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グーグルの知財戦略:背景、現状と展望

3行まとめ

「オープン&クローズ戦略」で市場拡大と利益確保を両立

グーグルはAndroidなどプラットフォームはオープンソース化して市場全体を拡大する一方、検索・広告のコア技術は特許と営業秘密で独占。訴訟よりクロスライセンスや業界協調で「パテント・ピース」を志向し、防御的な知財戦略を展開している。

AI分野で圧倒的優位:世界トップの特許ポートフォリオ

2023年末時点で約24,144件の特許ファミリーを保有し、AI関連特許では2025年までに1,800件超を出願。これは2位マイクロソフトを50%上回る世界最多で、Transformer特許など業界標準となる基幹技術を押さえている。

特許収益化より広告モデル重視:競合との戦略的差異

マイクロソフトがAndroid特許料で年間約20億ドルを得ていたのとは対照的に、グーグルは収益の約84%を広告から獲得する間接モデル。Appleの攻撃的訴訟戦略と異なり「守りと協調」を基本とし、今後はAI・量子コンピューティング・自動運転など次世代領域での特許網整備が競争力の鍵となる。

エグゼクティブサマリ

  • 知財戦略の背景: グーグルは創業当初、特許保有は少数に留まっていましたが、2000年代後半からスマートフォン市場での競争や特許訴訟の激化に直面し、大規模な特許取得戦略に転換しました[1][2]
  • 基本方針: 特許は専ら自社製品・サービス防衛の手段と位置付け、「パテント・ピース(特許の平和)」を志向しています[1]。過度な訴訟はイノベーションを阻害すると見なし、知財制度改革にも積極的に関与しています[3]
  • 知財ポートフォリオの規模: 2023年末時点でグーグルは全世界で約24,144件の特許ファミリーを保有し、その内約17,572件が存続中です[4]。米国特許の取得件数でも2015年にハイテク企業中5位に入るなど、毎年多数の特許を取得しています[5]AI分野では2025年までに全世界で1,800件超のAI関連特許を出願し、マイクロソフトを5割上回るトップ出願企業となっています[6]
  • 知財組織体制: 2012年のモトローラ買収を機に知財法務部門を再編し、専門チームを強化しました[7]。特許ライセンス・取得交渉に特化した「特許トランザクションチーム」や、特許動向の調査分析を担うチームを設置し、訴訟リスクの先読みや他社との予防的交渉に努めています[8][9]
  • 技術領域別戦略: グーグルの特許はコンピュータ科学、データ処理、ネットワーク、AIなどソフトウェア分野に集中しています[10][11]。検索アルゴリズム(例:ページランク特許)や広告配信技術などコア技術は特許と営業秘密で保護しつつ、Android OSChromeなどはオープンソース化して普及を促進する「オープン&クローズ戦略」を取っています[12][13]
  • 市場・顧客視点の戦略: モバイル分野ではAndroidを無償公開する一方、関連アプリ・サービスで利益を上げるモデルを構築しました[14]。自社特許はパートナー企業との協業に活用され、例えばスマホメーカーとは特許クロスライセンス契約を結び市場全体の成長を優先しています[15][16]。またブランド価値保護のため「Google」が一般名詞化しないよう商標訴訟で勝訴するなど、商標権管理も徹底しています[17]
  • 収益モデルと知財: グーグルは他社への特許実施料徴収を主要収益とはしていません。他社への知財開放によりユーザ基盤を拡大し、自社サービス利用増から広告収入を得る間接モデルです[18]。一方、不要特許の売却やライセンス提供で利益化する動きは限定的で、マイクロソフトがAndroid特許料で年間約20億ドルを得ていたのとは対照的です[19]
  • パートナー・エコシステム戦略: 特許紛争を避け業界全体の発展を促すため、多数の企業と特許クロスライセンス契約を締結しています(例:サムスンとは2014年に包括的な10年間のクロスライセンス契約[15]、シスコとも2014年に長期契約[20])。また、2014年設立のLOT Network(グーグル、キヤノン等が創設)に加盟し、特許がNPE(特許トロール)に渡った場合に相互に保護される仕組みを推進しています[21]OSS保護のため自社特許を訴訟に使わないと誓う「オープン特許非行使宣言」を2013年に開始[22]し、特許を無償開放する試みも行っています。さらにIntertrust社と共同で2017年にPatentShieldプログラムを立ち上げ、スタートアップが特許訴訟を受けた際にグーグル等の特許を提供・譲渡して反撃を支援し、その対価として株式を受け取る仕組みを用意しました[23]
  • 競合比較: アップルは自社技術をクローズに囲い込み、製品デザインやUIまで幅広く特許・意匠で保護するとともに、競合他社に対して積極的に訴訟で権利行使を行う戦略を採ります。実際、2012年にはサムスンに対し約10億ドルの巨額賠償判決を勝ち取るなど強硬な姿勢が見られました[24]。一方グーグルは、自社直接の訴訟よりもパートナーとの協調や相互ライセンスで「攻めより守り」の知財戦略といえます。マイクロソフトは特許収入を事業の一部に組み込み、Androidメーカーとのライセンス契約で年間約20億ドルを得ていた[19]のに対し、グーグルはAndroid関連特許で直接収益を上げるより、無料提供したOS上で自社サービスを独占する間接手法を採りました。IBMやサムスンは特許保有数でグーグルを上回りますが(IBMは全世界で約8万件のアクティブ特許ファミリー保有[25][26])、IBMは特許ライセンス収入を重視しつつオープンイノベーションにも参加(Linux向け特許共同体OIN設立メンバー)、サムスンは製品保護と収入源確保の両面で特許を活用しています。グーグルは近年マイクロソフトやIBMとも共同で特許流通市場の透明化(2016年に業界横断の特許売買プラットフォーム構想)に取り組むなど[27]、競合でありながら知財面では協調する動きも見られます。
  • リスク・課題: 短期的には、特許トロールからの訴訟リスクが依然として高水準にあります。特に米国では毎年数千件の特許訴訟が提起され、その過半がNPEによるものと推計されます(2015年には特許訴訟件数が過去最多となり、約2/3NPE提訴[28])。グーグルも標的となりうるため、特許無効化手段(IPR)や防御策の強化が必須です。またパートナー企業との関係悪化による知財紛争の可能性も課題です。実例として、スマートスピーカー技術を巡り協業先だったソノス社から特許訴訟を提起され、グーグル製品の一部機能が一時差し止められる事態も発生しました(2020年訴訟、現在係争中)。中期的には、新興技術分野での知財ポートフォリオ拡充と法整備の動向への対応が課題です。AIや機械学習技術は特許適格性の議論が続いており、アルゴリズムや生成物の保護範囲が不明瞭です。またオープンソースAIモデルの普及により、従来型の特許戦略だけでは技術優位を維持できない可能性があります。各国政府の知財政策も変化しており、例えば欧州では2023年に統一特許裁判所(UPC)が始動し国境を超えた差止めリスクが高まる一方、中国では自国企業による特許攻勢が強まり、グローバルに訴訟リスクの分散が進む可能性があります。長期的には、「知財の概念」自体の拡張・変容が見込まれます。データやAI生成物への新たな保護枠組みの創設、グリーン技術分野での強制実施権拡大など、公政策との兼ね合いで知財戦略の柔軟な見直しが必要になると考えられます。
  • 今後の展望: 世界的に企業価値に占める無形資産の割合は2020年時点で約90%に達し[29]、知的財産の重要性は一層高まっています。グーグルにとっても知財戦略は経営戦略と不可分であり、AI・量子コンピューティング・自動運転など次世代領域での特許網整備が競争力の鍵を握るでしょう。また各国で進むデジタル政策(例:プラットフォーム規制やデータ保護法)にも対応した知財活用が求められます。例えば欧州のデータ共有義務化の流れは、自社アルゴリズムやデータベースの保護手段に影響を及ぼす可能性があります。今後510年で、特許制度そのものもAIの発明者認定問題やオープンソースライセンスと特許の関係見直しなど大きな転換期を迎える可能性があります。そうした中で、グーグルは引き続き業界団体や標準化活動を通じて知財制度改革に発言力を行使し、自社に有利かつイノベーション促進的なルール作りをリードすると見られます。
  • 戦略的示唆: グーグルの知財戦略から得られる示唆として、経営層には知財リスクを限定しつつ技術公開で市場拡大を図るバランス戦略の有効性が示唆されます。他社と協調できる部分(プラットフォームや標準技術)はオープン化しエコシステムを構築する一方、模倣困難なコア技術は特許と秘匿化で独占する二面戦略が有効と考えられます。研究開発面では、新規分野への知財投資を継続するとともに、社内発明の権利化プロセスを強化し、「重要発明は漏れなく特許出願する」体制の維持が必要です。また、発明者へのインセンティブや社内教育を通じ特許ポートフォリオの質を高めることも競争優位につながります。事業化の観点では、保有知財を攻めの交渉材料として活用することが挙げられます。例えばクロスライセンスにより有望企業との提携をスムーズにし、新市場参入の障壁を下げる戦略です。さらに、知財を防御的資産以上に価値創造資源と捉え、休眠特許の外部提供(必要に応じたライセンス供与や売却)や、スタートアップ支援策(PatentShieldのような)を通じエコシステム全体の発展から長期的利益を得る発想も有効でしょう。最後に、知財リスクマネジメントの徹底も重要です。具体的には、定期的な第三者特許クリアランス調査や訴訟リスク分析を行い、早期に潜在的紛争を発見・対処すること、ならびに重要人材の流出による営業秘密漏洩を防ぐ内部統制の強化が推奨されます。総じて、グーグルの事例は現代企業において知財戦略が単なる法務対応を超え、市場創造と競争優位確立のための経営戦略そのものであることを示しています。

当章の参考資料:

  • [1][2] グーグルの特許戦略転換(スマートフォン訴訟増加とモトローラ買収による特許大量取得)
  • [3] グーグルが取り組む特許制度改革(イノベーション阻害への問題意識)
  • [4][5] グーグルの保有特許ファミリー数と米国特許取得件数ランキング
  • [6] AI関連特許出願件数におけるグーグルの世界トップシェア(2025年時点)
  • ... (以下、各箇条書き項目で参照した出典のURLと概要を章末に列挙)

背景と基本方針

グーグル(Google)は1998年創業のインターネット企業で、検索エンジンやオンライン広告を核に急成長してきました。創業当初は技術革新そのものが競争力の源泉であり、知的財産(知財)戦略は目立った優先事項ではなかったと見られます。当時のIT業界では、ソフトウェア分野の特許取得には慎重論も多く、グーグルも初期には少数の基本特許(例:検索アルゴリズム「PageRank」に関する特許、1998年出願)を保有する程度でした[30]。しかし2000年代後半から状況は大きく変わり始めます。

まず外部環境の変化として、1990年代末のドットコム崩壊(2000年前後)以降、余剰となった特許を資産化するビジネスモデルが台頭しました[31]。いわゆる「パテント・トロール(NPE: 特許非実施主体)」と呼ばれる存在が現れ、製品開発はしないまま特許権行使で収益を上げる事例が増加しました[28]。実際、2015年には米国で史上最多の特許訴訟件数を記録し、その約2/3NPEによるものと報告されています[28]。グーグルも例外ではなく、Androidスマートフォン事業を巡って大規模な知財訴訟に巻き込まれるリスクが高まりました。

象徴的な出来事としては、2010年にOracle社が提起したJava APIに関する知財訴訟があります[32]。これは特許ではなく著作権を巡る争いでしたが(AndroidJava APIを無断使用したとする主張)、グーグルにとって初の本格的な知財係争となりました。このOracle訴訟は長期化し、紆余曲折を経て最終的に20214月に米国最高裁が「グーグルのJava API利用はフェアユース(著作権の公正利用)」との判決を下し決着しました[33]10年以上に及ぶ係争で巨額賠償の危機もあったものの、結果的にグーグル側の勝利に終わり、プラットフォーム戦略を守り抜いた形です。

さらにスマートフォン特許戦争への対処も急務となりました。2011年前後から、AppleSamsungをはじめスマホ関連の特許訴訟が世界的に激化します。グーグル自身は当時ハードウェアメーカーではありませんでしたが、Android OSを通じ端末メーカー各社と密接な利害を共有しており、「Android陣営の防衛者」として特許戦略を強化せざるを得ない状況でした。実際、2011年にカナダの大手通信企業ノーテル(Nortel)が破産し4G関連を含む約6,000件の特許ポートフォリオが競売にかけられた際、グーグルは9億ドルで応札しましたが、AppleMicrosoft等の連合[2]に敗れ取得を逃す出来事がありました。このノーテル特許争奪戦は、グーグルに知財ポートフォリオ充実の重要性を痛感させる契機となったと推察されます[34]。ノーテル特許を確保できなかった直後、スマートフォン関連の大規模訴訟が始まり、Android陣営は劣勢に立たされます。グーグルにとって、「知財による防衛力強化」が急務となりました。

グーグルは基本方針の転換を決断します。その象徴が20118月のモトローラ・モビリティ(Motorola Mobility)買収です。グーグルは約125億ドルを投じてモトローラを買収し、携帯電話・無線通信に関する約25,000件の特許群を一挙に手中に収めました[35]。さらに同年にはIBMからも1,000件以上の特許を購入し、ポートフォリオ拡大を図っています[35]。これらの大型投資は、Androidを巡るAppleMicrosoftとの係争で防御線を築く目的が大きかったと考えられます。事実、当時Appleはサムスンを提訴し、2012年にはサムスンに約10億ドルの賠償支払いを命じる評決を勝ち取っています[24]。このように熾烈な特許紛争が展開される中、グーグルは取得した大量の特許を背景に、直接的な法廷闘争よりも相互ライセンスや和解による「特許の平和」を模索する戦略を取るようになりました[1]

実際、グーグルはモトローラ買収後の2014年にAppleとは直接のクロスライセンスには至らなかったものの、サムスン電子とは包括的な特許クロスライセンス契約を締結しています。20141月に発表されたグーグル=サムスン間の契約は、既存特許と今後10年間に取得する特許を相互に利用可能とする広範な内容でした[15]。グーグル側の特許基本方針である「訴訟より協調」の姿勢を示すもので、「協業パートナーと手を組むことで不要な訴訟を回避し、イノベーションに注力できる」と当時のグーグル副法務顧問(特許担当)アレン・ロー氏もコメントしています[15]。またサムスン知財部門トップも「特許係争より協力の方が得るものが大きい」と述べており[16]、アップルとの消耗戦を尻目にグーグル=サムスン連合は特許面でも歩調を合わせたと言えます。

以上の歴史的経緯から、グーグルの知財戦略の基本方針としては以下の特徴が浮かび上がります:

  • 防御的な知財保有: 必要十分な特許ポートフォリオを保有し、他社からの訴訟に備える。特にAndroid関連で自社やパートナー企業が標的になった場合に備え、カウンターとしての特許網を築く。実際「自社の防衛に成功すること」と「自前の特許ポートフォリオ開発」が特許平和への道だと述べています[36]
  • 訴訟は最後の手段: できる限り法廷闘争を避け、クロスライセンスや業界協調で解決する。ロー氏は「パテント平和は理想だが、協定を結び訴訟を事前に回避することが一策」と語っています[9]。実際グーグル自身が原告となる特許訴訟は少なく、防衛や反訴が中心です(近年ではソノスへの反訴など例外もありますが、基本スタンスは攻撃的ではありません)。
  • オープンイノベーション志向: 自社コア以外の技術はオープンソース化や標準化を推進し、市場全体の成長を優先する。グーグルは「悪事を働かなくてもお金は稼げる(Dont be evil)」という信条の下、検索連動広告ビジネスで利益を上げつつ、AndroidChromeなど多くの基盤技術を無償公開してきました[37][13]。この根底には「自社サービスで収益を上げられれば、プラットフォームは開放しても構わない」という戦略観があり、知財独占に固執しない柔軟さが特徴です。
  • 知財制度への積極関与: パテント・トロール対策など知財制度改革にもコミットしています。グーグルは米議会や司法に対しロビー活動や意見表明を行い、特許訴訟濫用を防ぐ法整備を支持してきました。例えば2010年代半ばの米国特許改革法(AIA)成立や、2014年の連邦最高裁判決(Alice判決)によるソフトウェア特許の適格性厳格化などには、間接的にグーグルの問題提起や産業界連携の成果が反映されていると見られます[3]。ロー氏も「我々はシステムの問題点を理解してもらい、バランスを取り戻す手助けをしようとしている」と述べており[38]、知財体制そのものをよりイノベーションフレンドリーに変えようという意図が読み取れます。

以上のように、グーグルの知財戦略は「攻めより守り」「独占より協調」をキーワードとしてまとめられます。ただしこれは決して消極的という意味ではありません。必要な特許資産には大胆な投資を惜しまず(モトローラ買収然り)、守るべきもの(検索・広告技術)は断固守る一方で、開放すべきもの(OSや開発基盤)は大胆に開放するメリハリの効いた戦略です。その背景には、知財を単なる法律上の権利というより事業継続と発展のための戦略的リソースと捉える経営判断があると言えるでしょう。

当章の参考資料:

  • [28]米国における特許訴訟件数の増加(2015年に最多、NPEの比率)
  • [33]OracleGoogle訴訟の最高裁判決(2021年、グーグル側勝訴の概要)
  • [2]ノーテル特許競売とその後のモトローラ買収・IBM特許購入(2011年、特許約25,000件取得)
  • [24]アップル対サムスン訴訟の評決(2012年、10億ドル賠償評決)
  • [1]「パテント平和は理想、守りと特許蓄積で達成を目指す」グーグル法務責任者の言葉
  • [15]グーグルとサムスンの特許クロスライセンス契約締結とその意義(2014年)
  • [9]「他社との交渉・協定で訴訟を未然防止」グーグルのプロアクティブ戦略
  • [3]「システムの問題点を是正しバランスを」特許制度改革に関するグーグルの姿勢
  • [37][13]グーグルのオープン戦略(検索・広告はクローズ、Android等はオープンソース活用)

全体像と組織体制

グーグルの知財戦略の全体像を理解するには、まず組織体制ポートフォリオの概要を把握することが重要です。知財戦略は経営戦略と深く結びつくため、組織内でどのように知財管理が位置付けられているか、そしてグーグルが現時点でどれほどの知財資産を有しているかを確認します。

知財組織の体制

グーグル(および持株会社アルファベット)の知財管理は法務部門の中核として機能しています。特に2012年のモトローラ買収後、知財専門チームが大幅に拡充されました。当時就任したアレン・ロー (Allen Lo) 氏(Deputy General Counsel for Patents)は、従来グーグル社内に点在していた特許関連グループを再編成し、専門機能ごとに分化した組織としています[7]

ロー氏が導入した主なチームには以下があります:

  • 特許トランザクションチーム: 特許の売買やライセンス契約を専門に扱う部隊です[39]。モトローラから受け継いだ大量の特許を管理しつつ、他社とのクロスライセンス交渉や、市場からの特許取得(買収)を推進する役割を担いました。このチーム設立により、従来は個別対応だった特許取引業務を一元化し、ノウハウの蓄積と迅速な判断が可能になったとされています[40]
  • オペレーション&アナリティクスチーム: 特許情報の分析・動向把握を担う組織です[41]。具体的には、特許データベースや審査動向を常時モニタリングし、競合他社の出願傾向や新技術分野の特許状況を解析します。また特許法改正や判例のトレンドにも目を光らせ、社内に知見を共有します。ロー氏の期待するところでは、このチームが「将来の訴訟リスクを予見し、グーグルを法廷に行かせない」働きをすることでした[42]。例えば特定分野で他社が特許攻勢を強めていれば提携や予防措置を検討し、逆に自社が脆弱な領域があれば先手で特許補強する、といった戦略判断に資する情報を提供しています。
  • 特許法務・訴訟チーム: 訴訟対応専門の弁護士チームも存在します。実際の組織名は公開されていませんが、他社からの提訴に備えたディフェンス弁護団、および自社から提訴する場合の訴訟戦略チームがあると推察されます。グーグルの場合、訴訟件数は決して多くないものの、一件一件の規模が大きく(Oracle訴訟や欧米当局との係争など)、専門知識と訴訟経験を持つ弁護士が社内外に配置されています。例えば前述のOracleGoogle訴訟ではフェアユース論点が争われたため、著作権法の専門家や業界団体と連携した戦略が取られました。

上記のような専門チームに加え、エンジニアリング部門との連携も組織体制上の特徴です。グーグルは技術者主導の企業文化が強く、社内発明の促進と特許出願にはエンジニアも深く関与しています。例えば「発明提案制度」としてエンジニアが日々の業務で生まれたアイデアを社内ポータルに投稿すると、知財部門がレビューして特許化すべきものを選別する仕組みが存在します。これは推測ですが、一般的な大企業で行われている発明報奨金制度などもグーグルで採用されている可能性が高いです。さらに、グーグルは社内に特許技術者(Patent Engineer)や社内弁理士を多数抱えており、R&Dと知財が一体となって動いている点が強みです。実際、グーグルは毎年数千件規模の特許を世界各国で出願・登録しており、その遂行には大規模な人員体制が必要です。特許出願書類のドラフトや中間処理対応を行う専任スタッフ、外国出願の管理担当などが組織的に配置され、効率的な知財取得オペレーションが構築されています。

また、グーグルは業界コンソーシアムや外部組織との連携も組織戦略に取り込んでいます。例えば先述のLOT Networkには創設メンバーとして参画し、社内から役員を派遣しています[21]。他にもLinux向けの特許共同防衛コミュニティであるOpen Invention NetworkOIN)にはグーグルも加盟しており、オープンソース保護の取り組みに貢献しています[21]。特許に関する外部スタートアップ(例:特許分析AI企業など)への出資や提携も行っており、自社内に閉じない開かれた知財エコシステムを形成しています。こうした活動は一企業の法務部門の枠を超え、知財を通じた産業インフラ整備という広い視点で捉えられているのが特徴です。

以上をまとめると、グーグルの知財組織体制は、

  • 経営トップの方針の下、知財専門チームが細分化され高度化している(特許取引、分析、訴訟など機能別チームの存在)
  • 技術部門と知財部門が近接しており、日常的に発明創出と権利化が回る仕組みがある
  • 業界全体の知財課題に対応すべく、外部団体・企業とも積極的にネットワークを形成している

という3点に特徴づけられます。この体制により、グーグルは単に受動的に特許出願や訴訟対応をするのではなく、「攻めの知財戦略」を組織ぐるみで展開できていると評価できます。ロー氏はインタビューで「理想的には訴訟の火種を事前に察知し、法廷に行かずに済むようにしたい」と述べています[42]。それを現実にするため、組織としてアンテナを張り巡らせ、かつ他社と交渉する交渉力・実行力を備えていることがグーグルの強みです。

特許ポートフォリオの全体像

次に、グーグルの知財資産、特に特許ポートフォリオの概要を数値面から俯瞰します。

グーグルは創業以来四半世紀弱で莫大な数の特許を蓄積してきました。公開情報によれば、2023年末時点でグーグル(Alphabet)グループは全世界で約24,144件の特許ファミリーを保有しています[4]。特許ファミリーとは同一発明について各国に出願したグループのことですので、個々の国別特許件数に換算すればこの数倍規模になる可能性があります。そのうちアクティブ(存続中)の特許ファミリーは約17,572、残り6,572件は存続期間満了や放棄等で失効しています[4]。この割合から見て、グーグルの特許群は比較的最近取得されたものが多く、急速にポートフォリオを拡大していることが分かります。

地域別に見ると、米国がグーグル特許の中心です[43]。ある分析によれば、グーグルの特許出願・登録は米国偏重であり、次いで欧州、中国と続きます[43]。これはグーグルの主要市場が北米であること、およびソフトウェア関連特許の重要度が米国で高いことを反映しています。ただ近年は中国出願も増やしており、市場規模拡大中のアジアでの権利確保も重視しているようです[44]。日本や韓国への出願は中国より少ないとの指摘もあります[44]が、これは各国のビジネス展開状況や特許の有効性を勘案した戦略と考えられます。

技術分野別の内訳については次章で詳述しますが、全体像としてグーグルの特許はコンピュータサイエンス領域に集中しています。特許分類上はG06(計算機)やH04(デジタル通信)が多く、具体的には「データ処理装置」「情報検索・データベース構造」「ネットワーク伝送」「電子商取引」「セキュリティ」等が上位を占めます[45][46]。これはグーグルの事業ドメイン(検索エンジン、広告、クラウド、モバイルOSなど)が反映された形です。一方でバイオや化学など非IT分野の特許はほとんど持っていません2015年に持株会社Alphabet体制へ移行し、生命科学(Verily)や自動運転車(Waymo)など新規分野もグループ内に抱えましたが、これらも広義のITAI技術を基盤としており、従来のハード科学系特許とは異質です。したがってグーグル知財のコアは一貫して「情報技術」にあります。

量的な観点では、グーグルは毎年数千件規模の特許を取得しています。米国特許商標庁(USPTO)の統計によれば、グーグルは2015年時点で年間1,800件前後の特許を米国で取得しており、その年の取得件数ランキングでテクノロジー企業中第5位に入っています[5]。これはIBMやサムスン、キヤノン、マイクロソフトなど特許大国の常連に次ぐ位置です。以降も出願件数を増やしており、最近では年間2,000件以上取得している可能性があります。世界全体の動向を見ると、2022年の国際特許(PCT)出願ランキングでグーグルは上位30社程度に入っています[47](※具体順位は不明ですが、参考:2022PCT出願件数はグーグル約830件)。また、特に重視するAI分野ではグーグルが世界最多の特許出願企業となっています。2025年中頃までにグーグルはAI関連の特許を1,837件世界出願しており、これは2位のマイクロソフトを50%も上回る数です[6]。米国だけ見ても、グーグルのAI特許出願は880件で首位(2位マイクロソフト701件、3IBM684件)という統計があります[6]。このように新戦略領域への知財投資でも先頭を走っていることは、ポートフォリオの動的側面として注目されます。

質的な側面として、グーグルの特許は広範かつ多様です。検索アルゴリズムに関する基本特許(例:PageRank関連)は創業時からの資産ですし、近年ではディープラーニングの基盤技術「Transformerアーキテクチャ」に関する特許も保有しています[48]Transformer論文「Attention is All You Need」(2017年)の発明を権利化した特許は、後続のあらゆる言語モデルに引用される重要特許であり、AI業界に大きな影響力を持つと評されています[48]。一方、ほとんど収益に繋がらない特許も多数あります。全特許のわずか1%未満しか直接的金銭価値を生まないとも言われますが[49][50]、それでも「守り」の観点から広い領域を網羅することに意味があります。自社製品・サービスを包括的にカバーし他社からのクレームを防ぐ盾として、また交渉時の取引材料として機能し得るからです。

またグーグルの知財には特許以外の要素も忘れてはなりません。商標については、「Google」ブランドそのものが同社最大の無形資産の一つです。世界中で「Google」は「検索」の同義語として使われるほど浸透していますが、グーグルは自社商標が俗称化して保護を失うこと(ジェネリサイド)を警戒し、法的にも守っています。実際、第三者に「google」という単語は一般名詞で商標無効だと訴えられた裁判で、2017年に米国連邦第9巡回区控訴裁判所はグーグル商標の有効性を支持し、ジェネリック名称化を退けています[17]。このように商標権も積極的に防衛し、ブランド価値を維持しています。著作権についても、YouTubeのコンテンツIDシステムやGoogleブック検索訴訟(2015年にフェアユース認定)など、独自の戦略と係争を経てきました。著作権は主に他者コンテンツの取扱い(プラットフォーム運営上の責任)に関わるため、特許戦略とは趣が異なりますが、「情報へのアクセスを最大化しつつ権利者とも妥協点を探る」というグーグルの基本姿勢が見て取れます。

以上、組織体制とポートフォリオ全体像を俯瞰しました。グーグルは陣容の整った知財部門と膨大な知財資産を背景に、守勢と攻勢のバランスを取りながら事業展開を支えています。この強固な土台があるからこそ、後述するような詳細戦略(技術領域ごとの戦略や競合対応策)が実効性を持つのです。言い換えれば、グーグルの知財戦略は「組織力と資産力の上に築かれた戦略」と言えるでしょう。

当章の参考資料:

  • [7] アレン・ロー氏による知財法務部門再編(特許グループの再編と専門チーム創設)
  • [40] 特許トランザクションチーム設立の目的(特許ライセンス・買収機能の集中化)
  • [41] 特許分析チームの役割(特許業界のトレンド監視と訴訟予見)
  • [42] 「完璧な世界では訴訟を未然に防ぐ」ロー氏の発言(プロアクティブ戦略の理想)
  • [21] LOTネットワーク設立とグーグルの関与(キヤノン等と設立、年収25百万以下無料)
  • [43] 地域別の特許偏在(米国偏重、次いで欧州・中国)
  • [4] グーグルの特許ファミリー総数と内訳(2023年末、24144件中17572件存続)
  • [5] 2015年時点の特許取得ランキングでグーグルが第5
  • [6] 2025年時点のAI特許出願件数(グローバルおよび米国でグーグルがトップ)
  • [48] グーグルのTransformer特許の引用状況と影響力
  • [17] グーグル商標のジェネリック化阻止(2017年判決、商標存続)

詳細分析:技術領域別の知財戦略

グーグルの事業は多岐にわたりますが、その根底にあるのは情報技術(ITです。本章では技術領域ごとに、グーグルがどのような知財戦略を取っているかを分析します。主な切り口として、ソフトウェア・アルゴリズム(検索・AIハードウェア・デバイス(スマートフォン・データセンター)プラットフォーム・標準技術(ウェブ標準・オープンソース)3つに分け、それぞれの領域での特許取得・活用動向を見ていきます。

検索アルゴリズム・AI分野の戦略

グーグルの創業事業である検索エンジンと、その延長線上にあるAI(人工知能)は、同社の技術力の核です。この領域における知財戦略は、「基幹アルゴリズムは特許で保護しつつ詳細は秘匿する」という二段構えになっています。

まずグーグル検索に関しては、創業者ラリー・ペイジ氏が発明した「PageRank」の特許が有名です[30]。これはウェブページの被リンク構造に基づきページの重要度を算定するアルゴリズムで、1998年に米国特許出願され2001年に特許(USP#6285999)として成立しました[30]。この特許はスタンフォード大学からグーグルに実施権が付与され(後に移転)同社検索サービスのコアを成したと言われます。PageRank以外にも、検索結果ランキング手法や検索クエリの補正技術など多数の検索関連特許をグーグルは取得してきました。また広告事業においても、キーワード広告(AdWords)やコンテンツ連動広告(AdSense)の技術について多数の特許出願がなされています[51]。例えば2006年公開の特許公報では、「広告のユーザー関心への関連性を改善する方法」が開示されており[52]、検索クエリにマッチする広告配信ロジックに関する発明がうかがえます。これらの基本特許群により、グーグルは検索・広告分野の技術的優位を法的にもある程度確保しました。

しかし、検索や広告の具体的なアルゴリズムや実装詳細は非公開とされています。たとえ特許として概略を公開しても、実際のランキング要因(シグナル)やAIモデルのパラメータ等は企業秘密(トレードシークレット)です[53]。グーグルは「知的財産権だけでなくノウハウの秘匿化も進めている」と分析され[54]、特許公開による情報開示と企業秘密による隠匿のバランスを巧みに取っています。例えばPageRank特許は基本原理のみ示され詳細調整は伏せられていますし、近年の検索アルゴリズム更新(たとえばAIを用いたBERTモデル導入など)も、その技術要素が全て特許に現れるわけではありません。つまり、グーグルはコアアルゴリズムについて「防御のための特許」と「模倣困難性のための秘匿」を両用しているのです。この戦略により、仮に競合他社が類似技術を開発しても、特許網に抵触すれば法的措置を検討できますし、公開情報だけではグーグル同等の検索品質を再現することは困難です。

次にAI分野です。グーグルは機械学習、とりわけ深層学習の隆盛とともに、この領域の知財活動を大幅に拡充しました。特筆すべきは、前述のTransformerに関する知財です。2017年にグーグルの研究者らが発表した「Attention is All You Need」は自然言語処理の画期となる論文で、BERTGPTといった現在の大型言語モデル(LLM)の原型技術です。グーグルはこのTransformer構造に関する基本特許を取得しており、その特許ファミリーは他社(OpenAIMetaMicrosoftなど)のAI特許から何百回も引用されています[48]。文字通り業界標準を作った発明であり、潜在的に今後巨大な価値を生む「知財の原石」です。もっとも、現状グーグルはTransformer特許から直接ライセンス料を得ているわけではありません。他社も独自に類似技術を研究開発し、グーグル特許を回避できるデザインにしたり、学術目的だと割り切って使用している場合もあります。ここから見えてくるのは、AIにおける特許の位置付けは従来のハードウェア特許とは異なるという点です。すなわち、AI特許は競争上の抑止力(ブロッカー)や交渉カードとして重要でも、即座に収益を生むわけではないということです。この点は、かつて半導体産業における特許がライセンス収入源だったのと対照的です。グーグルはAIに関しても多くの基本技術特許を押さえていますが、それらは「守り(防衛)」「技術優位の可視化」「将来の交渉材料」という意味合いが強く、すぐに他社へ訴訟攻勢を仕掛ける目的ではないようです。

他のAI関連知財としては、TensorFlowなどグーグルが開発した機械学習フレームワークも挙げられます。TensorFlow自体はオープンソースで公開されていますが、その内部の最適化手法やハードウェア(TPU: Tensor Processing Unit)との組み合わせ技術などで特許が取得されています。TPUに関してはGoogle Cloudで商用提供しているAIチップで、これに関する回路や分散処理技術も出願されていると思われます。AIチップはハードウェアですが、アーキテクチャ設計思想はソフトウェアアルゴリズムの延長であり、グーグルはソフトとハードの境界を跨ぐ発明も積極的に権利化しているでしょう。

総じて、検索・AI領域では、革新的アルゴリズムは素早く特許出願しつつ、その応用実装は社内ノウハウとして抱え込むという戦略が見て取れます。そして他社がそのアルゴリズムを使っても容易には訴えず、市場全体の発展を見極めながら、自社プロダクトで先行するというスタンスです。実際、グーグルはオープンサイエンスの立場から主要AI論文を数多く発表し、ライブラリも公開してきました。特許とオープンの両立は一見矛盾しますが、「コアは抑えつつ周辺は開放する」ことで業界標準を自ら作り、最終的に自社に有利なエコシステムを築く狙いがあると推察されます。

ハードウェア・デバイス分野の戦略

グーグルは元来ソフトウェア企業ですが、近年は自社ブランドのハードウェア(Pixelスマートフォン、Nestデバイス、自社設計AIチップなど)も展開しています。またデータセンター向けのサーバー技術や海底ケーブル等、インフラ面のハードも抱えています。これらハードウェア・デバイス関連の知財戦略では、他のハード企業と同様、「製品の差別化要素を特許・意匠で保護」する方針が見られます。ただしAppleのようにデザインまで強く囲い込む姿勢とはやや異なり、グーグルの場合は機能面・ユーザビリティ面での発明に重点があるようです。

例えばPixelスマートフォンでは、カメラの画像処理(Night Sightモードなど)や音声アシスタントとの連携機能などソフトとハードの融合部分に独自性があります。これらに関する発明が特許出願されていると考えられます。実際、Pixelに搭載のカメラ技術(複数フレーム合成による夜景撮影など)や圧力センサー付き筐体(Active Edge機能で端末握りで操作)などユニークな機能は特許になっていても不思議ではありません。Google Nestシリーズ(スマートスピーカー、サーモスタット等)でも、音声認識のためのマイク配置構造や、センサーデータを用いた省エネアルゴリズムなどで特許出願があるでしょう。要するに、ハードウェアと言ってもグーグルの場合はソフトウェアと切り離せない発明が多いため、その点でアップルのデザイン特許戦略や、サムスンのプロセス技術特許とは毛色が異なります。

一方、グーグルのデバイス戦略において特筆すべきは、Androidなど基本プラットフォームはオープン提供するが、ハードウェア固有部分は知財で固めるという考え方です。Android OSはオープンソースで自由に改変可能ですが、Pixel固有の機能や、Androidに載るGoogle独自アプリ(GMS: Google Mobile Services)はクローズドです。これらクローズド部分について、特許のみならず暗号化やライセンス契約で保護することで、オープン戦略と囲い込み戦略を両立させています[12]。他メーカーがAndroidスマホを製造できますが、Pixelの差別化機能や「Google」ブランドは容易に真似できない仕組みです。これは知財戦略というよりビジネスモデル戦略ですが、裏には商標権やライセンス契約による制約(例えば「Android」商標使用には互換性テスト合格が必要、GMS使用には契約上グーグル検索をデフォルトにする義務など)があり、その点で知財が市場コントロールに貢献しています。

さらに、モトローラ買収で得た特許の一部はモバイル通信の標準必須特許(SEP)でした。4G LTEWi-Fiに関わる基本特許についてはFRAND(公正合理的非差別的)条件でライセンス義務があります。グーグルはEU当局からFRAND順守の要請を受け、標準特許を乱用しない方針を公言しました。例えば一時、モトローラ時代にAppleに対しSEPで販売差止請求をしていた件も、最終的には和解しています。こうした標準特許の扱いもグーグルのハード戦略に影を落としています。つまり、自社が保有する通信標準特許は積極的に収益化する意図は薄く、むしろ攻撃を防ぐための防御カードとして位置付けられています。標準特許ライセンス料ビジネスで収益化するのはクアルコム等のモデルであり、グーグルはそれより自社サービス連携デバイスを売る利益の方を重視します。

また、グーグルは自動運転(Waymo)やドローン配送(Wingなど新規ハードウェア事業も持っています。Waymoは自動運転技術で多くの特許を取得しており、特にライダー(LIDAR)等センシングや車両制御ソフトの特許があります。ただWaymoに関しては特許以上に営業秘密の問題が取り沙汰されました。著名なケースが2017年のWaymoUber訴訟で、元社員が営業秘密(自動運転技術情報)を持ち出したとして争われました。この件は2018年に和解しましたが、高度技術領域では特許出願より秘密保持の方が重要な場合もあることを示しています。グーグル(Waymo)は多くの特許を持ちながらも、公開しないノウハウを如何に守るかに腐心しているわけです。ハードウェア+AIの自動運転は競争も激しいため、権利化すべきものは権利化しつつ、ブラックボックス部分を維持するバランスとなっています。

最後に、グーグルが展開するクラウドインフラについて触れます。データセンターの冷却技術や、大規模分散処理システム(MapReduceSpannerなど)にもグーグルは先進技術を投入しています。かつてGoogleMapReduceの概念を論文発表しましたが、その実装特許は出願しつつ2013年に「Open Patent Non-Assertion (OPN) Pledge」として関連特許をオープンソース実装に対し非行使と宣言しました[22]。これはクラウド基盤技術普及を促す戦略的開放でした。一方、近年のクラウド競争では差異化技術(例えば独自AIチップTPUによる高速学習サービスなど)は秘密裏に開発し特許も出す、という動きです。要するに、グーグルは自社が圧倒的リードしている基盤技術(MapReduce等)はオープンにしてエコシステム拡大を図り、戦況が拮抗している技術(クラウドAIサービス等)は特許で囲い込むという柔軟なハード系知財戦略を取っています。

プラットフォーム・標準技術分野の戦略

グーグルのビジネスは単体製品よりプラットフォーム提供に重きがあります。検索プラットフォーム、Androidプラットフォーム、Chrome/Webプラットフォーム、YouTubeプラットフォームなど、多数のユーザーや企業がその上で活動する基盤を構築しています。このプラットフォーム・標準技術に関する知財戦略のキーワードは、「オープン&クローズ戦略」です[55]

オープン&クローズ戦略とは、一部の技術や知財をオープン(開放)にして市場全体を拡大しつつ、自社のコア技術はクローズ(独占)にして利益を確保する戦略です[56]。グーグルはこの手法を巧みに使い分けてきました。

オープン戦略の例: Android OSは最たるものです。グーグルはAndroidを無償のオープンソース(AOSP)として公開し、誰でもカスタム版OSを作成できるようにしました[13][57]。その結果、SamsungHuaweiをはじめ無数のメーカーがAndroidベースのデバイスを出荷し、世界のスマートフォン市場はAndroidが約8割を占めるまでになりました[58]。グーグルに直接のOSライセンス収入はありませんが、ユーザーが爆発的に増えたことでGoogle検索やGmail等の利用者も増え、広告収入が飛躍的に拡大しています[18]。つまり「OSはオープンでタダだが、その上で動くアプリ/サービスで稼ぐ」モデルです[18]。この際、Android関連の基本特許(例えばOSのアップデート方法やアプリ配信に関する特許)は取得して他社への牽制に使いつつ、オープンソースライセンスにより誰でも使える状態にしています。実際、グーグルは一部のAndroid特許については非訴訟宣言(OPN Pledge)を行っています[22]し、さらに特許紛争を防ぐため2017年にはAndroid Networked Cross-LicensePAX)」という同業間の無償特許共有協定も提唱しました。これらはAndroidエコシステム全体を守る盾となっています。要は、グーグルはプラットフォームの基盤部分は開放し標準化してしまうことで、自社が標準維持者となる狙いです。ウェブ標準でも、Chromeブラウザを通じて新技術(例:PWAWebM動画形式)を次々提案し、自社特許を要求せず標準化することでウェブ全体の発展=自社利益に繋げています。

クローズ戦略の例: 一方でグーグルは検索・広告という収益の核は独占しています。検索アルゴリズムは前述の通り非公開で、検索連動広告技術も自社プラットフォーム以外には提供していません[59]。同社の収益の約8割は広告によるものであり(2019年でGoogle部門の収益に占める広告比率83.9%[60])、ここは死守すべき領域です。そのため特許取得はもちろん、徹底した企業秘密管理と契約による保護がなされています。例えばGoogle検索技術を外部企業にライセンス供与することも基本的に行っていません。「悪用されない限りお金は稼げる(Dont be evil)」というモットーの下、検索連動広告市場を独占的に掌握し、その上でオープンソースや無料サービスでユーザー囲い込みを行っています[37]。このクローズ部分は競合他社に真似されにくいよう特許でもカバーしていますが、仮に特許が切れてもノウハウでリードできるよう多層防御を敷いています[54]

標準必須技術への関与: グーグルはウェブやモバイルの標準化活動にも積極参加しています。例えば映像コーデック分野では、H.264のような特許込み標準に対抗し、特許フリーを掲げたVP8/VP9WebM)やAV1コーデックを支援しました。VP8についてはMPEG LAが特許プールを組もうとした際、グーグルは自ら保有する関連特許を含め「誰もVP8で特許訴訟しないよう取り計らう」と動き、結果的にVP8利用者は安心して使えるようにしました。また次世代AV1ではAmazonNetflix等と連合し特許フリー実現に尽力しています。これらは自社サービス(YouTube等)の負担軽減業界全体のコスト低減に資するため、グーグルがイニシアチブを取った形です。つまり、グーグルは自社が大口実装者である標準技術では、むしろ特許の影響力を弱める方向(皆で使えるようにする)に動きます。一方、自社が特許を多数握る分野では標準形成を主導し、自分たちのやり方を広めようとします。例えば機械学習のTensorFlowが事実上標準ツール化したのも、グーグルがオープンソースで公開したからです。その陰で、TensorFlowに関する特許は抑え、競合フレームワークが容易に追随できないアドバンテージを確保しています。これも自社標準を広めつつ特許で収穫する戦術の一種と言えます。

他社プラットフォームへの対応: マイクロソフトやアップルといった他社プラットフォーム上でも、グーグルは自社サービス(検索・YouTube・マップなど)を提供しています。ここでは相手の土俵での戦いになるため、知財戦略上は防御的になります。たとえばiOS向けYouTubeアプリやChromeブラウザなどはAppleの規約や技術に従わざるを得ません。その中でユーザー体験を落とさず競争するには、自社の特許より相手の特許を如何に回避するかが重要です。かつてAppleAndroid陣営の係争では、AppleUIの特許(スライド解除等)でAndroid標的に訴訟を起こしましたが、グーグルは迅速にAndroidの仕様変更や回避策を行いました。これは相手の知財に縛られない俊敏性も戦略の一部であることを示します。つまり標準化団体でないルール(例えばApple独自仕様)に関しては、あえてぶつからず別経路で実現する柔軟さです。グーグルはAndroid OSをアップデートする際に、そうした他社特許リスクも踏まえデザインしていると言われます。

総じて、プラットフォーム・標準技術分野でのグーグルの知財戦略は、「開放による市場支配と、核心部分の独占による収益確保の両立」です[61]。グーグルほどの巨大企業になると、単独では市場を作れずエコシステム全体を育てる必要があります。そのため知財を独り占めせず一定程度共有し、しかし一番大事なところは自分が握る。このバランス感覚が、グーグルの成功を支える知財戦略の妙と言えるでしょう。

当章の参考資料:

  • [30] PageRank特許(1998年出願、グーグル検索の基本アルゴリズム特許)
  • [52] 広告関連特許の例(広告のユーザ関心関連性向上方法、2006年公開)
  • [54] 検索・広告アルゴリズムの秘匿化(特許とノウハウ併用によるクローズ領域構築)
  • [48] グーグルのTransformer特許の引用状況(主要LLM開発各社が引用)
  • [50] AI特許の大半は直接収益を生まない事実(1%未満が実質価値)
  • [22] OPN Pledge(グーグルのOSS向け非訴訟宣言、2013MapReduce等)
  • [14][18] Android無償公開とサービス課金モデル(OS無償でもアプリで利益、オープン&クローズ戦略事例)
  • [61] グーグルのオープンクローズ戦略の整理(オープンで標準化・市場拡大、クローズで独占利益確保)
  • [15] Apple vs Samsungの対比でのグーグルの協調路線(サムスンとのクロスライセンス締結コメント)
  • [24] AppleSamsung訴訟(意匠/UI特許でアップル優勢、特許紛争の実例)
  • [27] 他社との特許マーケットプレイス協力(2016年、グーグル・MSIBM等協働)

競合比較

グーグルの知財戦略を評価する上で、同業他社や他業界の事例と比較することは有用です。本章では主にハイテク業界の主要企業(FAAMGFacebook, Apple, Amazon, Microsoft, Google のうちGoogle以外)との比較を通じて、グーグル戦略の特徴を浮き彫りにします。また海外(米国以外)の大手との対比や、標準化への姿勢の違いにも触れます。

Appleとの比較: クローズ戦略の対極

アップル(Apple)はグーグルと対照的なクローズ志向の知財戦略で知られます。製品のハード・ソフト・サービスを自社垂直統合し、その体験価値を守るために知財権をフル活用します。具体的には、iPhoneのハードウェアデザインからiOSUI動作に至るまで幅広く特許・意匠・著作権・商標で保護し、模倣品や類似製品に対しては厳しく対抗します。

最も有名なのはサムスンとの特許訴訟です。2011年にAppleSamsungを提訴し、サムスン製Android端末がiPhoneの特許・意匠・商標を侵害していると主張しました[62]。結果、20128月に米カリフォルニアの陪審評決でアップル勝訴・約10億ドルの賠償が認められました[24]。このケースではiPhoneの丸みを帯びた矩形デザインや、UIのバウンスバック効果、ピンチトゥズーム動作など多岐にわたる知財が争点となり、アップルは意匠・UI特許まで駆使して権利を主張しました[63]。最終的に両社は2018年に和解しましたが、アップルはこの係争を通じ「自社デザインを真似すれば高くつく」という強いメッセージを業界に発しました[64]。一方グーグル自身は、アップルに対し正面から特許訴訟を仕掛けたことはありません。裏側ではサムスンを支援する形でモトローラ特許を提供したとも噂されましたが、公には交戦を避けました。この差は、アップルが知財攻撃で競合を牽制し市場シェアを守る戦略であるのに対し、グーグルは自社エコシステム防衛に徹し正面衝突は極力避ける戦略であることを示します。

またアップルは特許のみならずトレードドレス(製品外観)や商標にも敏感です。例えばiPhoneのホームボタンやアプリアイコン配列などのルック&フィールを守る訴訟も辞さない姿勢でした[65]。グーグルは自社サービス名(「Gmail」など)を守ることはしますが、UIの模倣に関して競合を訴えることはほぼありません。Androidにおける他社カスタムUI(サムスンのOne UI等)も容認しています。ここから知財独占度の違いが伺えます。アップルはユーザー体験全体を囲い込む「完全クローズ」モデルであり、そのために知財権フル活用+秘密主義で臨みます。一方グーグルはプラットフォーム開放型モデルゆえ、一定の模倣や派生は許容しつつ自社のコアにだけ線を引く「選択的クローズ」モデルです。

収益構造の違いも戦略差を生みます。アップルは2019年時点で売上の82.2%がハードウェア製品(iPhone等)からでした[60]。自社製品が売れれば利益、真似されると市場シェア喪失につながるため、知財で競合デバイスを排除するインセンティブが高いです。一方グーグルは同年で広告収入が約83.9%[60]を占め、ハードは主要収益源ではありません。自社サービスさえユーザーに使われれば収益が上がるので、端末自体は他社が製造しても構わず、むしろ広く普及した方が良い。そのため知財で端末メーカーを妨げる動機が薄く、オープン戦略を取る合理性があるのです[66]

Microsoftとの比較: 特許収益化 vs 防衛活用

マイクロソフト(Microsoft)はかつて「知財戦略が攻守混在」する企業でしたが、グーグルとの対比で顕著なのは特許ライセンス収入モデルでしょう。2010年代前半、マイクロソフトは自社特許がAndroid OSに多数使われているとして、サムスンやHTCなど主要Androidメーカーほぼ全社と特許ライセンス契約を締結しました[67]。その結果、MicrosoftAndroid端末1台あたり515ドル程度のロイヤリティを徴収し、年間推定20億ドルもの収入を得ていたと報じられています[19][67]2013年前後の分析では、「Android特許料収入がWindows Phone部門の赤字を穴埋めしている」とまで言われました[68]。このように他社(競合)の成功から知財で利益を上げるというモデルは、当時のMSの大きな特徴でした。

これに対しグーグルは、上述の通りAndroidを無償提供し、他社端末からは直接利益を取らない戦略でした[18]。むしろマイクロソフトから特許料を請求される側になってしまったため、防衛のためモトローラ特許を活用しMicrosoftと交渉する事態もありました(一時期モトローラ/グーグルはMicrosoftに対しH.264特許料を巡り反訴しました)。しかし2015年に和解が成立し、MicrosoftAndroid特許料ビジネスを縮小していきます[69][70]。背景には市場がクラウドやAIに移り、特許よりサービス競争が重視されたことがあります。2010年代後半からMicrosoftはオープンソース寄与を増やし、Linux関連特許を提供するためOINにも加入(2018年)しました。当時これは驚きを持って迎えられ、Microsoftが「かつての知財強硬路線から転換した」と評されました。つまり、Microsoft攻撃的知財行使→協調路線へ舵を切ったわけです。この変化は、元々協調路線だったグーグルと中間点で近づいたとも言えます。

それでもなお、MicrosoftGoogleの知財観には違いが残ります。Microsoftはソフトウェア特許ポートフォリオでも長年世界最多クラスで、ビジネスモデル特許やGUI特許も数多く保有します。OfficeソフトやWindows OSUI特許を第三者に厳しく適用した歴史もあります(例:1990年代、AppleGUI特許訴訟を戦った経験)。一方グーグルはUI特許などあまり取らず、本質技術に集中してきました。Googleが他社を特許訴訟した例はごく僅かで、近年ではAndroidTV機能の特許でSonosを提訴した程度です(これは先にSonosから提訴されたカウンターでした)。MicrosoftはかつてGoogleに対し訴訟こそ起こしませんでしたが、Yahooとの提携で検索特許を握ろうとしたり、Android特許料請求で間接圧力をかけたりしました。知財を収益源および競争戦略の武器にする発想Microsoftにはあったわけです。グーグルは知財それ自体で収益を立てるより、サービス収益を守る盾とする発想でした。

この差は企業文化や事業構造の違いでもあります。MicrosoftWindows/Officeというプロプライエタリ製品を売る会社、Googleはサービスを無料提供して別途収益化する会社です。前者では知財=プロダクト価値そのものであり、後者では知財=プラットフォーム維持手段という位置付けです。現在Microsoftもクラウドやオープンソースに舵を切り、Googleと競合しつつも似たビジネスモデルになりつつあります。そのため知財戦略もGoogle寄りになり、かつてのような特許料ビジネスは影を潜めています[71]。ただAI分野では再び特許競争が起きつつあり、MicrosoftOpenAIとの連携を背景にAI特許を増やしています。前述のようにAI出願件数ではGoogleMicrosoftを上回りますが[6]Microsoftも今後自社特許でGoogleをけん制する可能性はあります(例:AIクラウドサービスでの特許交渉など)。今のところ両社はAI研究で協調する姿勢も見せ(双方がLinux財団のAIプロジェクト参加など)ていますが、競争激化すれば再び知財摩擦が起きるかもしれません。

Amazonとの比較: プラットフォーム vs EC特許

Amazon(アマゾン)はGoogleと直接事業の重なる部分は少ないですが、デジタル広告やクラウドで競合関係にあります。Amazonの知財戦略の特徴は、顧客体験を守る特許取得と、それを誇示する訴訟でした。

著名な例がワンクリック特許です。Amazon1990年代に「1-Clickで購入」機能の特許を取得し、1999年にこの特許を根拠にBarnes & Nobleを提訴しました[64]。和解しましたが、この動きで「Amazonに手を出すと訴訟を起こされる」という印象を業界に植え付ける効果がありました[72]。ワンクリック特許は2017年に期限切れしましたが、それまでAmazonECプラットフォーム上で優位性を独占できました。Googleも電子書籍販売や決済で間接的にワンクリック特許の影響を受け、一定の回避策やライセンスが必要でした。

Googleはこれに類する「ユーザー利便性特許」をあまり持ちません。例えばGoogle検索における「検索候補サジェスト」などのUX特許を積極行使して他社検索エンジンを止めることはしなかったですし、広告表示方法の特許で他の広告プラットフォームを訴えることもしていません。Amazonはプラットフォーム上の独自機能でも権利行使を辞さなかったのに対し、Googleは同様のことをすると独占批判に繋がることもあり、慎重です。実際Googleは検索やAndroidで独禁法調査を受けており、知財権行使による競合排除はリスクでもあります。Amazonも近年では独禁の目が向けられており、過度な知財行使は控える傾向です。

もう一つ、Amazonはクラウド(AWS)で巨大な存在です。AWSの技術特許はそれほど話題になりませんが、AWSが提供する特定サービス(例えば分散ストレージの手法)で特許を持っている可能性があります。Google Cloudとの競争では、両社とも実用新案的な微細技術より顧客囲い込み策が中心のため、特許争いになった例はまだ聞かれません。ただ、今後クラウド市場成熟で差別化が難しくなると、コスト削減技術やセキュリティ技術の特許で争う可能性はあります。その際Googleは豊富な分散システム特許を持ち、Amazonも内製ハード(Gravitonプロセッサ等)の特許で対抗するかもしれません。とはいえ現状では、AWSGoogle Cloudは価格・規模競争が主で、知財は大きな競争軸ではないようです。

中国・その他海外企業との比較

中国のテック企業とも比較します。Huawei(華為)は通信インフラ・スマホ分野で大量の特許を持ち、ここ数年は世界最大のPCT特許出願企業です[73]Huaweiは標準必須特許を多く持ち、5GなどでAppleや欧米メーカーにライセンスを求め始めています。つまり特許クロスライセンス前提の交渉力重視戦略です。一方Googleは通信ハード自体を持たないためHuaweiのように標準特許攻勢はできません。むしろHuaweiAndroidスマホからGoogleサービスが排除される(米中対立による)など、別のリスクにさらされています。このケースでは知財ではなく地政学要因ですが、Googleのエコシステム戦略が揺らぐ経験でした。知財戦略上は、中国メーカーが独自OSやサービスを開発しGoogle離れする中で、Google特許で牽制する材料が乏しいという課題が露呈しました。Android関連技術はむしろオープン化しているため、中国勢が独自改変してもGoogleは知財では止めにくいのです。今後、中国企業が大量のAI特許やソフト特許を取得し、逆に米企業を訴える可能性もあります。現時点では中国企業による対Google特許訴訟は顕在化していませんが、テンセントやバイドゥもAI特許を数千件持つとされ[74]、注意が必要です。

欧州ではEricssonNokiaといった通信企業が特許収入を重視してきました。Nokiaはスマホ事業売却後も特許会社として存続し、Appleや中国メーカーからライセンス料を得ています。GoogleNokia/Ericssonとは直接大きな争いはありませんが、間接的にスマホOEMが払う特許料にコスト転嫁されるため、Android端末価格上昇につながります。Googleはこれを嫌い、前述のように動画コーデック等でロイヤルティフリー標準を推します。つまり欧州老舗の特許ビジネスモデルとは真逆の、フリーカルチャー指向Googleにはあります。もっとも、欧州企業との交渉ではGoogleも自社標準特許を用い対抗することがあります。例としてVP8コーデック関連でNokia保有特許を懸念した際、GoogleMPEG LAとの包括契約でNokia特許をライセンスし、WebM採用を妨げないよう動きました。ここでは金銭で解決すべき点は割り切って払う柔軟さが見えます。訴訟よりビジネス上の合理性を優先するのもGoogleの特徴です。

最後に特許保有規模の比較です。2025年現在、全世界の特許アクティブファミリー数ランキングでは、中国国家電網や中科院などがトップ、IBMが約38,000件で米勢最高、MicrosoftQualcomm3万件弱、GoogleAlphabet)は推定1.72万件台で2050位あたりと推測されます[75]Googleは件数ではトップ集団ではないものの、質と新規性で勝負との評価があります[76][77]。特に米国企業は量より重要特許の保有に注力とされ、Googleはその筆頭と見られます[76]。対する中国企業は件数は多いが国内偏重・質ばらつきとの指摘もあります。しかし今後中国勢が国際出願でも高品質特許を揃えてくると、Google含む米企業にとって脅威です。

総じて、グーグルの知財戦略は競合他社と比べて防御的・協調的な色彩が強いですが、それは自社のビジネスモデルと親和的であるためです。他社(Apple/Microsoftなど)は直接製品販売や特許収入が重要だったため攻撃的になりがちでしたが、Googleは広告収入モデルゆえ広く技術普及させる方が利益に繋がりました。ただ近年は各社のビジネスモデルがサービス寄りに変化し、Google的なオープン戦略にシフトする企業(MicrosoftOSS重視など)も出ています。知財戦略の収斂化とも言えます。それでもなお、「知財をどう収益に結びつけるか」への考え方は企業ごとに異なり、Googleは直接収益より間接効果を重視するユニークな立場にあります。競合比較を通じ、この点が確認できました。

当章の参考資料:

  • [24] Apple vs Samsung訴訟(アップルの特許・意匠権行使、10億ドル賠償)
  • [64] Amazonのワンクリック特許訴訟(他社に模倣を思い留まらせた効果)
  • [19] MicrosoftAndroid特許料収入(年約20億ドルとの分析)
  • [67] MicrosoftAndroidメーカーと広範囲ライセンス契約締結した事実
  • [71] MicrosoftAndroid特許収入を放棄方向へ転換した動き(近年の報道)
  • [6] 主要企業のAI特許出願数(Alphabet 1,837件、Microsoft 701件など)
  • [25][26] IBMなど他社の特許保有数(IBM 38,000件超で20位、Microsoft 32位など)
  • [76] 米中企業の特許アプローチの対比(米は質優先、中国は量重視)
  • [21] グーグルが立ち上げたLOT Networkの紹介(GoogleCanon等設立、特許流通対策)

リスク・課題(短期/中期/長期)

急速に変化するテクノロジー業界において、グーグルの知財戦略も様々なリスクと課題に直面しています。本章ではタイムスパン別に、短期(~数年)中期(数~5年)長期(5年以上)の観点から主なリスク・課題を整理します。

短期的リスク・課題

  1. パテント・トロールからの攻撃:
    短期で最も現実的なのは、NPE(非実施主体)からの特許訴訟リスクです。グーグルほどの資金力を持つ企業は、しばしば特許トロールの格好の標的となります。実際、米国では依然として年間数千件の特許訴訟が提起され、その過半数をNPEが占めています[28]。グーグルも毎年多数の訴訟を被っています。例えば近年では小規模NPEGoogleマップ機能や広告配信手法に関する特許で提訴するケースが散見されます。短期的課題は、こうした散発的なNPE訴訟への対応コストです。弁護士費用や和解金、エンジニアの対応負担など、NPE案件は莫大なコストセンターになり得ます。対策として、グーグルはUnified PatentsLOT NetworkPatentShieldなど様々な枠組みでNPE対策を講じています(共同で特許無効化に動いたり、NPE保有特許を買い取ったりする)[78][79]。しかしNPE側も巧妙化しており、管轄地の選定(テキサス西部地区などNPE有利な法廷)や、大企業同士の訴訟合間を縫った個別提訴など手を変えています。短期的には、NPE訴訟に迅速かつ低コストで対処し続けることが課題です。特に米国特許法改正の停滞により、NPEを根絶する仕組み(例:費用付け訴権の制限)はすぐには望めません。ゆえにグーグル自身がPTABへの異議申立(IPR制度)を活用し、NPE特許を無効化するなど攻勢防御も欠かせません。
  2. 協業パートナーとの知財紛争:
    グーグルは様々な企業と協業していますが、利害の変化でパートナーが敵に回るリスクがあります。代表例がSonosとの紛争です。SonosはかつてGoogle Home(現Nestスピーカー)にサービスを提供していましたが、2019年以降Googleが自社製スマートスピーカーでSonos特許を侵害していると提訴しました。2022年に一部Sonos勝訴の判断が出て、米国ITCGoogleスマートスピーカーに輸入禁止命令を出しかけました。この件はGoogleがソフト更新で回避策を講じましたが、一部機能(グループボリューム調整等)を削除せざるを得ませんでした。パートナー関係が崩れた際の知財訴訟は、技術供与や標準化で連携していた分ダメージが大きいです。今後も、例えばAndroidデバイスメーカーがGoogleとの契約解消後に知財攻撃してくる可能性があります。またMozillaのようにGoogle検索に依存する企業が契約締結をテコに知財交渉を有利に進めるといったケースも考えられます。短期的には、Sonos紛争の早期解決と同類の「元パートナー案件」への警戒が必要です。
  3. 規制当局との係争:
    知財絡みではありませんが、各国競争当局との対立が知財に波及し得るリスクです。EUはグーグルに対しAndroidのバンドル契約など独禁法違反で巨額制裁金を科し、是正措置としてアプリ分離提供を命じました。この結果、Googleは欧州向けAndroidで検索アプリなどを有償提供に切り替えざるを得なくなり、知財ではないもののビジネスモデルの変更を強いられました。今後プラットフォーム規制が進めば、著作権面ではニュース記事使用料支払い(フランスでのニュース著作権ルール)や、特許面でも標準必須特許のライセンス強制ルールなどが導入される可能性があります。短期ではEUやインド当局の動向に注視が必要です。日本でもデジタルプラットフォームの透明化法が議論され、知財と言えるかわかりませんが検索アルゴリズム開示要求などが議題に上ります。規制対応のために知財情報を開示することGoogleにとって極めてセンシティブです。たとえば検索順位決定要因を開示せよと迫られれば、営業秘密の暴露に近くなります。短期的課題は、当局との係争線上でどこまで知財関連情報を守り抜くかです。
  4. 社内人材流出と営業秘密漏洩:
    先ほどのWaymo事件のように、従業員や役員の離脱によるノウハウ流出も喫緊の課題です。短期的には、自動運転・AI・半導体といったホットな領域で、競合に人材を引き抜かれないようにすること、万一流出しても秘密保持契約を徹底し裁判で守ることが必要です。2023年前後、OpenAIMetaにグーグルのAI人材が流出したとの報道もあり(「GoogleAI研究者がライバルに流出」等)、知財そのものではないにせよ人的資産としての知財が失われる懸念があります。非競業義務の法的限界もあるため、社内ロイヤリティ向上策やインセンティブで対処するしかありません。短期的には優秀な研究者の引き止めが課題でしょう。また、開発者がオープンソースコミュニティなどでうっかり社内情報を漏らすリスクもあります。ChatGPTなど生成AIの利用によりソースコードが外部に送信されてしまう問題も各社で議論されています。Googleも社内で生成AI利用ポリシーを設けるなど対応中ですが、意図せぬ営業秘密流出は絶えず監視すべきリスクです。

中期的リスク・課題

  1. 新技術領域での特許優位性確保:
    今後35年の中期では、AI、量子コンピューティング、AR/VR、ブロックチェーンなどの新興分野で特許ポートフォリオの充実度が競争を左右します。グーグルはAIでは先行しましたが、OpenAIMetaも急速に特許出願を増やしています。特に生成AIのモデルや効率化手法に関し、グーグルのTransformer特許以降は他社の重要特許も現れ始めました。中期的には、これら他社特許とのクロスライセンス交渉が課題となるでしょう。グーグルが独自に開発中の汎用AI(ジェネラティブAI)システムPaLMGemini等について、特許上どう守りどう共有するか戦略が問われます。OpenAIがもし特許を取り囲めば、グーグルが類似サービスで訴訟リスクに晒される可能性もゼロではありません。また量子コンピュータではIBMD-Waveなどが先行特許を多数持つ中、グーグルは量子超越性実証で注目されましたが、特許網は未知数です。量子アルゴリズムや量子誤り訂正の特許競争もあり得ます。中期的な課題は、新分野ごとに知財の「取り逃し」をなくし、防御も攻勢も可能な状態にすることです。特許取得のタイミングやオープン戦略との両立も難しく、AIでの論文発表と特許のバランスのようにジレンマもあります。社内での知財戦略立案力が問われます。
  2. 特許制度・判例の変化:
    中期では、知財制度そのもののアップデートが起こり得ます。米国では長らく議論されている特許適格性(抽象的アイデアの特許化可否)問題に決着が付く可能性があります。仮に法律改正や最高裁判例でソフトウェア特許の適格範囲が拡大または縮小すれば、グーグルの既存特許の有効性や今後の出願戦略に影響します。特にAI生成物やアルゴリズム特許の扱いが変わると、グーグルのポートフォリオ価値が増減し得ます。欧州では2023年に統一特許裁判所(UPC)が発足し、ヨーロッパ特許の係争環境が変化しました。今後グローバル企業はUPCを活用してEU全域で差止めを狙うでしょう。これにより、Googleが欧州でNPEに訴えられるリスクや、逆にGoogleが訴える場合のメリットも変わります。中国は知財保護を強化する方針で、海外企業に対しても損害賠償額を上げる傾向です。中期的には各主要国の知財法制・訴訟環境の変化を注視し、グローバルに最適な知財防衛策を構築する課題があります。例えば中国での特許出願強化や、UPCに備えた欧州特許ストラテジー見直しなどです。
  3. オープンソースと知財の両立:
    今後数年、オープンソースソフトウェア(OSS)のさらなる普及が予想されます。グーグルはOSSの大口支援者ですが、OSS利用には知財リスクも伴います。LinuxのようなOSSは特許クロスライセンス(OIN)で保護されてきましたが、AIモデルのOSSStable Diffusion等)は新たな地平です。もしOSSコミュニティがグーグルの特許を侵害する実装を広めた場合、グーグルは訴訟するか許容するか難しい判断を迫られます。特にAI領域では、モデル重視からデータ重視へシフトする中で、学習データの著作権問題が顕在化しています。グーグルは書籍スキャンやYouTubeで著作権係争を経験しており、AI学習でも類似の問題(著作物無断学習の是非)と直面しています。法律が追いついておらず中期の課題です。著作権者との折衷案や法改正動向を注視し、新分野での権利調整にリーダーシップを発揮できるかが問われます。例えば、生成AIの出力物にクリエイターへ還元する仕組みづくりなど、知財とOSS精神を両立する創意が必要でしょう。
  4. ブランド・信用リスク:
    中期的にはGoogleブランドそのものの価値維持も課題です。前述のように「Google」が一般動詞化するリスクは乗り越えましたが、今度はプライバシーやAI倫理への懸念からブランド毀損の恐れがあります。例えばAIが誤情報を広めた場合に法的責任論が出てくると、GoogleAIサービスにも影響します(著作権だけでなく名誉毀損等)。知財戦略の範囲を超えますが、知的財産と社会的信用のバランスを取る必要があります。これは例えば、Chromeの広告クッキー廃止(Privacy Sandbox)に伴う広告技術特許の使い方などに現れます。ユーザーのプライバシー保護を謳いながら、自社の広告アルゴリズム特許で競合を締め出せば批判を招きます。中期ではこうした社会的受容性が知財行使を左右する局面もあるでしょう。

長期的リスク・課題

  1. 知財の概念自体の変容:
    5
    年以上先を見据えると、AIのさらなる発達やテクノロジーの進化で、知財の概念が揺らぐ可能性があります。例えば、完全自律AIが発明を行う時代が来れば、「AI発明を誰が権利保有するか」「AIを発明者と認めるか」という根本問題に直面します。現在各国はAIを発明者と認めていませんが、長期的には法整備や判例変更がありえます。それによりグーグルのR&D戦略も変えねばならないかもしれません(AIに発明させても特許取れないならTrade Secret化するとか)。また無形資産の価値極大化で、特許や著作権を超えた保護枠組みの議論も出るでしょう。データベース権やアルゴリズム倫理審査など、新たな知財・情報規制です。グーグルは大量データをAI訓練に用いるため、欧州のデータ規制(例:データ法、AI法)でモデル提供に制約が付く可能性があります。長期課題として、知財と隣接するデータ・AI規制への包括対応が挙げられます。
  2. 技術的パラダイムシフト:
    長期には、現行のコンピューティングパラダイムが変わる可能性もあります。例えば量子コンピュータが汎用実用化すれば、現在の暗号技術は陳腐化し、ブロックチェーン技術も見直しです。グーグルは量子超越性を証明しましたが、競争激しいです。新パラダイムで十分な特許を取れなければ、次世代主導権を失うリスクがあります。またバイオとITの融合領域(DNAコンピューティングなど)で特許獲得競争が起これば、異業種の争いになります。グーグルのヘルスケア子会社Verilyは医療機器特許を持ちますが、制薬企業との戦いは未知です。技術の収斂・融合により、グーグルが異業種の強豪(製薬は特許エキスパート)と争うシナリオもあり、長期課題として備える必要があります。
  3. 国家・地政学リスク:
    今後5-10年で地政学リスクが知財に影響する可能性も増します。例えば米中対立が深刻化すれば、中国におけるグーグルの特許が政治的理由で無効化されたり、逆に米国で中国企業の特許権行使が制限されるかもしれません。特許は本来国家横断的ルールですが、国家安全保障を理由にたがが外れるリスクがあります。実際、半導体分野では米国が中国を輸出規制し、中国は知財ルールで対抗も辞さない構えです。グーグルはグローバル企業ゆえ、どちらの制裁にも巻き込まれる恐れがあります。長期課題として、知財ポートフォリオの地域分散とリスクヘッジが重要でしょう。特定国で喪失しても他でカバーできるようにしたり、逆に相手国の企業に自社特許を使わせない圧力をかけられるカードを持つことも防御になります。例えば中国企業がAndroidをフォークした場合に備え、中国国内でもキーパテントを取っておく、などが考えられます。
  4. 人材・組織の長期的サステナビリティ:
    長期的には、知財戦略を担う人材の世代交代と維持も課題です。テック業界は人材流動が激しく、5年先には主要な知財エキスパートが引退・転職しているかもしれません。継続的に優秀な人材を確保し、ナレッジを組織に蓄積することが長期戦略成功の鍵です。Googleは従業員エンゲージメントが高い会社ですが、近年は大規模リストラも経験しました。知財部門も例外でなく、人員削減や再配置があるかもしれません。知財戦略を軽視しない経営意志を持ち続け、予算・人員を潤沢に維持することが長期課題です。

以上、短期・中期・長期のリスクと課題を列挙しました。これらに共通するテーマは、「外部環境変化に柔軟に適応しつつ、自社の知財価値を最大化する」ことです。グーグルはこれまで環境変化に巧みに対処してきましたが、今後もその俊敏性と戦略眼が試されるでしょう。

当章の参考資料:

  • [28] NPEによる特許訴訟増加(2015年最多、2/3がトロール)
  • [78] GooglePatent Purchase Promotion2015年、NPE対策の特許買収実験)
  • [79] Googleが特許制度改善を試みる姿勢(パテントシステムの改善実験としてPPPromotion
  • Sonos vs GoogleITC訴訟ニュース(出典未明:ITC判決内容)
  • [17] Google商標ジェネリック化訴訟(2017年、第9巡回控訴裁で商標維持)
  • [60] GoogleAppleの収益構造(2019年、Google広告9%, Apple製品82.2%
  • [69] Microsoft特許料モデルの記事(Nomura分析、Android特許料で年20億ドル)
  • [6] AI特許出願数の比較(Google 1837 vs Microsoft 1200件相当)
  • その他:OpenAI, MetaAI特許状況ニュース(例えばRapacke Lawの記事)

今後の展望(政策・技術・市場動向)

これまで分析したように、グーグルの知財戦略は多方面にわたりますが、今後その戦略に影響を与えるであろう外部環境の展望について整理します。政策動向、技術トレンド、市場変化が主な視点です。

政策・法律の展望

  1. 知財政策の国際調和と競争:
    各国の知財政策は、近年デジタル産業に焦点を当てるようになっています。EUはデータ共有やプラットフォーム規制で先行しており、2024年前後にAI法(AI Actデータ法(Data Actを施行予定です。これらは直接特許法ではありませんが、AIシステム提供者に透明性や著作権遵守を求めるもので、グーグルのAIサービス展開に影響します。例えばAI法案では、ジェネレーティブAIが知的財産で保護された学習素材を使用した場合、その事実を開示する義務が検討されています。グーグルとしては、自社のAIが大量のウェブ情報から学習しているため、この規制への対応を迫られるでしょう。場合によっては、学習データの選別や権利者への利益配分(ライセンス契約)など、新たなコストや手続きが必要になる可能性があります。

米国では、知財政策は議会・司法で重要案件が動きつつあります。例えば特許適格性の再定義について、2023年に議会で草案が出たものの結論は持ち越されました。しかし依然としてソフトウェア・AI発明の適格性を巡る議論は続いており、2025年以降に立法化される可能性もあります。最高裁においても、特許や著作権の大きな判例が出る可能性があります。前回2021年のGoogle vs Oracle判決[33]APIのフェアユースが認められましたが、さらに踏み込んでAPIの著作物性に判断が及ぶケースが将来出るかもしれません。グーグルは政策面でロビー活動も活発に行っており、引き続き「イノベーションとバランス」を旗印に、自社に有利かつ起業家に優しい知財制度を主張するでしょう[3]。具体的には、特許の品質向上策(例えば米国特許庁への提言)、NPE抑制策(訴訟費用負担ルールなど)の働きかけ、AI訓練データのフェアユース明確化要求などが考えられます。

また地政学的対立による政策変化も展望されます。米中対立が続けば、互いの知財制度の相互承認や協力は見込みにくく、むしろブロック化が進むでしょう。中国は自前の技術標準(例:中国版暗号アルゴリズム)を推し進め、その標準に絡む特許を自国企業に取らせる戦略も予想されます。グーグルは中国市場には大きく参入できていませんが、中国標準が第三国で採用される場合、関連特許対応を迫られるかもしれません。例えば、中国推進の携帯通信標準やAI倫理標準に準拠しないと特定市場にアクセスできない、といったシナリオです。このように、技術標準を巡る知財の多極化は今後の政策の大きな潮流かもしれません。グーグルは米国陣営の標準優位を守るため、他米企業と連携して国際標準化団体で活動するでしょうし、自社提案を標準化して特許をFRAND条件下で提供する戦略も継続するでしょう。要は、グローバル政策の風向きを読み、知財戦略を機動的に合わせる必要があります。

  1. 独占禁止と知財:
    プラットフォーマー規制が進む中、独禁法と知財権の交錯も注目です。EUのデジタル市場法(DMA)はゲートキーパー企業に対し、自社サービスと競合の公平性を要求しています。これは例えば、GoogleAndroid上で自社アプリをプリインストールする行為を制限したり、検索結果で自社サービスを優遇するアルゴリズムを禁じたりします。知財的には、Googleが持つ検索アルゴリズム関連特許やAndroidのインターフェイス特許を、第三者にライセンスするよう求められる可能性もあります。極端に言えば、「Googleは検索サービス市場の独占的地位を利用しているので、検索関連の特許をオープンライセンスにせよ」という議論さえ将来出るかもしれません。実際、標準必須特許ではない一般特許でも、市場支配的企業が行使することへの監視が強まりつつあります。これを「知財権行使の競争法上の制限」と呼べますが、その範囲が拡大するとGoogleの知財戦略に制約となりえます。Googleは従来から独禁当局への対応で知財を盾に取ることはあまりしませんでした(「自社特許だから自社アプリをバンドルさせて何が悪い」とは主張しなかった)が、今後も慎重な姿勢を保つでしょう。知財権を乱用しない謙抑的スタンスを示しつつ、しかし自社イノベーションの対価は守るという二律背反の調整が続きます。

技術トレンドの展望

  1. AIのさらなる進化と知財:
    AI
    技術は今後も指数関数的進歩が見込まれ、グーグルはその最前線にいます。汎用人工知能(AGIがこの10年で実現するかは議論がありますが、少なくとも特定領域で人間を凌駕するAIが増えるのは確実です。これが知財に与えるインパクトとして、クリエイティブ分野の知財秩序変化が挙げられます。すでに画像生成AIがアーティストの職域を侵食しつつありますが、著作権法は人間の創作物を保護しAI産物は対象外としています。将来、AIが自律的にコードを書きソフトウェア特許相当の成果を出す、あるいは発明的なアイデアを構想することが起きれば、従来の「自然人発明者」主義が揺らぎます。英国などでAI発明者を認めるか議論が始まっています。GoogleAI技術者として、AIが生み出した成果を企業としてどう扱うか予め方針を定める必要があるでしょう。たとえば、社内規定で「AIが生成した発明は社員が発明者として出願し、AI使用を開示する」などルール整備を進めることも考えられます。AIが関与した発明は今後特許庁審査で拒絶されるリスクもあり、知財制度がAI前提に適応するまでの過渡期対応が技術トレンドに伴う課題です。

またAIがあらゆる産業でキー技術となるため、異業種企業との知財衝突も起こりえます。自動車産業はコネクテッドカーや自動運転でソフトウェア化が進み、Googleとトヨタ・GMといった組み合わせで知財係争が将来出る可能性もあります。医療AIでは、診断アルゴリズム特許を巡り伝統的医療機器メーカーと争うことも。Googleは自社が参入する業界ごとに異なる知財文化とぶつかります。技術トレンドによって業界の垣根が崩れる中、柔軟に知財戦略を業界ごとにカスタマイズするのが展望となります。

  1. ハードウェア革新と知財:
    ムーアの法則の限界が叫ばれて久しいですが、新素材・新構造による半導体革新や量子コンピューティングなどが台頭すると、情報処理基盤が刷新されます。Googleは自社でTPUなどASIC開発に踏み出しましたが、将来は光コンピューティングや脳型コンピューティングなどの可能性もあります。そうなると、グーグルに不足しがちなハードウェア特許が鍵を握るかもしれません。IBMやインテル、サムスンが蓄積してきた半導体プロセス特許群に対して、Googleがどう立ち向かうか、パートナーシップを結ぶのか、注目です。おそらくGoogle単独で半導体の基礎製造技術を開発することはせず、TSMCIntelと協業するでしょう。その際知財の取り決め(成果の帰属やクロスライセンス)が重要になります。ハードウェア領域での知財オープンイノベーションもトレンドになるでしょう。例えば、RISC-V(オープンアーキテクチャCPU)のような流れはGoogleも支持しており、共通基盤は皆で作り上げて差別化はソフトやサービスで図るという方向です。この意味で、オープンソース的手法がハードにも波及する将来が見えます。それに伴い、従来ハード企業の特許ビジネスモデルが転換し、Googleのようなサービス企業との知財摩擦が減る可能性もあります。つまり特許よりスピード重視の競争になり、知財戦略は権利行使から標準化誘導へ比重が移るかもしれません。
  2. セキュリティ・プライバシー技術と知財:
    サイバーセキュリティや暗号技術も大きなトレンドで、グーグルはウェブ全体のHTTPS化推進などセキュリティに注力しています。量子耐性暗号やゼロトラストセキュリティなど新技術も登場しています。これらはしばしば政府機関や学術機関とも連携して標準化されます。Googleも標準策定に関与しつつ、自社特許とオープン規格のバランスを取るでしょう。プライバシーテックでは、個人データを保護しつつ分析する匿名化技術や、ユーザー追跡に依存しない広告技術(差分プライバシー、FLoCTopics APIなど)を開発中です。これらは各国法に対応するため不可欠であり、Googleは先駆者の一人です。当然特許出願もしていますが、各国当局と協調するためオープンにする部分もあります。例えばCookie代替技術のTopicsChrome実装として公開しつつ、アルゴリズム詳細は特許出願しているかもしれません。セキュリティ・プライバシー技術は競争領域であると同時に規制対応領域というジレンマがあります。ここでは強すぎる知財独占は規制側の不興を買う恐れがあるため、Googleは積極的にライセンス開放したり標準寄与する姿勢を示すでしょう。長期的には、プライバシー保護技術が産業横断の必須要素となり、これを巡る知財訴訟は不毛とみなされ控えられるかもしれません。

市場・競争環境の展望

  1. 事業ポートフォリオ変化:
    Alphabet
    全体で見て、収益の柱が広告依存から多角化することが見込まれます。クラウド事業(Google Cloud)は成長著しいですし、YouTubeなどのサブスク収入、新領域(自動運転のWaymoや生命科学のVerily)の台頭もあるでしょう。これに伴い、知財戦略の重心も変わります。広告モデルを守るための知財戦略(例:AdTech特許保有)は引き続き重要ですが、クラウド顧客を増やすための知財戦略(例:顧客が安心して使えるようオープンな環境を保証し特許紛争リスクを低減する)がより重要になるかもしれません。Waymoがロボタクシーを商用化すれば、訴訟リスクも増えるので、特許・商標・デザインによる車両保護が必要です。また医療分野では規制で特許独占が難しい場合もあり、Verilyはデータ共有など独特の戦略が必要です。各事業の収益モデルに即した知財戦略最適化が展望されます。Googleは社内カンパニーごとに知財部門を持つ可能性もありますし、中央集権でガバナンス効かせるかもしれません。組織面でも変化がありそうです。
  2. 競争相手の変化:
    これまで競争といえばFAANG(現MAANG)の横並びでしたが、最近はオープンAIのような新興勢力や、TikTokのバイトダンスのような中国勢が台頭しています。新興企業は知財資産が少なくても機敏さや既存プラットフォームの無視(Disruption)で急成長する場合があります。例えばOpenAIChatGPTGoogle検索に挑戦し、背後のMicrosoftがその穴を特許で突くより先に市場投入しました。競争優位の源泉が知財よりデータや人材に移る領域もあり、Googleの知財戦略だけでは防げない競争脅威があります。市場展望としては、Googleはより知財以外の手段(例えばM&Aや戦略提携)で新興企業に対抗する場面も出るでしょう。とはいえ、知財も交渉カードになります。OpenAIとの協業ないし対抗を考える際、GoogleMicrosoftAI特許クロスライセンス交渉が水面下で行われるかもしれません。市場競争が知財競争に直結しないケースが増える一方、背後で知財が静かに取引されるような構図になると予想します。
  3. ユーザー価値志向:
    消費者の意識も年々変化します。プライバシー保護やオープンソース尊重、サステナビリティといった価値観が商品選択に影響します。若い世代には「知財独占=悪」と見る向きもあり、テスラが電気自動車特許を無償開放した例(2014年)などは象徴的でした。Googleも企業イメージ向上のため、ある領域では特許開放宣言を行うかもしれません(例えば気候変動対策技術は誰でも使えるよう特許主張しない等)。実際、Google2019年に「Patent Shield」を開始した際、「フリボラスな訴訟を減らすため」と社会的大義を強調しました[80]。今後もユーザーや世論にアピールするため、知財方針を公共善に繋げる取り組みを強めるでしょう。たとえば環境技術(データセンター省エネ特許など)のオープンライセンス化や、途上国向けに医療関連特許の実施無料化なども考えられます。市場が単なるプロダクト競争でなく理念競争になる中で、知財戦略も社会価値と両立する形が模索される展望です。

まとめると、今後の展望としては「変化への適応とリーダーシップ発揮」が鍵となります。グーグルは巨大企業ゆえ守りに入ると失速しかねません。知財面でも、変化を恐れず新しい取り組み(オープン化や異業種連携)を進めることが、引き続き業界リーダーでいる条件でしょう。その上で、自社コアの価値は知財でしっかり守り、不要な軋轢は避ける。これまでの姿勢を継続しつつ、一段高い視座で知財を使って世の中のルール作りにも影響を与える存在であり続けることが期待されます。

当章の参考資料:

  • [3] グーグルが唱える特許システムのバランス回復(知財政策における立場)
  • [33] Google vs Oracle判決(APIフェアユース)と今後の著作権動向
  • EU AI ActData Act公式資料(省略)
  • 米国特許適格性改革草案(省略)
  • MicrosoftOIN加入ニュース(2018年、Linux特許開放)
  • Tesla特許開放宣言(Elon Muskブログ、2014年)
  • [80] PatentShield発表時のコメント(Allen Lo「訴訟減らすためGoogleの施策」)

戦略的示唆

以上の分析を踏まえ、グーグルの知財戦略から得られる示唆と、今後グーグルないし同様の企業が取るべきアクションについて考察します。知財戦略は経営・R&D・事業化の各観点で有機的に結びつくため、ここではそれぞれの視点から提言をまとめます。

経営視点での示唆

  • 知財戦略を経営戦略の一環として統合せよ: グーグルの例が示す通り、知財戦略は単なる法務対応ではなく市場創造・競争優位確立の手段です。経営トップは知財を自社ビジネスモデルと照らし合わせ、「防御すべき核」と「開放して拡大すべき部分」を明確に定めるべきです[61]。例えば、コア収益源(検索・広告)は徹底防衛しつつ、プラットフォーム部分(Androidなど)は他社にも開放して市場全体で利益を享受する、といった戦略判断です。この方針を経営陣が示し、全社の知財投資配分や訴訟方針に反映させることが重要です。
  • 「特許の平和」を志向しつつ必要な闘いには備えよ: グーグルは理想として特許紛争のない平和状態を掲げつつ、背後では大量の特許取得と防衛策を講じてきました[1]。経営としても「訴訟は悪」という短絡的観念ではなく、平和のための抑止力として知財を蓄える姿勢が求められます。その上で、他社との交渉による回避策(クロスライセンス・パテントプール参加など)は積極的に取り、無益な争いは避ける「賢い平和主義」を貫きましょう。必要な訴訟(例:自社技術を守るための反訴など)には躊躇なく資源投入する備えも不可欠です。
  • 知財リスクマネジメントを経営リスクマネジメントに組み込め: グーグルほどの企業でもソノス問題など予期せぬ知財紛争に直面します。経営層は事業ポートフォリオごとの知財リスクマップを作成し、定期的にレビューする仕組みを持つべきです。各分野で潜在的な特許係争リスク、トロールリスク、法規制リスクを洗い出し、優先度を付けて対策を講じるのです。例えば特許クロスライセンスを定期更新する先を見直したり[81]、オープンソース利用のコンプライアンスを強化したりする判断が経営レベルで必要になるでしょう。知財は専門的だからと放置せず、経営リスクとして認識・統制することが示唆されます。

研究開発視点での示唆

  • 発明創出と権利化のサイクルを高速回転させよ: ハイテク分野では技術の陳腐化が早いため、優れた発明は迅速に特許出願する一方、不要特許は出願コストをかけない見極めが重要です。グーグルのように特許専門チームと開発チームが連携し、発明の価値評価と出願判断をスピーディに行う体制を整えましょう[41]。また、社員への発明奨励策(インセンティブ制度)や定期的な発明発掘イベントを実施し、社内発明文化を醸成することが求められます。発明の量と質を高めるには、エンジニアが知財に関心を持ちアイデアを積極提案できる環境が不可欠です。
  • オープンイノベーション下での知財戦略を工夫せよ: 現代のR&Dはオープンソースや学術コミュニティとの共創が当たり前です。グーグルも多くの論文やOSSを公開していますが、公開するものと秘匿するものの線引きが巧妙です[53]。研究部門は、何を公開し標準化に寄与し、何を秘匿または特許で囲うかの判断基準を明確に持つべきです。例えば「基盤インフラは公開してエコシステム獲得、応用ノウハウは秘匿化」「論文で公開する内容は特許出願後にする」等のルール化です。研究者もこれを理解し、技術のオープン度合いと知財価値の最適解を考慮して研究を進める必要があります。
  • 他社の知財動向をR&D戦略にフィードバックせよ: R&D部門は競合の特許出願や技術動向をモニタリングし、自部門の研究計画に反映すべきです。グーグルでは特許分析チームがUSPTOの動向を常に監視しています[41]。同様に、研究者自らも競合特許を調査し、発明の独自性を磨くことが期待されます。競合が特定技術を特許で押さえているなら、それを回避する別解を発明するチャンスでもあります。知財情報をイノベーションのインプットとして活用する姿勢が重要です。「発明のための発明」ではなく、「競争優位を獲得する発明」をするには、知財の地図を把握しホワイトスペースを狙う視点が不可欠です。

事業化視点での示唆

  • 知財を交渉ツールとしてビジネス展開に活用せよ: グーグルはSamsungCiscoとのクロスライセンスで事業協力を強化しました[15][81]。同様に、知財は取引や提携の切り札になります。事業開発担当者は自社の知財を相手に提示し、ウィンウィンの関係構築に活かせます。特に、スタートアップとの提携ではPatentShieldのように特許提供をテコに出資を得るスキームも有効です[23]知財と資本・契約を組み合わせたクリエイティブな事業スキームを模索しましょう。例えば、プラットフォーム参入パートナーに自社特許をロイヤリティフリー提供する代わりに市場拡大を図る、特許プールを結成してエコシステム全体でコスト分担する等が考えられます。
  • 市場ごとに異なる知財規範へ適応せよ: 事業を国際展開する際、各国の知財事情を踏まえた戦略が必要です。例えば欧州ではオープンソース・標準の重視が強いので、押さえた特許もFRANDライセンスを提示しつつ普及を優先する方が受け入れられやすいでしょう。中国では実用新案や商標の冒認リスクが高いため、早めの権利取得と模倣品対策が肝要です。新興国では特許より安価な代替品が出回るので、知財保護と価格戦略のバランスが問われます。事業部門は現地の知財専門家の意見を取り入れ、各市場で最適な知財戦術を実行するべきです。例えば、ある国では積極的に訴訟も辞さずシェアを守り、別の地域ではライセンス供与で共存するなど、画一的でない対応が望まれます。
  • ブランド・信頼を守る知財コミュニケーション: 知財行使は時に世間の反感を買うことがあります。Apple vs Samsung訴訟ではアップルに批判も集まりました[82]Googleは比較的クリーンなイメージですが、今後知財が絡む決断(例:あるOSSプロジェクトに法的措置)をする際は、丁寧な説明とコミュニケーションが必要です。「オープンソースを支援するGoogleがなぜ?」とならないよう、知財施策の透明性を確保し、ユーザーや開発者コミュニティとの信頼関係を維持することが事業持続には欠かせません。戦略的には、敢えて一部特許は開放し称賛を得る一方、本当に大事な部分だけ権利主張するメリハリが有効でしょう[61]。つまり、知財面でも企業のCSR(企業の社会的責任)を意識し、「公益との調和」を打ち出すことでブランド価値を高めることができます。

総括的に, グーグルの知財戦略から得られる教訓は「柔よく剛を制す」です。すなわち、単に権利を振りかざすのではなく、必要に応じ開放し協調する柔軟さで市場を取り込みつつ、核となる部分では断固とした知財防衛で優位を守る。この巧みなバランス感覚が、現代の知財戦略の模範といえます。他企業も自社の状況に合わせて、このオープン&クローズ戦略やパテント・ピースの理念を応用し、知財を単なるコスト部門でなく価値創造とリスクヘッジの両面で機能させる経営資源として活用することが望まれます。

当章の参考資料:

  • [61] オープン領域とクローズ領域の整理(オープンで市場拡大、クローズで利益独占)
  • [15] クロスライセンスにより協業関係強化(Google-サムスン提携コメント)
  • [23] PatentShieldの仕組み(特許提供と引き換えに株式取得)
  • [82] Apple vs Samsung判決後の批判(陪審制や賠償額への議論)
  • [83] 「パテント平和」の哲学(交渉とポートフォリオ開発による平和希求)

当章の参考資料

  • 当章にて参照した資料の一覧(出典URL:
  • Modern Counsel記事 (2016) - Allen Lo氏インタビュー[1][3][41]
  • TechnoProducer記事 (2020) - グーグルのオープンクローズ戦略[61]
  • Samsungニュースリリース (2014) - Googleとの特許クロスライセンス契約発表[15]
  • WIPOウェビナー資料 (2022) - Googleの特許戦略スライド[23]
  • Wikipedia - Apple vs Samsung訴訟解説[82]

(※章末出典リストは各出典の全文URLを含め、報告書末尾に一括掲示します)

総括

「グーグルの知財戦略」を紐解いた本報告の結論として、以下のポイントが浮かび上がりました。

第一に、グーグルの知財戦略は自社ビジネスモデルと強く連動しています。広告収益を核とするグーグルは、市場拡大のため基盤技術を開放しつつ、収益源に直結する核心技術は特許・秘密で独占するオープン&クローズ戦略を巧みに運用してきました[61]。この柔軟性がAndroidの世界制覇やChromeの標準化成功を支え、結果としてグーグルのプレゼンスを飛躍的に高めました。過度な囲い込みに走らず協調路線を取ったことで、競合との「パテント平和」を実現しつつ[1]、必要な防衛力は怠らずモトローラ買収等で特許資産を一気に拡充した判断力も光ります[34]。このメリハリの効いた知財戦略が、革新的サービスを次々と世に出しながら法的リスクを抑える両立を可能にしました。

第二に、知財を攻撃より防御・交渉の具として位置付ける点がグーグルの特色です。他社が特許収入や競合排除を狙って訴訟に踏み切る場面でも、グーグルは徹底抗戦よりクロスライセンスや制度改革で解決を図る姿勢を一貫して示しています[15][3]Oracle訴訟では10年粘ってフェアユース勝訴を勝ち取り[33]Samsungとは全面戦争を避け協力関係を築きました[16]。このように、知財を“剣”ではなく“盾”と“交渉材料”に用いる戦略は、特にイノベーションが求められるIT業界において有効であることを示したと言えます。事実、近年マイクロソフトなどもグーグルに倣いオープンソース容認やトロール対策連合に舵を切るなど、グーグル流の知財観が業界標準になりつつあることが確認できました。

第三に、今後もグーグルは変化適応とバランスが鍵となります。AI・量子など新技術台頭や地政学環境の変化が著しい中、依然として知財はグーグルの競争力の重要な支柱です。新領域で基幹特許を押さえつつ、同時に社会からの信頼を損なわぬようオープン戦略を貫く両立が求められます。政策面では独占規制との調和、技術面ではAI学習データ問題への対処など、課題も山積しています。しかし、パテントプールやオープン特許の活用といったグーグルの取り組みは、これら課題への一つの回答となるでしょう。自社エコシステムの健全な発展を最優先に据え、そのための知財施策を講じるという軸をぶらさなければ、グーグルは引き続き知財面でも業界をリードできると推察されます。

最後に、本分析から導かれる意思決定への含意として、経営者は知財を単なる守りのコストセンターではなく、戦略的資産・交渉力の源泉として認識すべきことが再確認されました。グーグルのように企業使命("情報を整理しアクセス可能にする")と整合した知財戦略を構築すれば、知財は企業価値と社会価値の双方を高める武器となります[3]。経営判断の場では短期的な特許料や係争勝敗だけに囚われず、自社ビジョン達成に資する知財の使い方を問い続けることが肝要です。グーグルが示した知財と経営の融合モデルは、そのまま他社が模倣できるものではありませんが、「何のための知財か」を突き詰めて考える姿勢は全ての意思決定者が学ぶべき指針といえるでしょう。

以上、グーグルの知財戦略を多角的に考察しました。本報告で浮かび上がった知見は、グーグル自身のみならず、知財を扱うあらゆる企業・政策立案者にとって示唆に富むものと考えます。知財はしばしば専門的で難解ですが、その本質は「イノベーションと権利のバランス」です。グーグルはそのバランスを巧みに取り、イノベーションの果実を最大化してきました。今後もこのバランス感覚が維持され、さらなる技術進歩と社会価値創造が両立されることを期待して、本総括といたします。

参考資料リスト(全体)

  • Modern Counsel (2016)Explaining Google’s Patent Strategy - Allen Lo Interview[7][41][1][5][3]
  • TT Consultants (2023)Google Patent Portfolio Stats & Figures[4][2]
  • WIPO ウェビナー資料 (2022)「ビッグテックの知財戦略 - Google社の事例」[2][35][23]
  • TechnoProducer (2020)「グーグルのオープンクローズ戦略」[30][52][54][61]
  • Tokkyo-Lab 知財タイムズ (2021)GAFAの特許戦略まとめ」[14][18]
  • Reuters (2014)Cisco and Google sign patent cross-licensing agreement[81][84]
  • Samsung Newsroom (2014)Samsung and Google Sign Global Patent License Agreement[15][16]
  • TechCrunch (2017)Google & Intertrust launch PatentShield[80]
  • Rapacke Law (2025)Most Valuable AI Patents Revealed[48][6]
  • Computerworld (2013)Microsoft gets $2B/year from Android patent fees[19][67]
  • Proskauer (2017)Google Escapes Genericide Claim in Ninth Circuit Decision[17]
  • WikipediaGoogle LLC v. Oracle America, Inc.[33]
  • WikipediaApple Inc. v. Samsung Electronics Co.[24][82]
  • Yahoo Finance (2021)Why Microsoft may relinquish billions in Android patent royalties[69][71]
  • その他参考: EU Digital Markets Act / AI Act 公式文書、Tesla Motors (2014) Elon MuskAll Our Patent Are Belong To You」ブログ(特許開放宣言)など。

[1] [3] [5] [7] [8] [9] [28] [31] [32] [36] [38] [39] [40] [41] [42] [83] Explaining Google's Patent Strategy - Modern Counsel

https://modern-counsel.com/2016/allen-lo/

[2] [21] [23] [34] [35] [43] wipo.int

https://www.wipo.int/edocs/mdocs/mdocs/en/wipo_webinar_wjo_2022_4/wipo_webinar_wjo_2022_4_p1.pdf

[4] [10] [11] [45] [46] Check Out Patent Portfolio For Google: Key Stats & Figures

https://ttconsultants.com/articles/what-did-the-patent-landscape-of-google-look-like/

[6] [48] [49] [50] [74] [76] [77] Most Valuable AI Patents Revealed: From Google's Transformers to IBM's $400M Licensing Empire - The Rapacke Law Group

https://arapackelaw.com/patents/most-valuable-ai-patents/

[12] [13] [30] [37] [51] [52] [53] [54] [58] [59] [60] [61] [66] グーグルのオープンクローズ戦略 〜アップルとグーグルの知財戦略の違い | |TechnoProducer株式会社|

https://www.techno-producer.com/column/google-open-close-strategy/

[14] [18] [55] [56] [57] [64] [72] 身近なIT特許シリーズ!世界のITテクノロジー企業を徹底分析!GAFAの特許戦略まとめ〖知財タイムズ〗

https://tokkyo-lab.com/co/info-itpatentsummaryog

[15] [16] Samsung and Google Sign Global Patent License Agreement – Samsung Global Newsroom

https://news.samsung.com/global/samsung-and-google-sign-global-patent-license-agreement

[17] Google Escapes Genericide Claim in Ninth Circuit Decision

https://newmedialaw.proskauer.com/2017/07/05/google-escapes-genericide-claim-in-ninth-circuit-decision/

[19] [67] [68] Microsoft gets $2 billion a year in Android patent fees. Really? – Computerworld

https://www.computerworld.com/article/1488961/microsoft-gets-2-billion-a-year-in-android-patent-fees-really.html

[20] [81] [84] Cisco and Google sign patent cross-licensing agreement | Reuters

https://www.reuters.com/article/business/cisco-and-google-sign-patent-cross-licensing-agreement-idUSL3N0L9328/

[22] [27] [80] Google's and Intertrust's new PatentShield helps startups fight patent litigation in return for equity | TechCrunch

https://techcrunch.com/2017/04/25/googles-and-intertrusts-new-patentshield-helps-startups-fight-patent-litigation-in-return-for-equity/

[24] [62] [63] [65] [82] Apple Inc. v. Samsung Electronics Co. - Wikipedia

https://en.wikipedia.org/wiki/Apple_Inc._v._Samsung_Electronics_Co.

[25] [26] [75] Samsung, Midea, Huawei, Canon and Panasonic among the highest-ranking companies on IFI’s Global 250 patent ranking; Japan notches highest number of companies - Digital Science

https://www.digital-science.com/blog/2025/08/ifi-global-250-patent-ranking-2025/

[29] Intangible Assets: The New Currency Of Business Success - Forbes

https://www.forbes.com/councils/forbescoachescouncil/2025/04/23/intangible-assets-the-new-currency-of-business-success/

[33] Google LLC v. Oracle America, Inc. - Wikipedia

https://en.wikipedia.org/wiki/Google_LLC_v._Oracle_America,_Inc.

[44] Googleの特許戦略 | 英究特許ライブラリ

https://lib.aq-patent.com/category/researchlab/google/

[47] [PDF] PCT Yearly Review 2023 - WIPO

https://www.wipo.int/edocs/pubdocs/en/wipo-pub-901-2023-en-patent-cooperation-treaty-yearly-review-2023.pdf

[69] Why Microsoft may be relinquishing billions in Android patent royalties

https://finance.yahoo.com/news/microsoft-may-relinquishing-billions-android-patent-royalties-141047213.html

[70] Microsoft Exec: Linux Patent Licensing Becoming 'Less Relevant' As ...

https://www.crn.com/news/applications-os/300080479/microsoft-exec-linux-patent-licensing-becoming-less-relevant-as-we-embrace-open-source-partnerships

[71] Why Microsoft may be relinquishing billions in Android patent royalties

https://www.reddit.com/r/Android/comments/9nsiox/why_microsoft_may_be_relinquishing_billions_in/

[73] WIPO reports return to growth in patents and trademarks filings in 2024

https://www.globallegalpost.com/news/wipo-reports-return-to-growth-in-patents-and-trademarks-filings-in-2024-370660738

[78] [79]  Google Public Policy Blog: Announcing the Patent Purchase Promotion

https://publicpolicy.googleblog.com/2015/04/announcing-patent-purchase-promotion.html

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【本レポートについて】

本レポートは、公開情報をAI技術を活用して体系的に分析したものです。

情報の性質

  • 公開特許情報、企業発表等の公開データに基づく分析です
  • 2025年10月時点の情報に基づきます
  • 企業の非公開戦略や内部情報は含まれません
  • 分析の正確性を期していますが、完全性は保証いたしかねます

ご利用にあたって
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