3行まとめ
新冷媒R32の特許400件超を無償開放し、市場を創造
地球温暖化係数の低い新冷媒「R32」関連特許を400件以上も無償開放し、業界標準を形成しました。同時にインバータなどのコア技術は「クローズ戦略」で守り、競争優位性を確保しています。
約700名が在籍するR&D拠点「TIC」に知財担当を配置
研究開発拠点「TIC」(技術者約700名)に知財担当者を配置し、戦略経営計画「FUSION25」の3つの成長テーマと連動した知財活動を初期段階から組み込んでいます。
AI・IoTを活用したソリューション事業へ知財の重点をシフト
従来のハードウェア中心から、AI・IoTを活用したソリューション事業の推進に伴い、ソフトウェアやビジネスモデル特許の重要性が増大。IPランドスケープを活用し、戦略的なポートフォリオを構築しています。
エグゼクティブサマリ
本レポートは、ダイキン工業株式会社(以下、ダイキン)の知的財産(以下、知財)戦略について、一次情報を基に網羅的かつ深く分析したものです。同社の知財戦略は、単なる権利保護の枠を超え、事業戦略と社会課題解決を統合する経営の中核機能として位置づけられています。
- 経営戦略との完全な統合: 知財戦略は、戦略経営計画「FUSION25」に掲げる「カーボンニュートラルへの挑戦」「顧客とつながるソリューション事業の推進」「空気価値の創造」という3つの成長戦略テーマを直接的に実現するための駆動力として設計されています¹⁹, ²¹。
- 「オープン&クローズ戦略」の巧みな実践: 地球温暖化係数の低い冷媒R32関連特許の無償開放という「オープン戦略」により、業界標準を形成し市場を拡大させました²³, ²⁷。同時に、インバータなどのコア技術は「クローズ戦略」で守り、競争優位性を確保していますᵇ³。
- 「協創」によるエコシステム構築: スタートアップや大学との連携(協創)を通じて、単独では成し得ない技術革新を加速させています¹¹。特に、共同でグローバルな知財ポートフォリオを構築するモデルは、パートナーとの強固な関係を築き、新たな価値創出のエコシステムを形成しています²⁵。
- 研究開発と一体化した組織体制: 技術開発拠点「テクノロジー・イノベーションセンター(TIC)」に知財担当者を配置し、研究開発の初期段階から知財戦略を組み込むことで、質の高い特許創出と事業貢献を最大化しています¹⁹, ²⁶。
- グローバル知財管理の強化: 海外拠点との連携を密にし、グローバルな知財ポートフォリオの拡充と、各地域の実情に応じた知財体制の構築を進めています²⁷。先進的な知財管理システム「IPfolio」の導入は、増大するポートフォリオの効率的な管理を目指すものです¹⁰。
- 社会課題解決への貢献: R32冷媒特許の無償開放は、業界全体の環境負荷低減を促すものであり、企業の社会的責任(CSR)と事業成長を両立させる知財活用の象徴的な事例です⁹, ¹², ²³。
- 知財人材の育成: 独自のスキルマップや外部講座受講支援などを通じ、高度な専門性を持つ知財人材の育成に注力し、組織全体の知財リテラシー向上を図っています²⁷。
- 競合との差別化: 競合他社がコンポーネント技術のシナジー(三菱電機)や無形資産の循環(パナソニック)を掲げる中、ダイキンは「市場創造」と「エコシステム構築」という独自の知財アプローチで差別化を図っています⁵⁸, ⁶⁸。
- リスクへの対応: 増大するポートフォリオの管理コスト、共同所有知財の複雑性、地政学的リスクといった課題に対し、管理システムの導入や戦略的なポートフォリオの見直しで対応しています¹⁰⁶, ¹⁰²。
- 将来展望: 今後は、脱炭素化技術、AI・IoTを活用したソリューション事業に関連するソフトウェアやビジネスモデル特許の重要性が増し、IPランドスケープを活用した戦略策定が一層強化されると予測されます²⁷, ²⁸。
- 戦略的示唆: ダイキンの知財戦略は、知財をコストセンターではなく、事業とブランド価値を創造するプロフィットセンターとして捉え直す「知の経営」の実践例であり、他社にとって重要なベンチマークとなり得ます。
背景と基本方針
ダイキン工業の知的財産戦略は、単に発明を保護し、他社の模倣を防ぐという伝統的な機能に留まりません。それは、同社の経営理念と長期ビジョンを具現化し、事業成長と社会貢献という二つの目標を同時に達成するための、極めて戦略的な経営ツールとして位置づけられています。この戦略の根幹を理解するためには、まずその羅針盤となっている経営計画と、そこに込められた企業の哲学を深く掘り下げる必要があります。
戦略経営計画「FUSION25」と知財戦略の連動
ダイキンのあらゆる企業活動の指針となっているのが、2025年度を最終年度とする戦略経営計画「FUSION25」です¹。この計画は、ダイキンがこれまで培ってきた強みとビジネスモデルを基盤に、サステナブルな社会への貢献とグループの持続的な成長を両立させることを明確に謳っています¹。特に、事業の方向性を決定づける3つの成長戦略テーマは、同社の知財戦略が何を目指し、どの領域に注力すべきかを具体的に示しています。
- カーボンニュートラルへの挑戦: これは、地球温暖化という喫緊の社会課題に対するダイキンのコミットメントを示すものです。製品のライフサイクル全体を通じた温室効果ガス排出量の削減を目指し、省エネ性能の高い製品開発や、環境負荷の低い冷媒への転換を加速させています²¹, ³⁸, ⁴²。このテーマは、インバータ技術、ヒートポンプ技術、そして後述するR32冷媒のような、環境貢献に直結する技術開発と、その成果である知的財産の戦略的活用を強く要請します。
- 顧客とつながるソリューション事業の推進: 機器を販売するだけのビジネスモデルから脱却し、IoTやAI技術を活用して顧客と常時つながり、エネルギーマネジメントや遠隔監視、故障予知といった付加価値の高いサービスを提供する事業への転換を目指しています²¹。この領域では、ハードウェアの特許だけでなく、ソフトウェア、通信技術、データ解析アルゴリズム、さらにはビジネスモデルそのものに関する知的財産の重要性が飛躍的に高まります。
- 空気価値の創造: 「空気には無限の可能性がある」という信念のもと、単なる温度・湿度調整に留まらず、空気清浄、換気、さらには健康増進や快適性向上といった、人々の暮らしを豊かにする新たな「空気の価値」を創造することを目指しています²¹。これには、センサー技術、生体情報解析、微生物制御といった異分野の技術融合が必要となり、知財戦略においても新たな技術領域の開拓と権利化が求められます。
このように、「FUSION25」で掲げられた目標は、そのまま研究開発の目標となり、研究開発の成果を知的財産としてどのように保護し、活用するかが知財戦略の核心となります。ダイキンの知財活動は、経営戦略から乖離した独立した活動ではなく、経営戦略を実現するための不可欠な構成要素として完全に統合されているのです。この一貫した連携こそが、同社の強靭な競争力の源泉の一つであると推察されます。
事業成長と社会貢献を両立させる「知の経営」
ダイキンの知財戦略を特徴づけるもう一つの重要な側面は、それが事業利益の追求と社会課題の解決を両立させるための媒介として機能している点です。この哲学は、特に同社の環境関連技術の取り扱いに顕著に表れています。
地球温暖化の進行に伴い、エアコンのエネルギー消費や冷媒による環境負荷は世界的な課題となっていますᵇ¹。ダイキンは、この課題を事業機会と捉え、環境性能の高い技術開発に注力してきました。そして、その成果である知的財産を、単に自社の利益独占のために使うのではなく、業界全体の環境負荷低減を促すために戦略的に活用する道を選びました。その最も象徴的な例が、後述する冷媒R32に関する特許の無償開放です⁹, ²³。
このアプローチは、知的財産を「社会の公器」として捉える側面を持ち合わせています。優れた環境技術を自社で囲い込むのではなく、一定のルールのもとで広く普及させることで、地球規模の課題解決に貢献する。この姿勢は、企業のブランド価値を飛躍的に高め、規制当局や消費者からの信頼を獲得し、結果的に自社の事業基盤を強化するという好循環を生み出します。
このような動きは、ダイキンが知的財産戦略を、法務や研究開発部門の専門的な活動としてだけでなく、企業の姿勢を社会に示すための戦略的なコミュニケーションツールとして活用していることを示唆しています。特許庁の広報誌でその取り組みが特集されるなど¹², ²³, ²⁵、社外への情報発信を通じて、ダイキンは「技術で社会課題を解決するリーディングカンパニー」というパブリックイメージを確立しています。これは、単に優れた製品を製造・販売するだけでは得られない、無形の競争優位性と言えるでしょう。
知的財産権の尊重という基本原則
このような先進的で戦略的な知財活用の一方で、ダイキンはその基盤として、知的財産権の尊重という普遍的な原則を厳格に遵守しています。同社の「グループ行動指針」には、「他社の知的財産権を尊重し、侵害しないように努める」ことが明確に規定されています²², ²⁶。
新製品や新技術の開発プロセスにおいては、他社の特許を侵害するリスクがないかを検証する仕組みがデザインレビューの一環として組み込まれています²⁶, ²⁷。また、他社との協業においては、開示する技術と秘匿する技術を明確に区別し、自社の重要な技術情報が不適切に流出しないよう管理を徹底しています²⁶。
この「他者の権利を尊重する」というコンプライアンス遵守の姿勢と、「自社の権利を戦略的に活用する」という攻めの姿勢。この二つのバランスが、ダイキンの知的財産戦略の健全性と実効性を担保しています。自社の権利を守り活用するだけでなく、他社の正当な権利にも敬意を払うことで、公正な競争環境の維持に貢献し、業界全体の持続的な発展を促す。この基本方針が、ダイキンの知財戦略に対する社内外からの信頼の礎となっているのです。
当章の参考資料
- https://jumbo-news.com/33858/
- https://www.daikin.co.jp/press/2024/20241204
- https://casehub.news/category/news/ipfolio.html
- https://www.jpo.go.jp/news/koho/kohoshi/vol58/01_page3.html
- https://yorozuipsc.com/blog/8
- https://www.daikin.co.jp/corporate/ip
- https://www.jpo.go.jp/news/koho/kohoshi/vol58/tokkyo_58.pdf
- https://www.jpo.go.jp/news/koho/kohoshi/vol58/01_page4.html
- https://www.daikin.co.jp/-/media/Project/Daikin/daikin_co_jp/csr/pdf/report/2025_all_browsing-pdf.pdf?rev=3a0ca0d7832a4808aeb3f01bc4fb40e1&hash=D6ED557AC8743E8FF76541AED4582145
- https://www.daikin.co.jp/corporate/ip/about
- https://www.atpress.ne.jp/news/8902754
- https://www.kotora.jp/c/87473-2/
- https://www.mitsubishielectric.co.jp/investors/data/integrated-report/
- https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000005843.000003442.html
- https://www.daikin.co.jp/tic
- https://www.jpo.go.jp/news/koho/kohoshi/vol58/01_page3.html
- https://www.daikin.co.jp/corporate/ip/about
- https://www.daikin.co.jp/press/2021/20211027
全体像と組織体制
ダイキンの先進的な知的財産戦略は、その理念や方針だけでなく、それを確実に実行するための強固な組織体制によって支えられています。多くの企業において、知財部門は研究開発部門から独立した管理部門として位置づけられがちですが、ダイキンでは知財創出の最前線である研究開発と緊密に連携し、一体となって活動する体制が構築されています。この組織設計こそが、イノベーションから権利化、そして戦略的活用までの一連のプロセスを円滑にし、知財の価値を最大化する鍵となっています。
知的財産部とテクノロジー・イノベーションセンター(TIC)の連携
ダイキンの技術開発の中核を担うのが、2015年に設立された「テクノロジー・イノベーションセンター(TIC)」です¹⁹。約700名の技術者が集結し、社内外の知を結集してイノベーションを創出するグローバル拠点として機能しています¹⁵, ¹⁸。ダイキンの知財戦略の最大の特徴は、このTICと知的財産部が極めて密接に連携している点にあります。
従来の多くの組織では、研究開発部門が発明を創出し、その後で知財部門が特許出願手続きを行うという、いわば「後工程」としての関与が一般的でした。しかし、このモデルでは、発明のコンセプト段階での戦略的な検討が欠如し、事業貢献度の低い特許が生まれてしまったり、他社特許との抵触リスクを見過ごしてしまったりする可能性があります。
この課題を克服するため、ダイキンは知財部門の担当者を各事業部の研究部門に直接配置するという体制を採っています²⁶。これにより、知財の専門家が研究開発の現場に常駐し、プロジェクトの初期段階から深く関与することが可能になります。彼らは、発明の芽が生まれた瞬間にその価値を評価し、最も効果的な権利化の方法(特許出願、ノウハウとしての秘匿、あるいは公開)を研究者と共に検討します。また、開発中の技術が他社の特許網に抵触しないか(クリアランス調査)をリアルタイムで実施し、開発方針の修正を助言することもできます。
この体制は、研究開発と知財活動の間の「摩擦」や「時間的遅延」を最小化する効果があります。知財担当者はもはや単なる手続き代行者ではなく、研究開発チームの一員として、イノベーションの創出そのものに貢献する戦略的パートナーとなります。この組織的な一体化が、事業戦略に直結した質の高い知財ポートフォリオを迅速に構築する原動力となっているのです。
グローバルな知財管理体制の構築
ダイキンは世界170ヵ国以上で事業を展開するグローバル企業であり²、その知財戦略もまた、グローバルな視点で構築・運営されています。各国の法制度や市場環境が異なる中で、グループ全体として一貫性のある知財活動を推進するため、ダイキンはグローバルな連携体制の強化に注力しています。
その中核となるのが、定期的に開催される「グローバル知財会議」です²⁷。この会議では、ダイキンの知財ポリシーが海外グループ会社の知財関係者と共有され、各拠点での出願戦略や情報集約に関する方針が議論されます。2024年度には、戦略経営計画「FUSION25」の後半計画に合わせて、改めて知財戦略を共有し、各拠点の出願強化に向けた施策について意見交換を行うなど、継続的な連携強化が図られています²⁷。
また、必要に応じて地域別の連携強化会議も実施されており、2023年度にはアジア・オセアニア拠点を対象とした会議が開催されました²⁷。このような取り組みは、本社主導の一方的な戦略展開ではなく、各地域の特性を考慮した双方向のコミュニケーションを通じて、グローバル全体での知財力の底上げを目指すものです。
さらに、増え続けるグローバルな知財ポートフォリオを効率的かつ戦略的に管理するため、先進的なツールの導入も進められています。2024年11月には、クラウドベースの知財管理システム「IPfolio」の採用が発表されました¹⁰。知的財産のファイリングやデータ量の増加に伴う業務効率の低下という課題に対応し、管理体制を近代化するこの動きは、ダイキンが知財活動の質だけでなく、そのオペレーションの卓越性も追求していることを示しています¹⁰⁶。
知財人材の育成と教育体制
高度な知財戦略を支えるのは、言うまでもなく「人」です。ダイキンは、「人を基軸におく経営」という創業以来の理念に基づき¹、知財分野においても専門人材の育成に力を入れています。
国内の知財部門では、独自の「スキルマップ」が導入されています²⁷。これは、知財担当者として求められるスキルを経験年数に応じて可視化したものであり、各部員が自身のキャリアパスを具体的に描き、上司との対話を通じて成長目標を設定するためのツールとして活用されています。経験の浅いメンバーには経験豊富なメンバーがメンターとして付き、個々の能力に応じたOJT(On-the-Job Training)が行われるなど、組織的な育成体制が整っています²⁷。
専門知識の深化を促すため、外部の弁理士試験講座の受講支援や、日本知的財産協会(JIPA)などが主催する研修への参加も奨励されています²⁷。特に、知財情報と市場情報を統合的に分析し、経営戦略や事業戦略の策定に貢献する「IPランドスケープ」の重要性が高まる中、AIPE認定 知的財産アナリスト(特許)のような高度な分析スキルを持つ人材の育成を推進している点は注目に値します²⁷。
知財教育の対象は、知財部門の専門家だけに留まりません。イノベーションの源泉である研究開発者を対象とした知財教育も、グローバルな規模で展開されています。国内外の開発拠点において、e-learningや知財担当者が講師を務める講座が実施され、開発者自身の知財意識と、発明を創出し権利化する能力の向上が図られています²⁷。さらに、営業・マーケティング担当者を対象とした商標に関するセミナー「商標キャラバン」も実施されており²⁷、ブランド価値の保護という観点からも、全社的な知財リテラシーの向上が追求されています。
このように、ダイキンの知財戦略は、研究開発との組織的な一体化、グローバルな連携体制、そして継続的な人材育成という三つの柱によって支えられています。この強固な基盤があるからこそ、同社は知的財産を単なる防御的な盾としてではなく、事業を切り拓くための鋭い矛として活用することができるのです。
当章の参考資料
- https://jumbo-news.com/33858/
- https://www.edge-intl.co.jp/%E3%83%80%E3%82%A4%E3%82%AD%E3%83%B3%E5%B7%A5%E6%A5%AD%E6%A0%AA%E5%BC%8F%E4%BC%9A%E7%A4%BE%E3%80%80%E7%B5%B1%E5%90%88%E5%A0%B1%E5%91%8A%E6%9B%B82022/
- https://casehub.news/category/news/ipfolio.html
- https://www.nikken.co.jp/ja/projects/research_development/daikin_technology_and_innovation_center.html
- https://www.daikinchemicals.com/jp/company/expertise.html
- https://www.daikin.co.jp/tic
- https://www.daikin.co.jp/corporate/ip
- https://www.daikin.co.jp/-/media/Project/Daikin/daikin_co_jp/csr/pdf/report/2025_all_browsing-pdf.pdf?rev=3a0ca0d7832a4808aeb3f01bc4fb40e1&hash=D6ED557AC8743E8FF76541AED4582145
- https://www.daikin.co.jp/corporate/ip/about
- https://casehub.news/category/news/ipfolio.html
詳細分析
ダイキンの知的財産戦略は、その基本方針と組織体制に裏打ちされ、具体的な事業活動の中で多岐にわたる形で実践されています。本章では、その戦略の核心をなす3つの側面―「技術領域の多角化と知財ポートフォリオ」「オープン&クローズ戦略による市場形成」「『協創』を核とするエコシステムと知財」―について、詳細な分析を行います。これらの分析を通じて、ダイキンがいかにして知的財産を競争優位性の源泉へと昇華させているかを明らかにします。
技術領域の多角化と知財ポートフォリオ
ダイキンの事業は空調事業を中核としながらも、その技術基盤は複数の領域にまたがっています。それぞれの事業セグメントの特性に応じて、知的財産ポートフォリオも戦略的に構築されています。
まず、売上高の大部分を占める空調・冷凍機事業においては、圧倒的な競争力を維持するための強固な知財ポートフォリオが築かれています。特に、省エネ性能を左右するインバータ、ヒートポンプ、圧縮機、モータといったコアコンポーネント技術に関する特許網は、他社の追随を許さない「知財の要塞」とも言えるでしょう。これらの技術は長年の研究開発投資の賜物であり、ダイキンは製品の基本性能に関わる重要技術を特許で厳重に保護することで、市場におけるリーダーの地位を確固たるものにしています。特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)で「ダイキン工業」を出願人として検索すると、膨大な数の特許がヒットし、その多くがこれらの基幹技術に関連していることが確認できます⁴⁴, ⁴⁵, ⁴⁷。
次に、空調事業と密接に関連し、ダイキンのもう一つの柱となっているのが化学事業です¹⁷。特にフッ素化合物(フッ素化学)に関する技術は、エアコンの性能を決定づける冷媒の開発・製造に不可欠であるだけでなく、半導体製造プロセスや自動車、情報通信機器など、多様な産業分野に高機能材料を供給する収益性の高い事業となっています¹⁸。この領域における知財戦略は、空調事業とは異なる特徴を持ちます。製造プロセスや化合物の配合といったノウハウは、特許として公開すると模倣されやすい一方、侵害の発見が困難であるという課題があります。そのため、ダイキンは全ての技術を特許出願するのではなく、他社特許への侵害リスクを回避する目的で権利化に最低限必要な開示に留める工夫をしつつ¹⁰⁵、重要な製造ノウハウの多くを営業秘密(トレードシークレット)として厳格に管理する「ブラックボックス化」戦略を併用していると推察されます²⁷, ³⁰。
そして近年、最も注目すべき動きは、「FUSION25」の成長戦略テーマに沿った新領域における知財ポートフォリオの拡充です。顧客とのつながりを強化するソリューション事業の推進に伴い、従来のハードウェア中心の特許戦略から、ソフトウェア、AI、IoT関連技術へと知財の重点領域がシフトしています¹⁹, ²⁸。「ビルまるごとのデータを集めるコントロールシステム」や「AIを活用した不具合監視・運転異常予兆検出」といった技術開発が進められており²⁸, ¹⁹、これらの領域で牽制力のある特許網をグローバルに構築することが、将来の成長を左右する重要な課題となっています。この動きは、ダイキンが自らを単なる「モノづくり」企業から、データとサービスで価値を提供する「コトづくり」企業へと変革させようとしている明確な証左です。
オープン&クローズ戦略による市場形成
ダイキンの知財戦略を語る上で欠かすことのできないのが、市場そのものを創造し、主導するための巧みな「オープン&クローズ戦略」です。この戦略の真骨頂は、地球温暖化係数(GWP)が従来冷媒の約3分の1である新冷媒「R32」の普及プロセスにおいて発揮されました。
戦略的背景: 2010年代初頭、世界はモントリオール議定書キガリ改正などにより、環境負荷の高いHFC冷媒からの転換を迫られていました²⁷。ダイキンは、優れた環境性能を持つR32を次世代の標準冷媒とすべく開発を進めていましたが、大きな障壁が存在しました。一つは、R32が「微燃性」という特性を持つため、当時の国際安全規格(ISO)では「可燃性」として扱われ、使用に制約があったこと。もう一つは、R32を用いた空調機の実現に必要な基本特許の多くをダイキン自身が保有していたため、他メーカーが参入をためらい、市場が立ち上がらないというジレンマでした²⁷, ᵇ³。
「オープン」戦略の実行: この状況を打破するため、ダイキンは常識を覆す一手に出ます。2011年9月、途上国においてR32空調機の設計に必要性の高い特許延べ93件を、契約に基づき無償で開放すると発表したのです²⁷。これは、競合他社も含めた「仲間づくり」を通じてR32の市場を意図的に創出し、業界全体で環境課題に取り組むための「共通の土俵」を築くという壮大な構想でした¹², ²³。この動きはさらに加速し、2015年には無償開放の対象を先進国にも拡大。2019年、2021年、2022年にも段階的に対象特許を追加し、その数は合計で400件以上に達しました⁹, ²⁷。この前例のない「オープン戦略」により、R32は事実上の世界標準(デファクトスタンダード)としての地位を確立し、地球温暖化抑制に大きく貢献することになりました。
「クローズ」戦略による競争優位の維持: しかし、ダイキンは単なる慈善活動として特許を開放したわけではありません。R32というプラットフォームをオープンにする一方で、そのプラットフォーム上で最高のパフォーマンスを発揮するための差別化技術は、強固な特許網で「クローズ」にしました。特に、省エネ性能を極限まで高める高度なインバータ技術や、静音性、快適性を実現する独自の制御技術などはブラックボックス化し、他社が容易に模倣できない領域として守り抜きましたᵇ³。これにより、ダイキンは自ら創造したR32市場において、最も高性能な製品を供給できるトップランナーとしての地位を維持し、事業利益を最大化することに成功したのです。
このオープンとクローズを使い分ける戦略は、知的財産が単なる排他権ではなく、市場構造そのものをデザインするための強力なツールとなり得ることを示した画期的な事例です。それは、自社の利益と社会全体の利益を両立させる、極めて高度な「知の経営」の実践と言えるでしょう。
「協創」を核とするエコシステムと知財
オープン&クローズ戦略が市場全体を動かすマクロなアプローチであるとすれば、ダイキンのもう一つの柱である「協創(きょうそう)」は、特定のパートナーとの深い連携を通じて新たな価値を創造するミクロなアプローチです。これは、単に外部の技術を導入する「オープンイノベーション」から一歩踏み込み、パートナーと共に新たな知的財産を創出し、共有し、共に成長していくというエコシステム構築の思想に基づいています¹⁹, ²⁵。
スタートアップとの協創事例(フェアリーデバイセズ社): この協創モデルの典型例が、東大発のAIスタートアップであるフェアリーデバイセズ社との提携です¹¹。両社は、空調設備の保守・サービス現場における作業員のスキルアップや人手不足といった課題を解決するため、映像と音声AIを活用した遠隔作業支援ソリューション「Connected Worker Solution® (CWS)」を共同で開発しています¹⁶。
この提携が画期的なのは、その知財の取り扱いにあります。両社は、CWSの開発・実装に関わる技術領域において、グローバルな知財ポートフォリオを共同で構築・拡充していくことに合意しました¹¹。つまり、開発の過程で生まれる新たな発明やノウハウは、どちらか一方のものではなく、両社が共有する資産となるのです。将来的には、この共同知財ポートフォリオを他の協創パートナー企業ともシェアできる仕組みを構築し、CWSを空調業界以外にも普及させることを目指しています¹¹。
このモデルは、スタートアップにとって極めて魅力的です。大企業のリソースとグローバルな事業基盤を活用しながら、自社の技術を核とした強固な知財ポートフォリオを共同で築くことができるため、事業の持続可能性が飛躍的に高まります。一方、ダイキンにとっては、自社だけでは持ち得ない最先端のAI技術を迅速に取り込み、新たなソリューション事業を加速させることが可能になります。これは、知財をインセンティブとして活用し、Win-Winの関係を築くことでイノベーションを加速させる、先進的なエコシステム戦略です。
産官学連携の推進: ダイキンの協創はスタートアップに限りません。東京大学をはじめとする大学や公的研究機関とも積極的な連携を進めています²¹。これらの連携においても、単なる技術指導や共同研究に留まらず、将来の社会課題解決に資する新たな知的財産の創出・活用を視野に入れた関係構築が行われています⁹。
伝統的な企業が知的財産を「壁」を築くための石と見なしていたとすれば、ダイキンはそれをパートナーと未来を築くための「共有ブロック」として活用しています。R32の事例で市場という「プラットフォーム」を構築し、協創によってそのプラットフォーム上で動作する多様な「アプリケーション(ソリューション)」を生み出していく。この複層的なアプローチこそが、ダイキンの知的財産戦略の真の強さであり、同社が単なる製造業の巨人から、業界全体の未来を構想するアーキテクトへと進化しつつあることを示しています。
当章の参考資料
- https://www.daikin.co.jp/press/2024/20241204
- https://www.daikin.co.jp/press/2021/20211027
- https://www.jpo.go.jp/news/koho/kohoshi/vol58/01_page3.html
- https://www.youtube.com/watch?v=TLQqhHT2_RM
- https://www.daikin.co.jp/corporate/overview/business
- https://www.daikinchemicals.com/jp/company/expertise.html
- https://www.daikin.co.jp/tic
- https://yorozuipsc.com/blog/8
- https://www.jpo.go.jp/news/koho/kohoshi/vol58/01_page4.html
- https://www.daikin.co.jp/corporate/ip/about
- https://www.r-agent.com/kensaku/kyujin/20251019-003-01-084.html
- https://daikin-career.net/jobfind-pc/job/All/6738
- https://www.inpit.go.jp/content/100877627.pdf
- https://www.jpo.go.jp/support/startup/tokkyo_search.html
- https://www.j-platpat.inpit.go.jp/
- https://www.jpaa.or.jp/old/activity/publication/patent/patent-library/patent-lib/201502/jpaapatent201502_053-064.pdf
- https://jumbo-news.com/33858/
- https://www.jpo.go.jp/news/koho/kohoshi/vol58/tokkyo_58.pdf
- https://www.daikin.co.jp/corporate/ip/about
- https://www.jpo.go.jp/news/koho/kohoshi/vol58/01_page3.html
競合比較
ダイキンの知的財産戦略の独自性と有効性を評価するためには、同業の主要な競合他社との比較が不可欠です。空調業界は、技術開発が競争の根幹をなす分野であり、各社が独自の思想に基づいて知財戦略を展開しています。本章では、国内の総合電機メーカーである三菱電機、パナソニック、そしてグローバル市場で急速に存在感を高めている中国の美的集団(Midea Group)、珠海格力電器(Gree Electric Appliances)を比較対象とし、ダイキンの戦略的ポジショニングを明らかにします。
戦略思想の比較分析
各社の知財戦略は、その事業構造や企業文化を色濃く反映しています。
- ダイキン工業: 前述の通り、「市場創造」と「エコシステム構築」を志向する戦略が際立っています。R32特許の無償開放に代表されるように、業界標準を自ら形成し、その中で競争優位性を発揮するという、いわば「柔よく剛を制す」アプローチです。協創モデルは、この戦略をさらに深化させ、パートナーを巻き込みながら新たな価値領域を拡大していく動的なエコシステムを形成しています¹², ²⁷。
- 三菱電機: 「コンポーネントとシステムのシナジー」を重視する戦略が特徴です。同社は、パワーエレクトロニクスやFA(ファクトリーオートメーション)システムなど、幅広い事業分野で強力なコンポーネント技術を保有しています⁶¹。知財戦略は、これらの基盤技術を守りつつ、デジタルプラットフォーム「Serendie®」などを通じて各事業の技術を連携させ、システム全体として付加価値を最大化することに主眼が置かれていると見られます⁵⁸, ᵇ¹¹。個々の技術の強さを統合し、総合力で勝負するアプローチと言えます。
- パナソニック: 「無形資産の循環」と「社会課題解決への貢献」をキーワードに掲げています⁶⁸。同社は、自社が保有する膨大な特許・ノウハウを「無形資産」と捉え、社内での活用に留まらず、社外パートナーとの共創を通じて新たな事業機会を創出する「Panasonic IP Innovation Project」を推進していますᵇ¹²。これは、休眠特許の活用やライセンスビジネスの拡大など、知財の収益化とオープンイノベーションを両立させようとする試みであり、ダイキンの協創モデルと類似する点もありますが、より広範な無形資産の流動化に焦点を当てている点が特徴的です。
- 美的集団(Midea Group): 「技術リーダーシップ」と「グローバル展開」を明確に打ち出しています⁸⁴。急速な事業拡大を背景に、研究開発への巨額の投資を行い、特許出願件数を急増させています⁸⁷。世界各地に33の研究開発センターを設置し⁸⁴, ¹⁰⁸、スマートホーム、ロボティクス、ビルディングテクノロジーといった多角的な分野で知財ポートフォリオを構築しています⁷², ⁸⁶。その戦略は、圧倒的な物量とスピードで主要技術領域を網羅し、グローバル市場での影響力を確立しようとする、規模を活かした正攻法のアプローチと分析できます。
- 珠海格力電器(Gree Electric Appliances): 「コア技術の内製化と自主創新(イノベーション)」を徹底する戦略が特徴です。特に、コンプレッサーやモーター、精密金型といった基幹部品を自社グループ内で開発・製造し、その技術を強固な特許で保護することで、サプライチェーンの垂直統合と高いコスト競争力を実現しています⁸⁰。研究開発投資に「上限を設けない」と公言するなど⁹¹、技術の自前主義への強いこだわりが見られます。「ゼロカーボンソース」技術など、特定の先進技術で世界をリードしようとする一点突破型の戦略も見て取れます¹¹⁶。
定量的・定性的比較表
以下の表は、各社の戦略、研究開発投資、技術領域、そして知財活動の特徴をまとめたものです。これにより、各社の戦略的スタンスの違いが一目で把握できます。
|
項目
|
ダイキン工業
|
三菱電機
|
パナソニック
|
美的集団 (Midea Group)
|
珠海格力電器 (Gree Electric)
|
|
知財戦略の思想
|
市場創造とエコシステム構築¹², ²⁷
|
コンポーネントとシステムのシナジー⁶¹, ᵇ¹¹
|
無形資産の循環と共創ᵇ¹²
|
技術リーダーシップとグローバル展開⁸⁴
|
コア技術の内製化と自主創新⁹¹
|
|
研究開発費 (最新期)
|
963億円 (2024年3月期)⁷
|
2,126億円 (2024年3月期)⁶¹
|
4,895億円 (2024年3月期)⁶⁸
|
約1660億円 (88億元, 2025年上期)⁸⁷
|
「上限なし」の方針⁹¹
|
|
売上高比
|
約2.2% (2024年3月期)⁷, ⁸
|
約4.0% (2024年3月期)⁶¹
|
約5.6% (2024年3月期)⁶⁸
|
N/A (上期データのみ)
|
N/A
|
|
主要技術領域
|
インバータ, ヒートポンプ, 冷媒 (R32), フッ素化学, 空気質 (IAQ)¹⁷, ²⁷
|
パワーエレクトロニクス, FAシステム, インバータ, Serendie®プラットフォーム⁶¹, ᵇ¹¹
|
空気質 (IAQ), 省エネ, IoTプラットフォーム, 家電関連技術⁶⁸
|
スマートホーム, ロボティクス, 産業技術, ビルディングテクノロジー⁷², ⁸⁴
|
コンプレッサー, モーター, 精密金型, ゼロカーボンソース技術⁸⁰, ¹¹⁶
|
|
象徴的な知財活動
|
R32関連特許の無償開放²⁷
|
Serendie®デジタルプラットフォーム⁶¹
|
IP Innovation Projectᵇ¹²
|
グローバルR&D拠点網の拡充 (33拠点)¹⁰⁸
|
44件の「国際的先進技術」認定⁷⁹
|
|
特許ポートフォリオ規模
|
約5万件以上 (推定)
|
N/A
|
N/A
|
2025年に5,500件以上新規取得⁸⁷
|
累計出願119,842件 (2024年3月時点)⁷⁹
|
注: 研究開発費および売上高比は、各社の公開IR情報に基づき算出。為替レートは1元=20円で換算。美的集団は2025年上期(H1)の実績。特許ポートフォリオ規模は公開情報が限定的であるため、公表されている数値を記載。
比較から見えるダイキンの独自性
この比較分析から、ダイキンの知財戦略の独自性がより鮮明になります。まず、研究開発費の絶対額や売上高比では、事業領域の広い三菱電機やパナソニックに見劣りしますが、ダイキンは空調および化学という特定分野にリソースを集中投下することで、高い投資効率を実現していると推察されます。
最も重要な差異は、知財の「使い方」に関する思想です。三菱電機や格力電器が、自社の強力なコンポーネント技術を守り、それを軸に事業を展開する「内向き」の強さを持つとすれば、ダイキンはR32の事例のように、知財を戦略的に「外向き」に使うことで、業界全体のルールや構造に影響を与え、自社が有利な事業環境を創り出すことに長けています。これは、単なる技術力だけでなく、市場のダイナミクスを読み解き、競合他社や社会全体の動きを自社の戦略に組み込む、高度な戦略的思考の表れです。
美的集団の物量作戦や格力電器の垂直統合モデルが、今後のグローバル市場で大きな脅威となることは間違いありません。しかし、ダイキンが「協創」を通じて構築しつつあるオープンなイノベーション・エコシステムは、こうした競合の力攻めに対抗しうる、柔軟で強靭なネットワーク型の競争力を生み出す可能性があります。ダイキンの知財戦略は、単に特許の数を競うのではなく、知財を媒介としていかに多くの味方を作り、共に成長する仕組みを設計できるかという、新しい時代の競争モデルを提示していると言えるでしょう。
当章の参考資料
- https://www.jpo.go.jp/news/koho/kohoshi/vol58/01_page3.html
- https://www.daikin.co.jp/corporate/ip/about
- https://www.mitsubishielectric.co.jp/investors/data/integrated-report/
- https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000303.000120285.html
- https://finance-frontend-pc-dist.west.edge.storage-yahoo.jp/disclosure/20241226/20241225544701.pdf
- https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000005843.000003442.html
- https://holdings.panasonic/jp/corporate/investors/pdf/annual/2024/pana_ar2024j_a4.pdf
- https://www.midea.com/global/news/midea-group-reports-q1-2025-results-revenue-hits-rmb-128-4b-with-38-0-net-profit-growth
- https://global.gree.com/upload/files/2024/7/Environmental,Social_and_Governance_Report_2023(English).pdf
- https://global.gree.com/
- https://pdf.dfcfw.com/pdf/H2_AN202205051563730212_1.pdf
- https://www.prnewswire.com/news-releases/midea-group-reports-a-record-breaking-financial-performance-in-2025-h1-302541979.html
- https://global.gree.com/upload/files/2024/7/Environmental,Social_and_Governance_Report_2023(English).pdf
- https://www.daikin.co.jp/corporate/overview/business
- https://www.daikin.co.jp/investor/library/securities
- https://finance-frontend-pc-dist.west.edge.storage-yahoo.jp/disclosure/20250508/20250507532745.pdf
- https://www.mitsubishielectric.co.jp/investors/data/integrated-report/
- https://holdings.panasonic/jp/corporate/investors/library/annual-report.html
リスク・課題
ダイキンの知的財産戦略は多くの成功を収め、同社の競争優位性の源泉となっていますが、その先進性と複雑さゆえに、様々なリスクと課題を内包しています。これらのリスクを短期・中期・長期の時間軸で整理し、分析することは、今後の戦略の持続可能性を評価する上で不可欠です。
短期的リスク(オペレーショナル・リスク)
短期的なリスクは、主に日々の知財管理業務の効率性と実効性に関連しています。
- ポートフォリオ管理の複雑化とコスト増: ダイキンはグローバルに事業を展開し、継続的に研究開発投資を行っているため、保有する特許ポートフォリオは質・量ともに拡大し続けています。これに伴い、各国での特許出願、中間処理、年金維持にかかる費用は増大します。また、多数の特許情報を正確に管理し、戦略的に活用するための業務負荷も高まっています。クラウドベースの知財管理システム「IPfolio」の導入は、こうした業務効率の低下という課題への直接的な対応策であり¹⁰⁶、管理コストの最適化とデータ活用の高度化が急務であることを示唆しています。
- 侵害監視と権利行使の困難性: グローバル市場における他社製品の侵害行為を網羅的に監視し、発見することは極めて困難であり、多大なコストと労力を要します。特に、製造プロセスや工法に関する特許は、製品を分解・分析(リバースエンジニアリング)しただけでは侵害の事実を立証することが難しく、権利行使の実効性に課題が残ります¹⁰⁵。侵害を発見した場合でも、海外での訴訟は高額な費用と時間を要するため、権利行使に踏み切るかどうかの判断は常に難しい経営課題となります。
- 情報セキュリティとノウハウの流出リスク: 特許として公開せずに秘匿する「ブラックボックス化」戦略は、他社による模倣を困難にする有効な手段ですが、一方でサイバー攻撃や内部関係者による情報漏洩のリスクを常に抱えています。特に、グローバルな協創活動が増える中で、パートナー企業との情報共有範囲を適切に管理し、自社の核心的ノウハウを守るための厳格な情報セキュリティ体制の維持が不可欠です。
中期的リスク(ストラテジック・リスク)
中期的なリスクは、ダイキンが採用する独自の戦略モデルそのものに内在する不確実性に関連しています。
- 「オープン戦略」の投資対効果(ROI)の不確実性: R32冷媒特許の無償開放は、市場形成において大きな成功を収めました。しかし、この戦略は、自社の貴重な知財資産を競合他社に提供することを意味します。もし、競合他社がダイキンが提供したオープンなプラットフォーム上で、ダイキンを凌駕する独自の「クローズ」技術(例えば、より高効率なコンプレッサーやAI制御アルゴリズム)を開発した場合、長期的にはダイキンの競争優位性が損なわれるリスクがあります。オープン戦略が、最終的に自社の利益にどの程度結びつくのかを継続的に検証し、戦略を微調整していく必要があります。
- 「協創」における知財管理の複雑性: スタートアップや大学と共同で知財ポートフォリオを構築する「協創」モデルは、イノベーションを加速させる一方で、権利の帰属や管理を複雑化させます¹¹。共同保有となる特許のライセンス許諾権、ロイヤリティの配分、権利の維持・放棄の判断など、利害が対立しうる論点が多数存在します。パートナーシップが良好な間は問題なくとも、関係が悪化した場合や、パートナーが第三者に買収された場合などに、知財をめぐる紛争が発生する可能性があります。契約段階で極めて精緻な取り決めを行うことが不可欠ですが、将来のあらゆる事態を予測することは困難です。
- 社内戦略の浸透と実行の一貫性: ダイキンは空調事業で確立された知財戦略を、ソリューション事業や空気価値創造といった新領域にも展開しようとしています。しかし、これらの新領域では、守るべき技術の性質(ハードウェアからソフトウェアへ)や競争環境が大きく異なります。全社の研究開発テーマを知財の視点から戦略的に評価し、優先順位をつけるべきだという意見が社内から出始めていることからも¹⁰⁴、組織全体、特に海外拠点や新規事業部門において、本社が描く高度な知財戦略が一貫して理解され、実行されているかを担保することが今後の課題となる可能性があります。
長期的リスク(エクジステンシャル・リスク)
長期的なリスクは、ダイキンの事業基盤そのものを揺るがしかねない、外部環境の構造的変化に関連しています。
- 地政学的リスクと知財保護主義の高まり: 米中対立に代表されるように、国家間の技術覇権争いは激化しており、知的財産は経済安全保障上の重要な要素となっています。特定の国・地域において、法制度が不透明であったり、自国企業に有利な運用がなされたりすることで、ダイキンの知的財産が十分に保護されないリスクがあります。また、海外で取得した知的財産権が、安全保障上の理由から行使を制限されるといった事態も想定されます。グローバルに事業を展開するダイキンにとって、地政学的変動は知財戦略の根幹を揺るがす重大なリスクです。
- 破壊的技術による既存ポートフォリオの陳腐化: ダイキンの現在の知財ポートフォリオは、圧縮・熱交換といった既存の冷凍サイクル技術とフッ素化学に強みを持っています。しかし、将来的には、固体冷媒、磁気冷凍、レーザー冷却といった、現在の技術体系を根本から覆すような破壊的冷却技術が登場する可能性があります。また、建物のエネルギー管理がAIプラットフォームによって完全に制御される時代になれば、ハードウェアの価値は相対的に低下し、プラットフォームを支配する巨大IT企業が業界の主導権を握るかもしれません。このような非連続的な技術変化が起きた場合、ダイキンが長年かけて築き上げてきた知財の要塞が一夜にして価値を失うリスクもゼロではありません。
- 環境・人権規制の国際的強化: EUの企業持続可能性報告指令(CSRD)や人権デューデリジェンス指令のように、企業のサプライチェーン全体における環境・社会への配慮を求める規制が世界的に強化されています¹⁰²。これらの規制は、使用する材料や技術、製造プロセスに新たな制約を課す可能性があります。将来、特定のフッ素化合物が環境への影響を理由に使用禁止になるなど、規制の変更がダイキンの既存技術や製品の競争力を直接的に脅かすリスクがあります。常に国際的な規制動向を注視し、将来の規制強化を見越した技術開発と知財ポートフォリオの構築が求められます。
これらのリスクと課題は、ダイキンの知財戦略が常に変化する内外の環境に適応し、進化し続けなければならないことを示しています。過去の成功モデルに安住することなく、将来のリスクを予見し、戦略を柔軟に見直していく能力こそが、今後の持続的な成長の鍵を握っていると言えるでしょう。
当章の参考資料
- https://www.daikin.co.jp/press/2021/20211027
- https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2023/0302/e065a589057b5a4f.html
- https://www.daikin.co.jp/corporate/ip/intellectual_property
- https://biz.hipro-job.jp/casestudy/daikin/
- https://www.jpaa.or.jp/old/activity/publication/patent/patent-library/patent-lib/201502/jpaapatent201502_053-064.pdf
- https://casehub.news/category/news/ipfolio.html
今後の展望
ダイキン工業の知的財産戦略は、過去の実績に立脚しつつも、常に未来の事業環境の変化を見据えて進化を続けています。気候変動対策の加速、デジタルトランスフォーメーションの深化、そして社会の価値観の変容といったメガトレンドは、同社の事業領域に新たな機会と挑戦をもたらします。本章では、これらの外部環境の変化と接続しながら、ダイキンの知財戦略が今後どのように展開していくかを展望します。
脱炭素化社会の実現に向けた知財戦略の深化
世界的なカーボンニュートラルへの潮流は、ダイキンにとって最大の事業機会であり、その実現に向けた技術開発と知財戦略は今後ますます重要性を増していくと考えられます。「環境ビジョン2050」で温室効果ガス排出実質ゼロを掲げるダイキンはᵇ¹、製品使用時のエネルギー効率向上と、冷媒の低GWP(地球温暖化係数)化という二つの軸で技術革新を追求しています。
今後の知財戦略においては、現行のR32の次世代となる、さらに環境性能に優れた新冷媒に関する基本特許の確保が最優先課題の一つとなるでしょう。同時に、その新冷媒を最大限に活用するためのコンプレッサーや熱交換器の設計に関する周辺特許を網羅的に固めることで、再び業界標準を主導するポジションを狙うと予測されます。
また、特に欧州市場で需要が急拡大しているヒートポンプ暖房技術は、脱炭素化に貢献するキーテクノロジーです¹。ダイキンは、寒冷地でも高い性能を発揮するヒートポンプ技術や、既存の暖房システムからの置き換えを容易にするソリューションに関する知的財産を強化することで、この成長市場でのシェア拡大を目指すでしょう。
さらに、製品単体の性能向上だけでなく、使用済み冷媒の回収・再生・再利用を可能にする「冷媒エコサイクル」のような、サーキュラーエコノミー(循環型経済)に関連するビジネスモデルやシステムに関する知的財産の構築も重要なテーマとなりますᵇ¹。これは、単なる技術特許に留まらず、業界全体を巻き込んだプラットフォームの構築を目指すものであり、ダイキンの「市場創造」型知財戦略の新たな展開として注目されます。
ソリューション事業とサービス化へのシフトに伴う知財の変容
戦略経営計画「FUSION25」が示す通り、ダイキンの事業モデルは機器販売(モノ売り)から、顧客との継続的な関係に基づくソリューション提供(コト売り)へと大きくシフトしています²¹。この変化は、保護すべき知的財産の対象を根本的に変容させます。
従来は、モーターや圧縮機といったハードウェアの構造や性能に関する特許が中心でした。しかし、今後は空調機器から得られるIoTデータを活用した運転異常の予兆検出AIアルゴリズム¹⁹、ビルのエネルギー消費を最適化する制御ソフトウェア、そして顧客に新たな価値を提供するサブスクリプション型のビジネスモデルそのものが、競争力の源泉となります。
これに伴い、知財戦略もソフトウェア特許、ビジネスモデル特許、そしてデータそのものの保護や活用に関する権利(データ所有権や利用権)といった、より無形で複雑な対象へと重点を移していく必要があります。アルゴリズムのような無形資産は、特許として公開するとその核心部分が模倣されやすいため、どの部分を特許で権利化し、どの部分を営業秘密としてブラックボックス化するかの判断が、従来以上に高度かつ戦略的に行われるようになるでしょう²⁷。この領域での知財ポートフォリオの質と量が、将来のソリューション事業の収益性を直接的に左右することになります。
IPランドスケープを活用した戦略的先見性の強化
急速に変化し、複雑化する事業環境において、将来の技術動向や競争環境を正確に予測することは極めて困難です。このような状況下で、羅針盤としての役割を果たすのが「IPランドスケープ」です。IPランドスケープとは、特許情報をはじめとする膨大な知財情報と、市場情報や論文情報などを統合的に分析し、事業戦略の策定に役立てる手法です。
ダイキンは、既にIPランドスケープ活動を推進し、バックキャスト(未来のあるべき姿から逆算して現在のアクションを考えるアプローチ)による事業戦略・知財戦略の構築に活用していることを公表しています²⁷。今後は、この活動がさらに高度化・広範化していくと見られます。
具体的には、AIやデータサイエンス技術を駆使して、世界中の特許出願動向をリアルタイムで分析し、競合他社の研究開発の方向性を早期に察知することが可能になります。また、特定の技術領域における特許出願が空白となっている「ホワイトスペース」を発見し、自社の新たな研究開発テーマとして設定することもできます。さらに、魅力的な特許ポートフォリオを持つスタートアップや大学を探索し、M&Aや「協創」のパートナー候補としてリストアップするなど、オープンイノベーション活動の精度向上にも貢献します。
IPランドスケープは、もはや単なる調査分析ツールではありません。それは、未来の事業機会とリスクを可視化し、経営層の意思決定をデータに基づいて支援する、戦略的な先見性(フォーサイト)を獲得するための強力な武器です。この武器をいかに使いこなすかが、ダイキンが未来の競争においてもリーダーであり続けるための鍵となるでしょう。
「協創」モデルの進化と新たなエコシステムの形成
ダイキンの強みである「協創」モデルもまた、未来に向けて進化していくと考えられます。現在は、ダイキンと特定のパートナー(一対一または一対少数)との連携が中心ですが、将来的には、より多くの企業や研究機関が参加する、多対多のコンソーシアムやアライアンスへと発展する可能性があります。
例えば、スマートシティやゼロエネルギービル(ZEB)といった、一社では実現不可能な大規模な社会システムの構築においては、空調、照明、セキュリティ、エネルギーマネジメントなど、様々な分野のプレイヤーが連携する必要があります。ダイキンは、自社の空調技術と知財を核としながら、異業種のパートナー企業と共に、こうした大規模システムにおける技術標準やインターフェースに関する共同の知財プールを形成し、その運営を主導する「エコシステム・オーケストレーター」としての役割を担う可能性があります。
このような多企業間での知財共有と活用の枠組みを設計し、参加する全てのプレイヤーにメリットがあるようなルール作りを行うことは、極めて高度な戦略的手腕を要します。しかし、R32で業界標準を形成した経験を持つダイキンにとって、それは決して不可能な挑戦ではありません。知財を媒介として、新たな産業エコシステムを創造していく。これこそが、ダイキンの知財戦略が目指す、究極の姿なのかもしれません。
当章の参考資料
- https://jumbo-news.com/33858/
- https://www.daikin.co.jp/tic
- https://yorozuipsc.com/blog/8
- https://www.daikin.co.jp/corporate/ip/about
- https://www.r-agent.com/kensaku/kyujin/20251019-003-01-084.html
- https://www.jpo.go.jp/news/koho/kohoshi/vol58/01_page3.html
戦略的示唆
本レポートで詳述してきたダイキン工業の知的財産戦略の分析は、同社の競争優位性の源泉を明らかにするだけでなく、今後の持続的な成長に向けた具体的なアクションを導き出すための戦略的示唆に富んでいます。ここでは、経営、研究開発、そして事業化という3つの異なる視点から、ダイキンが今後取り組むべき、あるいはさらに強化すべきアクションの候補を提言します。
経営(Executive Management)への示唆
- 知財成果の経営指標(KPI)への本格的組み込み:
ダイキンの知財戦略は既に経営戦略と密接に連携していますが、その成果をより客観的かつ継続的に評価し、経営の意思決定に反映させるためには、知財関連の指標を「FUSION」シリーズのような戦略経営計画の公式なKPI(重要業績評価指標)に組み込むことが有効です。例えば、「戦略的重要特許の取得件数」「協創プロジェクトから生まれた共同出願特許の事業貢献度」「IPランドスケープ分析に基づく新規事業テーマの提案件数」などを設定することが考えられます。これにより、知財活動が単なるコストではなく、企業価値創造に直接貢献する投資であるという認識が全社的に共有され、リソース配分の最適化にも繋がります。
- M&Aおよび新規市場参入における知財デューデリジェンスの高度化:
ダイキンは今後、ソリューション事業の拡大や新領域への進出に伴い、M&Aや戦略的提携の機会が増加すると予測されます。その際、知的財産部門が持つIPランドスケープの分析能力を、単なるリスク評価(特許侵害リスクの調査)に留まらず、より積極的な機会発見のツールとして活用すべきです。買収候補企業の特許ポートフォリオを分析することで、その企業の技術力や将来性を客観的に評価し、ダイキンの既存技術とのシナジーを予測することができます。また、新規参入を検討している市場の特許マップを作成し、競争環境や技術的障壁を事前に把握することで、参入戦略の精度を大幅に向上させることが可能です。知財部門を、M&A戦略の初期段階から関与する戦略的パートナーとして位置づけるべきです。
研究開発(Technology and Innovation Center - TIC)への示唆
- ソフトウェア・AI領域における知財保護戦略の体系化:
事業のサービス化が進むにつれ、ソフトウェアやAIアルゴリズムの重要性が増大します。これらの無形資産は、従来のハードウェア技術とは異なる知財保護のアプローチを必要とします。特許として公開すればアルゴリズムの核心が競合に知られるリスクがあり、一方で営業秘密として秘匿すれば第三者が独自に同じものを開発した場合に対抗できません。このトレードオフを乗り越えるため、TICはソフトウェア・AI関連技術について、「どの部分を特許化し、どのAPI(Application Programming Interface)を公開し、どの核心部分をブラックボックス化するか」を判断するための、より構造化されたフレームワークを開発・導入することが求められます²⁷。このフレームワークは、技術の性質、市場の競争環境、将来の事業モデルなどを考慮した多角的なものであるべきです。
- 「協創」プロジェクトにおける知財KPIの導入と成果評価:
「協創」はダイキンの強みですが、その成果を測る指標が曖昧では、持続的な活動として定着させることは困難です。共同研究開発プロジェクトごとに、単に「共同出願特許を何件取得するか」という量的な目標だけでなく、より質的な知財KPIを設定することが重要です。例えば、「創出された共同特許が、共同事業の目標達成にどの程度貢献したか」「その特許群が、将来の市場においてどの程度の参入障壁を構築しうるか」「パートナー企業との知見の共有が、ダイキン社内の技術力向上にどう繋がったか」といった点を評価する仕組みを構築します。これにより、協創活動の投資対効果が可視化され、より戦略的なパートナー選定やテーマ設定が可能になります。
事業化(Business Development & Sales)への示唆
- IPライセンスを核とした新たな収益モデルの探求:
ダイキンは、自社の事業に直接使用していないものの、他社にとっては価値のある「休眠特許」も多数保有している可能性があります。これらの非コア技術を積極的に他社へライセンス供与することで、新たな収益源を創出する「IPライセンス事業」を本格的に検討する価値があります。さらに、協創パートナーのエコシステム内で、ダイキンの基盤技術やプラットフォームへのアクセス権を「IP-as-a-Service」として提供するような、新たなビジネスモデルも考えられます。これは、知財部門をコストセンターからプロフィットセンターへと転換させる大きな機会となり得ます。
- 「オープン&クローズ」ストーリーのマーケティング活用:
R32冷媒特許の無償開放というストーリーは、ダイキンが単なる利益追求企業ではなく、業界全体の発展と地球環境の保全に貢献するリーダーであるという強力なブランドメッセージを発信しています。この「オープン&クローズ」の物語を、製品のマーケティングや営業活動において、より積極的に活用すべきです。顧客に対して、ダイキン製品を選ぶことが、単に高性能な製品を手に入れるだけでなく、持続可能な社会の実現に貢献する活動を支持することに繋がる、という付加価値を訴求することができます。これにより、価格競争から一線を画し、顧客とのエンゲージメントを深めることが可能になります。
これらの示唆は、ダイキンが知的財産を経営のあらゆる側面に浸透させ、その価値を最大化するための具体的な道筋を示すものです。知財を起点とした全社的な変革を継続することで、ダイキンは今後もグローバル市場におけるリーダーシップを維持し、さらなる成長を遂げることができると確信されます。
当章の参考資料
- https://www.daikin.co.jp/corporate/ip/about
総括
本レポートは、ダイキン工業が展開する知的財産戦略について、その基本方針、組織体制、具体的な実践、そして競合との比較や将来展望に至るまで、多角的な視点から詳細な分析を行いました。分析を通じて明らかになったのは、ダイキンの知財戦略が、単なる技術の法的保護という枠組みを遥かに超え、事業の方向性を定め、市場を創造し、さらには企業ブランドと社会的価値を構築するための、経営そのものの中核をなす動的なプロセスであるという事実です。
その戦略の核心には、「オープン」と「クローズ」の絶妙なバランス感覚が存在します。R32冷媒特許の無償開放という大胆な「オープン」戦略は、競合他社を巻き込んで業界標準を形成し、地球環境への貢献という大義のもとに巨大な市場を創出しました。一方で、インバータなどの差別化技術は「クローズ」に保ち、自らが創り出した市場での競争優位性を確固たるものにしました。この二元的なアプローチは、知的財産を排他的な「壁」としてではなく、他者を惹きつける魅力的な「庭」を設計するためのツールとして活用する、極めて高度な戦略思想の表れです。
さらに、「協創」を核とするエコシステム戦略は、この思想を次の次元へと進化させています。スタートアップや大学と共同で知財ポートフォリオを構築するモデルは、パートナーに強力なインセンティブを与え、自前主義では到達不可能なスピードと範囲でイノベーションを加速させます。これは、知財を通じて信頼関係を醸成し、共に成長する運命共同体を形成する、未来志向のネットワーク型競争モデルです。
これらの戦略を支えるのが、研究開発と完全に一体化した組織体制です。技術開発の最前線に知財の専門家を配置することで、イノベーションの種が生まれた瞬間から、その価値を最大化するための戦略が織り込まれます。
結論として、ダイキンの知的財産戦略は、企業が保有する「知」をいかにして事業価値と社会価値に転換するかという問いに対する、一つの完成された答えを提示しています。それは、過去の成功を守るための静的な管理ではなく、未来の事業環境を能動的に構築するための**「知の経営(Knowledge-Based Management)」**の実践そのものです。この全体論的かつ動的なアプローチこそが、ダイキン工業の持続的なグローバル・リーダーシップの根幹をなし、予測不可能な未来を航海するための最も信頼性の高い羅針盤であり続けると結論付けられます。
参考資料リスト(全体)
- https://jumbo-news.com/33858/
- https://www.edge-intl.co.jp/%E3%83%80%E3%82%A4%E3%82%AD%E3%83%B3%E5%B7%A5%E6%A5%AD%E6%A0%AA%E5%BC%8F%E4%BC%9A%E7%A4%BE%E3%80%80%E7%B5%B1%E5%90%88%E5%A0%B1%E5%91%8A%E6%9B%B82022/
- https://www.daikin.co.jp/press/2025/20250828
- https://tsumuraya.hub.hit-u.ac.jp/special03/2024/6367.pdf
- https://www.shimoshun.com/entry/daikin-integrated
- https://www.daikin.co.jp/investor/library/annual
- https://www.daikin.co.jp/investor/library/securities
- https://finance-frontend-pc-dist.west.edge.storage-yahoo.jp/disclosure/20250508/20250507532745.pdf
- https://www.daikin.co.jp/press/2024/20241204
- https://casehub.news/category/news/ipfolio.html
- https://www.daikin.co.jp/press/2021/20211027
- https://www.jpo.go.jp/news/koho/kohoshi/vol58/01_page3.html
- https://www.atpress.ne.jp/news/8902754
- https://note.com/toshiyuki_nakato/n/n91010548b9e7
- https://www.nikken.co.jp/ja/projects/research_development/daikin_technology_and_innovation_center.html
- https://www.youtube.com/watch?v=TLQqhHT2_RM
- https://www.daikin.co.jp/corporate/overview/business
- https://www.daikinchemicals.com/jp/company/expertise.html
- https://www.daikin.co.jp/tic
- https://www.jato.co.jp/office/case/no1980/
- https://yorozuipsc.com/blog/8
- https://www.daikin.co.jp/corporate/ip
- https://www.jpo.go.jp/news/koho/kohoshi/vol58/tokkyo_58.pdf
- https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2023/0302/e065a589057b5a4f.html
- https://www.jpo.go.jp/news/koho/kohoshi/vol58/01_page4.html
- https://www.daikin.co.jp/-/media/Project/Daikin/daikin_co_jp/csr/pdf/report/2025_all_browsing-pdf.pdf?rev=3a0ca0d7832a4808aeb3f01bc4fb40e1&hash=D6ED557AC8743E8FF76541AED4582145
- https://www.daikin.co.jp/corporate/ip/about
- https://www.r-agent.com/kensaku/kyujin/20251019-003-01-084.html
- https://biz.hipro-job.jp/casestudy/daikin/
- https://daikin-career.net/jobfind-pc/job/All/6738
- https://www.daikin.co.jp/investor
- https://finance.yahoo.co.jp/quote/6367.T
- https://kabutan.jp/stock/ir_report?code=6367
- https://ccreb-gateway.jp/ir-storage-detail?id=1128660
- https://kabutan.jp/stock/finance?code=6367
- https://www.ullet.com/%E3%83%80%E3%82%A4%E3%82%AD%E3%83%B3%E5%B7%A5%E6%A5%AD/%E6%A6%82%E8%A6%81/type/rd
- https://www.atpress.ne.jp/news/3424495
- https://newscast.jp/news/3424495
- https://www.daikin.co.jp/csr/report
- https://www.daikin.co.jp/press/2025/20250828
- https://www.kotora.jp/c/87473-2/
- https://jifpro.or.jp/moriwaku/example/daikin/
- https://www.inpit.go.jp/content/100877627.pdf
- https://www.jpo.go.jp/support/startup/tokkyo_search.html
- https://note.com/tsunobuchi/n/nbf46cb4626f2
- https://www.j-platpat.inpit.go.jp/
- https://nakajimaip.jp/tokkyochosa/
- https://www.inpit.go.jp/content/100864373.pdf
- https://www.daikin.co.jp/-/media/Project/Daikin/daikin_co_jp/investor/data/kessan/yuuka-Used-until-20240509/120_2/120-pdf.pdf?rev=5210862f653b4a208ae3c7fdec1e0dd8&hash=0843A3A7DBBB99EC75DE4DF3091BC0AE
- https://www.daikin.co.jp/investor/library/securities
- https://www.fsa.go.jp/search/20130917.html
- https://disclosure2.edinet-fsa.go.jp/WEEK0010.aspx
- https://www.daikin.co.jp/-/media/Project/Daikin/daikin_co_jp/csr/pdf/report/2024_all_browsing-pdf.pdf
- https://www.daikin.co.jp/csr/report
- https://www.mitsubishielectric.co.jp/investors/data/integrated-report/
- https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000303.000120285.html
- https://www.advertimes.com/20251015/article518241/
- https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000191.000120285.html
- https://finance-frontend-pc-dist.west.edge.storage-yahoo.jp/disclosure/20241226/20241225544701.pdf
- https://bizzine.jp/article/detail/12150
- https://recruit.jci-hitachi.com/introduction/about/
- https://www.hitachi.com/ja-jp/ir/topics/
- https://news.3rd-in.co.jp/article/5d68b7e4-691b-11ef-bda5-9ca3ba083d71
- https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000005843.000003442.html
- https://www.excite.co.jp/news/article/Prtimes_2023-09-26-3442-5349/
- https://holdings.panasonic/jp/corporate/investors/pdf/annual/2024/pana_ar2024j_a4.pdf
- https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000005902.000003442.html
- https://news.panasonic.com/jp/topics/205843
- https://www.researchgate.net/publication/395643485_Midea_Group's_Financial_Statement_Analysis
- https://www.midea.com/global/news/midea-group-reports-q1-2025-results-revenue-hits-rmb-128-4b-with-38-0-net-profit-growth
- https://www.midea.com/in/investors
- https://www.prnewswire.com/news-releases/midea-group-reports-a-record-breaking-financial-performance-in-2025-h1-302541979.html
- https://www.midea.com/global
- https://pdf.dfcfw.com/pdf/H2_AN202205051563730212_1.pdf?1651778426000.pdf
- https://www.spglobal.com/sustainable1/en/scores/results?cid=4915270
- https://pdf.dfcfw.com/pdf/H2_AN202306081590574734_1.pdf
- https://global.gree.com/upload/files/2024/7/Environmental,Social_and_Governance_Report_2023(English).pdf
- https://global.gree.com/
- https://companiesmarketcap.com/gree-electric-appliances/annual-reports/
- https://global.gree.com/channels/113.html
- https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2023/0302/e065a589057b5a4f.html
- https://www.daikin.co.jp/corporate/ip/intellectual_property
- https://biz.hipro-job.jp/casestudy/daikin/
- https://www.jpaa.or.jp/old/activity/publication/patent/patent-library/patent-lib/201502/jpaapatent201502_053-064.pdf
- https://casehub.news/category/news/ipfolio.html
- https://hflp.jp/wp-content/uploads/2020/05/6367DaikinIndustries190327.pdf
- https://www.scribd.com/document/790687990/2023-Midea-Group-Environmental-Social-and-Governance-Report-April-2024
- https://www.atlantis-press.com/article/126016338.pdf
- https://ijres.org/papers/Volume-13/Issue-7/1307107111.pdf
- https://www1.hkexnews.hk/listedco/listconews/sehk/2025/0328/2025032802780.pdf
- https://en.wikipedia.org/wiki/Midea_Group
- https://www.midea.com/in/investors
- https://www.ppcgroup.com/media/yndddw43/apologismos-2023-0627-eng.pdf
- https://www.researchgate.net/publication/391771447_Profitability_Analysis_of_Gree_Electric_Appliances
- https://global.gree.com/upload/files/2024/7/Environmental,Social_and_Governance_Report_2023(English).pdf
- https://www.spglobal.com/sustainable1/en/scores/results?cid=4915270
- https://vip.stock.finance.sina.com.cn/corp/view/vCB_AllBulletinDetail.php?stockid=000651&id=11173787
- https://hd.gree.net/jp/en/ir/library/yuho.html
- https://www.investors.johnsoncontrols.com/
- https://www.hitachi.com/en/ir/topics/
- https://www.jci-hitachi.com/products/news/detail
- https://buy.hitachiaircon.in/content/investors
- https://www.investors.johnsoncontrols.com/financial-information/quarterly-and-annual-reports
- https://www.investors.johnsoncontrols.com/news-and-events/press-releases/johnson-controls-inc/2015/01-21-2015
PDF版のダウンロード
本レポートのPDF版をご用意しています。印刷や保存にご活用ください。
【本レポートについて】
本レポートは、公開情報をAI技術を活用して体系的に分析したものです。
情報の性質
- 公開特許情報、企業発表等の公開データに基づく分析です
- 2025年10月時点の情報に基づきます
- 企業の非公開戦略や内部情報は含まれません
- 分析の正確性を期していますが、完全性は保証いたしかねます
ご利用にあたって
本レポートは知財動向把握の参考資料としてご活用ください。 重要なビジネス判断の際は、最新の一次情報の確認および専門家へのご相談を推奨します。
→詳細なご相談はこちら