でハードウェアを「オーバースペック」にする長期視点の開発が求められます⁵。
- 二律背反の発生: 「車両制御」など命に関わる領域では絶対的な「安全性追求」が求められる一方、「インフォテインメント」などでは市場のフィードバックで進化する「β版リリース」が重要となり、企業は相反する開発・リスク思想の管理を迫られます⁵。
日産が直面する固有の課題:ルノーへの依存
このSDV化という業界全体の課題に対し、日産は第5章で分析した通り、アライアンスとして「ルノーがSDVおよびE/Eアーキテクチャの開発をリードする」¹⁴という戦略的決断を下しました。
これは、日産がSDVの基盤となるOS(オペレーティング・システム)やE/Eアーキテクチャという、次世代自動車の「頭脳」と「神経系」の中核IPを、パートナーであるルノーに委ねることを意味します。
この決断は、アライアンス内の開発リソースの重複を避けるという点では合理的です。しかし、中期的には、日産はルノーが定義するソフトウェア・プラットフォーム上でしか自社のアプリケーション(例:e-4ORCEの制御ロジック)を開発できないという、「技術的従属」のリスクを負うことになります。
PC業界において、ハードウェアメーカー(例:Dell, HP)が、プラットフォーマー(Microsoft, Intel)のOSやCPUのロードマップに依存せざるを得ないのと同様の構図が、アライアンス内部で発生する可能性があるのです。
7-3. 長期的リスク:二つの「戦略的賭け」の成否
日産の知財戦略は、長期的に見て、二つの大きな「賭け」の上に成り立っていると言えます。
リスク1:アライアンスの不安定化
前述のSDVの技術的依存¹⁴は、ルノー・日産のアライアンス関係が安定的かつ良好に継続することを大前提としています。しかし、1999年以降のアライアンスの歴史が示すように、両社の関係は経営陣の交代や政治的(例:フランス政府)な思惑によって、常に不安定化するリスクをはらんでいます。
もし将来、アライアンス関係が再び悪化した場合、2023年に整理された「共同所有IP」¹³ ²³の利用(特にSDVのOS利用)が制限されたり、法的な係争に発展したりする可能性があります。その時、日産は「最高の電池(ASSB)」¹¹を持っていても、それを動かす「最新のOS(SDV)」¹⁴を持たないという、深刻な事態に陥るリスクがあります。
リスク2:ASSB開発の遅延または陳腐化
日産の戦略は、アライアンス内での技術的優位性を「ASSB」¹¹ ¹⁴に依存しています。「2028年度」¹¹という公約が、技術的な問題やサプライチェーンの課題(例:LiCAPとの連携の難航²⁹)によって遅延した場合、日産のアライアンス内での交渉力は著しく低下します。
さらに、トヨタ自動車やBYD⁸といった競合他社が、日産よりも先んじて、あるいは同等以上の性能・コストの全固体電池を市場に投入した場合、日産が「選択と集中」によって築こうとした技術的優位性(IP)は、その価値を失う(陳腐化する)ことになります。
7-4. 【表2】日産知財戦略におけるリスクマトリクス
|
リスク分類
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具体的内容
|
発生時期
|
影響度
|
関連資料
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内部(人材・機密)
|
従業員による「営業秘密」(商品企画、ASSB製造ノウハウ)の持ち出し
|
短期
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高
|
⁴, ¹⁰
|
|
外部(技術)
|
SDVへの対応遅延、およびE/Eアーキテクチャのルノーへの依存
|
中期
|
甚大
|
⁵, ¹¹, ¹⁴
|
|
外部(市場)
|
中国勢(BYD/Huawei)によるハード/ソフト両面でのプラットフォーム戦争⁸
|
中期
|
甚大
|
⁸
|
|
戦略(提携)
|
アライアンスの不安定化による「共同所有IP」¹³ ²³の利用制限、または「SDV」の供給リスク
|
中・長期
|
甚大
|
¹³, ¹⁴, ²³
|
|
戦略(開発)
|
「ASSB」実用化(2028年度)¹¹の遅延、または競合による技術的凌駕
|
長期
|
甚大
|
⁹, ¹¹, ²⁹
|
日産の知財戦略は、「選択と集中」の裏返しとして、その選択した領域(ASSB)と、依存することを選択した領域(アライアンス/SDV)に、リスクが集中する構造となっていることがわかります。
当章の参考資料
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今後の展望(政策/技術/市場動向との接続)
日産の知財戦略は、同社がコントロールできる内部要因だけでなく、グローバルな政策、技術革新、市場動向という三つの外部要因と密接に接続しながら、その有効性を問われ続けることになります。特に「SDV化の進展」と「プラットフォーム戦争」は、日産が選択した「ハード(ASSB)とソフト(アライアンス)」の戦略¹¹ ¹⁴の成否を占う試金石となります。
8-1. SDV化の進展とソフトウェア特許の重要性増大
今後の自動車市場は、SDV(ソフトウェア・デファインド・ビークル)¹¹ ⁵化のトレンドが不可逆的に進展します。PwCの分析によれば、完成車メーカーの収益源は、従来の「車両販売収益」から、ADAS(先進運転支援システム)、保険、メンテナンス、充電などにおける「ソフトウェア更新を通した収益創出」⁵(例:サブスクリプション型ビジネス)へと移行していきます。
この市場動向は、知的財産の主戦場が「ハードウェア(部品・構造)」から「ソフトウェア(アルゴリズム)」、「UX(ユーザー体験)」、「ビジネスモデル」へと急速に移行することを意味します。
WIPO(世界知的所有権機関)のグローバルな特許動向も、このシフトを裏付けています。2023年から2024年にかけて、世界の特許出願はアジア(特に中国)が牽引しており¹³ ¹⁵、技術分野別では「コンピュータ技術」が(既に高いベースからにもかかわらず)年間10%以上の率で加速し、全分野の12.4%を占める最大の技術分野となっています¹⁵。
さらに、PCT(国際特許出avan)の企業別ランキング(2024年)では、1位 Huawei、2位 Samsung Electronics、3位 Qualcomm、4位 LG Electronics、5位 Contemporary Amperex Technology (CATL)¹² ¹³となっており、上位5社のうち4社までが伝統的な自動車メーカーではなく、ICT企業またはバッテリー企業です。
このマクロトレンドは、自動車産業が「ICT産業」へと変貌していることを明確に示しています。日産にとって、このソフトウェア領域のIP戦争は、第5章で分析したアライアンス戦略、すなわち「ルノーがSDV/E&Eアーキテクチャをリードする」¹⁴という枠組みの中で戦うことになります。日産の今後の展望は、ルノーが構築するOS(ソフトウェアIP)と、日産が提供するハードウェアIP(ASSB)およびアプリケーションIP(例:e-4ORCEの制御アルゴリズム²⁸)を、いかにシームレスに統合し、魅力的なユーザー体験として提供できるかにかかっています。
8-2. 「モビリティプラットフォーム戦争」における日産の立ち位置
競合分析(第6章)で見た通り、現在の市場は「ハードウェア(BYD)」、「ソフトウェア(Huawei)」、「エコシステム(Tesla)」の覇権をめぐる「未来のモビリティプラットフォーム戦争」⁸の様相を呈しています。
この戦争において、日産が選択した「キーコンポーネント・サプライヤー」戦略、すなわち「ASSB」¹¹への集中的なIP投資は、明確な成功シナリオを描いています。
成功シナリオ:ASSBによる「デファクトスタンダード」化
日産が、公約通り2028年度¹¹に、競合を凌駕するコストと性能(充電時間3分の1)¹¹を持つASSBの量産化に成功したと仮定します。この成功の核心が、第3章で分析した「ドライ電極」⁹のような、他社が容易に模倣できない「製造プロセスIP」であった場合、日産は強力な交渉力を手にします。
まず、アライアンス(ルノー・三菱)は、日産のASSBを採用することで、市場で圧倒的な競争力を持つEVを(ルノー主導のSDVプラットフォーム¹⁴上で)展開できます。
次に、日産はこのASSBを、アライアンス外の他社(例:二輪車メーカー、航空宇宙産業、あるいは他の自動車メーカー)に対しても供給・ライセンスする戦略的選択が可能になります。これは、第4章で見た「成熟技術(AVM、LiB)」¹⁵ ¹⁶のライセンス戦略を、次世代の最重要技術(ASSB)で再現するものです。
このシナリオが実現した場合、日産は自ら「プラットフォーマー(例:Huawei)」⁸になるのではなく、プラットフォーマー(アライアンスを含む)が選択せざるを得ない、代替不可能な中核部品(ASSB)のIPを握る「デファクトスタンダード・ホルダー」として、モビリティ市場における確固たる地位を築くことができます。
8-3. 政策動向(カーボンニュートラル)との接続
日産のASSB戦略¹¹は、各国政府が進める「2050年カーボンニュートラル」¹⁹(日本、欧州、米国など)という強力な政策動向に完璧に合致しています。ガソリン車とのコストパリティ¹¹を実現するASSBは、EVの普及を爆発的に加速させ、脱炭素化を推進する「切り札」となり得ます。
日産のIP戦略は、この「脱炭素」というグローバルな政策的追い風を、自社の技術的優位性に直結させるためのロードマップとして機能しているのです。
8-4. 今後の展望の総括
日産の今後の展望は、「ASSB(ハードウェアIP)」と「アライアンス(共同ソフトウェアIP)」¹¹ ¹⁴という二つの柱に集約されます。
WIPOのデータ¹² ¹³が示すように、イノベーションの主流がICT・ソフトウェアに移る中で、日産はあえてその領域のリードをパートナー(ルノー)¹⁴に託しました。これは、日産が自社の真の強み(モノづくり、生産技術、電池開発)に回帰し、その領域(=ASSB)¹¹で絶対的なIPを確立することに全リソースを賭ける、という「非対称な共存」を選択したことを意味します。
2028年度¹¹、この二つの柱(ルノーのOSと日産の電池)が組み合わさった時、日産は新たな成長軌道に乗る可能性があります。その成否は、今後数年間のASSBのR&Dの進捗と、アライアンスのIPガバナンスの安定性にかかっています。
当章の参考資料
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戦略的示唆(経営/研究開発/事業化の観点でアクション候補)
これまでの分析に基づき、日産自動車がその知財戦略をさらに強化し、将来の競争優位性を確実にするために検討すべき戦略的なアクション候補を、「経営」「研究開発(R&D)」「事業化」の三つの観点で提言します。これらの示唆は、同社が選択した「ASSB(ハード)への集中」と「SDV(ソフト)のアライアンス依存」¹¹ ¹⁴という基本戦略を、いかに成功に導くかという点に焦点を当てています。
9-1. 経営への示唆
- アライアンス知財ガバナンスの恒久的な強化
日産の未来は、ルノーとのアライアンス、特にルノーが主導するSDV/E&Eアーキテクチャ¹⁴と、ルノーの新会社「Ampere」²⁰の成功に深く依存しています。この「戦略的依存」は、管理されなければ最大のリスクとなります。
- アクション候補:
- 第2章で分析した「知的財産専門支援委員会」¹(または専門のタスクフォース)が、アライアンス間のIPライセンス契約(特にSDVのOS利用権、データ所有権、派生IPの帰属)を継続的に監視・評価する体制を恒久化する。
- 2023年に整理された「共同所有IP」¹³ ²³について、アライアンス関係が(万が一)悪化した場合や、パートナーが第三者に買収された場合といった、あらゆるシナリオを想定した「IP利用権のアクセス保証」に関する法的防御策を、平時から構築・見直し続ける。
- 「営業秘密」防衛体制への最高レベルの投資
第7章で分析した「日産営業秘密刑事事件」⁴ ¹⁰は、内部リスクの深刻さを示しています。日産の競争力の源泉が、公開される「特許」から、秘匿された「ノウハウ」へ移行するほど、このリスクは増大します。
- アクション候補:
- 「ASSBの製造プロセス(ドライ電極)」⁹や、LiCAPとの共同開発²⁹の成果、将来の「商品企画情報」⁴を、企業の最重要機密(トップシークレット)として再定義する。
- これらノウハウへのアクセス権限の厳格化、サプライチェーン(LiCAP等)との機密保持契約の強化、および退職者・転職者(特に競合他社へ)に対するフォレンジック(デジタル証拠追跡)を含む監視体制の強化に、最高レベルの経営リソース(予算・人材)を配分する。
- 「量より質」戦略の徹底とIR(投資家向け広報)
第6章で示した通り、日産の特許出願件数はトヨタの10分の1以下です⁶。これは投資家から「R&Dが停滞している」という誤ったシグナルとして受け取られかねません。
- アクション候補:
- 特許の「量」⁶ではなく、「質」(CASE比率60%¹、ASSBへの集中¹¹)こそが、意図した戦略(選択と集中)であると、IR活動を通じて投資家に積極的に説明する。
- 「IPエコシステム」¹や「異業種ライセンス」¹⁵による収益(R&D投資の回収)を、具体的な数値として(可能な範囲で)開示し、IP部門がコストセンターではなくプロフィットセンターであることを明確化する。
9-2. 研究開発(R&D)への示唆
- ASSB開発(2028年度)の死守と「ブラックボックス」化
R&D部門の最優先事項は、全社戦略の根幹であるASSB開発¹¹を、公約通り2028年度までに成功させることです。
- アクション候補:
- ASSB開発(特に「ドライ電極」⁹)に関するリソース配分を、全社R&Dの最優先とする。
- IP戦略として、ASSBの「基本特許(化学組成など)」は出願して権利保護する一方、最も模倣が困難で競争力の源泉となる「製造プロセスIP」(装置、温度・圧力パラメータ、品質管理ノウハウ)は、あえて特許出願せず、「営業秘密(ノウハウ)」としてブラックボックス化する戦略を採る。
- ソフトウェア領域における「フォロワー」戦略の最適化
SDVの基盤OSはルノーが主導¹⁴するため、日産のR&Dは「フォロワー」としての戦い方が求められます。
- アクション候補:
- ルノーのE/Eアーキテクチャ¹⁴上で、日産独自の価値をアドオンする「アプリケーション層」のIP取得にR&Dリソースを集中させる。
- 具体的には、日産が伝統的に強みを持つ「制御技術」(例:e-4ORCEの緻密なモーター制御²⁸)、「センサー技術」(例:AVMのアルゴリズム¹⁵)、「エネルギーマネジメント」(例:e-POWERの効率最適化²⁸)といった領域で、ルノーのOS上で動作する独自のソフトウェアIP群を構築する。
9-3. 事業化(ライセンス・新規事業)への示唆
- SDV時代に対応した新ライセンスモデルの構築
第4章で見たライセンス事業は、ハードウェア(生産技術¹⁵、AVM¹⁵)が中心でした。SDV時代⁵には、ソフトウェアIPのライセンスが新たな収益源となり得ます。
- アクション候補:
- R&Dが開発する「アプリケーション層」のIP(例:e-4ORCEの制御アルゴリズム、e-POWERのエネルギーマネジメント技術²⁸)を、自動車以外の他業種(例:産業用ドローン、建設機械、農業機械、地域エネルギー管理システム)に対してライセンス供与する、新たなビジネスモデルを構築する。
- 「ASSB」のライセンス戦略の事前策定
2028年度以降¹¹、ASSBの量産に成功した場合、そのIP(および製品)をどう扱うかは、経営の最重要アジェンダとなります。
- アクション候補:
- ASSBのIP戦略について、以下の選択肢を事前に策定・シミュレーションしておく。
- 独占戦略(BYD型)⁸: アライアンス内でのみ使用を許可し、技術的優位性を独占する。
- 標準化戦略(Tesla型)⁷: 広くライセンス供与(または無償開放)し、ASSB市場のデファクトスタンダードを握り、エコシステム全体を支配する。
- 管理的ライセンス戦略(日産・現行型)¹⁵: 管理された形で、非競合の他業種(二輪、航空宇宙など)に有償ライセンスし、R&D投資を回収する。
日産の知財戦略は、「自社IPの強化(ASSB)」¹¹と「アライアンスIPの管理(SDV)」¹⁴という、二正面作戦を同時に遂行することを要求されています。R&DはASSBという「剣」を研ぎ澄まし、経営・法務はアライアンスという複雑な「鞘」を管理し続ける。この両輪の実行こそが、日産の未来の競争力を左右すると結論付けられます。
当章の参考資料
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- https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/journal/next-generation-mobility/next-generation-mobility24-01.html
- https://weekly.ascii.jp/elem/000/002/624/2624055/
- https://vision00.jp/topic/10266/
- https://vision00.jp/topic/10266/
総括
本レポートは、日産自動車の知的財産戦略が、過去の経営危機と24年間にわたるアライアンスの歴史を反映し、「全方位」型のポートフォリオ構築から、「選択と集中」型の戦略的資産の構築へと大きく舵を切ったことを明らかにしました。
本分析における最重要論点は二つ存在します。
第一に、アライアンスの「IPリセット」と「戦略的依存」の選択です。2023年のアライアンス新体制への移行は、単なる資本関係の是正に留まらず、24年間で蓄積された「共同所有IP」¹³ ²³を法的に整理・清算する、歴史的な知財交渉でした。その結果、日産は「ASSB(全固体電池)」¹⁴というハードウェアの知財リーダーシップを確保する一方、次世代自動車の頭脳である「SDV(ソフトウェア)およびE/Eアーキテクチャ」¹⁴の主導権をルノーに委ねるという、明確な技術分担を選択しました。
第二に、「ASSB」への一点突破戦略です。国内特許出願件数では競合他社に大きく水をあけられている(トヨタの約12分の1)⁶日産にとって、2028年度の実用化を目指す「ASSB」¹¹は、単なる次世代技術の一つではありません。それは、日産がアライアンス内外で存在価値を発揮し続けるための、最も重要な「戦略的賭け」です。日産は、ASSBの化学組成だけでなく、「ドライ電極」⁹に代表される「製造プロセスIP」をブラックボックス化・秘匿化することで、他社が模倣不可能な競争優位(技術的アンカー)を確立しようとしています。
これらの分析に基づく、経営の意思決定への含意は明確です。日産経営陣は、この「ハード(日産)とソフト(ルノー)の非対称な共存」¹⁴というアライアンス戦略が、中長期的に日産の技術的独立性と事業の自由度を担保し続けられるか、常に監視し、交渉し続ける必要があります。
同時に、研究開発部門は、ASSB開発という「公約」¹¹を死守することが、アライアンス内外における日産の存在価値そのものを定義する最重要課題となります。日産の知財戦略の成否は、この二つの戦略的賭けが成功裏に実行されるかどうかにかかっています。
参考資料リスト(全体)
- https://www.nissan-global.com/JP/SUSTAINABILITY/LIBRARY/SR/2024/ASSETS/PDF/DB24_J_P080-082.pdf
- https://www.jstage.jst.go.jp/article/johokanri/55/4/55_282/_html/-char/ja
- http://www.jipa.or.jp/kaiin/kikansi/honbun/2005_01_0089.pdf
- https://www.travelingintuscany.com/art/pierodellafrancesca/hercules.htm?s-news-5398310-2025-11-05-nissan-jidousha-saisyodai-elui-shougatutai-denchi-shijitsuka-keikaku
- https://www.nissan-global.com/JP/SUSTAINABILITY/LIBRARY/SR/2024/ASSETS/PDF/DB24_J_P017-020.pdf
- https://patent-i.com/report/jp/theme/3G384/
- https://weekly.ascii.jp/elem/000/002/624/2624055/
- https://vision00.jp/topic/10266/
- https://lumenci.com/patent-portfolio/byd/
- https://jpaa-patent.info/patent/viewPdf/3497
- https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/journal/next-generation-mobility/next-generation-mobility24-01.html
- https://www.wipo.int/web/ip-statistics/w/use-of-wipo-s-global-ip-registries-for-patents-trademarks-and-designs-grew-in-2024
- https://www.wipo.int/en/ipfactsandfigures/patents
- https://www.wipo.int/web-publications/world-intellectual-property-indicators-2024-highlights/en/patents-highlights.html
- https://www.wipo.int/edocs/pubdocs/en/wipo-pub-941-2024-en-world-intellectual-property-indicators-2024.pdf
- https://patentscope.wipo.int/
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- https://ipforce.jp/Data/bunya/brid/1
- https://global.nissannews.com/releases/nissan-ambition-2030-vision-to-empower-mobility-beyond
- https://media.renaultgroup.com/renault-and-nissan-conclude-definitive-agreements/
- https://www.nissan-global.com/EN/IR/TSE/ASSETS/2023/PDF/20230206_tse_e.pdf
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- https://www.aoshearman.com/en/news/allen-overy-advises-nissan-on-historic-renegotiation-of-its-alliance-with-renault-and-mitsubishi
- https://global.nissannews.com/en/channels/renault-nissan-mitsubishi
- https://nagasakihatsumei.sakura.ne.jp/ippansyadan/kaihoutokkyo/nissan-seeds.pdf
- https://www.just-auto.com/features/infiniti-nissan-future-models-2025-2035/
- https://www.nissan-global.com/EN/COMPANY/PLAN/AMBITION2030/
- https://www.nissan-global.com/EN/INNOVATION/TECHNOLOGY/ELECTRIFICATION/
- https://global.nissannews.com/en/channels/channel-NNG243?query=Lithium-&sortOrder=Relevance
- https://electrek.co/2022/01/27/nissan-teases-retro-styled-micra-ev-solid-state-batteries-for-europe-e23-billion-investment/
引用文献
- 日産自動車、長期ビジョン「Nissan Ambition 2030」を発表, 11月 6, 2025にアクセス、 https://global.nissannews.com/releases/nissan-ambition-2030-vision-to-empower-mobility-beyond
- Long-term vision: Nissan Ambition 2030 | Our Company | Nissan ..., 11月 6, 2025にアクセス、 https://www.nissan-global.com/EN/COMPANY/PLAN/AMBITION2030/
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- 2025年11月時点の情報に基づきます
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