3行まとめ
「ブランド」と「データ」の二層構造による競争優位
「信頼」を支えるブランドと、独自の「クローズド・ループ・データ」(営業秘密)を中核資産とし、AIモデル「Gen X」による業界最高水準の不正検知で差別化を図っています。
「量」より「質」を重視した防衛的特許戦略
競合より小規模な約2,057件の特許をビジネスモデルやセキュリティ領域に集中させつつ、CVCを通じてWeb3やFintechの外部IPを戦略的に取り込む「IPレーダー」機能を活用しています。
規制による「データ開放」への戦略的転換
最大の脅威であるオープンバンキング規制(CFPB 1033条)を見据え、従来のデータ独占モデルから「安全なデータ管理」と「AIガバナンス」による新たな信頼価値の構築へと移行しています。
この記事の内容
当レポートは、American Express Company(以下、Amex)の知的財産(IP)戦略について、公開されている一次情報(年次報告書、規制当局提出資料、特許・商標データベース)および二次情報を基に、網羅的に分析したものです。本分析により、以下の主要な戦略的特徴と示唆が明らかになりました。
American Express(以下、Amex)の知的財産(IP)戦略は、同社の独自のビジネスモデルと不可分に結びついています。その戦略的意図を理解するためには、まずAmexが自社の収益構造をどのように定義し、どの無形資産を経営の最重要課題として位置づけているかを、公式な開示資料(年次報告書:Form 10-K)から読み解く必要があります。
Amexのビジネスモデルは「スペンドセントリック(Spend-Centric)」⁸、⁹、¹⁰と称されています。これは、競合する決済ネットワーク(Visa、Mastercardなど)が決済回数(Volume)を重視するオープン・ループ・モデルであるのに対し、Amexはカード会員あたりの平均利用金額(Spend)の高さ⁸、⁹を収益の基盤とするモデルです。2016年⁷から2024年⁹の年次報告書(10-K)に至るまで、Amexは「当社のスペンドセントリック・ビジネスモデルは、主に当社カードでの支出(Spending)を促進すること、副次的にファイナンスチャージや手数料から収益を生み出すことに焦点を当てている」⁷、⁸、⁹、¹⁰と一貫して説明しています。
このモデルは、知財戦略と直接的に連動しています。Amexは、高支出のカード会員から得られる高い加盟店手数料(ディスカウント収益)⁷、⁸、⁹を原資として、「魅力的なリワード(rewards)とその他の特典(benefits)に投資」⁸、⁹、¹⁰します。この投資(例:Membership Rewardsプログラム)が、さらに高所得者層のカード会員を惹きつけ、彼らのロイヤルティとカード利用(Spending)を促進するという「正の好循環(エコシステム)」を形成しています。
したがって、Amexの知財戦略が保護すべき対象は、このエコシステム全体であると推察されます。具体的には、以下の3つの階層に分類されます。
Amex自身が、これら3つのうち「ブランド」を最も重要なIPとして位置づけていることは、10-K(年次報告書)における記述から明らかです。Amexは、2023年¹⁰、2024年⁹、およびそれ以前の各年次報告書において、「当社のブランドとその属性—信頼(trust)、安全性(security)、サービス(service)—は主要な資産(key assets)である」⁷、⁸、⁹、¹⁰と繰り返し、かつ最優先で明記しています。これは、技術的特許やソフトウェア著作権以上に、「ブランド」こそが同社の競争優(cid:12)位性を支える中核的IPであるという、経営陣の明確な認識を示しています。
さらに同社は、「当社はブランドの管理、マーケティング、プロモーション、および保護(protecting)に多額の投資を行っている」⁸、⁹、¹⁰と述べ、この主要資産の維持・防衛がIP戦略の中心であることを示唆しています。
一方で、「特許(patents)」についても、10-Kでは「当社は商標、サービスマーク、特許に重要な位置づけを置いており(place significant importance on)、世界中で当社の知的財産権の確保に努めている」⁷、⁸、⁹、¹⁰、²⁹と言及しており、特許権も重要な保護対象であることが確認されます。
Amexの社内行動規範(Code of Conduct)¹⁷、³は、IPの定義をより包括的に示しています。同規範は、保護すべきIPを「創造物(creations)、著作物(works)、製品ブランド(product brands)、意匠権(design rights)、ロゴ(logos)、商標(trademarks)、著作権(copyright)(ソフトウェアを含む)、営業秘密(trade secrets)、ノウハウ(know-how)、特許(patents)、データベース権(database rights)、その他法により保護される権利」³、¹⁷と網羅的に定義しています。
これらの公式見解(10-K)と社内規範(Code of Conduct)を総合的に分析すると、AmexのIP戦略の基本方針が浮かび上がります。同社のIP戦略は、「ブランド(商標)」を頂点に置き、そのブランドが顧客に約束する「信頼、安全性、サービス」⁷、⁸、⁹といった体験価値を、技術的に実現・担保する手段として「特許(例:セキュリティ技術、決済プロセス)」⁵⁵、⁵⁹や「営業秘密(例:クローズド・ループ・データ、AIモデル)」¹²¹、¹⁷を用いる、という階層構造になっていると強く推察されます。後述するように、Amexの特許ポートフォリオ¹⁹³は競合他社¹⁴³、¹⁴⁸と比較して小規模ですが、これは特許の価値が低いからではなく、戦略が「ブランド主導型」であり、特許はブランド価値を支えるための「防衛的・支援的」な役割(例:不正検知、シームレスな決済体験の実現)に最適化・集中されている結果であると考えられます。
当章の参考資料
Amexの知的財産(IP)ガバナンス体制は、法務部門による厳格な「戦略的集中」と、IP資産の法的な「所有の分散」という、二重の構造によって特徴付けられます。この体制は、単なる社内管理の効率化に留まらず、金融持株会社(BHC)³として受ける厳格な規制監督、特に解体計画(Resolution Plan)³、¹⁸、²⁷の要件と深く関連していると分析されます。
法務・コンプライアンスの頂点には、GCO(General Counsel's Organization:法務顧問組織)¹、²⁶が位置していると見られます。GCOは、Amexグループ全体の法的リスクを統括しており、IP戦略もその管轄下にあります。具体的な証拠として、Amexはデジタルミレニアム著作権法(DMCA)¹に基づく著作権侵害の通知先として、GCO内の「Technology Counsel」(技術法務顧問)¹を指定しています。これは、GCOが技術関連のIP実務(特に著作権やデジタルIP)を直接監督・処理していることを示しています。
GCOの内部には、IP実務を専門に遂行する高度な専門家チームが存在します。2018年時点の求人情報によれば、「Intellectual Property Law and Strategy (IPLS) practice group」(知的財産法務・戦略グループ)²⁵、⁴と呼ばれる法務機能の存在が確認されています。IPLSの役割は、「全世界の会社全体の知的財産問題を取り扱う」²⁵ことであり、その具体的な職務には「特許出願・権利化」「特許訴訟」「M&Aおよびその他の商取引をサポートするための知的財産デューデリジェンス」²⁵、⁴が含まれます。このIPLSグループは、「Chief IP Counsel」(最高知財法務顧問)²⁵によって率いられています。過去にはMaxine Graham氏(2018年時点)²²やTracey Thomas氏²³が同職を務め、最新の(2024年現在と推察される)情報では、Vladimir Elgort氏がNYU Engelberg Centerの諮問委員会メンバーとして「Chief IP Counsel, American Express」⁶、²¹の肩書で記載されており、同氏が現職の責任者である可能性が高いと見られます。
GCOおよびIPLSがIP戦略の「司令塔」として機能する一方で、IP資産の法的な「所有(Holding)」は、Amex本体(AXP)や主要な事業会社(TRS: American Express Travel Related Services Company, Inc.)⁵⁹、¹⁰⁵、²³⁷とは異なる、特定の目的のために設立された子会社群に戦略的に「分散」されています。
この複雑なIP保有構造は、Amexが米連邦準備制度理事会(FRB)および連邦預金保険公社(FDIC)に提出した2025年10月付の解体計画書(Resolution Plan)³、¹⁸、²⁷の公開セクションによって、極めて具体的に裏付けられています。この計画書は、Amexが金融危機(material financial distress)に陥った場合に、金融システム全体にシステミック・リスクを与えることなく秩序だって解体(resolution)されることを目的としています。そのために、Amexは自社の事業継続に不可欠な「重要事業体(Material Entities: MEs)」³、¹⁸を特定する必要があり、その中にIPの保有を理由としてMEに認定された法人が2社、含まれています。
以下の表は、Resolution Plan³、²に基づき特定された、主要なIP保有法人の機能と役割をまとめたものです。
表1:American Expressの主要IP保有法人の機能比較(2025年 Resolution Planに基づく)
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法人名 |
法的管轄 |
親会社 |
主要活動・保有IP |
重要事業体(ME)認定理由 |
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American Express Marketing & Development Corp. (AEMDC) |
米国 (U.S.) |
TRS(American Express Travel Related Services Co., Inc.)の完全子会社³、² |
2005年にTRSから商標、商号、ロゴの譲渡を受けた。Amexの主要商標(Trademarks)を保有する³、²。 |
「Amexの主要な知的財産(商標)の所有」³、²。 |
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American Express Innovation Laboratories Limited (AEILL) |
アイルランド(シンガポール支店) |
TRSの間接子会社³、² |
シンガポール支店が中心となり、TRS等に販売される**著作権保護されたモデル(copyrighted models)**を開発・製造する³、²。 |
「シンガポール支店が主要な知的財産(モデル)を所有していることによる運営サポート」³、²。 |
出典:Federal Reserve System「American Express 2025 Resolution Plan (Public Section)」(2025年10月)³、²
この組織体制の分析から、いくつかの重要な点が推察されます。
第一に、AmexのIPガバナンスは、GCO/IPLS(Elgort氏)²¹、²⁵が戦略立案、ライセンス交渉、訴訟指揮といった「戦略・法務(Strategy & Legal)」の機能を行使し、実際の資産(権利)はAEMDC(商標)³とAEILL(著作権/モデル)³という法的に分離された「保有・管理(Holding & Admin)」法人に集約させる、明確な二重構造を採用しています。
第二に、このIP保有の「分散」は、単なる組織論や税務戦略(シンガポール支店の活用³など)に留まらず、FRB/FDICの厳格な規制要件である「解体可能性(Resolvability)」³、²⁷と強く結びついています。Resolution Plan³、²⁷は、Amexの核となる決済プラットフォームが、運営上相互に接続された活動(知的財産を含む)³に依存していることを認めています。重要なブランド(商標)をAEMDC³に法的に集約し、AI/リスクモデル等の運営上不可欠なIP(著作権)³をAEILL³に集約することは、万が一、Amexグループ内の特定の金融事業体(例:カード発行銀行)が破綻した場合でも、中核となるIP(特に「信頼」の源泉であるブランド)を法的に隔離(insulate)し、グループ全体が連鎖的に価値を失うことを防ぐための「ファイアウォール」として機能させる、高度な戦略的意図があると推察されます。この戦略を担保するため、Amexは解体計画の取り組みの一環として、「知的財産共有契約の強化(enhancing intellectual property sharing agreements)」²⁷を明示的に進めています。
このトップダウンのガバナンス体制は、従業員レベルの社内ポリシーによって補完されています。「American Express行動規範」¹⁷、³は、「当社の知的財産(IP)は、最も価値ある資産の一つ(among its most valuable assets)」¹⁷と規定し、従業員に対して「当社のIP権を保護し、適切な場合には行使しなければならない」¹⁷と義務付けています。さらに、この規範は、より詳細な社内文書として「Intellectual Property Policy, AXP-IP 01」¹⁷、³の存在を明記しており、従業員が作成したIP(発明、著作物等)は、原則として会社に帰属することも定めています¹⁷。
このように、AmexのIPガバナンスは、GCO/IPLS²⁵を中心とした戦略的集中、規制対応(Resolution Plan)³、²⁷を目的とした法的所有の分散、そしてAXP-IP 01¹⁷という社内ポリシーによる現場レベルの統制という、多層的かつ精緻な体制によって構築されていると結論付けられます。
当章の参考資料
Amexの知的財産戦略において、最も優先順位が高く、かつ最も積極的に防衛されている資産は「ブランド(商標)」です。年次報告書(10-K)が繰り返し「主要な資産(key assets)」⁷、⁸、⁹、¹⁰と明記するように、Amexの「スペンドセントリック」モデル⁸、⁹、¹⁰は、「信頼・安全・サービス」⁷、⁸というブランド属性に対する顧客の強い信頼感によって支えられています。この無形資産を法的に保護・執行することが、IP戦略の中核を成しています。
中核的ブランド資産のポートフォリオ
Amexの商標ポートフォリオは、単一のマスターブランドと、その価値を補完する強力なサブブランド群によって構成されています。前述の通り、これらの商標権は、専門子会社である **American Express Marketing & Development Corp. (AEMDC)**³、⁶⁴によって法的に保有・管理されていると見られます。
このポートフォリオには、以下のような主要な登録商標が含まれます。
これらの商標群は、Amexのプレミアムな価値を法的に具現化したものであり、ポートフォリオ全体で強力なブランド・エクイティを形成し、競合他社に対する明確な参入障壁として機能しています。
ブランド防衛戦略(1):"BLACK CARD"(ブラックカード)訴訟
Amexのブランド防衛戦略の積極性と戦略性を示す最も象徴的な事例が、"BLACK CARD"(ブラックカード)という呼称を巡る一連の法廷闘争です。
Amexは1999年、チタン製で招待制(invitation-only)の最上位カードとして「Centurion Card」²⁴⁷を導入しました。このカードは、その黒い券面から、Amex自身が公式に使用する前から、メディアや大衆文化において「ブラックカード」という呼称で広く知られるようになりました²⁴²、²⁴⁷。
2009年、競合する金融サービス会社 Black Card LLC が "BLACKCARD" という名称を米国特許商標庁(USPTO)に商標登録²⁴⁷しました。これに対し、Amex(具体的にはAEMDC)²³⁸、²⁴³、²⁴⁶、²⁵⁰は、この登録の取消を求めて訴訟を提起しました。
Amexの主張の核心は、"BLACKCARD" という用語は、(a) Amexの「Centurion Card」を指すものとして既に消費者の間で広く認知されており(セカンダリー・ミーニング:後発的識別力)、(b) そもそもカードの色やサービス(プレミアムなカード)のカテゴリを単に*記述(descriptive)*しているに過ぎない²³⁵、²³⁶、²⁴⁷、というものでした。
2011年、ニューヨーク南部地区連邦地裁(S.D.N.Y.)はAmexの主張を支持する判決を下しました。裁判所は、"BLACKCARD" は「カードの色と、BC社のカードが属するクレジットカードサービスのカテゴリを単に記述している」²³⁶に過ぎず、識別力を持たない「記述的商標」であると認定しました。結果として、Black Card LLCの商標登録はキャンセルされるべきであると判断されました²³⁵、²³⁶、²⁴⁷。
この「AEMDC v. Black Card LLC」²³⁸、²⁴³、²⁴⁶、²⁵⁰訴訟は、AmexのIP戦略に関する極めて重要な示唆を含んでいます。Amexは、自らが登録した商標(例:CENTURION®)を防衛するだけでなく、市場(大衆文化)によって生み出された自社製品への呼称(「ブラックカード」)²⁴²、²⁴⁷に対しても、それがブランド価値の源泉である限り、コモンロー(慣習法)上の権利を根拠に、莫大な訴訟コストを投じてでも独占権を主張し、競合他社によるフリーライド(タダ乗り)やブランド価値の希釈化(Dilution)を徹底的に排除するという、極めて積極的かつ攻撃的なブランド防衛戦略を採用していることを示しています。
ブランド防衛戦略(2):デジタル空間での執行
Amexのブランド保護は、物理的なカード市場に留まらず、デジタル空間においても同様に積極的です。
未来志向のブランド拡張:メタバースとNFTへの布石
Amexの商標戦略は、現在の市場を防衛する(Defensive)だけでなく、未来の市場、特にWeb3.0やメタバースといったデジタルフロンティアにおいて、ブランド価値を先行して確保する(Offensive)動きも見せています。
2022年3月、AmexがUSPTOに対し、主要なロゴおよびブランド群(AMERICAN EXPRESS、AMEX、CENTURION、SHOP SMALL、MEMBERSHIP REWARDS)⁷⁶、⁷⁸について、メタバースおよび仮想世界に関連する7件の商標出願を行ったことが報じられました⁷⁸。
これらの出願⁷⁸がカバーするサービスには、以下のようなものが含まれます。
この動きは、単なる投機や話題作りではなく、高度なIP戦略に基づいていると推察されます。Amexは、「CENTURION」⁷⁸に代表される物理世界における排他性・希少性・プレミアム性というブランド価値を、そのままデジタル世界(メタバース)に持ち込もうとしています。将来、仮想空間でのみアクセス可能な「デジタル・センチュリオン・ラウンジ」や「NFT化されたリワード」が登場する際、その体験の「本物性」と「排他性」を法的に保証するのが、これらの先行商標出願です。
Amexは、Web3.0時代においても、中核ビジネス(決済、銀行、リワード)⁷⁸のデジタル展開がブランド価値によって差別化されると予測し、法的な「場所取り」を先行して行っていると分析されます。
当章の参考資料
AmexのIP戦略において、ブランド(商標)が「王冠」であるとすれば、特許・技術ポートフォリオは、その王冠の価値を支える「城壁」と「エンジン」の役割を果たしています。特許は主に防衛的(城壁)に、そしてR&D(特にAI)はブランド価値(信頼・安全・サービス)を生み出す中核的な推進力(エンジン)として機能しています。
R&D体制:イノベーションを推進する専門組織群
Amexの技術IP創出は、複数の専門組織が連携する、高度に構造化された体制によって推進されています。2024年〜2025年頃の複数の求人情報³¹、³³、²²¹、²²²、²²³、²²⁴や公式ポッドキャスト²²⁷、²²⁹から、これらの組織の役割が明らかになっています。
中核技術(1):AI/MLによる不正検知とリスク管理(レガシーIP)
Amexの技術IP戦略において、最も歴史があり、かつ強力な分野がAI/ML(機械学習)の活用です。これは、同社のブランド属性(「信頼」と「安全」)⁷、⁸、⁹に直結する中核IPです。
2023年の年次報告書²³¹は、この分野における同社の先進性を明確に示しています。「当社は金融サービス業界でAIを導入した最初の企業の一つであり、2010年に不正防止(fraud-prevention)目的と信用モデリング(credit modeling)で機械学習(ML)を開始した」²³¹と明記しています。
この10年以上にわたるAI/MLへの継続的な投資は、具体的な経営成果(=IPの価値)に結びついています。Amexは、「(この分野への投資が)当社が主要クレジットカードネットワークの中で米国の不正利用率が長年にわたり最低水準(lowest U.S. fraud rates)であることを維持するのに役立っている」²³¹と述べています。
この高度な不正検知能力は、具体的な技術IPによって支えられています。二次情報(Greyb)¹²⁰によれば、AmexはNVIDIAのTensorRTおよびTriton Inference Serverといった技術を活用し、ディープラーニング(具体的にはRNN(再帰型ニューラルネットワーク)やLSTM(長短期記憶)ネットワーク)に基づくモデルを使用しています。これにより、数千万件/日に及ぶ膨大なトランザクションにおける不正行為を、リアルタイム(2ミリ秒のレイテンシー要件内)¹²⁰で検知していると報じられています。この最新のMLモデルは「Gen X」¹²⁰と呼ばれ、世界最大級の商用MLモデルの可能性があるとされています¹²⁰。この「Gen X」モデル¹²⁰こそが、前章のResolution Plan³で特定されたAEILLシンガポール支店³が保有する「著作権保護されたモデル(copyrighted models)」³、²の実態である可能性が高いと推察されます。
特許面でも、この戦略は裏付けられています。例えば、「ユーザープロファイルに基づく信用承認のためのセキュアなネットワークチャネル」に関する特許¹¹⁶は、取引データと地理情報(geographic location)¹¹⁶を比較して不正取引を検知する手法を含んでおり、AI/MLによる高度なリスク管理技術¹¹⁶、¹¹⁸、¹¹⁹、¹³⁹、¹⁴⁰を特許権として明示的に保護しようとする意図が見られます。
中核技術(2):生成AI(GenAI)の戦略的導入(ニューウェーブIP)
2023年以降の生成AI(GenAI)の急速な台頭に対し、Amexは「ガバナンス」²²⁷、²²⁸と「セキュリティ」²²⁸を最優先する、極めて慎重かつ戦略的なアプローチ(governance-first)をとっています。
Amex National BankのCEOであるAnré Williams氏によれば、社内で500の潜在的ユースケースを特定²¹⁵した上で、現在は顧客サービス、コーディング、コンテンツ作成、マーケティング²¹⁵などの領域で、限定的なパイロット運用を進めています。
既に成果を上げているパイロット運用例として、以下の2点が挙げられています。
AmexのGenAI戦略の最大の特徴は、その技術的導入よりも、CIO(R. Radhakrishnan氏)²²⁷、²²⁹が主導する厳格なガバナンス体制²²⁷にあります。「Generative AI Council」(生成AI評議会)²²⁷の設置、「AIファイアウォール」²²⁸と呼ばれるセキュリティ環境の構築、および「リスクフレームワーク」²²⁷の適用を先行させています。
この慎重なアプローチの背景には、GenAIがもたらす深刻なIPリスク(特に、Amexの最重要資産である「クローズド・ループ・データ」の流出リスク)²³²、²³³に対する経営陣の強い懸念があると見られます。事実、Amexは「初期のパイロットでは顧客データを(GenAIから)除外している」²¹⁵と報じられており、これは「信頼」というブランド資産と「データ」という営業秘密を、GenAIによる性急な効率化²¹³、²¹⁵の追求よりも優先する、明確なIP戦略の表れです。
特許ポートフォリオ分析と防衛訴訟
Amexの特許戦略は、競合他社との比較において、その特徴が際立ちます。
この「ポートフォリオの小ささ」は、Amexの特許戦略が「量」ではなく「質」(=焦点)を重視していることを示唆しています。Amexは、VisaやMastercardのように、オープン・ネットワークの技術標準(例:通信プロトコル、EMV)¹⁴⁹を広範にカバーする必要がありません。その代わり、自社のクローズド・ループ・ビジネスモデルを支える特定の領域に、特許網を集中させています。
USPTO(米国特許商標庁)の技術分類(2011-2015年のデータ)⁵⁵、⁵⁹は、この「集中」戦略を明確に裏付けています。Amex(具体的には事業会社のTRS Inc.)⁵⁹は、当時のFintechの中核となる**USPTOクラス705(データ処理:ビジネス方法、例:Eコマース、決済、リワード、保険)**⁵⁹において、IntuitやJPMorgan Chase⁵⁹と並ぶ、米国でトップクラスの特許出願人でした。また、**クラス726(情報セキュリティ)**⁵⁹、⁵⁵においても、Amexは主要なプレイヤーとしてリストされています⁵⁵。
この分析結果は、Amexの特許戦略が、(a) 自社の「スペンドセントリック」モデル⁸の核となる**ビジネスモデル(決済・リワード)を防衛し、(b) ブランドの核となる「信頼・安全」(セキュリティ)**を技術的に保護する、という2つの目的に特化していることを示します。
この「防衛的特許」の重要性は、Amexが直面する特許訴訟からも明らかです。2023年から2024年にかけて、AmexはLoyal-T Systems LLCという原告から特許侵害で提訴されました¹⁰⁵、¹⁰⁶、⁷。
この訴訟⁷、¹⁰⁵は、Amexのコアビジネスである「Membership Rewards」¹⁰⁵がいかにNPEs(特許不実施主体)¹⁰⁶や競合他社からの特許攻撃の対象となりやすいかを示しています。Amexがクラス705(ビジネス方法)⁵⁹に特許を集中させているのは、まさにこうした攻撃から自社の中核的ビジネスモデルを防衛し、事業の自由度(FTO: Freedom to Operate)を確保するための「防衛的ポートフォリオ」を構築する目的が強いと結論付けられます。
当章の参考資料
AmexのIP戦略の根幹を成し、ブランド(商標)と技術(特許)を有機的に結びつけているのが、「データ」に関する戦略です。Amexの最大の競争優位性は、法的には「営業秘密(Trade Secret)」¹⁷として分類される、独自の「クローズド・ループ」データ¹²¹であり、同社のIP戦略の多くは、この中核IPを「強化」し「防衛」するために設計されていると分析されます。
中核的IPとしての「クローズド・ループ」データ(営業秘密)
Amexのビジネスモデルの独自性は、その「クローズド・ループ(Closed-Loop)」ネットワーク¹²¹にあります。これは、多くの競合(Visa, Mastercard)が「オープン・ループ」であり、カード発行業務(Issuer:例:JPMorgan Chase, Citi)と加盟店管理業務(Acquirer:例:Fiserv, Square)を異なる銀行や事業者が担うため、取引データが分断されるのに対し、Amexは(多くの主要市場で)これら両方の業務を単一のネットワーク内で(あるいは厳格な管理下で)行っていることを意味します。
この構造により、Amexは「カード会員が、いつ、どの加盟店で、何を、いくらで購入したか」という、SKU(最小在庫管理単位)レベルの詳細な取引データを一元的に、かつリアルタイムで把握することが可能です。
この独自の「クローズド・ループ・データセット」¹²¹は、法的には「営業秘密」¹⁷(社内行動規範では "Trade Secrets" および "Confidential Information"¹⁷ と定義)に分類される、Amexの最も価値ある知的財産であると分析されます。
この営業秘密(データ)こそが、前章で詳述したAmexのAI/MLモデル(不正検知¹²⁰、信用モデリング²³¹)の精度を支える「燃料」です。競合他社がアクセスできない、リッチで包括的なデータセットを持つことが、AmexのAIモデル(例:Gen X¹²⁰)の優位性を生み出し、それが結果として「業界最低水準の不正利用率」²³¹というブランド価値(=信頼)に転換されています。このように、AmexのIP戦略全体(ブランド、特許)は、この「営業秘密」を基盤として成立しています。
M&AによるIPおよび技術の獲得:Kabbageの事例
Amexは、この中核IP(クローズド・ループ)の価値を最大化するため、M&A(合併・買収)を通じて、自社に不足している(あるいは構築に時間がかかる)外部のIP(技術、プラットフォーム、顧客基盤)を積極的に取り込んでいます。
その象徴的な事例が、2020年10月¹⁰⁹に完了した、中小企業(SME)向けFintechプラットフォーム「Kabbage」の買収です¹¹¹。Kabbageは、SME向けのB2B(企業間)決済¹⁰⁷、¹¹⁰やリアルタイム・データに基づくオンライン融資プラットフォーム¹¹¹の分野で、革新的な技術(IP)と市場ポジションを確立していました¹⁰⁸。
この買収は、AmexのIP戦略における「Buy(購入)」の側面を明確に示しています。Amexは、自社の強力な法人カード(B2B)部門とKabbageのSME向けデジタル・プラットフォーム(IP)を統合¹¹¹することで、成長著しい中小企業向け金融サービスのポートフォリオを(自社R&D(Build)よりも遥かに速いスピードで)獲得することに成功したと見られます。
CVC(Amex Ventures)による「IPレーダー」戦略
M&A(大規模買収)よりも機動的かつ広範に外部IPにアクセスする手段として、Amexはコーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)部門である「Amex Ventures」⁴⁰、⁴¹、⁴²、⁴³、⁴⁴、¹¹³、¹¹⁴、¹¹⁵を極めて戦略的に活用しています。
Amex VenturesのグローバルヘッドであるMatt Sueoka氏の公式プロフィール¹¹²によれば、その戦略的焦点は単なる財務的リターン(Financial Return)ではなく、Amex本体のイノベーション推進(Strategic Return)にあります。ポートフォリオには、Stripe(決済)、Instacart(Eコマース)、Plaid(オープンバンキングAPI)¹¹²といった、Fintechエコシステムのキープレイヤーが含まれます。
Amex Venturesの戦略的役割を最も明確に示す決定的な事実は、Sueoka氏のプロフィール¹¹²に記載されている「ポートフォリオ企業の75%がAmerican Expressとパートナーシップを結んでいる」¹¹²という記述です。
この極めて高いパートナーシップ比率¹¹²は、Amex Venturesが、一般的なCVCとは異なり、以下の2つの戦略的IP機能を担っていることを強く示唆しています。
この戦略は、Amex本体が直接リスクを取りにくい、より最先端の、あるいは規制が未整備な分野で特に顕著です。
このように、Amex Ventures¹¹²は、M&A(Kabbage)¹¹¹と並行し、将来の金融インフラ(オープンバンキング、Web3)²¹²においてもAmexブランドのプレゼンスを維持するための、計算されたIP戦略(外部IPのスカウティングと統合)の一環であると分析されます。これは、前章で述べたメタバース関連の商標出願⁷⁶、⁷⁸と表裏一体の戦略と言えます。
当章の参考資料
Amexの知的財産戦略(ブランド重視、防衛的特許、クローズド・ループ・データ秘匿)は、競合する主要な決済ネットワーク企業、Fintech企業、および大手銀行との対比において、その独自性が明確になります。Amexは「量」(ポートフォリオ規模)ではなく、「焦点」(ビジネスモデル防衛)と「ブランド価値」にIP戦略を集中させています。
Visa Inc.
Mastercard Inc.
PayPal Holdings, Inc.
Block, Inc. (Square)
JPMorgan Chase & Co. (JPMC)
表2:主要決済・Fintech企業の知財戦略比較
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企業名 |
IP戦略の主軸 |
特許ポートフォリオ(概数) |
特許技術の焦点 |
ブランド戦略(特徴) |
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American Express |
**ブランド(プレミアム性)**¹⁰、**データ(営業秘密)**¹²¹ |
2,057件¹⁹³ (小規模) |
ビジネスモデル(Class 705)⁵⁹、AI不正検知¹²⁰、セキュリティ(Class 726)⁵⁵ |
プレミアム・ブランド(CENTURION)⁷⁹。積極的なブランド防衛(BLACKCARD訴訟)²⁴⁷。メタバース出願⁷⁸。 |
|
Visa Inc. |
ネットワーク(普遍性)、特許(規模) |
9,843件¹⁴³ (大規模) |
通信¹⁴⁴、暗号化¹⁴³、決済サービス¹⁴⁴、オープンバンキング(欧州)⁸¹ |
普遍的ブランド。グローバルなブランド保護プログラム(GBPP)¹⁶⁸。商標ポートフォリオ管理¹⁷⁰。 |
|
Mastercard Inc. |
特許(規模)、非伝統的ブランド |
12,449件¹⁴⁸ (最大規模) |
AIセキュリティ¹⁵¹、EMV¹⁴⁹、ブロックチェーン¹⁰²、デジタルID¹⁵⁰ |
**"Priceless®"**¹⁷⁷による体験価値。先進的な「ソニックブランド(音の商標)」¹⁷³、¹⁷⁵の導入。 |
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PayPal Holdings |
デジタルウォレット(先行者) |
6,316件¹⁷⁸ (中規模) |
デジタルウォレット¹⁵⁵、P2P決済¹⁸¹、暗号資産(リスク管理)⁸⁹、⁹⁰ |
PayPal(決済)とVenmo(P2P)¹⁵³のデュアルブランド。 |
|
Block Inc. (Square) |
エコシステム(POS + App) |
不明(中規模と推察) |
POSハードウェア/ソフトウェア¹⁸⁸、¹⁹¹、暗号資産決済ネットワーク¹⁰¹、¹⁰³、¹⁶⁶ |
「Square」(事業者)¹⁹¹と「Cash App」(消費者)¹⁹¹の強力なエコシステム・ブランド¹⁸⁹。 |
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JPMorgan Chase |
AI技術(大規模投資) |
500+件(AI関連)¹⁶⁰、全体で数千件規模¹⁸⁰ |
**AI(全方位)**¹⁵⁸、¹⁶⁰、リスク管理¹⁶⁰、データセキュリティ⁹⁵、トレーディング¹⁶⁰ |
「J.P. Morgan」(富裕層)¹⁸⁷と「Chase」(リテール)¹⁸⁵のデュアル・ブランド。 |
出典:各社SEC提出資料、特許分析レポート(Greyb, IPWatchdog等)、企業リリースなどに基づく分析
競合比較からの示唆
この競合比較から、AmexのIP戦略の特異性が明らかになります。「量のVisa/Mastercard vs 質(焦点)のAmex」という構図です。
Amexの特許ポートフォリオ¹⁹³は、Visa¹⁴³やMastercard¹⁴⁸の数分の一に過ぎません。これは、Amexが「オープン・ネットワーク」の技術標準(例:通信、EMV)¹⁴⁹を巡るグローバルな特許競争(Patent Race)に参加していない(あるいは、参加する必要がない)ことを示しています。
Amexの戦略は、自社の「クローズド・ループ」¹²¹という秘匿されたビジネスプロセス(営業秘密)と、それを支える「AI/セキュリティ」⁵⁵、¹²⁰という特定の技術領域のみを特許で「防衛(Defend)」し、最大の資産である「ブランド(プレミアム性)」⁷、⁸を商標で「攻撃的(Offend)」に守る、極めて選択的かつ集中的なIP戦略を採用していると結論付けられます。
当章の参考資料
Amexの知的財産戦略は、その中核的資産(ブランド、クローズド・ループ・データ)の性質ゆえに、一般的な技術企業とは異なる、特有かつ深刻なリスクに直面しています。特に、規制当局による「データ開放」の圧力は、同社のIP戦略の根幹を揺るがす最大の脅威であると分析されます。
短期リスク:生成AI導入に伴う新たなIPリスク
Amexは、2023年および2024年の10-K(SEC提出資料)²³²、²³³において、AI、特に生成AI(Generative AI)の利用に関するリスクを明確に開示しています。これは、同社がGenAIの導入²¹⁵、²²⁶を推進する一方で、それに伴う新たなIPリスクを経営上の重要課題として認識していることを示しています。
主なリスクは以下の2点です。
中期リスク:規制による「クローズド・ループ」の脅威(最大のIPリスク)
Amexのビジネスモデルの根幹であり、最強の「営業秘密」であるクローズド・ループ・データ¹²¹は、世界的な「オープンバンキング(Open Banking)」規制の直接的な脅威にさらされています。これは、同社のIP戦略における最大かつ最も深刻な中期リスクであると分析されます。
1033条¹³⁴、¹³⁸の脅威の核心は、Amexの「営業秘密」¹²¹の優位性を法的に無効化する点にあります。この規制は、消費者が自らの金融データ(取引履歴、手数料、リワード情報¹³⁸など)を、Amexのような金融機関から、(Plaidのような)サードパーティのFintechアプリ¹³⁴と安全かつ容易に共有する権利を義務化するものです。
これが施行されれば、Amexが「クローズド・ループ」¹²¹で独占してきた詳細な取引データ(営業秘密)を、消費者の要求に応じて、競合他社(あるいは競合と提携するFintech)¹³⁴にAPI経由で開示せざるを得なくなる可能性があります。これは、AmexのAI/MLモデル(不正検知¹²⁰、信用モデリング²³¹)の「燃料」であった独自の営業秘密がコモディティ化(一般化)することを意味します。
Visaが2020年にPlaidの買収を試みた(後に独禁法上の懸念で断念)¹³⁴のも、この「データアクセス権」こそが将来の決済ビジネスの覇権を握るIPであると認識していたためです。Amexにとって、1033条¹³⁴は単なるコンプライアンス問題ではなく、自社の中核的知的財産の優位性を根本から無効化する可能性のある、最大の戦略的脅威であると結論付けられます。
長期リスク:技術的ディスラプション(DeFi, CBDC)
AmexのIP戦略(ブランド、特許、営業秘密)は、すべて「Amexネットワーク」という中央集権的な決済インフラ(仲介者)の存在を前提としています。
ブロックチェーン技術²⁰²に基づく、分散型金融(DeFi)¹⁹⁹、²⁰⁰や中央銀行デジタル通貨(CBDC)²⁰¹、²⁰²、²⁰³、²⁰⁴、²⁰⁵の普及は、長期的にはAmexのような伝統的なカードネットワーク(決済仲介者)自体を「ディスインターミディエーション(仲介排除)」²³⁴する、すなわち陳腐化させる可能性があります。
Amexもこのリスクを認識しており、2024年の10-K²³⁴では、デジタル通貨、CBDC、ブロックチェーン²³⁴が「競争環境を変え、顧客との関係を仲介排除する」²³⁴可能性をリスク要因として挙げています。また、Amexが「CBDC口座への資金供給方法」²⁰¹に関する特許出願(US20240202820A1)²⁰¹を行っている兆候が見られますが、これは新技術が自社の既存インフラを迂回するリスク(Disintermediation)²³⁴に対する、防衛的な動きであると推察されます。
当章の参考資料
Amexの知的財産戦略は、前章で分析した深刻なリスク要因(規制によるデータ開放、新技術によるIPリスク)に直面し、大きな転換点(パラダイムシフト)を迎えていると推察されます。従来の「防衛」と「秘匿」を中心とした戦略から、規制と技術の動向に適応し、IPの価値を「再定義」する戦略へと移行していくことが予想されます。
展望(1):オープンバンキング(1033条)への適応戦略
Amexにとって最大の脅威であるCFPB 1033条¹³⁴、¹³⁸の施行(2024年〜2025年に規則最終化の見込み)は、回避不可能な規制環境の変化です。これにより、同社の中核IPであった「クローズド・ループ・データ(営業秘密)」¹²¹の独占的価値は、法的に毀損¹²⁹されます。
今後のAmexのIP戦略は、この「データの開放」を前提とし、価値の源泉を「データの独占」から「データの安全な管理・処理」へと移行させることが不可欠となります。
1033条¹³⁴は、Amexの「データ」という営業秘密の価値を低下させる¹²⁹一方で、Amexが持つ「安全にデータを管理・移転する技術」(特許)¹¹⁶や、「信頼できるデータ仲介者」としての「ブランド」⁷、⁸の価値を相対的に高める機会でもあります。Amexは、失われる「データの独占権」の代わりに、「信頼できるデータ仲介者(Trusted Data Intermediary)」としての新たなブランド価値と、それを支える技術IP(APIセキュリティ、認証技術)の確立を急ぐものと推察されます。
展望(2):AIガバナンスの「ブランド化」
Amexは、GenAIの導入に伴うIPリスク(著作権侵害、データ流出、バイアス)²³²、²³³をSEC開示資料で明記するほど強く認識しています。このリスク対応(守り)を、「攻め」のブランド戦略に転換することが、今後の重要な展望となります。
CIO(R. Radhakrishnan氏)²²⁷が主導する「AIガバナンス」²²⁷体制、専門組織「Generative AI Council」²²⁷、および技術的障壁「AIファイアウォール」²²⁸といった厳格なリスク管理体制¹⁴¹は、第一義的には規制当局(FRB, CFPB)への説明責任(Accountability)を果たすためのものです。
しかし、これらのガバナンス体制(=組織的IP)は、同時に、消費者に対しても「Amexは、あなたの(クローズド・ループ)データをAIによるリスクから安全に保護し、倫理的かつ責任ある方法でAIを活用する」という、強力な「信頼」のメッセージを発信することになります。
Amexは、2010年代に「不正検知率の低さ」²³¹をAI(ML)技術によって実現し、それを「信頼・安全」⁷、⁸、⁹というブランド価値に結びつけました。同様に、2020年代後半は、「責任あるAI(Responsible AI)」の厳格なガバナンス体制(IP)そのものを、自社の「信頼・安全」⁷、⁸、⁹という中核的ブランド価値に結びつける戦略を推進すると予想されます。
展望(3):Web3/DeFiにおける「デジタル・プレミアム」IPの構築
AmexのWeb3戦略は、投機的な暗号資産ビジネスへの参入とは一線を画し、既存のプレミアムIPの「デジタル空間への拡張」に焦点が当てられています。
これらの動きは、Amexの既存のプレミアム顧客(富裕層、プラチナ/センチュリオン会員)¹¹²、²²⁶がデジタル資産や仮想空間(Web3)に移行する際に、彼らに「排他的(Exclusive)」かつ「安全(Secure)」な体験を提供し続けるためのIP基盤(商標権、技術アクセス権)を確保するものです。
例えば、物理カードのステータスを反映した「デジタル・センチュリオン・カード」(NFT商標)⁷⁸や、Amexのリワード・ポイントとDeFiプロトコルを安全に連携させるサービス(Abraとの提携)²¹⁰などが、既存のプレミアムIPの論理的な延長線上にあると推察されます。Amexは、自らがDeFiプロトコルになるのではなく、プレミアム顧客にとっての「Web3への信頼できるゲートウェイ」としての地位を、IPによって確立しようとしていると見られます。
当章の参考資料
本レポートで実施したAmerican Expressの知的財産(IP)戦略分析に基づき、同社の経営層(C-Suite)、研究開発(R&D)部門、および事業化(Business Development)部門に対し、それぞれ以下の戦略的示唆が導き出されます。
経営(C-Suite / 法務GCO)への示唆:
研究開発(R&D / EDAI / CTO)への示唆:
事業化(Amex Ventures / M&A)への示唆:
当章の参考資料
American Expressの知的財産(IP)戦略は、同社の企業戦略(「スペンドセントリック」モデル⁸、⁹)と完璧に連動しており、無形資産の価値を最大化するための、極めて合理的かつ階層的な構造を持っています。本分析によれば、その核心は、単なる特許ポートフォリオの規模¹⁹³(競合比で小規模)ではなく、2種類の異なる、しかし相互に依存する中核的IPを、いかにして防衛・強化するかにあります。
第1の柱(ブランド): AmexのIP戦略の頂点に立つのは、「信頼・安全・サービス」⁷、⁸を具現化する「ブランド(商標)」です。Amexは、CENTURION®⁷⁹やMEMBERSHIP REWARDS®⁷⁹といった登録商標だけでなく、「BLACKCARD」²⁴⁷のような市場の呼称(コモンロー上の権利)に至るまで、そのプレミアム・ブランドの価値(排他性)を維持するために、極めて積極的な防衛戦略(訴訟、UDRP)²³⁷、²⁴³を実行しています。この「信頼」というブランド資産を守るため、生成AI(GenAI)の導入²¹⁵にあたっても、ガバナンス(AI評議会)²²⁷、²²⁸を優先し、IPリスク(データ流出、著作権)²³²、²³³を慎重に管理する「守り」の姿勢を徹底しています。
第2の柱(データ): ブランドが約束する「信頼・安全」を技術的に実現するのが、第2の中核IP、すなわち「クローズド・ループ」¹²¹ネットワークから得られる独自の「営業秘密(取引データ)」です。このデータは、2010年以来のAI/MLモデル(例:Gen X)¹²⁰、²³¹の「燃料」となり、業界最高水準の不正検知能力²³¹を生み出しています。この中核IPは、M&A(例:Kabbage)¹¹¹やCVC(Amex Ventures)¹¹²を通じて外部IPを取り込むことで、継続的に強化されてきました。
戦略的岐路と意思決定への含意:
Amexの知財戦略は今、この「第2の柱(データ)」が、規制(特に米国のCFPB 1033条)¹³⁴、¹³⁸によって根本から脅かされるという、最大の岐路に立たされています。「クローズド・ループ」¹²¹という「営業秘密」の優位性が、法的な「データ開放」¹²⁹の圧力によって無効化されようとしています。
したがって、経営陣にとっての最重要の意思決定は、「データの独占(秘匿)」という従来のIP戦略から、いかにして「データの安全な管理と、倫理的なAI活用(プロセスとガバナンス)」という新たなIP戦略へと、迅速にパラダイムシフトできるかにあります。
Amexの未来は、失われゆく「データの営業秘密」¹²¹の価値を、「安全なデータ管理プロセス(特許)」⁵⁵や「信頼できるAIガバナンス(組織IP)」²²⁷といった新たなIP価値にいかに昇華させ、それらを再び「信頼」という「第1の柱(ブランド)」⁷、⁸へと結びつけられるか、という点に尽きると結論付けられます。
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本レポートは、公開情報をAI技術を活用して体系的に分析したものです。
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ご利用にあたって
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