3行まとめ
知財を経営の中核に:約700件の商標管理とグループ横断ガバナンス
ソフトバンクは約700件の商標を管理し、通信事業を超えてモビリティ、ヘルスケア、AI等の新領域にブランドを展開。持株会社が国内外で特許・商標を戦略的に取得し、グループ全体の知財活動を評価・連携する体制を構築しています。
次世代技術への特許投資:6G、AI、量子計算で標準化を主導
消費電力90%削減の全光ネットワーク、3900億パラメータ規模の国内LLM開発、NVIDIAと協働したAI-RAN技術など、6G時代に向けた研究開発を推進。3GPP、ITU-Rなど標準化機関への積極参加により標準必須特許の確保を目指しています。
オープンイノベーション戦略で競合と差別化
NTTが10,000件以上の知財資産を保有し自社研究を重視するのに対し、ソフトバンクはArmなど投資先企業の技術を活用。KDDIがIPランドスケープで特定領域を深掘りする中、ソフトバンクは多角的なポートフォリオ構築とブランド管理に注力し差別化を図っています。
この記事の内容
ソフトバンクグループは1981年に孫正義氏が創業したソフトバンク株式会社(当時はパソコン卸売会社)に端を発する。その後、出版・流通からインターネットサービス、携帯電話事業に参入し、2015年には世界最大級の投資ファンド「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」を設立するなど、投資会社としての顔を強めてきた。2020年代に入り、ソフトバンクグループ(持株会社)はArmの上場準備やグリーントランスフォーメーション、AI投資に注力しており、事業会社のソフトバンク株式会社(通信)が日本のネットワーク・インフラ運営とデジタルサービスを担う。こうした幅広い事業領域を支えるのが知的財産権である。
ソフトバンクは社内の行動憲章(Code of Conduct)において、「他者の知的財産権を尊重すると同時に自社の創造・保護・活用を促進する」と明記している。企業価値の源泉を無形資産に置き、情報革命で人々を幸せにするためには、革新的技術の知財化とライセンス管理が不可欠であると認識している[2]。ソフトバンクの知財戦略はビジネス戦略・技術戦略・営業戦略の三本柱を結びつける基盤であり、AIやIoTを用いた社会変革(デジタルトランスフォーメーション)を支えるものとして位置付けられている。
知財戦略を具体化するために、ソフトバンクは組織体制と規範を整備している。知財部門は事業部門や技術部門、営業部門と密接に協働し、リスク管理やコンプライアンスを徹底しながら知財の創造・保護・活用を推進する[3]。また、ブランド管理部門と協力して商標管理やライセンス契約、広告審査などを行っており、不正なブランド使用を検知・是正する仕組みを導入している[6]。これは、同社がBtoC事業を展開する上でブランドの信頼性が最重要資産となるためである。
グループ全体の知財ガバナンスを担うのは持株会社のソフトバンクグループである。2025年のコーポレートガバナンス報告書では、「国内外で特許や商標を戦略的に取得し、持株会社としてグループ全体の知財活動を評価・連携する」と記載されている[1]。投資先企業の技術やブランドも含めた知財ポートフォリオの最適化を図り、グループ全体で収益機会を最大化する仕組みを構築している。
ソフトバンクの知財戦略は、日本および世界の政策環境とも連動している。日本政府の「知的財産推進計画2023」では、コロナ禍後の経済再生やデジタル化・グリーン化に対応するため、知財投資と無形資産の活用を重視する方針が示された[9]。特に、スタートアップや大学の知財エコシステム強化、知財・無形資産投資の情報開示とガバナンスガイドライン策定(Ver2.0)、大学の知財管理ガイドライン策定などが盛り込まれている。こうした政策は、ソフトバンクが大学発技術との連携やスタートアップ投資を行う際の指針となり、グループ全体の知財戦略にも影響を与える。
通信業界においては特許・標準化が競争力の源泉であり、無線技術やネットワーク機器の標準規格に対応したライセンス収入が重要となる。また、クラウドやAI、IoTの分野ではデータセットやアルゴリズムの著作権、営業秘密の保護が鍵を握る。ソフトバンクは国内第4の通信キャリアとして、NTTやKDDI、楽天と競合しながら5G/6Gインフラを構築し、顧客サービスやIoTプラットフォームを展開している。グループの投資先にはArm(半導体設計)、Boston Dynamics(ロボット)、RISC-V関連企業など技術集約型企業が多く、特許網や標準化に関わる訴訟も存在する。したがって、知財戦略は単なる法務管理を超え、研究開発・事業投資・M&A判断に深く関与する重要な経営テーマとなっている。
[1] ソフトバンク株式会社 行動憲章と知的財産[2]
[2] ソフトバンク株式会社 知財部門とガバナンス[3]
[3] ソフトバンクグループ コーポレートガバナンス報告書[1]
[4] 知的財産推進計画2023 概要[9]
ソフトバンクグループは通信事業者としてのソフトバンク株式会社、投資会社としてのソフトバンクグループ株式会社、そして数百に及ぶ国内外の子会社・関連会社から構成される。グループ全体で保有する特許や商標、意匠などの知財は、通信技術、半導体、AI・ロボティクス、バイオ・医療、フィンテック、エネルギー等、多岐にわたる。公開資料によれば、ソフトバンクは約700件の商標を管理しており、コア通信事業だけでなく新規事業領域にも商標ポートフォリオを拡大している[4]。また、グループの海外投資先(Arm、OYO、WeWorkなど)の特許ポートフォリオも連結ベースで捉えると膨大な規模に達する。
持株会社は専門部署を設置し、各子会社の知財活動を評価・統合する役割を担う。コーポレートガバナンス報告書では、国内外で特許や商標を戦略的に取得し、グループ企業に対して知財活動の評価や連携を実施すると記述されている[1]。これは、投資先が世界各地で事業を展開するため、海外での特許出願やブランド保護が重要となることを示唆している。
知財部門:ソフトバンク株式会社における知財部門は、発明創出・権利化・活用に関する一連の業務を担う。研究開発部門からの発明届出を受け、特許事務所や弁理士と協力して出願戦略を策定する。保有特許の維持・管理費用や特許の価値評価を行い、休眠特許の整理とポートフォリオ最適化を図る。商標についてはグローバルでの出願計画、ブランドごとの商標管理台帳を作成し、更新期限や使用状況を管理する。
法務部門:ライセンス契約・訴訟対応を統括し、他社からのライセンス要求や訴訟リスクを管理する。特に通信インフラやスマートフォン端末は標準必須特許(SEP)に関わることが多く、規格団体(3GPP、ITU-Rなど)のポリシーに沿ったライセンス料の交渉が必要となる。Armなど子会社におけるライセンシングビジネスでは、法務部門が契約条件を審査し、各国の競争法や輸出管理規制に適合させる役割を担う。
ブランド管理部門:商標やロゴの使用方針を策定し、広告・販促物のデザイン審査やブランドライセンス契約管理を行う。ブランド委員会に報告し、ブランド使用に関する重大事項は取締役会の承認を受ける。コーポレートガバナンス上、ブランド委員会はCFO、CISOなど5名で構成され、合議制で決議を行うとされる(別資料では、その構成と決議プロセスが紹介されている)。
研究開発機関:ソフトバンク先端技術研究所(Research Institute of Advanced Technology)やSB Intuitionsなど、AIやネットワークの研究機関が存在し、研究成果の知財化を担う。彼らは6G、HAPS、量子計算、ロボティクス、AI大規模言語モデルなど、次世代技術の研究を進め、成果が特許出願や論文、オープンソースとして世に出る。研究者の発明を早期に出願するため、ラボ内に知財担当者を配置し、技術レビュー会議で発明の新規性・有用性を評価する。
投資部門(Vision Fund等):投資先の技術力評価や知財デューデリジェンスを担当する。買収時には、対象企業の特許ポートフォリオ、ライセンス契約、訴訟履歴、商標所有状況を精査し、将来のリスクとシナジーを分析する。また、投資後も出資先と知財戦略を共有し、ポートフォリオ企業間での知財共有や共同開発を促進する。
ソフトバンクグループの特徴は、通信事業者だけでなく、半導体設計のArm、インドの通信会社Bharti Airtel、フィンテック企業PayPay、Zホールディングス(Yahoo! JAPANの後継)など、多様な子会社を保有している点である。各子会社は独自の知財戦略を持つものの、持株会社は全体のガバナンスを維持する責任を負う。
例えば、Armは半導体設計IPのライセンスビジネスを展開しており、年間数百件の特許出願を行う。ArmのIPはスマートフォンやIoT機器の中心的なCPUコアを提供するため、他社からの特許侵害訴訟が頻繁に起こる。2022年にはArmが米Qualcommとその買収先Nuviaを相手に特許侵害訴訟を提起し、逆にNuvia側から反訴されるなど、複雑な訴訟リスクが存在する。ソフトバンクグループはこれらのリスクを管理し、裁判戦略やライセンス交渉を支援する必要がある。
PayPayやLINEヤフーといったプラットフォームビジネスでは、データの利用規約やプライバシーポリシー、AIアルゴリズムの著作権保護が重要である。個人情報保護法やEUのGDPRへの適合性も含め、グローバルにおける法令遵守が求められる。知財と個人データの境界にあるデータベース権の保護など、法的枠組みを踏まえたガバナンスが必要である。
ソフトバンクは社内外で知財教育を強化している。知財部門が中心となって、エンジニアや営業担当者に対して発明届出の手続きや先行技術調査の方法、商標の適正利用などを研修する。さらに、東京大学との寄附講座やセミナー開催によって学生や起業家に知財戦略の重要性を伝える取り組みを行っている[5]。これにより、従業員や次世代人材の知財リテラシーを向上させ、企業文化として知財を尊重する風土を醸成している。
[5] ソフトバンク株式会社 知財ポートフォリオと商標管理[4]
[6] ソフトバンクグループ コーポレートガバナンス報告書[1]
[7] ソフトバンク株式会社 知財教育・ワークショップ[5]
本章では、ソフトバンクの知財戦略を技術領域、ビジネスモデル、市場・顧客、パートナーシップの観点から掘り下げる。幅広い領域を俯瞰しながら、競争優位の源泉である知財の役割を考察する。
通信事業者として、ソフトバンクは日本国内の大手3社(NTTドコモ、KDDI、楽天モバイル)と競争しながら5Gネットワークを展開し、将来の6Gに向けた研究開発を進めている。5G時代の標準必須特許(SEP)は世界の通信機器メーカーや通信事業者が争う重要な分野であり、ソフトバンクは提携先からのライセンスを取得しつつ自社出願を増やしている。特に、Sub6帯域でのマルチビームアンテナ、ミリ波帯の波形成形技術、基地局の省電力設計などの特許を保有しており、設備メーカーとの共同研究も活発だ。
6Gに向けては、以下の技術テーマが注目されている:
AI分野では、SB Intuitions社が日本語特化の大規模言語モデル(LLM)の開発を進めている。日本語や日本文化に特有の文脈や文法・敬語表現を学習したモデルは、国内企業や行政システムに適用しやすい。2024年度には3900億パラメータ規模、将来的には1兆パラメータを目指すと公表しており、教師データの著作権やプライバシー保護を考慮したデータセット収集が重要となる。ソフトバンクは国内のメディアや行政データ、企業データを活用できる立場にあり、これが競合他社との優位性になる。
AI領域の知財保護には、アルゴリズム特許、ソフトウェア著作権、商用モデルのライセンシングなどが含まれる。ただし機械学習モデルそのものの特許性には議論があり、モデルの訓練方法やアーキテクチャー、応用領域で特許を取得する戦略が採られる。ソフトバンクは、モデルの蒸留技術や高速推論アルゴリズム、AIデータセンターの省電力制御などで発明を積極的に出願していると推察される。
ソフトバンクはIoTプラットフォームを提供し、センサーやデバイスをクラウドサービスに接続するための通信モジュールやデータ分析サービスを展開している。スマート農業、建設現場の安全管理、物流のトラッキング、ヘルスケア遠隔モニタリングなど、多様な用途でIoT技術が活用されており、各分野で特許出願や実証実験を行っている。
スマートシティでは、自治体やディベロッパーと協力し、街全体のエネルギー管理、交通インフラ、公共安全システムをデジタル化する。データプラットフォームの所有・利用に関するガバナンスやプライバシー保護が重要であり、住民の同意を得たうえでデータを活用する。知財としては、データ分析アルゴリズムや電力制御、交通最適化のソフトウェアが対象となる。
ソフトバンクグループはBoston Dynamicsへの出資や、Pepper・Whizといったロボットの開発を通じ、ロボティクス領域の知財も保有している。センサーフュージョン、自律移動アルゴリズム、ヒューマンインターフェース、労働支援システムなどが主要技術である。また、自動運転や空飛ぶクルマなどモビリティ分野では、LiDARや映像解析技術、車両制御、車載通信に関する特許を取得し、国内外の企業と提携を進めている。
ソフトバンクの通信事業は、モバイル通信と固定通信を中心に約4,000万件の契約を持ち、企業向けにはクラウドサービスやIoTソリューション、自治体向けには防災・公共ソリューションを提供する。顧客接点において知財は競争優位を生む。たとえば、自社商標やサービス名称のブランド力が高ければ顧客は安心してサービスを利用する。ソフトバンクが700件もの商標を保有し、モビリティ、ヘルスケア、ビッグデータ、AIなど新領域にもブランドを展開しているのは、その広範な顧客基盤をカバーするためである[4]。
顧客との契約ではライセンス条件や知財の扱いが重要である。企業向けソリューションにおいては、ソフトバンクが提供するソフトウェアやクラウドプラットフォームに関するライセンス契約が交わされる。利用規約には特許権や著作権、商標の使用許諾範囲が含まれ、顧客は仕様を遵守する義務がある。一方で顧客のデータを活用したAI学習やサービス改善にはデータ使用許諾が必要であり、知財・個人情報保護の両面での配慮が求められる。
ソフトバンクは知財から直接的・間接的に収益を得ている。直接的には、特許や技術ライセンスの対価、商標ライセンス料が挙げられる。たとえば、半導体事業を担うArmは、自社設計を採用するチップメーカーや機器メーカーからライセンス料とロイヤルティを受け取る。また、通信サービスに関するSEPを保有することで他社からライセンス収入を得る場合もある。
間接的には、差別化された技術やブランドによる顧客獲得・維持、サービスの高付加価値化が収益拡大につながる。特許ポートフォリオの強化により競合他社の参入障壁を高め、価格競争から価値競争へ移行できる。さらに、技術標準化活動に参加し、標準に自社技術が採用されればライセンス料収入が継続的に発生するため、標準化は長期的な収益モデルの構築に直結する。
投資会社としてのソフトバンクグループは、出資先の知財価値に投資リターンが依存する。投資先企業が持つコア技術やブランドが高く評価されることで、IPOや売却時の企業価値が上昇する。したがって、デューデリジェンスにおいて知財の質と量、訴訟リスク、ライセンス戦略を精査し、ポートフォリオのバランスを取ることが必要である。
ソフトバンクはオープンイノベーションを掲げ、他企業や大学、研究機関との連携を積極的に推進している。東京大学や慶應義塾大学とは5G/6G技術の共同研究を行い、成果を特許や標準化提案に活用する。海外では、米国や欧州のスタートアップに出資し、技術共有や市場参入支援を行っている。これらのパートナーシップでは、知財の帰属や使用権、共同出願の取り決めが重要な交渉項目となる。
また、業界団体や標準化団体への参加も知財戦略の一環である。ソフトバンクは通信標準化機関3GPPやITUの会合に参加し、次世代通信規格の議論に貢献する。標準必須特許を持つことでFRAND(公正、合理的、差別のない)条件に基づくライセンス供与が可能となり、他社への影響力を強化できる。
[8] ソフトバンク株式会社 商標保有とブランド展開[4]
[9] ソフトバンク株式会社 大学講座などの知財教育[5]
知財戦略は企業の競争力を左右する。ここでは日本の通信・IT企業を中心に、ソフトバンクの知財戦略を比較検討する。
日本電信電話株式会社(NTT)は研究開発力と膨大な特許ポートフォリオで知られる。2006年のNTT Technical Review記事によると、NTTは毎年数千件の特許出願を行い、保有知財件数は1万件を超える。知的財産センターの中期目標として、「新しい知的財産と権利の創出」「知的財産の保護と評価」「ライセンスによる利用」「標準化機関への参加による集団ライセンス推進」の4項目を掲げている[7]。研究テーマの選定から知財の活用まで一連のプロセスが整備され、標準化活動への積極的な参加が特徴である。
NTTは国内外の事業体をグループに持ち、ネットワーク設備やクラウドサービス、データセンターを展開している。知財戦略では、独自技術を標準化機関に提案しつつ他社技術の使用に対するライセンスコストを最小化する「攻守一体」の姿勢を採る。膨大な資金を研究開発に投じ、国内に複数の研究所(NTT研究所群)を有することから、基礎研究段階での発明創出が強みであり、国際特許出願(PCT出願)も多い。
ソフトバンクとの比較では、NTTは自社内に研究開発組織を多数抱え、クローズドな研究成果を活用して標準化・製品化する傾向がある。一方、ソフトバンクは投資先企業の技術や外部との提携により技術力を補完し、オープンイノベーションを志向している。また、NTTの知財センターはライセンス収入の最大化を目標に掲げるが、ソフトバンクは商標やブランド管理に重点を置き、投資先への支援を通じた知財活用に重点を置いている。
KDDIは大手通信事業者として、5G/IoTやドローンビジネスの知財戦略を強化している。2022年のサステナビリティ報告書では、ドローン分野におけるIPランドスケープ分析を実施し、業界動向や規制、市場を分析した上で、飛行制御や監視システムなど通信関連技術に重点を置くことを示している[8]。IPランドスケープとは特許文献や科学論文、市場データを統合して戦略立案に活用する手法であり、KDDIはこの手法により技術分野の選定や研究テーマを決定している。
KDDIの知財部門は、ビジネス部門や研究所と定期的に議論して特許出願方針を決め、グループ会社やスタートアップ向けの知財支援も行う。また、経済産業省からオープンイノベーション推進の表彰を受けるなど、外部との共創を評価されている[10]。知財教育を全社的に実施し、取締役会に知財活動を報告することでガバナンスを確立している。
ソフトバンクとの比較では、KDDIは特定技術領域(ドローンやIoT)においてIPランドスケープを活用し、知財ポートフォリオを構築している点が特徴的である。一方ソフトバンクは、より広範な新規事業に投資しているため、特定領域での深掘りよりも多角的なポートフォリオ構築とブランド管理に注力している。両社とも知財教育やガバナンスを重視しているが、KDDIは社内の研究組織と密接に連携する体制が強い。
楽天モバイルはオープンソースのOpen RANを活用し、通信インフラの低コスト化と標準化を掲げるが、特許ポートフォリオでは既存キャリアに比べて少数であり、特許侵害リスクが指摘される。海外では、VerizonやAT&Tが標準必須特許を多数保有し、HuaweiやNokia、Ericssonなど通信機器メーカーが特許ライセンスの主導権を握っている。これら企業は研究投資も大きく、標準化活動を通じて世界市場に影響を与えている。
Armに代表されるファブレス半導体企業は、自社で製造設備を持たずに設計に特化することで、膨大な特許収益とロイヤルティビジネスを構築している。ソフトバンクがArmを保有したことで、グループとして半導体IPビジネスの収益を享受しているが、半導体業界でのライセンス訴訟や貿易規制のリスクも抱えている。米国ではNvidiaやAMDがAI用GPUで特許戦争を繰り広げており、将来的にソフトバンクの投資先が競合する可能性がある。
[10] NTT Technical Review「NTTの知的財産戦略」[7]
[11] KDDIサステナビリティ統合報告書 2022 ドローンにおけるIPランドスケープ[8]
[12] KDDIの知財教育とオープンイノベーション推進[10]
ソフトバンクの知財戦略は、さまざまなリスクや課題に直面している。ここでは短期・中期・長期の時間軸で整理し、リスクへの対応策を論じる。
ソフトバンクブランドの信頼性は顧客との直接関係に直結する資産であり、ブランドの不正使用やライセンス契約違反は企業価値を損なう。ソフトバンクはブランドライセンス契約に基づき、子会社や関連会社がブランドを使用する際に厳格な条件を設けている。リスク要因として、グループ内企業がサブライセンス契約に違反したり、ソフトバンクグループの信用や利益を害する行為を行った場合、ライセンス権の取消や減損処理が発生する可能性がある。このことがリスク要因として公開されている[11]。
また、第三者によるブランドや知財の侵害も懸念される。不正なロゴ使用、偽装品販売、模倣サイトなどが顧客を欺き、企業イメージを低下させる危険がある。ソフトバンクは知財部門とブランド管理部門が協力し、侵害事例のモニタリングと法的措置を講じている[6]。国際的には、中国や東南アジアなど商標冒認が多い地域で警戒を強め、関税当局や弁理士事務所と連携して取り締まりを進めている。
通信・半導体産業では、特許侵害訴訟が頻発している。ソフトバンクグループの投資先であるArmは2022年以降、米国企業との訴訟を抱えており、裁判の行方がロイヤルティ収入や上場計画に影響する恐れがある。標準必須特許を巡るライセンス交渉はFRAND条件に基づき行われるが、金額や範囲を巡って紛争に発展する可能性がある。ソフトバンクの通信事業でも、基地局や端末に組み込まれた技術が第三者の特許を侵害するリスクがあり、訴訟や販売差止を避けるために他社特許のライセンス取得や交渉が不可欠となる。
標準化活動においては、自社技術が採用されない場合、標準必須特許としての収益機会が失われる可能性がある。6GやAIネットワークの標準化はまだ初期段階であり、どの技術が主流になるか予測が難しい。ソフトバンクは他キャリアや設備メーカーとアライアンスを組み、自社技術の標準化提案を推進する必要がある。
ソフトバンクの知財ポートフォリオは通信やAIに偏重している。半導体IPビジネスのArmへの依存度が高く、Armの業績やライセンス環境に大きく影響される。AI分野では大規模言語モデルへの注力がリスクとなる可能性がある。生成AIの競争は世界的に激化しており、OpenAI、Google、NVIDIAなど大手企業の開発動向や米国政府の輸出規制が影響を与える。日本国内でのAIモデル開発はデータ量や計算資源の制約があり、期待通りに商用化できない可能性もある。また、AI技術に関する特許の多くは米国企業が保有しているため、ライセンス費用や知財侵害のリスクが高まる。
政府の知財政策や競争法、個人情報保護法は事業活動に大きな影響を与える。日本や米国、欧州など主要市場での規制変更に迅速に対応する必要がある。たとえば、データ越境移転規制が強化されるとクラウドサービスやAI開発に制約が生じる。輸出管理規制の強化は、Armの半導体設計やAI用ハードウェアに影響を及ぼす。政府の知財政策で示された無形資産投資の開示ガイドライン[9]により、知財やデータの価値を財務情報として適切に開示することが求められており、内部統制や評価方法の整備が必要となる。
知財戦略を支える専門人材の確保が重要課題である。弁理士や知財スペシャリスト、データサイエンティスト、AIエンジニアなど、多様な専門性を持つ人材が求められる。国内では理系人材の不足や若手研究者の減少が指摘され、優秀な人材の採用競争が激化している。ソフトバンクは人材育成のために社内研修や大学講座を実施し、知財に関する意識を高めているが、長期的にはグローバル人材の獲得や研究者の処遇改善も必要となる。
[13] ソフトバンク リスクファクター:ブランド契約違反のリスク[11]
[14] ソフトバンク 不正使用への対策[6]
[15] 知的財産推進計画2023 概要[9]
ソフトバンクの知財戦略は、技術や政策の変化に対応しながら進化していく必要がある。今後の展望を技術、政策、市場の観点からまとめる。
通信インフラでは6Gの議論が始まっており、超高周波帯(テラヘルツ帯)、空間多重通信、AI統合型ネットワーク、エネルギー効率の高いハードウェアなどが研究テーマとなっている。ソフトバンクは早期から6G研究を推進し、全光ネットワークやHAPS、AI-RAN、量子安全通信技術などの特許を獲得することで標準化の主導権を狙う。ITU-Rや3GPPの標準化会合に積極的に参加し、研究成果を共有する一方で、自社技術が標準案に採用されるようロビー活動や共同提案を行うことが重要である。標準必須特許ポートフォリオを形成できれば、ライセンス収入の増加と国際的な影響力の拡大につながる。
AI分野では生成AIの普及が急速に進んでおり、オープンソースコミュニティやスタートアップから新たな技術が生まれている。ソフトバンクは国内LLMの開発を進めることで日本語圏におけるデファクトスタンダードを目指すとともに、欧米企業との連携や海外市場への展開を検討するべきである。AIシステムの透明性や倫理性に関する国際的な議論にも参加し、責任あるAIのガイドラインや規制への適合を確立する必要がある。
量子技術については、量子暗号や量子計算を活用した通信インフラが10〜20年後に実用化されると予想される。ソフトバンクはRIKENとの協働を通じて量子計算とスパコンを連携するプラットフォーム開発を進めており、これが本格的なサービスになれば新たな知財ポートフォリオを構築できる。量子安全な暗号プロトコルや量子中継技術に関する特許の確保が競争優位をもたらす。
政府は「知的財産推進計画2023」で無形資産の投資と活用を促す政策を打ち出している[9]。今後は企業による知財・データ投資の開示とガバナンスが強化され、投資家やステークホルダーが知財戦略の妥当性を評価する時代となる。また、知財の登録手続きの迅速化、スタートアップへの支援、大学発技術の事業化支援など、政策面で追い風が期待できる。一方で、生成AIやデータ利活用に関する法規制の整備が進み、利用範囲やライセンス条件が複雑化する可能性がある。ソフトバンクは海外規制動向を常に把握し、グローバルなコンプライアンス体制を構築する必要がある。
輸出管理規制の強化は半導体やAIチップの供給に影響を与える。米国政府が中国向け先端半導体の輸出を制限した結果、日本や欧州企業も規制に従う必要が出てきており、Armのライセンス事業にも影響がある可能性がある。ソフトバンクはグローバルサプライチェーンを多角化し、規制リスクへの耐性を高めるべきである。
通信事業はコモディティ化が進み、料金競争が激化している。5G普及後はモバイル通信単体での収益拡大が難しくなるため、企業向けソリューションやクラウド、IoTサービスへのシフトが重要となる。知財面では、新サービスのアーキテクチャーやビジネスモデルに関する特許を確保し、他社との差別化を図る必要がある。
人口減少や高齢化が進む日本国内だけでなく、アジアを中心とした海外市場への展開が求められる。ソフトバンクは既にZホールディングスを通じて東南アジアのEコマースや金融サービスに投資しており、現地の法制度や商標環境に対応した知財戦略が必須である。現地企業との合弁やライセンス契約では、商標の共用・管理、技術移転契約の条項などを慎重に調整することが重要となる。
[16] 知적財産推進計画2023 概要[9]
これまでの分析を踏まえ、ソフトバンクの経営・研究開発・事業化の観点から知財戦略に関するアクションを提言する。
[17] ソフトバンクグループ コーポレートガバナンス報告書[1]
[18] ソフトバンク株式会社 商標管理とガバナンス[4]
[19] NTTの知財戦略と標準化活動[7]
[20] KDDIのIPランドスケープ活用[8]
本レポートでは、ソフトバンクの知財戦略を多角的に分析した。ソフトバンクは、情報革命による社会変革を実現するために知的財産を重要な経営資源と位置付け、行動憲章に基づき他者の権利を尊重しつつ自社の創造・保護・活用を推進している[2]。通信事業や投資ビジネスを横断するグループでは、700件以上の商標管理や国内外の特許出願を通じてブランドと技術の両輪で競争力を強化している[4]。持株会社は各子会社の知財活動を評価し連携することで、ポートフォリオ全体の最適化を図り[1]、ブランドライセンス違反や不正使用に対するリスク管理を徹底している[11]。
競合分析では、NTTが研究開発重視で数千件の特許を生み出し標準化活動に積極的に参加していること[7]、KDDIがIPランドスケープを活用して重点技術を選定し知財教育を進めていること[12]が明らかとなった。ソフトバンクはこれらと異なり、投資先企業の技術を取り込むことで多様な技術領域をカバーし、オープンイノベーションを志向している。国家政策との連動では、知的財産推進計画2023に示される無形資産投資の開示やスタートアップ支援などへの対応が必要である[9]。
今後の展望では、6GやAI、量子技術といった新領域での特許取得と標準化主導が鍵となり、政策・規制の変化や市場環境の変化に機敏に対応する必要がある。戦略的示唆として、知財ガバナンスと透明性の強化、ブランド価値保護、無形資産投資の評価、研究開発の重点化、オープンイノベーション、AI倫理やデータガバナンスの確立が挙げられる。ソフトバンクは知財の創造・保護・活用を通じて企業価値を高め、情報革命におけるリーダーとしての役割を果たすことが期待される。
[1] Corporate Governance Report
[2] [3] [4] [5] [6] Protecting Intellectual Property and Brands | About Us | SoftBank
https://www.softbank.jp/en/corp/aboutus/governance/intellectual-property/
[7] NTT Technical Reivew, July 2006, Vol. 4, No. 7
https://www.ntt-review.jp/archive/ntttechnical.php
[8] [10] [12] kddi_sir2022_e22.pdf
[9] chizaikeikaku2023_e.pdf
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/kettei/chizaikeikaku2023_e.pdf
[11] Risk Factors | About Us | SoftBank
https://www.softbank.jp/en/corp/ir/policy/risk_factor/
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本レポートは、公開情報をAI技術を活用して体系的に分析したものです。
情報の性質
ご利用にあたって
本レポートは知財動向把握の参考資料としてご活用ください。 重要なビジネス判断の際は、最新の一次情報の確認および専門家へのご相談を推奨します。
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