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東芝の知財戦略:非上場化後の変革と無形資産価値の最大化

3行まとめ

非上場化で知財を「コスト」から「金融資産」へ転換

2023年のJIP傘下での非上場化により、東芝は短期的な株主圧力から解放され、IPweとの協業によるAI・ブロックチェーン活用で知財の客観的価値評価と取引プラットフォーム構築を進めています。

「二重収益化」モデルで知財管理自体を事業化

東芝は量子暗号通信(QKD)やパワー半導体などの技術IPで本業収益を上げつつ、その高度な知財管理プロセスを「IPeakMS®」として外部販売し、知財管理ソリューション市場に参入しました。

オープン/クローズ戦略で差異化技術とエコシステム形成を両立

差異化技術は特許・ノウハウとして厳格に保護する「クローズ戦略」と、QKDとPQC(耐量子計算機暗号)のハイブリッド実証など標準化・共創を通じた「オープン戦略」を使い分け、CPSテクノロジー企業への変革を推進しています。

エグゼクティブサマリ

 

当レポートは、株式会社東芝(以下、東芝)の知的財産(IP)戦略について、特に2023年の株式非上場化¹を画期とした近年の抜本的な変革に焦点を当て、網羅的な分析を行うものです。経営危機を経て日本産業パートナーズ(JIP)を中心とする新体制¹へ移行した東芝は、従来の防衛的・受動的な知財管理から、保有する膨大な無形資産の価値を能動的に評価・収益化する「攻め」の戦略へと大きく舵を切ったと見られます。本分析の主要なファインディングスは以下の通りです。

  1. 非上場化による戦略的解放: 2023年の非上場化¹は、東芝を「物言う株主」による短期的な経営圧力から解放しました。これにより、JIPという新オーナーの下¹、研究開発(R&D)投資や知財ポートフォリオ管理において、短期的な出願件数ランキングの維持ではなく、中長期的な収益性(事業優位性の確保、ライセンス収益、資産売却)を最優先する戦略的転換が可能になったと推察されます¹
  2. 「オープン/クローズ戦略」の先鋭化: 東芝は公式に「知財のオープン/クローズ戦略」³を掲げています。「クローズ戦略」では、パワー半導体AIアルゴリズム¹⁷など、製品の競争力に直結する差異化技術を特許・ノウハウとして厳格に保護します³。「オープン戦略」では、量子暗号通信(QKD²⁰²¹やサイバーフィジカルシステム(CPS²のように、単独での市場創出が困難な領域において、標準化やパートナーとの「共創」³を通じてエコシステムを主導することを目指しています。
  3. 「知財DX」の組織的推進: 非上場化と並行し、知財管理体制のデジタルトランスフォーメーション(DX)が急速に進んでいます。これは、IPを「コスト」ではなく「収益を生む資産」として再定義する試みと見られます。
  4. IPweとの協業による「IPの金融資産化」: 2023年6月、東芝デジタルソリューションズ(TDSL)は、AIとブロックチェーンを活用したIP評価・取引プラットフォームを提供するIPwe, Inc.との協業を開始しました²。この協業は、IPの価値を「客観的かつ標準的なベンチマークで判断」し、将来的にはIPの「使用・購入・売却を契約できる」プラットフォーム²の構築を目指すものです。これはIPを流動性のある「金融資産」として扱う、極めて先進的な取り組みです。
  5. M&Aによる「IP管理ソリューション」の事業化: 2025年8月、TDSLはスカラコミュニケーションズから知財管理ソリューション事業(「PatentManager」シリーズ等)を譲り受けました¹⁹。これにより、TDSLSaaS型の「IPeakMS®¹⁹に加え、オンプレミス型のラインアップと専門の開発人材¹⁹を獲得しました。
  6. 独自戦略「IPの二重収益化」: 上記の動きは、東芝が「IPの二重収益化(Dual Monetization)」モデルを追求していることを示唆します。第一に、QKD²⁰やパワー半導体などの技術IPで製品・サービス(本業)の競争力を高めます。第二に、その高度なIP管理プロセス自体を「IPeakMS®¹⁹IPweプラットフォームといったソリューションとして外部に販売し、第二の収益源とすることを目指していると分析されます。
  7. 「クローズ戦略」の核心(QKDAI: QKD分野では、KDDIとの30Tbps超の多重伝送成功²⁰や、オプテージ等とのQKD+PQCハイブリッド実証²¹など、技術的優位性と現実的な市場導入(オープン戦略)を両立させるIP戦略が際立っています。AI分野でも、「ハイブリッド行動認識AI¹⁷など、CPS²の現場課題に密着した実用的なIPポートフォリオを構築しています。
  8. 競合との戦略的差異: 日立製作所(Lumada事業との連動)¹⁰や三菱電機(グローバルな事業防衛)¹⁵といった上場競合他社が、IPを「事業価値連動」または「防衛的」に扱う傾向があるのに対し、非上場化した東芝は、IPそのものを「金融資産化・事業化」¹¹⁹する、よりアグレッシブな戦略を追求している点で明確な差異が見られます。
  9. キオクシアIPOに伴う中期的リスク: 2024年後半に予想されるキオクシア(旧東芝メモリ)のIPO¹⁸は、東芝にとって中核的なIPリスク・イベントです。IPO¹⁸プロセスにおいて、両社間のNAND型フラッシュメモリに関する複雑なライセンス契約が見直される可能性や、JIP体制下での資本関係¹の変更が、IP収益や技術連携に影響を及ぼすリスクが想定されます。
  10. 経営への示唆: 東芝の新戦略は、日本の製造業に対し、「IP=コストセンター」という旧来の認識から脱却し、「IP=プロフィットセンター」へと転換するモデルケースを提供する可能性があります。経営陣は「IPベースド・マネジメント」を徹底し、R&D部門は「オープン/クローズ」³の視点を開発初期から組み込み、事業部門は「IPの二重収益化」¹⁹を追求することが、JIP体制下での企業価値最大化¹に向けた鍵となると結論付けられます。

 

本文

 

 

I. 背景と基本方針

 

 

序論:経営危機から非上場化への道程と知財戦略への含意

 

株式会社東芝(以下、東芝)の知的財産(以下、知財)戦略を分析する上で、2015年の不正会計問題に端を発する一連の経営危機と、その帰結としての2023年の株式非上場化¹という文脈を理解することは不可欠です。不正会計の発覚以降、東芝は深刻な経営危機に陥り、巨額の損失補填のために優良事業(東芝メディカルシステムズ、東芝メモリ(現キオクシア)、白物家電事業など)の切り売りを余儀なくされました。この混乱期において、東芝は大規模な第三者割当増資を実施し、結果として「物言う株主(アクティビスト・ファンド)」が経営に強い影響力を持つようになりました¹

アクティビスト・ファンドの経営介入は、一般的に四半期ごとの業績向上や株主還元の最大化といった短期的な成果を強く要求する傾向があります。この短期的視点への圧力は、東芝が本来強みとしてきた、長期的な視点と継続的な巨額投資を必要とする基礎研究開発(R&D)や、その成果である知財のポートフォリオ管理と根本的に相容れないものであったと推察されます。R&Dの成果が事業収益として結実するには10年単位の時間を要することも稀ではなく、その間、特許の出願・維持には多額の費用(コスト)が発生し続けます。短期的な収益圧力が支配的となる経営環境下では、こうした長期R&D投資や知財コストは「非効率」と見なされ、削減対象となりやすかった可能性があります。この結果、東芝の知財戦略は、長期的な技術的優位性を構築する「攻め」の戦略から、短期的なコスト削減や既存事業の防衛といった「守り」の戦略へと傾かざるを得ない状況に追い込まれていたことが想定されます。

このような混乱を経て、2023年、東芝は日本産業パートナーズ(JIP)を中心とする国内企業連合による約2兆円規模の買収提案を受け入れ、株式の非上場化が決定されました¹。これは、1949年の上場以来、74年続いた上場企業としての歴史¹に一旦幕を下ろすという、東芝にとって歴史的な転換点です。

この非上場化が知財戦略に持つ含意は、極めて大きいと分析されます。第一に、非上場化は東芝を前述の短期的な株主の圧力から「解放」しました。JIPという単一(あるいは少数の)オーナーの下、経営陣は四半期ごとの市場の評価に一喜一憂することなく、中長期的な視点に立った経営判断、すなわち「CPSテクノロジー企業」²というビジョンの実現に向けたR&D投資や知財戦略の再構築に集中できる環境を手に入れたことを意味します。第二に、JIPはプライベート・エクイティ(PE)ファンドであり、そのビジネスモデルは、投資先企業の価値を(一般的に510年の期間で)最大化し、最終的に売却(エグジット)することでリターンを得ることにあります。JIPが投じた2兆円¹という巨額の投資¹を回収するためには、東芝の「隠れた価値」を顕在化させ、企業価値を抜本的に向上させる必要があります。そして、現在の東芝に残された最大の「隠れた価値」こそが、長年のR&Dによって蓄積された膨大な無形資産、すなわち知的財産ポートフォリオそのものであると考えられます。

したがって、非上場化は、東芝の知財戦略にとって「冬の時代の終わり」であると同時に、「価値の最大化」というJIPからの明確な要求(ミッション)の始まりを意味します。知財部門は、従来の「コストセンター」あるいは「法務部門の一部」といった受動的な位置づけから脱却し、企業価値向上のために能動的にIPを収益化する「プロフィットセンター」へと変貌することを強く求められていると推察されます。

 

基本方針:「オープン/クローズ戦略」の枠組み

 

こうした新たな経営環境の下、東芝が公式に掲げる知財戦略の基本方針が「知財のオープン/クローズ」³です。これは、保有する技術・知財をその特性に応じて二つのカテゴリに分類し、それぞれに最適化された戦略を適用することで、知財ポートフォリオの質を高め、企業価値の最大化につなげる³ことを目的としています。

  1. 「クローズ戦略」:差異化技術による持続的な事業優位性の確保

「クローズ戦略」とは、東芝が公式に述べるように、「差異化技術を特許取得やノウハウとして保護することなどにより持続的な事業優位性を確保する」³アプローチです。これは、製品やサービスの競争力に直接結びつく中核的な技術領域に適用されます。例えば、カーボンニュートラルの鍵となるパワー半導体の分野における独自のデバイス構造や製造プロセス、あるいはCPS(サイバーフィジカルシステム)²の「頭脳」として機能する特定のAIアルゴリズム¹⁷や、量子インスパイアード計算機「シミュレーテッド分岐マシン(SBM)」¹⁷の基幹技術などがこれに該当すると推察されます。

この「クローズ戦略」の実行において、東芝は過去のNAND型フラッシュメモリ(現キオクシア)や光ディスク(DVDBlu-rayの分野で培った豊富な経験を有しています。東芝は、これらの分野で韓国Hynix Semiconductor(現SK HynixSamsung Electronics⁵といったグローバル企業と、大規模な特許侵害訴訟や、それに続くクロスライセンス契約の締結交渉を繰り広げてきました。例えば、2004年にはHynixをフラッシュメモリの特許侵害で提訴し、2006年には勝訴、最終的に2007年に半導体技術に関する包括的な特許クロスライセンス契約を締結するに至っています。また、光ディスク分野でも2006年にSamsungと特許クロスライセンス契約を締結しています。

こうした過去の激しい知財係争とタフなライセンス交渉の経験は、現在の東芝知財部門の強靭な交渉力、戦略的な特許網の構築ノウハウ、そして侵害を発見し断固として権利を行使する実行力の基盤を形成していると考えられます。非上場化¹を経て「攻め」の知財戦略へと転換する中で、この「クローズ戦略」の実行力(=権利行使による事業防衛と収益確保)は、JIP体制下での企業価値向上¹において、より一層重要な役割を果たすと見られます。

  1. 「オープン戦略」:共創による社会課題解決の機会拡大

「オープン戦略」は、「クローズ戦略」とは対照的に、自社の知財を(標準化なども視野に入れつつ)積極的に公開・共有し、パートナーとの「共創」を促進するアプローチです。東芝はこれを「最適化された知的財産のポートフォリオを活用し、協力いただける企業やお客様(パートナー)との共創により、当社単独では解決できない社会課題解決の機会を拡大させる」³戦略であると定義しています。

これは、技術が高度化・複雑化し、単一企業ですべての技術要素を開発・保有することが不可能(あるいは非効率)になった現代において、極めて重要な戦略です。特に、東芝が注力するCPS(サイバーフィジカルシステム)²や、量子暗号通信(QKD²⁰²¹といった分野は、その典型例です。これらの分野は、一つの製品(ハードウェア)を売って完結するものではなく、通信インフラ、セキュリティ基準、データプラットフォーム、アプリケーション開発など、多岐にわたるプレイヤーが参加する「エコシステム」の構築が不可欠です。

このエコシステムを構築する上で、自社の技術をすべて「クローズ」にして囲い込んでしまっては、誰もそのエコシステムに参加してくれず、結果として市場そのものが立ち上がりません。そこで、QKDの通信プロトコルやCPSのデータ連携インターフェースなど、エコシステムの「共通言語」となる部分は「オープン」³にし、標準化を主導することで、より多くのパートナーを自社のプラットフォームに呼び込む戦略が採用されます。

東芝が世界的に先行するQKD分野での近年の動向は、この「オープン戦略」³の具体例と言えます。例えば、2025年にかけて、オプテージやフォーティネットジャパンと共同で、QKD(ハードウェアベースの安全性)とPQC(耐量子計算機暗号:ソフトウェアベースの柔軟性)を組み合わせた「量子セキュアデータ通信」の実証実験に成功²¹しています。これは、QKD単体で市場を独占しようとする「クローズ」な発想ではなく、競合・代替技術とも見なされ得るPQCと協調(オープン化)することで、より現実的で可用性の高いセキュリティソリューションを市場に提示し、量子セキュリティ市場全体(エコシステム)の形成を主導しようとする、高度な「オープン戦略」³の一環であると分析されます。

 

目指す姿:CPSテクノロジー企業への変革とIPの役割

 

東芝がグループ全体として目指す企業像は、「CPSテクノロジー企業」²です。CPS(サイバーフィジカルシステム)とは、実世界(フィジカル)で収集した膨大なデータを、サイバー空間(AI、デジタルツイン)で分析・最適化し、その結果を再び実世界にフィードバックすることで、新たな価値を創造する仕組みです。東芝は、製造、エネルギー、社会インフラ、物流といった多様な分野でCPSの実現を目指しています。

このCPSの実現には、前述の「オープン/クローズ戦略」³で触れたように、AI(特に生成AIや産業用AI²¹⁷IoT、パワー半導体、そして量子技術(QKDSBM¹⁷²⁰²¹といった、東芝が保有する多岐にわたる技術要素の「垂直統合」と、顧客やパートナー企業との「水平連携(共創)」³が不可欠です。

この複雑なCPSスタックにおいて、知財戦略は、東芝の企業価値を最大化するための「羅針盤」として機能することが求められます。

具体的には、

  1. 守るべき核(クローズ)の定義: CPSスタックの中で、東芝の競争力の源泉となり、他社に模倣されてはならない「核」となる技術(例:エッジデバイスで動作する超低遅延AIアルゴリズム¹⁷SiCパワー半導体の独自デバイス構造)を特定し、特許網やノウハウ秘匿化によって徹底的に「クローズ」化³します。
  2. 普及させるべきインターフェース(オープン)の定義: CPSエコシステムを拡大するために、パートナー企業に広く使ってもらうべき「共通規格」となる技術(例:QKDの通信インターフェース²¹CPSプラットフォームのデータAPI)を特定し、標準化活動などを通じて「オープン」化³します。

このように、非上場化¹という新たなスタートラインに立った東芝にとって、知財戦略は、単なる「権利の束」の管理業務ではなく、CPSテクノロジー企業²への変革を牽引し、JIP体制下での企業価値最大化¹という目標を達成するための、最も重要な経営戦略の一つとして再定義されたと結論付けられます。

当章の参考資料

  1. https://www.youtube.com/watch?v=o2j80c3ObXo
  2. https://www.toshiba-clip.com/detail/p=268
  3. https://www.global.toshiba/jp/technology/corporate/ip/strategy.html
  4. https://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/0322/toshiba.htm
  5. https://www.global.toshiba/jp/news/corporate/2006/02/pr0902.html
  6. https://www.global.toshiba/jp/company/digitalsolution/news/2023/0616.html
  7. https://digitalpr.jp/r/115735
  8. https://www.global.toshiba/jp/technology/corporate/rdc/rd/fields/fields-24.html
  9. https://digitalpr.jp/r/115735
  10. https://www.global.toshiba/jp/news/digitalsolution/2025/03/news-20250326-01.html
  11. https://optage.co.jp/press/2025/press_10.html

 

II. 全体像と組織体制

 

 

組織体制の変革:「知財DX」への舵切り

 

東芝の知財戦略における近年の最も顕著な変化は、2023年の非上場化¹と軌を一にして加速した「知財DX(デジタルトランスフォーメーション)」の推進です。これは、単なる知財管理業務のデジタル化・効率化に留まらず、知財部門そのものの組織的な役割と機能、さらには知財という無形資産の「取り扱い方」を根本から変革しようとする、戦略的な試みであると分析されます。

従来、多くの日本企業において、知財部門は「法務部門」や「特許部門」として、研究開発の成果である発明を特許として出願・登録し、他社からの侵害を監視・排除する、あるいは他社の特許を侵害しないようクリアランス調査を行うといった、「守り」を中心とした法務・管理的な役割(コストセンター)を担うことが一般的でした。

しかし、前章で述べたように、JIP体制¹への移行は、東芝が保有する膨大な無形資産(知財)を「価値の源泉(プロフィットセンター)」として再評価し、その価値を最大化することを経営の最優先課題の一つに押し上げました。JIP2兆円規模の投資¹のリターンを求める以上、東芝のバランスシートには表れにくい「知財」という資産を、客観的に評価し、迅速にマネタイズ(事業活用、ライセンス収益化、休眠特許の売却など)する必要が生じたと推察されます。

この「オーナーの要求」に応えるための、組織的かつシステム的な回答こそが、「知財DX」であると見られます。東芝は、自社の知財ポートフォリオを「権利の束」として静的に管理するのではなく、「価値の集合体」として動的に分析・評価し、経営戦略・事業戦略と即応できるデータ駆動型の組織・体制へと変革を図っています。この変革を主導し、具体的なソリューションとして具現化しているのが、グループの中核企業である東芝デジタルソリューションズ株式会社(TDSL)です。

この「知財DX」の方向性を決定づける、二つの重要な戦略的取り組みが、2023年から2025年にかけて立て続けに実行されました。一つは、AIとブロックチェーンを活用したIP評価・取引のグローバルプラットフォームを提供するIPwe, Inc.との協業(20236月)²であり、もう一つは、国内の知財管理ソリューション市場で実績を持つスカラコミュニケーションズからの事業譲受(20258月)¹⁹です。

 

中核的取り組みIPweとの協業(20236月)

 

2023年616日、TDSLは、AIとブロックチェーンを活用した知的財産分析・財務評価ソリューション「Smart Intangible Asset Management (SIAM)」をグローバルに提供するIPwe, Inc.(以下、IPwe)との協業開始を発表しました²。この協業は、東芝の知財戦略が目指す「未来像」を極めて明確に示しています。

両社が合意した目的は、「事業成長に資する知的財産の戦略的策定を支援する知的財産情報プラットフォームの構築」²です。このプラットフォームは、両社の技術とノウハウ(TDSLの知財管理ノウハウとIPweAI/ブロックチェーン技術)を融合させ、企業が保有する知財の「価値」を可視化し、戦略的な活用を支援することを目指しています²

このプラットフォームが提供しようとしている具体的な機能と価値は、従来の知財管理の常識を覆す可能性を秘めています。IPweのプレスリリースによれば、本プラットフォームは以下の機能・価値の提供を検討しています²

  1. IP価値の客観的かつ標準的なベンチマーク判断:
    IPweが持つAI技術を活用し、企業が保有する個々の特許やノウハウが、グローバルなベンチマークの中でどのような価値を持つのかを客観的に評価します²。これは、従来の「出願件数」や「登録件数」といった「量」の評価から、「市場価値」や「技術的優位性」といった「質」の評価へと移行するものです。
  2. 資産管理、報告・コミュニケーションの改善:
    可視化されたIP価値に基づき、資産管理や、経営層・投資家への報告・コミュニケーション(無形資産投資の説明責任)を改善します²。これは、コーポレートガバナンス・コードの改訂などで求められるようになった、知財戦略の透明性確保という現代的な要請にも応えるものです。
  3. IPの使用・購入・売却の契約機能:
    これが最も革新的な点です。本プラットフォームは、単なる「管理」や「評価」に留まらず、IPの「使用(ライセンス)・購入・売却を契約できる」²機能、すなわち「IP取引市場(マーケットプレイス)」としての機能を目指しています。

この協業の戦略的含意は、東芝が自社のIP(さらには他社のIP)を、もはや「コスト(維持費)がかかる固定資産」ではなく、「流動性のある金融資産(Smart Intangible Asset Management)」²として扱おうとする明確な意思表示であると分析されます。JIP体制¹の下、東芝は自社の膨大なポートフォリオ(2024年の国内特許取得件数だけでも1,423²²)をこのプラットフォームで「棚卸し」し、事業の核となるIPと、非中核IP(休眠特許など)に仕分け、非中核IPについてはこのプラットフォームを通じてライセンスアウトや売却を進め、投資リターンを最大化する狙いがあると強く推察されます。

さらに、IPweが活用するブロックチェーン技術²は、IP取引の履歴や権利関係を透明かつ改ざん不能な形で記録・追跡することを可能にします(IPwe20231月に2500万件以上の特許NFT(非代替性トークン)を発行²しています)。これは、IPの取引(売買、ライセンス、証券化)における信頼性と透明性を劇的に向上させるものであり、東芝がJIP¹と共に、高度な「IPファイナンス」という新たな領域に踏み込もうとしている可能性を示唆しています。

 

中核的取り組み:スカラコミュニケーションズからの事業譲受(20258月)

 

IPweとの協業が「IPの価値評価・取引」という未来志向の戦略であるとすれば、202587日に発表されたスカラコミュニケーションズ(以下、スカラ)からの知財管理ソリューション事業の譲受¹⁹は、「IPの日常管理・運用」という足元の基盤を固め、かつ、それを「事業化」するための極めて現実的かつ戦略的な一手です。

この事業譲受により、TDSLはスカラから、オンサイト(オンプレミス)型知財管理システム「PatentManager」シリーズ等に関するプログラム著作物、著作権、商標権等¹⁹を譲り受けました。さらに重要な点として、「関連するシステム開発人材も当社に転籍を完了」¹⁹したと明記されています。

このM&Aの目的と、期待されるシナジー効果は以下の通りです

  1. ラインアップの強化と市場シェアの拡大:
    TDSLは、従来からSaaS(クラウド)型の知的財産管理サービス「IPeakMS®¹⁹を主力ソリューションとして提供してきました。これに加え、スカラからオンプレミス型の「PatentManager¹⁹を獲得したことで、クラウド移行を望まない、あるいはセキュリティポリシー上オンプレミスを必要とする大企業、官公庁、研究機関などの顧客ニーズも完全に取り込むことが可能になりました。これにより、国内の知財管理ソリューション市場におけるシェア拡大を狙っています¹⁹
  2. 技術力と人材の強化:
    PatentManager¹⁹という実績ある製品(の著作権)と共に、その開発・運用ノウハウを持つ「システム開発人材」¹⁹をまとめて獲得したことは、知財管理というニッチだが高度な専門性が要求される領域において、TDSLの開発体制と技術力を一挙に強化するものです。
  3. 既存サービスの機能向上:
    スカラは長年にわたりTDSLのパートナー¹⁹であり、両社のソリューションには共通する基盤やノウハウも多いと推察されます。「PatentManager¹⁹の機能やノウハウをTDSLの「IPeakMS®¹⁹にフィードバック・統合することで、既存のクラウドサービスの機能向上も期待されます

 

IPの「二重収益化」モデルという戦略

 

これら二つの中核的取り組み(IPweとの協業、スカラからの事業譲受¹⁹)を組み合わせて分析すると、東芝(特にTDSL)が、他社にはない極めてユニークな「二重収益化(Dual Monetization)」戦略を確立しようとしていることが浮かび上がります。

これは、以下の二重の収益モデルを同時に追求するものです。

  1. 第一の収益(本業):技術IPの活用による製品・サービス収益
    これは従来の知財戦略のモデルです。東芝本体が開発したパワー半導体AI¹⁷QKD²⁰などの「技術IP」を活用し、競争力のある製品・サービス(CPS²など)を生み出し、市場で販売することで収益(事業収益)を上げます。
  2. 第二の収益(プロセス事業):IP管理プロセス自体のソリューション販売
    これが東芝の新たな戦略です。第一の収益モデルを実践する過程で、東芝グループ(本体)は、国内トップクラスの規模(2024年国内公開1,609件、登録1,423²²)と複雑性(グローバルなクロスライセンス、オープン/クローズ戦略³)を持つ、極めて高度な「IP管理ニーズ」を内部に抱えることになります。
    中核企業であるTDSLは、この「世界で最も要求の厳しい顧客(=東芝本体)」のニーズを満たすために、最高のIP管理ソリューション(「IPeakMS®¹⁹、「PatentManager¹⁹)と、最先端のIP価値評価プラットフォーム(IPweとの協業基盤)を開発・運用します(これは「ドッグフーディング」と呼ばれます)。
    そして、この過程で徹底的に磨き上げられ、東芝本体という最先端の事例で実証されたソリューションとノウハウを、TDSLの「製品」として、知財管理に課題を抱える他のすべての企業(製造業、研究機関など)に「外部販売」します¹⁹

この「二重収益化」モデルは、強力な自己強化ループ(Self-Reinforcing Loop)を生み出す可能性があります。

(ループの開始)

  1. [東芝本体] 高度な知財戦略(Open/Close³QKD²⁰CPS²)を実践する。
  2. その結果生じる、東芝本体の高度かつ複雑なIP管理ニーズに応えるため、「IPeakMS®¹⁹IPweプラットフォームを開発・強化する。
  3. [東芝本体] 強化されたツールを駆使し、さらに洗練されたIP管理(例:IP価値の可視化、休眠特許売却)を実行できるようになる(→1.に戻り、戦略がさらに高度化)。
  4. このループ(3.)を通じて、「東芝本体で実証済み」という最強の付加価値がついたIP管理ソリューションとコンサルティングサービスを、外部市場に販売¹⁹し、収益を上げる(=第二の収益)。

この戦略的枠組みにおいて、TDSLは単なる「ITソリューションベンダー」ではなく、東芝グループの知財戦略そのものを実行・収益化する「エンジン」としての役割を担っています。IPweとの協業が「価値評価(目利き)」のエンジンであり、スカラの買収¹⁹が「管理実行(運用)」のエンジンを強化するものであったと位置づけられます。この組織体制と戦略は、東芝を「IP活用の先進企業」であると同時に、「IP活用支援(IP DX)のリーディングカンパニー」という、他に類を見ないユニークなポジションへと導く可能性を秘めていると分析されます。

当章の参考資料

  1. https://www.youtube.com/watch?v=o2j80c3ObXo
  2. https://www.global.toshiba/jp/company/digitalsolution/news/2023/0616.html
  3. https://www.global.toshiba/jp/technology/corporate/ip/strategy.html
  4. https://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/0322/toshiba.htm
  5. https://www.global.toshiba/jp/technology/corporate/rdc/rd/device.html
  6. https://www.global.toshiba/jp/company/digitalsolution/news/2023/0616.html
  7. https://digitalpr.jp/r/115735
  8. https://www.global.toshiba/jp/technology/corporate/rdc/rd/fields/fields-24.html
  9. https://digitalpr.jp/r/115735
  10. https://www.global.toshiba/jp/news/digitalsolution/2025/03/news-20250326-01.html
  11. https://optage.co.jp/press/2025/press_10.html
  12. https://ipforce.jp/applicant-562/2024/publication

 

III. 詳細分析

 

本章では、前章までで概観した東芝の知財戦略の基本方針(オープン/クローズ)³と組織体制(知財DX¹⁹が、具体的な技術領域においてどのように展開されているかを詳細に分析します。東芝のポートフォリオを「クローズ戦略」の核心である差異化技術、「オープン戦略」の主戦場であるエコシステム形成型技術、そして「IPの事業化」という新たな収益モデルの3つの切り口から解き明かします。

 

(切り口1)「クローズ戦略」の核心:差異化技術のIPポートフォリオ

 

「クローズ戦略」³は、製品・サービスの競争力に直結する中核技術を特許やノウハウとして厳格に保護し、他社の模倣を排除することで、持続的な事業優位性を確保するものです。東芝がCPSテクノロジー企業²への変革を目指す上で、特に「クローズ」戦略が適用されるべき核心的な技術領域は、「パワー半導体」と「AI・デジタル」であると見られます。

パワー半導体(SiC, GaN

パワー半導体は、EV(電気自動車)、再生可能エネルギー設備、産業機器など、あらゆる電子機器において電力の供給と制御を担う基幹部品です。特に、脱炭素社会(カーボンニュートラル)の実現に向け、電力変換時の損失を劇的に低減できる次世代材料、SiC(炭化ケイ素)やGaN(窒化ガリウム)を用いたパワー半導体は、市場が急拡大している最重要領域です。

東芝は、この分野において、従来のSi(シリコン)デバイスに加え、SiCGaNといったワイドバンドギャップ材料を活用した高性能デバイスの開発に注力しています。東芝の知財戦略は、単に「SiCの特許」といった広範なものではなく、独自のデバイス構造や製造プロセスといった、性能(電力変換効率、電力密度、耐久性)に直結する具体的な「差異化技術」に集中していると推察されます。

東芝の研究開発部門の公開情報(20256月)によれば、その一例として「樹脂絶縁型SiCパワー半導体モジュール」の開発が挙げられます。これは、電力密度を大幅に向上させることが可能な独自技術であり、競合他社が容易に模倣できないよう、デバイス構造、材料配合、製造方法に至るまで、多層的な特許網(パテントポートフォリオ)によって「クローズ」化³されていると考えられます。同様に、SiC-MOSFETSiマルチゲートIGBTGaN-MOSFETといった個別のデバイス技術においても、独自の構造や設計に関するIPを蓄積することで、競合に対する技術的優位性(=参入障壁)を構築しています。これらのIPは、東芝のエネルギー事業やインフラ事業の競争力を支えるだけでなく、将来的には自動車メーカーやティア1サプライヤーに対するライセンス供与(あるいはモジュール供給における優位性)を通じ、直接的な収益源となる可能性も秘めています。

AI・デジタル(CPS/SBM

東芝が目指すCPSテクノロジー企業²にとって、「頭脳」に相当するのがAIおよびデジタル技術です。「東芝生成AIマネージドサービス」²といったソリューションの提供が示すように、東芝は汎用的なAI開発競争に留まらず、自社が長年培ってきた社会インフラや製造業の「現場ノウハウ(ドメイン知識)」とAI技術を融合させた、産業分野特化型のAI開発に強みを持っています。

この分野における「クローズ戦略」³は、AIアルゴリズムそのものの数学的な新規性だけでなく、そのアルゴリズムを特定の産業課題(ユースケース)に適用し、従来は解決困難であった問題を解決する「ソリューション特許」の形で具現化されていると分析されます。東芝の研究開発部門が2024年以降に発表した成果¹⁷には、その具体例が多数見られます。

  • ハイブリッド行動認識AI20249月発表)¹⁷: 製造現場などで、従来の「骨格認識AI」と「動画認識AI」を組み合わせ、道具を使った複雑な作業を詳細に判別する技術です。これは、単なる人物検知を超え、「どのように作業しているか」という文脈まで理解するものであり、製造現場のDX(自動化、技能伝承)における強力な差異化技術(IP)となります。
  • 画像解析AI202410月発表)¹⁷: 顕微鏡画像や生体画像など、学習データが少量しかない専門分野(従来AI導入が困難だった)においても、少数の実画像による「事前学習」で高精度な解析を可能にする技術です。
  • シミュレーテッド分岐マシン(SBM)の応用(20244月発表)¹⁷: 東芝独自の量子インスパイアード計算機「SBM」を用い、5G基地局における複数端末のリソース割り当て最適化を5ミリ秒以下で達成した技術です。これは、従来のコンピュータでは瞬時に解くことが困難な「組合せ最適化問題」を高速処理するSBMのコア技術¹⁷を、5G通信という具体的な社会インフラ課題に応用した例であり、SBMのハードウェア構成と最適化アルゴリズムの両面が、強固な「クローズ」戦略³の対象となっていると考えられます。

これらのAI・デジタル技術IPは、東芝が提供するCPSソリューション²の性能と価値を決定づける中核であり、厳格な「クローズ」戦略³によって守られるべき、まさに「差異化技術」³の宝庫であると言えます。

 

(切り口2)「オープン戦略」の展開:エコシステム形成型技術

 

「オープン戦略」³は、自社の技術を独占するのではなく、標準化などを通じてパートナーと「共創」³し、市場(エコシステム)自体を創造・拡大するアプローチです。この戦略が最も効果的に適用されるのが、東芝が世界をリードする最先端分野、「量子暗号通信(QKD)」です。

量子暗号通信(QKD

QKDは、量子力学の原理を利用し、理論上「盗聴不可能」な暗号鍵を配送する技術です。将来の量子コンピュータによる現代暗号の解読リスクに備える究極のセキュリティ技術として期待されています。東芝は、このQKD分野で長年にわたり世界トップレベルの研究開発を続け、多くの基幹技術IPを保有しています。

しかし、QKDは東芝製のQKD装置(ハードウェア)だけでは成り立ちません。通信事業者(回線)、セキュリティベンダー(既存の暗号機器)、アプリケーション開発者、そして標準化団体などが連携する広範なエコシステムの構築が不可欠です。もし東芝が自社のQKD技術を「クローズ」³にし、他社との相互接続性を拒否すれば、市場(エコシステム)は形成されず、東芝の技術は「高性能だが使われない」技術として孤立するリスクがあります。

したがって、東芝のQKDにおける知財戦略は、「自社のQKD装置の性能と信頼性に関わる中核IP(例:量子鍵の生成・検出効率、長距離伝送技術)は『クローズ』³にして守りつつ、他社がエコシステムに参加するための『インターフェース(接続規格)』に関するIPは『オープン』³にして標準化を主導する」という、二階建ての戦略を採用していると推察されます。

この「オープン戦略」³の実行を示す具体的な取り組みが、2024年から2025年にかけて相次いで発表されています。

  1. **高性能化による実用性の証明(20253月発表)**²⁰:
    TDSLは、KDDI総合研究所と共同で、世界で初めて30Tbpsを超える大容量データ通信用の光ファイバーに、暗号鍵(QKD)を「多重伝送」する実証に成功しました²⁰。これは、QKDを導入するために新たな専用回線(ダークファイバー)を敷設する必要がなく、既存の商用データ通信網に「相乗り」できる可能性を示すものであり、QKDの導入コストと運用効率の課題を解決する、社会実装に向けた極めて重要な成果です。この「多重伝送技術」²⁰自体は、東芝のQKD装置の優位性を担保する「クローズ」³IPである可能性が高いですが、その成果を公表し、実用性を示すこと自体が、エコシステムへの参加を促す「オープン」³な呼び水となります。
  2. **ハイブリッド化による市場への現実解の提示(20249月~20251月実施)**²¹:
    TDSLは、オプテージ(関西電力系の通信事業者)、フォーティネットジャパン(セキュリティベンダー)と共同で、「QKD(量子鍵配送)」と「PQC(耐量子計算機暗号)」を組み合わせた「量子セキュアデータ通信」の実証に成功しました²¹
    PQCは、QKDのような専用ハードウェアを必要とせず、既存の通信網上でソフトウェアのアップデートによって量子コンピュータの脅威に対応しようとする技術であり、QKDにとっては「競合・代替技術」とも言えます。
    この実証実験²¹の戦略的な含意は、東芝がPQCを「敵」として排除するのではなく、むしろPQCと「協調(オープン化)」³した点にあります。QKD(物理的な盗聴検知による安全性)の利点と、PQC(ソフトウェアベースの導入容易性・柔軟性)の利点を組み合わせた「ハイブリッド型」のソリューションを提示²¹することで、東芝は「QKD or PQC」という市場の二項対立的な議論を、「QKD + PQC」という、より現実的かつ高度なセキュリティ・エコシステムへと昇華させようとしています。
    これは、PQCのみを推進する競合ベンダーに対する技術的優位性を示すと同時に、QKDが将来のセキュア通信網の「補完」ではなく、「中核」として不可欠であることを市場に認知させる、極めて巧みな「オープン戦略(市場創造戦略)」³であると分析されます。

さらに、この実証実験²¹では、具体的なユースケースとして「パブリックブロックチェーンのノード運用」²¹への適用も検証されています。これは、金融やトレーサビリティなど、高度な機密性が求められる新たな市場(エコシステム)に対し、QKDの有効性を具体的に示す「市場開拓」の一環でもあります。

 

(切り口3IPの事業化:ソリューションとしての「知財」

 

II章で詳述した「知財DX」の推進は、東芝がIPを「管理する対象」から「販売する商品(ソリューション)」へと視点を転換させたことを示しています。これは、JIP体制下¹で加速する、無形資産の「価値最大化」¹の最も直接的な現れです。

この戦略は、前述の「二重収益化(Dual Monetization)」モデル¹⁹として結実しています。

  1. IP管理プロセス(ノウハウ)の事業化

東芝が長年培ってきた、複雑なグローバルIPポートフォリオの管理ノウハウ(例:出願・中間処理、年金管理、報奨金計算、契約管理など)は、それ自体が価値ある無形資産です。TDSLは、このノウハウを凝縮した知財管理ソリューションを「製品」として外部の企業や研究機関に販売しています¹⁹

  • SaaS型「IPeakMS®¹⁹: クラウドベースで提供され、高いセキュリティと導入の容易性を両立させた主力サービスです。
  • オンプレミス型「PatentManager¹⁹: 2025年のスカラからの事業譲受¹⁹により獲得。クラウド化が困難な顧客層も取り込む、補完的な製品ラインアップです。

TDSLがスカラの「人材」¹⁹ごと事業を譲り受けたことは、この「IP管理ソリューション事業」を、単なるITツールの販売に留めず、専門人材によるコンサルティングや運用支援(BPO)も含めた、高付加価値な「プロセス事業」として本格的に拡大する意志の表れと見られます。

  1. IP価値評価(分析)の事業化

さらに一歩進んだ取り組みが、IPweとの協業²による「IPの価値評価・取引プラットフォーム」の構築です。これは、東芝の「IP管理ノウハウ」とIPweの「AI/ブロックチェーン技術」²を組み合わせ、IPの「価値」そのものを客観的に分析・可視化し、その情報を事業戦略に活かす(あるいはIP自体を取引する)ための基盤です。

このプラットフォームがTDSLのソリューションとして外部に提供されれば、顧客企業は以下のような高度な「知財DXを実現できる可能性があります。

  • 自社のIPポートフォリオの「客観的価値」と「ベンチマーク」を知る。
  • R&D投資の判断(どの分野に投資すべきか)に、IPの価値評価データを活用する。
  • M&Aの際に、対象企業のIP価値(無形資産)を適正に評価する(デューデリジェンス)。
  • 保有する休眠特許の価値を評価し、IPweのプラットフォーム²を通じて売却・ライセンスし、新たな収益源とする。

前述の「自己強化ループ」の分析の通り、東芝は、自社のCPS²QKD²⁰、パワー半導体といった「本業」のIP戦略を高度化させる(第一の収益)ために開発した「IP管理・評価プロセス」を、TDSLを通じて「ソリューション」として外部販売(第二の収益)¹⁹しています。この独自の事業モデルこそが、JIP体制下¹で東芝が追求する、無形資産価値の最大化¹に向けた戦略の核心であると結論付けられます。

当章の参考資料

  1. https://www.youtube.com/watch?v=o2j80c3ObXo
  2. https://www.toshiba-clip.com/detail/p=268
  3. https://www.global.toshiba/jp/technology/corporate/ip/strategy.html
  4. https://www.global.toshiba/jp/technology/corporate/rdc/rd/device.html
  5. https://www.global.toshiba/jp/company/digitalsolution/news/2023/0616.html
  6. https://digitalpr.jp/r/115735
  7. https://www.global.toshiba/jp/technology/corporate/rdc/rd/fields/fields-24.html
  8. https://digitalpr.jp/r/115735
  9. https://www.global.toshiba/jp/news/digitalsolution/2025/03/news-20250326-01.html
  10. https://optage.co.jp/press/2025/press_10.html

 

IV. 競合比較

 

東芝の知財戦略の独自性を明確にするため、本章では、日本を代表する総合電機・インフラ企業であり、CPS(サイバーフィジカルシステム)やデジタルソリューションの分野で東芝と直接的に競合する、日立製作所(以下、日立)および三菱電機(以下、三菱電機)を比較対象として分析します。

最大の比較軸は、「経営体制(オーナーシップ)」の違いです。東芝が2023年にJIP傘下¹で非上場化¹し、PEファンドという明確なオーナーの価値最大化(投資リターン)を使命とするのに対し、日立と三菱電機は上場企業であり続け、株主、投資家、ESG評価機関といった広範なステークホルダーへの説明責任を負い続けています。この根本的な立場の違いが、各社の知財戦略の開示スタンス、位置づけ、そして具体的な施策にどのように反映されているかを比較・考察します。

 

比較表1:知財戦略のスタンスと開示(統合報告書 2024年版等に基づく比較)

 

比較項目

東芝(非上場)

日立製作所(上場)

三菱電機(上場)

知財の戦略的位置づけ

「オープン/クローズ戦略」³を明示。

 

「知財DX」による価値評価・収益化を加速¹⁹

"Lumada"事業¹⁰と連動したR&DIP戦略

 

「知的資本(Intellectual capital)としてESG/非財務資本の一部と位置づけ。

「技術戦略(Technology Strategy)¹⁴¹⁵の実行基盤。

 

他社特許権の尊重と侵害防止(クリアランス)を重視¹⁵

開示のトーン

(公式Webサイト)

 

戦略的・攻撃的(収益化、共創、金融資産化)³

(統合報告書 2024

 

投資家向け(ESG、非財務価値向上への貢献)¹¹

(統合報告書 2024

 

堅実・防衛的(コンプライアンス、リスク回避)¹⁵

特徴的施策

IPweとのAI/ブロックチェーン評価基盤構築²

 

IP管理ソリューションのM&Aと外販¹⁹

Lumada¹⁰を核としたエコシステム形成と、関連するソリューションIPの強化。

国際標準化活動への積極的関与。

 

模倣品対策( counterfeiting of our products¹⁵

推察される戦略

IPの金融資産化・事業化

 

PEファンド(JIP¹傘下での価値最大化)

IPの事業価値連動

 

Lumada事業¹⁰の成長と企業価値(株価)¹¹への連動)

IPの事業防衛

 

(グローバル事業展開における法的リスクの最小化)

 

分析1:経営体制がもたらす戦略的スタンスの差異

 

上記比較表1から明らかなように、各社の知財戦略には、その経営体制を色濃く反映した顕著な違いが見られます。

日立製作所(上場):Lumada事業と連動した「事業価値」としてのIP

日立は、統合報告書(Integrated Report 2024において、知財戦略を「Research & Development Strategy/Intellectual Property Strategyとして、同社のデジタルソリューション事業「Lumada¹⁰と密接に連携するものとして位置づけています。CFO(最高財務責任者)メッセージにおいても、「human and intellectual capital(人的資本および知的資本)」といった非財務資本の向上に貢献することが言及されており、IPを企業価値(株価やESG評価)¹¹を構成する「知的資本」の一つとして管理・開示する、上場企業としての典型的なアプローチを採用しています。日立のIP戦略の主眼は、Lumada¹⁰という中核事業の成長をIP面でいかにサポートし、その成果(非財務価値)を投資家にいかに説明するかに置かれていると推察されます。

三菱電機(上場):グローバル展開を支える「事業防衛」としてのIP

三菱電機の統合報告書(INTEGRATED REPORT 2024¹²では、知財戦略は主に「Technology Strategy(技術戦略)」¹⁵の文脈で語られています。その内容は「Respecting Intellectual Property Rights(知的財産権の尊重)」¹⁵という見出しに象徴されるように、他社の特許権を侵害しないためのクリアランス調査の徹底や、模倣品対策¹⁵といった、コンプライアンスとリスク回避(事業防衛)の側面が強く打ち出されています。これは、同社がグローバルに広範な事業(インフラ、産業メカトロニクス、生活家電など)¹²を展開する上で、世界各国での知財訴訟リスクを最小化することが経営上の重要課題であることを示していると考えられます。IPを「攻め」の資産として語るよりも、「守り」の基盤として堅実に管理する姿勢が伺えます。

東芝(非上場):JIP体制下での「金融資産・事業」としてのIP

これら上場2社とは対照的に、非上場化した東芝¹は、もはや広範な投資家やESG評価機関に向けた「統合報告書」での説明責任(ESG用語としての「知的資本」の開示など)から解放されています。その代わり、JIP¹という単一のオーナーに対し、「投資リターンの最大化」¹という、より直接的かつ財務的な結果責任を負うことになりました。

この経営体制の変化が、東芝の知財戦略を、日立や三菱電機とは全く異なる方向へと加速させていると分析されます。東芝の戦略は、IPを単に「事業価値(Lumada¹⁰の構成要素」や「事業防衛(コンプライアンス)¹⁵の手段」として留めるものではありません。

  1. IPの「金融資産化」: IPweとの協業²に見られるように、AIとブロックチェーン²を用いてIPの「客観的価値」をベンチマークし、それを「取引(売買・契約)」²可能な「金融資産」として流動化させようとしています。これは、JIP¹が東芝の膨大な休眠特許ポートフォリオを現金化(リターン化)するための、極めて直接的な手段となり得ます。
  2. IPの「事業化」: スカラからの事業譲受¹⁹に見られるように、「IPを管理するプロセス」そのものを「IPeakMS®¹⁹などのソリューションとして外部に販売し、IPとは別軸の「第二の収益源」を確立しようとしています。

日立や三菱電機が「本業(Lumada¹⁰やインフラ¹²)」を伸ばすためにIPを用いる(IP for Business)のに対し、東芝は「IPそのもの」を金融資産として取引し、かつ「IP管理プロセス」を事業として販売する(IP as a Business)という、よりアグレッシブで直接的な収益化戦略を追求し始めている点に、非上場化¹がもたらした最大の戦略的差異が看取されます。

 

比較表2IPポートフォリオの量的比較(公開データに基づく)

 

知財戦略の「スタンス(質)」の違いに加え、「規模(量)」についても、入手可能な公開データに基づき比較を試みます。

比較項目

東芝

三菱電機

日立製作所

特許出願件数(国内)

1,609

 

2024年公開、国内順位:第8位)²²

データなし

 

※[1]は国際出願のみ)

データなし

特許取得件数(国内)

1,423

 

2024年登録、国内順位:第11位)²²

データなし

データなし

国際特許出願(PCT

データなし

2,700

 

FY2024、日本企業中:第1位)

 

(グローバル:第4位)

データなし

R&D費用

データなし(非上場化)

データなし

 

※[1]は「Cash GenerationR&D費用等調整後)」として1.8兆円/3年と記載

データなし

 

※[2]は三菱自動車工業)

 

分析2:量的データの比較と「量から質へ」の戦略転換

 

ユーザー(クライアント)からの要求事項である「矛盾がある場合は本文内に比較表を設け、差異と理由を注記」に基づき、上記比較表2を作成しましたが、ここから導き出される重要な結論は、**「公開情報に基づく各社間の直接的な量的比較は、基準が異なるため極めて困難である」**という事実そのものです。

  1. 基準の不一致:
    東芝のデータ(IPForceより)²²は、日本国内の「公開件数」および「登録件数」です。一方、三菱電機のデータ(統合報告書2024より)は、「国際(PCT)出願」件数です。これらは集計基準(国内 vs 国際)、タイミング(出願 vs 公開 vs 登録)、情報源(特許DB vs IR)がすべて異なるため、両社の「量」を単純に比較することに意味はありません。
  2. データの示唆:
    比較は困難であるものの、個々のデータから各社の戦略の一端を推察することは可能です。
    • 三菱電機: FY2024の国際特許出願(PCT)で「日本企業中 第1位」(約2,700件)であるという事実は、比較表1で分析した「グローバルな事業防衛」¹⁵という戦略的スタンスと完全に一致します。広範な国・地域で事業を展開する¹²同社にとって、PCT出願(一度の出願で多くの国に展開できる)を重視するのは合理的な戦略です。
    • 東芝: 2024年においても国内で年間1,600件以上の公開、1,400件以上の登録²²があることは、経営危機や体制変更を経てもなお、R&D活動と知財創出の「基礎体力」が維持されていることを示しています。
  3. 東芝の「量から質へ」の転換:
    本レポートで分析してきた東芝の知財戦略(IPwe⁶IP DX¹⁹)を踏まえると、東芝は、こうした「年間何件出願したか」²²という「量(Volume)」の競争から、一歩先に進もうとしていると推察されます。
    非上場化¹に伴い、東芝は今後、日立や三菱電機のように統合報告書でR&D費用や国際出願件数を詳細に開示するインセンティブが低下する可能性があります。その代わり、東芝(とJIP¹)の関心は、保有するポートフォリオ(1,423²²の束)の中に、本当に「価値」のあるIP(事業の核となるIP、高額でライセンスできるIP)がどれだけ含まれているか、そして価値のないIP(維持費だけがかかる休眠特許)をいかに迅速に処分(売却)するか、という「質(Quality)」と「価値(Value)」の最適化に移行していると考えられます。
    東芝がIPwe⁶Scala¹⁹のソリューション(IP DX)に注力しているのは、まさにこの「量から質への転換」を、自社で実践する(そして他社にも販売する)ためのツールと体制を構築しているプロセスそのものであると分析されます。したがって、競合他社との「量」の比較(1)は、今後の東芝の戦略を評価する上では、次第に意味をなさなくなっていく可能性が高いと結論付けられます。

当章の参考資料

  1. https://www.youtube.com/watch?v=o2j80c3ObXo
  2. https://www.global.toshiba/jp/company/digitalsolution/news/2023/0616.html
  3. https://www.global.toshiba/jp/technology/corporate/ip/strategy.html
  4. https://www.mitsubishielectric.com/investors/library/integrated-report/pdf/2024/integrated_report2024_en.pdf
  5. https://www.global.toshiba/jp/company/digitalsolution/news/2023/0616.html
  6. https://www.hitachi.com/IR-e/library/integrated/2024/ar2024e_12.pdf
  7. https://www.hitachi.com/IR-e/library/integrated/2024/ar2024e_15.pdf
  8. https://www.hitachi.com/en/ir/library/integrated/
  9. https://www.hitachi.com/IR-e/library/integrated/2024/ar2024e_08.pdf
  10. https://www.hitachi.com/IR-e/library/integrated/2024/ar2024e.pdf
  11. https://www.mitsubishielectric.com/investors/library/integrated-report/pdf/2024/integrated_report2024_en.pdf
  12. https://www.mitsubishielectric.com/investors/library/integrated-report/pdf/2024/3-1_en.pdf
  13. https://www.mitsubishielectric.com/investors/library/integrated-report/pdf/2024/3-6_en.pdf
  14. https://www.mitsubishi-motors.com/en/investors/library/pdf/annual2024.pdf
  15. https://digitalpr.jp/r/115735
  16. https://ipforce.jp/applicant-562/2024/publication

 

V. リスク・課題

 

東芝の知財戦略は、非上場化¹を機に「IPの金融資産化」や「二重収益化」¹⁹といった先進的かつアグレッシブな方向へと舵を切りましたが、この変革の途上には、短期・中期・長期にわたる複数の重大なリスクと課題が存在します。新体制下での戦略が、これらのリスク要因によって頓挫、あるいは著しく遅延する可能性について、客観的な分析が求められます。

 

(短期的リスク)非上場化に伴う体制移行と人材流出

 

最も短期的かつ現実的なリスクは、JIP体制¹への移行に伴う組織再編や戦略転換が、現場(特にR&D部門や知財部門)に混乱をもたらし、組織能力を低下させる可能性です。

PEファンドであるJIP¹の傘下¹に入ったことは、前述の通り「短期的な株主圧力からの解放」というメリットをもたらした一方で、JIP自身による「投資リターン最大化」¹という、これまでとは質の異なる(しかし同様に強力な)プレッシャーにさらされることを意味します。JIP¹による事業ポートフォリオの再評価、コスト構造の抜本的な見直し、あるいは不採算事業の整理といった「外科手術」が進められる過程で、東芝が長年培ってきた企業文化やR&Dの風土が変容する可能性があります。

この変革期における最大の懸念は、「人的資本」の流出です。東芝の競争力の源泉は、個々の特許(紙)そのものよりも、その特許を生み出し続ける優秀な技術者(例:QKD²⁰やパワー半導体AI¹⁷のトップ研究者)や、過去の訴訟・交渉(例:Hynix)を戦い抜いた高度なノウハウを持つ知財部門の専門人材にあります。

これらのトップクラスの人材が、JIP体制下¹でのキャリアパス、研究開発の自由度、あるいは処遇に不確実性を感じた場合、国内外の競合他社(日立、三菱電機、あるいは海外のテックジャイアントやスタートアップ)へ流出するリスクは常に存在します。特に、QKD¹⁷AI¹⁷といった先端分野は、世界的に人材獲得競争が激化している領域です。東芝が「クローズ戦略」³の核として守るべき技術の担い手や、「オープン戦略」³を推進する交渉人が流出してしまえば、いかに優れたIPポートフォリオやIP DXプラットフォーム¹⁹が存在していても、その戦略は実行不能に陥ります。

2025年8月のTDSLによるスカラコミュニケーションズからの「システム開発人材」¹⁹の獲得(M&A)は、このリスクに対する一つの回答(ヘッジ)であると見ることもできます。自社からの流出リスクを抱える一方で、M&Aによって外部から即戦力となる専門人材を積極的に補充¹⁹し、組織能力の維持・向上を図るというアプローチは、JIP体制下¹でより一層加速する可能性があります。

 

(中期的リスク)キオクシア(旧東芝メモリ)とのIP関係

 

東芝の知財ポートフォリオにおいて、中期的かつ最大の不安定要因は、間違いなく旧東芝メモリであるキオクシアホールディングス(以下、キオクシア)とのIP関係です。

東芝は、経営危機(2015年~)の渦中、2018年にNAND型フラッシュメモリ事業を「東芝メモリ」として分社化し、米投資ファンドのベインキャピタルを中心とする企業連合に売却しました(これが現在のキオクシアです)¹⁸。この売却は、当時の東芝にとって喫緊の財務改善(キャッシュ確保)のためには不可欠でしたが、知財戦略の観点からは、極めて複雑な「時限爆弾」を残すことになりました。

東芝の知財ポートフォリオ(特に特許出願件数)において、NAND型フラッシュメモリ関連のレガシーIPHynix⁴との訴訟の系譜を含む)は、依然として大きな部分を占めると推察されます。キオクシアは、この事業(NAND)の当事者として、東芝(本体)との間で、技術、ブランド、そして何よりも知的財産に関して、複雑かつ長期にわたるクロスライセンス契約やロイヤリティ支払契約を締結していると考えられます。

この長らく「水面下」にあった両社の複雑なIP関係が、今、再び「水面上」に浮かび上がり、リスクとして顕在化しようとしています。その直接的なトリガーが、キオクシアの「新規株式公開(IPO)」です。

  • イベント:
    複数の報道によれば、NANDフラッシュメモリ市況の回復(202413月期に6四半期ぶりの黒字転換)¹⁸を背景に、キオクシアは202410月末、あるいは12月にも東京証券取引所への上場(IPO)を目指し、準備を急ピッチで進めている¹⁸と報じられています。キオクシアは2020年にも一度IPOを試みましたが、市況悪化で延期¹⁸しており、今回は「待ったなし」の状況である可能性があります。
  • リスクシナリオ1IPライセンス契約の見直し・交渉:
    IPOを実行するにあたり、キオクシアは「有価証券届出書(プロスペクタス)」を通じて、投資家に対し、自社の事業リスクや重要な契約内容を詳細に開示する法的義務を負います。その中には、事業の根幹に関わる「東芝本体とのIPライセンス契約」も含まれる可能性が極めて高いです。
    この契約(例:ロイヤリティの料率、クロスライセンスの範囲、ブランド使用料など)が公になることで、投資家(あるいはWestern Digitalのような提携先)から「キオクシアにとって不利な契約ではないか」といった疑義が生じ、契約条件の見直しや再交渉を迫られるリスクがあります。逆に、東芝(JIP¹)側も、IPO¹⁸という「晴れの舞台」を機に、ロイヤリティ料率の引き上げなど、より有利な条件を求めて交渉を仕掛ける可能性もゼロではありません。この交渉が不調に終われば、両社の関係は悪化し、最悪の場合、かつてのHynix⁴とのような法的紛争に発展するリスクすら内包しています。
  • リスクシナリオ2:資本関係の変化に伴うアライアンスのねじれ:
    JIP¹(東芝の新オーナー)にとって、東芝が(間接的に)保有するキオクシア株式は、「戦略的パートナーシップ」の証であると同時に、売却(現金化)可能な「投資資産」でもあります。キオクシアのIPO¹⁸は、JIP¹にとって、この投資資産を売却し、2兆円¹の投資¹の一部を回収する絶好の「エグジット機会」となり得ます。
    もしJIP¹が東芝のキオクシア持分を売却すれば、東芝とキオクシアの資本関係は希薄化、あるいは消滅します。その結果、これまで「身内(資本関係のあるパートナー)」として比較的円滑に行われてきた(と推察される)技術連携やIPライセンスの力学が根本から変わり、両社の関係が純粋な「競合・取引先」へと変貌する可能性があります。

結論として、キオクシアのIPO¹⁸は、東芝にとって(旧)NAND事業のIPから得られる「収益源」であると同時に、Western Digitalとの合弁事業や複雑なアライアンスが絡み合う、東芝の知財ポートフォリオの中で最も管理が困難な「リスク集中点」であると分析されます。

 

(長期的リスク)先端技術(QKD)の標準化と収益化

 

短期的な人材リスク、中期的なキオクシアリスクに対し、長期的な視点での最大の事業リスクは、東芝が技術的優位性を持つと自負する「量子暗号通信(QKD)」¹⁷²⁰²¹が、期待通りに収益化できない可能性です。QKDは、東芝の「オープン戦略」³の象徴であり、市場が未だ黎明期にある「ハイリスク・ハイリターン」な分野です。

  1. 標準化競争の敗北リスク:
    III章で分析したように、QKDはエコシステム形成²¹が不可欠な「オープン戦略」³の分野です。東芝は、自社技術(あるいはQKD+PQCハイブリッド²¹)がデファクトスタンダード(業界標準)となることを目指していますが、この標準化競争に敗北し、競合他社(あるいは中国などの国家主導)の技術が標準となった場合、東芝がこれまで投下してきた莫大なR&Dコストと知財ポートフォリオは、その価値の多くを失う(回収不能になる)リスクがあります。
  2. 代替技術(PQC)の優位性確立リスク:
    QKDが直面する最大の脅威は、代替技術であるPQC(耐量子計算機暗号)です。QKDが専用のハードウェア(光子検出器など)²¹を必要とし、高コストかつ物理的な設置が必要なのに対し、PQCはソフトウェアベース²¹であり、既存の通信インフラ上で(理論上は)アップデートのみで対応可能です。
    現在は「QKDの方が(物理的に)安全性が高い」とされていますが、今後PQCのアルゴリズムが進化し、性能向上とコスト低下が(QKDの普及よりも)先に進んだ場合、市場の大半は「PQCで十分(Good Enough)」と判断し、QKDの市場は、政府や軍事、金融中枢といった超高セキュリティを要するニッチな市場に限定されてしまう可能性があります。
    東芝がQKD+PQCハイブリッド戦略²¹を推進しているのは、まさにこのリスクを認識した上での「ヘッジ戦略」であると見られますが、市場が「QKDは不要で、PQCのみで良い」と判断した場合、このヘッジは機能しません。
  3. PEファンドの投資回収期間とのミスマッチ:
    非上場化¹により短期的な株主圧力からは解放されましたが、JIP¹も慈善事業ではありません。PEファンドの一般的な投資回収期間(投資実行からエグジットまで)は、通常510年程度とされています。
    一方、QKD¹⁷²⁰のような基礎技術が、R&Dから標準化、社会実装、そして巨額の収益を生むまでに成長するには、10年、あるいは20年単位の時間が必要となる可能性があります。
    この「JIPの投資時間軸(510年)」¹と「QKDの事業時間軸(1020年)」¹⁷²⁰との間に存在する「根本的なミスマッチ」こそが、東芝のQKD事業における最大の長期的リスクであると推察されます。JIP¹が自らのエグジット期限までに、QKD事業が明確な収益化の道筋(あるいは高い将来価値)を示せないと判断した場合、同事業が売却、あるいは縮小・撤退の対象となる可能性も、長期的には否定できない課題です。

当章の参考資料

  1. https://www.youtube.com/watch?v=o2j80c3ObXo
  2. https://www.global.toshiba/jp/technology/corporate/ip/strategy.html
  3. https://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/0322/toshiba.htm
  4. https://www.global.toshiba/jp/technology/corporate/rdc/rd/device.html
  5. https://www.global.toshiba/jp/company/digitalsolution/news/2023/0616.html
  6. https://www.global.toshiba/jp/technology/corporate/rdc/rd/fields/fields-24.html
  7. https://global-net.co.jp/archives/9772
  8. https://digitalpr.jp/r/115735
  9. https://www.global.toshiba/jp/news/digitalsolution/2025/03/news-20250326-01.html
  10. https://optage.co.jp/press/2025/press_10.html

 

VI. 今後の展望

 

前章で挙げたリスク要因を内包しつつも、東芝の知財戦略は、JIP体制¹の下で明確な方向性を持って推進されています。市場、技術、そして経営という3つのマクロトレンドは、東芝が採用した「IPの金融資産化」と「IPの事業化」¹⁹という独自戦略にとって、強力な追い風となる可能性があります。

 

(市場動向)無形資産評価ニーズの高まりと「知財DX」の商機

 

世界的に、企業の競争力の源泉は、工場や設備といった「有形資産」から、知的財産、ブランド、データ、ノウハウといった「無形資産」へと急速にシフトしています。このマクロトレンドを受け、投資家や規制当局も、企業に対し、これらの無形資産(特に知的財産)にいかに投資し、それをいかに事業価値に結びつけているかを、具体的に説明するよう求める圧力を強めています。

日本においても、この流れは決定的です。TDSLIPweの協業発表(20236月)の中でも言及されている通り、「コーポレートガバナンス・コードの改訂版」では、知的財産への投資について適切な情報開示と透明性の確保、そして経営陣による実効的な監督責任が求められるようになりました

このマクロトレンドは、東芝(TDSL)が推進する「知財DX」ソリューション事業¹⁹にとって、千載一遇の「商機」が到来したことを意味します。

  • 課題の顕在化:
    日本中の上場企業(特に製造業)の経営陣が今、投資家から「御社の知財戦略は?」「無形資産の価値は?」という「答えにくい質問」を突きつけられています。彼らは、自社の膨大な特許ポートフォリオ(その多くは休眠特許)を、いかにして「価値」として説明し、管理すべきかという共通の課題に直面しています。
  • ソリューションの提供:
    東芝(TDSL)は、この課題に対する「具体的な回答(ソリューション)」を、まさに商品として提供しようとしています。
    • SaaS型「IPeakMS®¹⁹やオンプレミス型「PatentManager¹⁹によって、知財管理の「業務プロセス」をDXします。
    • IPweとの協業²を通じて、「AI/ブロックチェーンによるIP価値の客観的評価・ベンチマーク」²という、経営者が最も知りたい「分析データ」を提供します。

展望:

東芝は、JIP体制下¹で自ら「知財DX¹⁹を徹底的に実践し、無形資産の価値を可視化・収益化した「成功事例(ショーケース)」となることができます。そして、その過程で得られたノウハウとツール(IPeakMS®¹⁹IPweプラットフォーム)を、TDSLを通じて日本中の企業に「ソリューション」として販売¹⁹する、という好循環が期待されます。

この市場において、東芝は単なる「ITベンダー」ではなく、「自らも製造業の巨人としてIPの課題を乗り越えた(あるいは乗り越えようとしている)当事者」という、他にない信頼性を持ってソリューションを展開できます。これは、第II章で述べた「二重収益化」モデル¹⁹の「第二の収益」が、極めて大きな市場(日本の全上場企業)を対象に急成長する可能性を示唆しています。

 

(技術動向)CPSと量子技術の融合

 

東芝が推進するCPS(サイバーフィジカルシステム)²は、リアルタイムで膨大なデータを収集・分析・最適化し、それをフィジカルな世界にフィードバックする仕組みです。このCPSの「性能」と「安全性」こそが、東芝のソリューションが他社(例:日立のLumada¹⁰)に対して差別化を図る上での鍵となります。

ここで、東芝が「クローズ戦略」³の核として長年研究開発を続けてきた先端技術、すなわち「量子技術(SBMQKD)」¹⁷²⁰が、CPS²と融合することで決定的な競争優位性を生み出す展望が開けます。

  1. CPS × SBM(量子インスパイアード計算):
    CPSが扱う社会インフラ(例:エネルギーグリッド、物流網、5G通信網)の運用は、膨大な選択肢の中から最適な解を瞬時に見つけ出す「組合せ最適化問題」¹⁷の宝庫です。東芝は、この問題を高速で解くために量子インスパイアード計算機「シミュレーテッド分岐マシン(SBM)」¹⁷を開発しました。
    • 展望(具体例): 2024年4月に発表された「SBMを用いた5G基地局におけるリソース制御技術」¹⁷は、まさにこの融合の第一歩です。CPSが収集した5G端末の通信要求(フィジカル)に対し、SBMが瞬時に最適なリソース割り当てを計算(サイバー)¹⁷し、低遅延通信を実現(フィードバック)します。この「超高速最適化エンジン(SBM)」¹⁷という「クローズ」³IPを持つことは、東芝のCPSプラットフォーム²が、他社の汎用クラウドベースのCPSよりも、はるかに高度なリアルタイム最適化(例:工場の生産ラインの動的最適化、電力網の需給バランス最適化)を実現できることを意味します。
  2. CPS × QKD(量子暗号通信):
    CPSは、社会インフラや工場の制御システムといった、国家レベルの重要インフラをネットワークに接続します。これは、裏を返せば、サイバー攻撃の格好の標的となり得ることを意味します。工場の制御システムがハッキングされれば、物理的な損害や人命に関わる重大事故につながりかねません。
    • 展望(具体例): 従来の暗号(PQC²¹含む)が「計算量的な安全性(解読に非常に時間がかかる)」に依存するのに対し、QKD¹⁷²⁰は「物理的な安全性(盗聴が原理的に検知可能)」を提供します。
      東芝は、「絶対に盗聴・改ざんされてはならない」重要インフラのCPS(例:発電所と制御センター間の通信、金融機関のデータセンター間通信²¹)に対し、QKD²⁰²¹を組み込んだ「量子セキュアCPS」を提案できる、世界でも数少ない企業となります。
      III章で分析したQKD+PQCハイブリッド²¹の「オープン戦略」³によってエコシステムを形成しつつ、SBM¹⁷QKD²⁰という他社が持たない「クローズ」³な技術IPCPSプラットフォーム²に組み込むことで、東芝は「性能」と「安全性」の両面で、競合に対する決定的な差別化要因を構築できる可能性があります。

 

(経営動向)非上場化(JIP体制)下のポートフォリオ最適化

 

東芝の経営陣(およびオーナーであるJIP¹)は今、74年間の上場企業¹としての歴史の中で蓄積されてきた、玉石混交の膨大な知財ポートフォリオ(2024年だけでも国内登録1,423²²)と向き合っています。非上場化¹という経営動向は、このポートフォリオを聖域なく「棚卸し」し、徹底的に「最適化」する、千載一遇の機会を提供します。

この最適化のプロセスにおいて、前述の「知財DX¹⁹、特にIPweとの協業が羅針盤として機能すると予想されます。

  • 展望(最適化の3ステップ):
    1. 価値の可視化: まず、IPweAI/ブロックチェーンプラットフォーム²を活用し、保有する全IP(数万〜数十万件)の「客観的価値」を評価・ベンチマーク²します。これにより、個々のIPが「中核事業に必須」「ライセンス収益源」「休眠(コスト要因)」のいずれであるかを仕分けます。
    2. 選択と集中(聖域なき見直し): JIP¹の経営判断の下、の「中核IP」(CPS²、パワー半導体QKD¹⁷AI¹⁷など)にはR&Dリソースを集中投資し、「クローズ」³なポートフォリオをさらに強化します。
    3. 収益化と処分(キャッシュ創出): ②の「ライセンス収益源」(例:キオクシア¹⁸関連、過去のNAND⁴や光ディスクのレガシーIP)については、ライセンスアウト(ロイヤリティ徴収)を強化します。そして、の「休眠IP」(維持費だけがかさむ防衛特許など)については、もはや「防衛」の必要性(あるいはJIP¹の投資期間内での防衛価値)を厳しく見直し、IPweの取引プラットフォーム²などを通じて、IPファンドや他社へ積極的に「売却」し、キャッシュ(投資リターン)¹に変えていくと推察されます。

結論:

非上場化¹という経営動向は、東芝にとって、過去の「しがらみ」(例:事業部は撤退したがIPだけが残っている、他社との関係性で維持せざるを得ない防衛特許など)を断ち切り、IPポートフォリオを「21世紀のCPSテクノロジー企業」²として、筋肉質かつ高収益なものに「再構築(リビルド)」する、歴史的な機会であると結論付けられます。この最適化プロセスそのものが、東芝の知財戦略の今後の展望を左右する、最も重要な経営アジェンダとなると見られます。

当章の参考資料

  1. https://www.youtube.com/watch?v=o2j80c3ObXo
  2. https://www.toshiba-clip.com/detail/p=268
  3. https://www.global.toshiba/jp/technology/corporate/ip/strategy.html
  4. https://pc.watch.impress.co.jp/docs/2007/0322/toshiba.htm
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  6. https://www.global.toshiba/jp/company/digitalsolution/news/2023/0616.html
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  8. https://www.hitachi.com/IR-e/library/integrated/2024/ar2024e_08.pdf
  9. https://www.global.toshiba/jp/technology/corporate/rdc/rd/fields/fields-24.html
  10. https://global-net.co.jp/archives/9772
  11. https://digitalpr.jp/r/115735
  12. https://www.global.toshiba/jp/news/digitalsolution/2025/03/news-20250326-01.html
  13. https://optage.co.jp/press/2025/press_10.html
  14. https://ipforce.jp/applicant-562/2024/publication

 

VII. 戦略的示唆

 

本レポートで実施した東芝の知財戦略に関する網羅的分析は、JIP体制¹下で変革を志向する東芝自身、および競合他社、パートナー企業、さらには日本の製造業全体に対し、いくつかの重要な戦略的示唆を与えるものです。経営、研究開発(R&D)、そして事業化という3つの観点から、JIP体制下¹の東芝が取り得る(あるいは、取るべきと推察される)アクション候補を提示します。

 

(経営への示唆)IPを「コスト」から「戦略資産・金融資産」へ

 

東芝の近年の動向(IPweとの協業、スカラからの事業譲受¹⁹)は、日本企業が伝統的に陥りがちな「IP=法務・防衛コスト(コストセンター)」あるいは「IPR&Dの成果(実績の象徴)」という認識から完全に脱却し、「IP=プロフィットセンター(収益源)」へと転換する、明確なモデルケースとなり得ます。

  • 現状の課題: 多くの企業では、知財部門は依然として「コストセンター」として予算管理され、経営会議(取締役会)においてIPがアジェンダとして上がるのは、巨額の訴訟(リスク)が発生した時か、R&D部門が「年間〇〇件出願」という「量」の成果²²を報告する時に限られがちです。
  • 東芝の先進性: 東芝は、IPweのプラットフォーム²を活用し、IPを「客観的なベンチマーク」²と「財務的価値」に紐づけようとしています。これは、IPを「戦略資産」として、さらには「金融資産」として経営の意思決定に組み込もうとする試みです。
  • 戦略的アクション候補:
    1. IPベースド・マネジメント」の徹底: JIP¹および東芝の経営陣は、IPwe⁶のプラットフォーム²で可視化されたIPポートフォリオの「価値(Value)」と「リスク(Risk)」を、単なる参考情報ではなく、経営の「意思決定(Decision Making)」に直接組み込むべきです。
    2. IP価値の経営指標への組込み: 例えば、M&Aや事業カーブアウト(切り出し)の際の事業価値評価(Valuation)において、対象事業が保有するIPの「客観的価値(IPweによる評価額)」²を適正に反映させるプロセスを制度化することが推奨されます。これにより、過去の東芝メモリ(キオクシア)¹⁸の売却時のような、IP価値の過小評価(あるいは、過度に複雑なIP契約による将来リスクの発生)を防ぐことが可能になります。
    3. 無形資産(IP)のB/S(バランスシート)管理: 非上場企業¹であるからこそ、会計基準の制約を超え、IPの「客観的価値」²を反映させた「経営管理上のバランスシート」を作成・運用し、JIP¹(オーナー)¹に対する説明責任と、ポートフォリオ最適化(ROA改善)のツールとして活用することが有効と考えられます。

 

(研究開発への示唆)「オープン/クローズ」のメリハリの徹底

 

東芝が掲げる「オープン/クローズ戦略」³は、知財部門だけのスローガンであってはならず、R&D部門の「活動の起点」となるべきです。

  • 現状の課題: 従来のR&Dプロセスでは、技術者が「良いもの」を発明し、その後に知財部門が「これをどう守るか(特許にするか、ノウハウにするか)」を検討する、という直線的なプロセスが一般的でした。
  • 東芝の目指す姿: 「オープン/クローズ戦略」³R&Dの最上流(テーマ設定段階)に組み込むことが求められます。研究開発の初期段階から、知財部門とR&D部門が一体となり、「この技術は、市場でどのような『戦略的役割』を果たすのか」を定義する必要があります。
  • 戦略的アクション候補:
    1. R&Dテーマ評価への「IP戦略」の組込み:
      すべてのR&Dテーマの評価(Go/Stop/Pivotの判断)において、技術的新規性や市場性といった従来の評価軸に加え、「IP戦略(Open/Close)の明確性」³を必須項目として組み込むことが推奨されます。
      • 「クローズ」³を選択する場合: 「なぜこの技術は(競合に)模倣困難であり、自社の持続的な事業優位性³(例:コスト、性能)に直結するのか?」
      • 「オープン」³を選択する場合: 「なぜこの技術は(標準化などで)普及させるべきであり、どのようなエコシステム(例:QKD+PQC²¹を形成し、その中で自社はいかにして(例:プラットフォーム利用料、デバイス販売)収益を上げるのか?」
    2. IP価値ベンチマークの活用:
      IPweプラットフォーム²が提供する「客観的ベンチマーク」²や「特許価値のAI評価」を、R&Dテーマの選定プロセスに活用します。例えば、「競合他社が既に強力なIP網を構築している(=価値の高いIPが集中している)分野」への後発参入は避け、代わりに「技術的には重要だが、まだ有力なIPが存在しない『空白地帯(White Space)』」へR&Dリソースを戦略的に集中させるといった、データ駆動型のR&D戦略が可能になります。

 

(事業化への示唆)IPの「二重収益化(Dual Monetization)」の追求

 

II章、第III章で分析した「IPの二重収益化」¹⁹は、東芝(特にTDSL)が、世界的に見てもユニークな強み(製造業としてのIP当事者性 + ITソリューションベンダーとしてのIPツール開発力)を最大限に活かす戦略であり、JIP体制下¹での企業価値最大化¹に向けた、最も強力な成長ドライバーとなり得ます。

  • 現状の強み: 東芝は、QKD²⁰、パワー半導体AI¹⁷といった「本業のIP(技術)」と、IPeakMS®¹⁹IPweプラットフォームといった「IP管理のIP(ノウハウとツール)」の両方を、極めて高いレベルで保有・開発しています。
  • 戦略的アクション候補:
    この「二重収益化」¹⁹モデルを、単なる「TDSLの一個別事業」として捉えるのではなく、東芝グループ全体の「中核戦略」として、より意識的かつ積極的に追求すべきです。
    1. 第一の収益(本業)の徹底追求:
      CPS²、QKD²⁰、パワー半導体などの技術IPを活用し、製品・サービスの競争力を高め、本業(インフラ、エネルギー、デバイス)での市場シェアと収益性を追求します(これは従来のIP活用です)。
    2. 第二の収益(プロセス)の戦略的拡大:
      第一の収益を追求するプロセスで(東芝本体が)直面した「生々しい課題」と、それを「IPeakMS®¹⁹や「IPweで解決した「実績(ベストプラクティス)」を、TDSLの「ソリューション(商品)」¹⁹としてパッケージ化し、外部に積極的に販売します。
    3. プラットフォーマーとしての地位確立:
      特に、JIP¹傘下の他の投資先企業(東芝以外)や、無形資産の価値評価に悩む日本中の製造業に対し、TDSLが「知財DXのデファクトスタンダード・プラットフォーム(IPeakMS®¹⁹ + IPwe⁶)」を提供するプラットフォーマーとしての地位を確立することが、東芝グループの新たな、かつ持続的な成長ドライバーとなり得ると推察されます。
      この戦略が成功すれば、TDSLは、競合(日立¹⁰、三菱電機¹²)が持たない、極めて高収益かつ高成長な「IPソリューション事業」という第2の柱を確立することが可能になると考えられます。

当章の参考資料

  1. https://www.youtube.com/watch?v=o2j80c3ObXo
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  12. https://optage.co.jp/press/2025/press_10.html
  13. https://ipforce.jp/applicant-562/2024/publication

 

総括

 

本レポートは、株式会社東芝の知的財産(IP)戦略について、特に2023年の株式非上場化¹を画期とした抜本的な変革に焦点を当て、網羅的に分析しました。

東芝の知財戦略は、2015年以降の経営危機とそれに続く「物言う株主」¹の介入による混乱期を経て、JIP¹を中心とする国内連合の傘下¹に入ったことで、歴史的な転換点を迎えたと結論付けられます。非上場化¹は、東芝を短期的な市場の圧力から解放し、IPを「コスト」や「防衛手段」として受動的に管理する旧来の体制から、IPを「金融資産」²および「収益源」¹⁹として能動的に価値最大化を図る、アグレッシブな戦略へと移行させるための強力な触媒として機能しています。

本分析を通じて特定された東芝の現行戦略の最も重要な論点は、以下の二点に集約されます。

第一の論点は、AIとブロックチェーン技術²を活用した「IPの金融資産化」への挑戦です。IPweとの協業²は、自社の膨大なIPポートフォリオの「客観的価値」²をベンチマークし、JIP体制¹の下で聖域なき「ポートフォリオ最適化(選択・集中・売却)」を実行するための羅針盤を手に入れようとする試みです。これは、IPを経営戦略や財務戦略と直結させる「IPベースド・マネジメント」の実現に向けた、具体的かつ先進的な一歩です。

第二の論点は、スカラからの事業譲受¹⁹に象徴される、「IPの二重収益化(Dual Monetization)」¹⁹という独自のビジネスモデルの追求です。東芝は、CPS²QKD²⁰、パワー半導体といった「技術IP」で本業の競争力を高める(第一の収益)だけでなく、その高度な「IP管理プロセス」自体を「IPeakMS®¹⁹などのソリューションとして外部販売する(第二の収益)戦略を加速させています。これは、東芝が「IP活用の当事者(製造業)」と「IP活用支援の提供者(ソリューションベンダー)」という二つの顔を持つ、他に類を見ない強みを最大限に活かすものです。

経営の意思決定に対する本レポートの含意は明確です。東芝の新経営陣(およびJIP¹)は、キオクシアIPO¹⁸に伴う中期的リスクや、QKD²⁰の長期的な収益化²¹といった課題を慎重に管理しつつも、この「IPの金融資産化」と「二重収益化」¹⁹という二大戦略を、グループの中核戦略として断固として推進すべきです。この戦略的転換の成否は、単に東芝一社の再建に留まらず、無形資産の価値評価に悩む日本の製造業全体に対し、新たなIP戦略のモデルケースを示す試金石となると推察されます。

 

参考資料リスト(全体)

 

  1. https://www.youtube.com/watch?v=o2j80c3ObXo
  2. https://www.global.toshiba/jp/company/digitalsolution/news/2023/0616.html
  3. https://www.global.toshiba/jp/technology/corporate/ip/strategy.html
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  8. https://www.hitachi.com/IR-e/library/integrated/2024/ar2024e_15.pdf
  9. https://www.hitachi.com/en/ir/library/integrated/
  10. https://www.hitachi.com/IR-e/library/integrated/2024/ar2024e_08.pdf
  11. https://www.hitachi.com/IR-e/library/integrated/2024/ar2024e.pdf
  12. https://www.mitsubishielectric.com/investors/library/integrated-report/pdf/2024/integrated_report2024_en.pdf
  13. https://www.mitsubishielectric.com/investors/library/integrated-report/pdf/2024/3-3_en.pdf
  14. https://www.mitsubishielectric.com/investors/library/integrated-report/pdf/2024/3-1_en.pdf
  15. https://www.mitsubishielectric.com/investors/library/integrated-report/pdf/2024/3-6_en.pdf
  16. https://www.mitsubishi-motors.com/en/investors/library/pdf/annual2024.pdf
  17. https://www.global.toshiba/jp/technology/corporate/rdc/rd/fields/fields-24.html
  18. https://global-net.co.jp/archives/9772
  19. https://digitalpr.jp/r/115735
  20. https://www.global.toshiba/jp/news/digitalsolution/2025/03/news-20250326-01.html
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  23. https://www.toshiba-clip.com/detail/p=268
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  26. https://www.global.toshiba/jp/technology/corporate/rdc/rd/fields/fields-24.html
  27. https://digitalpr.jp/r/115735

引用文献

  1. Mitsubishi Electric Group 2024 INTEGRATED REPORT, 11月 6, 2025にアクセス、 https://www.mitsubishielectric.com/investors/library/integrated-report/pdf/2024/integrated_report2024_en.pdf
  2. 株式会社東芝の特許出願公開一覧 2024 - IP Force, 11 6, 2025にアクセス、 https://ipforce.jp/applicant-562/2024/publication

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【本レポートについて】

本レポートは、公開情報をAI技術を活用して体系的に分析したものです。

情報の性質

  • 公開特許情報、企業発表等の公開データに基づく分析です
  • 2025年10月時点の情報に基づきます
  • 企業の非公開戦略や内部情報は含まれません
  • 分析の正確性を期していますが、完全性は保証いたしかねます

ご利用にあたって
本レポートは知財動向把握の参考資料としてご活用ください。 重要なビジネス判断の際は、最新の一次情報の確認および専門家へのご相談を推奨します。

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