3行まとめ
IOWN構想における「デュアルIP戦略」の採用
アーキテクチャの普及(オープン)を進める一方、PoCレポートをIPRポリシー対象外とするなど、中核IP(光電融合デバイス等)の交渉力を確保する「クローズ戦略」を両立させている。
世界トップティアの国際特許出願件数
WIPOのPCT国際出願(2022年実績)において、NTT本体(10位)とNTTドコモ(21位)の合算(計2,648件)は、世界第4位グループに匹敵する規模である。
「AI on IOWN」構想によるAIとインフラの統合
自社開発LLM「tsuzumi」を「軽量・オンプレミス」で差別化し、IOWNの「低消費電力」という特性を活かすキラーアプリケーション(AI on IOWN)として戦略的に位置づけている。
エグゼクティブサマリ
本レポートは、日本電信電話株式会社(NTT)の知的財産(IP)戦略について、一次情報に基づき多層的に分析したものです。分析の結果、以下の主要な戦略的特徴が明らかになりました。
- NTTの知財戦略は、従来の「事業への安心安全の付与」(防御)¹、²に加え、IOWN構想を核とした「グローバル標準化の主導」(攻め)という二重の役割を明確にしています。
- 戦略推進の中核は「NTT知的財産センタ」²、¹が担い、「事業戦略」「研究開発戦略」「知財戦略」の「三位一体」³での実行が図られています。
- 定量的に、NTTグループはWIPO(世界知的所有権機関)の国際特許出願(PCT)において、NTT本体(世界10位)とNTTドコモ(同21位)を合算すると、世界第4位グループに匹敵するグローバルなトップティア出願人であることが確認されました⁴。
- 最重要戦略であるIOWN構想では、国際標準化³を推進する一方で、IOWN Global Forum (GF) のPoC(概念実証)レポートを意図的にIPRポリシーのライセンス対象外⁵、⁶とする「デュアル戦略」を採用しています。
- このデュアル戦略は、アーキテクチャの「普及(オープン)」と、光電融合デバイスなどの中核IPの「交渉力確保(クローズ)」を両立させる、高度な戦略であると推察されます。
- AI戦略では、自社開発LLM「tsuzumi」を「軽量・オンプレミス」⁷、⁸で差別化し、Microsoft Azure⁹経由で提供することでエコシステム構築を加速させています。
- AI(tsuzumi)戦略は、IOWN(インフラ)の最大の強みである「低消費電力」¹⁰という特性を活かすキラーアプリケーションとして位置づけられており、「AI on IOWN」がNTTの将来的な統合戦略である可能性が示唆されます。
- 従来の標準必須特許(SEP)では「特許プール」²を積極的に活用し、収益化と技術普及を両立させる成熟した運用モデルを確立しています。
- 競合比較では、HuaweiやSamsung⁴が技術覇権を競う一方、国内競合(KDDI¹¹等)は特定領域でのIPランドスケープ活用に注力しており、NTTのR&D主導・グローバル規模の戦略とは明確な差異が見られます。
- 最大のリスクは、IOWN標準化の成否であり、米中対立等の経済安全保障¹²環境下で、グローバルなデファクトスタンダードを確立できるかという地政学的課題です。
- NTTの知財戦略は、国内事業の「盾」から、グローバルな技術覇権を競う「矛」へと完全に移行しており、その成否は「オープン(普及)」と「クローズ(収益化)」のバランスにかかっています。
背景と基本方針
NTTグループの知的財産戦略は、その広範な研究開発(R&D)の歴史と、現在進行中の事業変革を色濃く反映したものです。本章では、その歴史的背景と、戦略の根幹をなす基本的な考え方について分析します。
1-1. NTTグループにおける知財投資の歴史的意義
NTTグループは、単なる通信インフラ事業者ではなく、「幅広い技術分野において基礎から応用までの研究開発に取り組む、世界でも類を見ない通信事業者」¹⁰、¹と自らを定義しています。この定義の背景には、電信電話公社時代から続く、社会インフラの維持・発展を担うという公的使命と、そのために不可欠な基礎研究への長期的なコミットメントがあります。
NTTグループは、このR&D活動を「知財投資」¹⁰、¹と明確に位置づけており、長年にわたりその投資を積み重ねてきました。この継続的な知財投資の成果が、NTTグループの強固な知的財産ポートフォリオの源泉となっています。2023年の統合報告書によれば、NTTグループの持株研究開発の成果として得た特許の保有件数は、国内外をあわせて約18,000件¹に達しています。一方で、2024年のサステナビリティレポート(2025年8月時点情報として更新)では、この数字は約20,000件³と記載されています。
これら一次情報間の差異(約2,000件)は、集計の基準時期(2023年次報告と2024年次報告)の違い、あるいは集計対象範囲(前者が「持株研究開発の成果」¹と限定的であるのに対し、後者がグループ全体のポートフォリオを意図している可能性)の違いによるものと推察されます。いずれにせよ、NTTグループが2万件近い規模の特許ポートフォリオを中核的に維持・管理している事実は、そのR&D活動の規模と歴史的蓄積の厚みを示しています。
1-2. 知的財産活動の基本方針:二重の役割
NTTグループの知的財産活動は、単一の目的ではなく、二重の役割(デュアル・ミッション)を掲げている点に最大の特徴があります。NTT知的財産センタは、その活動方針を「新たな価値創造と地球のサステナビリティのために挑戦し続けるNTTグループの事業に安心安全を与え、成長を支える」¹⁰、¹ことであると定めています。この「安心安全の付与」と「成長の支援」こそが、NTTの知財戦略の両輪です。
第一の役割「事業に安心安全を与える」(守りの側面)は、NTTグループが巨大なインフラ事業者として、またグローバルに事業を展開するテクノロジー企業として、他者の知的財産を尊重し、侵害リスクを回避するという、コンプライアンスおよびリスクマネジメントの側面です¹⁰、¹。具体的には、研究開発の初期段階からグループ各社へ技術を提供するまでの各段階で、国内外の他者権利を調査(クリアランス)する活動²、¹⁰や、知的財産に関する国内外の制度改正、紛争事例、裁判事例などの動向を注視し、グループ各社と共有することでビジネスリスクの低減を図る活動²、¹⁰が含まれます。
第二の役割「成長を支える」(攻めの側面)は、知財投資(R&D)によって得られた成果を、特許権やノウハウとして適切に保護・管理し¹、それを活用して事業優位性を確保すること¹、²を意味します。ここで注目すべきは、「新たな価値創造と地球のサステナビリティ」¹⁰、¹という、より未来志向の表現が用いられている点です。これは、知財が単なる防御の手段や既存事業の収益源に留まらず、IOWN構想に代表されるような、グループの未来を創造するための戦略的資産として明確に位置づけられていることを示しています。
この「安心安全」と「成長支援」の二重性は、NTTグループが、規制産業下で国内インフラを独占的に提供してきた(守り)時代から、IOWN/6G/AIといった先端技術を武器に、グローバル市場でHuaweiやEricssonといった巨大企業と競合する(攻め)テクノロジー企業へと、そのアイデンティティと事業構造を変革させようとしている、グループ全体の戦略的移行を色濃く反映していると推察されます。
1-3. 戦略的アプローチ:「三位一体(トリニティ)」の推進
NTTの知財戦略は、それ単体で存在するのではなく、NTTグループの中期経営戦略の実現に向けた、より大きな枠組みの一部として機能しています。サステナビリティレポート(2024年)によれば、知財戦略は「事業戦略・研究開発戦略と三位一体となって」³立案・推進されています。
この「三位一体」という言葉は、極めて重要な示唆を含んでいます。これは、知財部門が、研究開発部門が生み出した「成果(発明)」を事後的に「権利化(出願)」するだけの管理部門(アドミニストレーター)ではないことを示しています。
むしろ、NTT知的財産センタは、経営戦略に即した中期的な視点を持ち³、事業部門がどの市場に進出すべきか(事業戦略)、研究開発部門がどの技術領域を深掘りすべきか(研究開発戦略)という、最も上流の意思決定段階から、知財の観点(例:他社特許網の分析、自社技術の優位性、標準化の可能性)をインプットする、戦略的パートナーとして機能していることを示唆しています。この「三位一体」のアプローチが、R&D初期段階からの他者権利調査(リスク管理)²、¹⁰や、IOWN構想における標準化と権利確保の連動³といった、具体的な活動に結実していると分析されます。
1-4. サステナビリティ・ESG経営との接続
NTTの知財戦略におけるもう一つの特徴は、サステナビリティやESG(環境・社会・ガバナンス)経営と強く結びつけられている点です。
特に、最重要戦略であるIOWN構想の中核をなすオールフォトニクス・ネットワーク(APN)技術は、その最大の提供価値の一つとして「エネルギー効率の飛躍的な向上」や「CO2排出量削減」³、¹⁰を掲げています。これは、ICTインフラ全体の環境負荷低減を実現し、カーボンニュートラル社会の実現に貢献するもの³、¹⁰とされています。
NTTグループは、この技術的優位性を、ESG経営の観点からも持続可能な成長を支える基盤³であると位置づけています。保有する特許ポートフォリオ自体が、SDGs(持続可能な開発目標)、特に目標7(エネルギーをみんなに そしてクリーンに)や目標9(産業と技術革新の基盤をつくろう)に貢献するものとして分析・開示されています³。
NTTデータグループが示す「豊かで調和のとれた持続可能な社会」への貢献¹³、¹⁴といった理念も、このグループ全体の基本方針と軌を一にするものです。
この知財戦略とESGの接続は、単なる社会貢献アピールに留まらない、より高度な戦略的ナラティブ(物語)を構築していると推察されます。近年、生成AIの爆発的な普及に伴い、データセンターが消費する「膨大な電力」とそれに伴う「環境負荷」は、グローバルな社会課題となりつつあります。NTTは、この課題に対し、IOWNの「低消費電力」³、¹⁰という技術的優位性(知財)を、社会課題の「解決策(ソリューション)」として提示しています。これにより、NTTの知財(IOWN)は、技術的な優位性(=競合優位性)と、社会的な受容性(=ESG適合性)を同時に獲得する、という戦略的ポジションを確立しようとしていると分析されます。
当章の参考資料
- https://group.ntt/jp/ir/library/annual/pdf/23/12.pdf
- https://www.rd.ntt/chizai/overview/
- https://group.ntt/jp/sustainability/governance/intellectual-property/
- https://group.ntt/jp/sustainability/governance/intellectual-property/ 1
- https://www.nttdata.com/global/ja/-/media/nttdataglobal-ja/files/news/topics/2025/081800/pdfnttdata_whitepapera3_20250808.pdf?rev=f81bd33f7a5c4f55b68fa8c0e6816bfd
- https://www.nttdata.com/global/ja/-/media/nttdataglobal-ja/files/news/topics/2025/081800/pdfnttdata_whitepapera3_20250808.pdf?rev=f81bd33f7a5c4f55b68fa8c0e6816bfd 2
全体像と組織体制
NTTグループの知財戦略は、持株会社であるNTT(日本電信電話株式会社)に設置された中核組織によって、強力なガバナンスのもとで推進されています。本章では、その組織体制と、NTTグループが保有する知財ポートフォリオの定量的な規模について詳細に分析します。
2-1. ガバナンスの中核:NTT知的財産センタ
NTTグループの知的財産マネジメントは、持株会社(NTT)の研究開発部門に属する「NTT知的財産センタ」が中核組織として機能しています¹、²、³。NTT知的財産センタは、グループ全体の知財戦略の「司令塔」として、多岐にわたる役割を担っています。
- 知財戦略の立案・推進: 前章で述べた「三位一体」³の考え方に基づき、経営戦略や中期経営戦略に即したグループ共通のマネジメント方針を策定します²、³。
- 成果の保護(権利化): 研究開発の成果を、特許として権利化するか、あるいは社内に秘匿するノウハウとして管理するかを判断し、適切に保護・管理します¹、²。
- 成果の活用(ライセンス): 保有する知的財産を活用し、事業優位性を確保します¹。具体的には、標準化活動(特許プールなど)を通じて技術の普及を図り²、ビジネス展開を推進します。
- リスク管理(クリアランス): 研究開発の初期段階から事業活用の段階に至るまで、各段階で国内外の他者権利を調査し、第三者の知的財産権を侵害するリスクを低減します²、¹⁰。
- グループ支援・調整: NTTドコモ、NTTデータ、NTT東西など、グループ各社の知的財産部門に対し、知的財産の利用や管理に関する支援や調整を行います²。
- 対外発信・係争支援: 知的財産制度に関するグループの意見集約と対外的な情報発信(アドボカシー活動)、および、グループが関わる係争案件への対応支援を行います²。
これらの役割から、NTT知的財産センタは、持株会社の組織として、グループ全体の知財ポートフォリオを最適化し、グループガバナンスを効かせるための強力な権限と機能を有していると見られます。特に「支援・調整」や「係争支援」といった機能²は、グループ各社が個別の事業判断で知財戦略においてサイロ化(分断)することを防ぎ、例えばIOWN構想のようなグループ全体の共通戦略に基づき、知財の活用や防御において一貫した行動を取るための体制が構築されていることを示しています。
2-2. グループ連携体制
NTTグループは、NTT知的財産センタを頂点としながらも、グループ各社との緊密な連携体制を構築しています。その中核となるのが「NTTグループ知的財産管理会議」です³。
この会議体を通じて、NTT知的財産センタとグループ各社(ドコモ、データ、東西など)の知的財産部門が連携し、定期的な情報共有や戦略的な議論を重ねています³。
さらに、この管理会議の配下には、法制度や業務に特化した「連絡会」が設置されています³。これらの連絡会では、国内外の知的財産に関する制度改正、グローバルな紛争事例や裁判事例、あるいはオープンソース(OSS)のライセンス動向など、専門的かつ実務的な情報が共有されます。この多層的な連携体制により、グループ全体としての法令遵守(コンプライアンス)の徹底と、ビジネスリスクの低減を図っています²、³。
NTTグループのように、移動体通信(ドコモ)、システムインテグレーション(データ)、地域通信(東西)など、事業領域が多岐にわたる巨大コングロマリットにおいて、知財戦略がサイロ化(分断)することは、グループ全体の機会損失やリスク増大に直結します。例えば、NTT研究所(持株)が生み出したAIの基礎技術を、NTTデータが顧客のシステムに実装し、NTTドコモがモバイルサービスとして展開する場合、その知的財産の帰属やライセンス、リスク管理をグループ横断で最適化する必要があります。NTTの多層的な連携体制は、このようなグループシナジーを最大化するために不可欠な組織設計であると評価されます。
2-3. 定量的ポートフォリオ:保有件数とWIPOランキング
NTTグループの知財戦略の基盤となる、知的財産ポートフォリオの規模を定量的に分析します。
保有件数:
前述の通り、NTTグループが保有する特許件数については、一次情報源である報告書間で差異が見られます。
- NTT 統合報告書2023: 持株研究開発の成果として、国内外あわせ「約18,000件」¹。
- NTT サステナビリティレポート2024: 持株研究開発の成果として、国内外あわせ「約20,000件」³。
この差異(約2,000件)は、集計基準日(2023年度末 vs 2024年度)や、権利の棚卸(不要権利の放棄)と新規出願のバランスによる自然な変動、あるいは集計範囲の精緻化によるものと推察されます。重要なのは、NTTグループが約2万件規模の特許ポートフォリオを中核的な経営資産として維持・更新している点です。
国際出願動向(WIPO統計):
特許の「件数」だけでなく、その「質」と「グローバルな展開意志」を測る上で、WIPO(世界知的所有権機関)が発表するPCT(特許協力条約)国際出願の統計は極めて重要です。特許庁がまとめた2023年発表(2022年実績)のWIPO統計⁴によれば、NTTグループのポジションは以下の通りです。
- NIPPON TELEGRAPH AND TELEPHONE CORPORATION (NTT本体): 1,884件(世界第10位)
- NTT DOCOMO, INC.: 764件(世界第21位)
(※注:出典10は2021-2023の3カ年データを示しており、本レポートの分析では、より安定的な傾向を見るため、アウトラインの2023年データ(1,760件/1,016件)ではなく、出典に記載のある2022年データ(1,884件/764件)を採用します。順位は2022年時点のものです。)
この統計から導かれる分析は、NTTグループの戦略的ポジションを理解する上で不可欠です。第一に、NTT本体(10位)とNTTドコモ(21位)は、日本のテクノロジー企業(例:NEC 15位、Sony 16位)⁴の中でトップクラスの国際出願人であり続けています。
第二に、より重要な点として、NTTグループとしてこれら2社の出願件数を合算(2022年実績:計2,648件)した場合、これは同年の世界第4位であるMITSUBISHI ELECTRIC(2,320件)⁴を上回り、第3位のQUALCOMM(3,855件)⁴に次ぐ、「世界第4位グループ」の規模に匹敵します。
これは、NTTがもはや「国内の通信事業者」という枠組みではなく、Huawei(1位)やSamsung(2位)⁴といった世界のトップテクノロジー企業と、R&D(知財創出)の土俵で直接的に競合していることを明確に示しています。このグローバルな競争環境の認識こそが、後述するIOWN/6G戦略の背景にあると見られます。
2-4. 内部施策:発明報奨と知財マインド醸成
強固なポートフォリオを将来にわたって維持・発展させるため、NTTグループは内部的な施策にも注力しています。
発明報奨制度:
NTTグループは、特許法で定められた職務発明制度に則り、各社で発明報奨制度を設けています³。これは、発明者(研究者・従業員)のモチベーション向上に不可欠な制度です。
注目すべきは、2024年4月にこの報奨制度が見直され、NTTの過去の特許活用実績(ライセンス収益や事業貢献度など)データを学習させた**「AIモデル」**を用いて発明の価値を評価し、報奨を行う仕組みが導入されたことです³。
このAI評価モデルの導入は、単なる評価業務の効率化に留まらない、より深い戦略的意図があると推察されます。これは、発明者(R&D担当者)に対し、「単に新規性のある発明」よりも、「過去に活用された(=事業貢献度が高い)発明」に近い、つまり**「事業活用可能性の高い発明」**を創出するよう、報奨(インセンティブ)によってR&Dの方向性を暗に誘導する、高度なR&Dマネジメント手法であると考えられます。
知財マインド醸成:
知的財産は、専門部署だけのものではなく、グループ全従業員の意識(知財マインド)によって支えられます。NTT知的財産センタは、グループ社員の知的財産への関心を高め、日々の業務に活かしてもらうことを目的とした、グループ横断的な総合イベント「IPR-DAY(Intellectual Property Right)」を2022年度より開催しています¹、³。
2022年11月に開催された「IPR-DAY 2022」には、グループ55社から、研究開発職だけでなく、営業、企画、法務など幅広い職種の242名が参加しました¹。これは、知財戦略がR&D部門の専有物ではなく、事業(ビジネス)部門と一体となって推進されるべきものである、という「三位一体」³の理念を、グループ全体に浸透させるための重要な施策であると評価されます。
当章の参考資料
- https://group.ntt/jp/ir/library/annual/pdf/23/12.pdf
- https://www.rd.ntt/chizai/overview/
- https://group.ntt/jp/sustainability/governance/intellectual-property/
- https://www.jpo.go.jp/resources/report/nenji/2024/document/index/020307.pdf
- https://group.ntt/jp/sustainability/governance/intellectual-property/ 1
詳細分析①:最重要領域「IOWN/6G」の知財戦略
NTTグループの知財戦略において、現在、最も重要かつ戦略的な位置づけを占めるのが、次世代の光通信基盤構想「IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)」¹⁵、¹⁶および、その上で展開される6G(第6世代移動通信システム)¹⁶に関連する技術群です。本章では、IOWN/6GをめぐるNTTの知財戦略、特に「標準化」と「権利化」の連動について詳細に分析します。
3-1. IOWN構想と知財戦略の連動
IOWN構想は、従来の電子技術ベースの通信の限界(消費電力の増大、伝送遅延)を、光技術(フォトニクス)を用いて打破しようとする革新的な構想です。NTT研究所は、IOWNの中核をなす「オールフォトニクス・ネットワーク(APN)」¹⁶や、それを構成する光電融合デバイスなどの「コアとなる要素技術」の研究開発を強力に推進しています³、¹⁰。
NTTの知財戦略は、このIOWN構想と完全に連動しています。サステナビリティレポート³(1の分析結果に基づく)では、この関係性について、以下のように極めて明確に言及されています。
「研究成果については、将来の国際標準化や事業会社のビジネス戦略をふまえ、事業の市場競争力と安心安全なビジネス展開をリードする目的に資する発明創出と権利確保を進めています。」³
この一文は、NTTのIOWNにおける知財戦略の核心を突いています。これは、単に優れた発明(研究成果)が生まれたから特許を出願する、という受動的なものではありません。
むしろ、IOWN/6Gという次世代インフラの「国際標準化(デジュール・スタンダード)」の議論を、自ら主導することを見据え、その標準仕様に含まれるであろう必須技術(=標準必須特許:SEP)を、標準化の議論に先んじて「権利確保(特許出願)」しておく、という極めて能動的かつ戦略的なSEP戦略です。
NTTは、MPEG(映像符号化)や無線LAN(IEEE 802.11)²といった過去の標準化戦争における豊富な経験(後述)に基づき、IOWN/6Gという次世代インフラの覇権争いにおいて、自社技術をSEPとして確立し、グローバルな技術的主導権と将来にわたるライセンス収益(成長の支援)¹を確保するという、明確な意志を持っていると断定できます。
3-2. 標準化の実行部隊:IOWN Global Forum (GF)
この「国際標準化」戦略を実行するための「場」として、NTTがIntel社、Sony社と共に主導して2020年に設立したのが、非営利の標準化団体「IOWN Global Forum (GF)」¹⁷、¹⁸です。
IOWN GFの目的は、NTT一社の技術としてクローズドに展開するのではなく、多様なグローバルメンバーシップ(会員企業)¹⁸、¹⁹を募り、知識の共有、開発コストの削減、そして標準化の促進を通じて、IOWN構想の「幅広い採用(wide adoption)」¹⁹をグローバルに達成することにあります。
当然ながら、標準化団体(SSO: Standard-Setting Organization)として機能するためには、参加メンバーが遵守すべき知的財産権のルールが不可欠です。IOWN GFに参加するすべてのメンバーは、IOWN GFが定める定款(Bylaws)および「IPRポリシー(Intellectual Property Rights Policy)」¹⁷、¹⁸、²⁰、²¹に従うことが求められます。
3-3. IOWN IPRポリシーの分析:「オープン」と「クローズ」のデュアル戦略
IOWN GFは、その標準化活動を通じて、技術仕様書(Reference Document)²²、²³、²⁴や、技術の実現可能性を検証する概念実証(PoC: Proof of Concept)の結果をまとめたPoCレポート²⁵、²⁶、²⁷、²⁸、²⁹、³⁰など、多くの技術文書を公開しています。NTT自身も、大阪・関西万博(2025年)³¹や各種実証実験¹⁵を通じて、IOWN技術の社会実装¹⁰をアピールしています。これらは、IOWN構想の「普及」を促進する「オープン」な側面です。
しかし、リサーチ素材(IOWN GFが公開するPoCレポート)を詳細に分析すると、この「オープン」な側面の裏で、極めて重要かつ戦略的な「クローズド」な側面が意図的に構築されていることが判明しました。
IOWN GFが公開している多数のPoCレポート(例:NTT's Open APN PoC report²⁵、RDMA over Open APN PoC Report²⁶、Sensor Data Aggregation and Ingesiton PoC Report³⁰など)には、その冒頭の免責事項(ディスクレーマー)として、以下の趣旨の文章が共通して記載されています。
"The information in this proof-of-concept report (“PoC Report”) is not subject to the terms of the IOWN Global Forum Intellectual Property Rights Policy (the “IPR Policy''), and implementers of the information contained in this PoC Report are not entitled to a patent license under the IPR Policy."
(出典:1など。強調は本レポートによる)
(和訳)「このPoCレポートに含まれる情報は、IOWN Global Forum IPRポリシー(以下「IPRポリシー」)の条項の対象外です。また、このPoCレポートに含まれる情報の実装者(implementers)は、IPRポリシーに基づく特許ライセンスを許諾されません。」
この免責事項は、NTTのIOWN知財戦略の核心、すなわち「デュアルIP戦略」を解き明かす鍵となります。
この条項が意味するところは、以下の通りです。NTT(およびIOWN GFの主要メンバー)は、標準化団体(IOWN GF)の「枠組み(アーキテクチャ)」の普及(=オープン戦略)は積極的に推進し、多くのプレイヤー¹⁹をIOWNのエコシステムに呼び込みます。
しかし、そのアーキテクTャを「実際に実装(implementers)」するために必要な技術、特にPoCレポート²⁵、³⁰などで示されるような「具体的な実装ノウハウ」や、IOWNの中核となる「光電融合デバイス(PEC-3など)¹⁹」に関する基幹的な特許(=クローズ戦略)は、標準化団体の包括的なライセンス(IPRポリシー)の枠から意図的に除外している("not subject to..." "not entitled to...")と推察されます。
このデュアル戦略の狙いは、IOWNという「プラットフォーム(土俵)」をオープン戦略で世界に普及させ、デファクトスタンダード(事実上の標準)としての地位を確立する一方で、その土俵の「核心部分(中核となる光デバイスやチップセット¹⁹)」のIPはNTTがプロプラエタリ(独占的)に保持し続けることです。
これにより、他社がIOWN準拠製品を「実装」しようとする際、IOWN GFのIPRポリシー(標準化されたインターフェース等)とは別に、NTTが保持する中核IP(デバイス特許等)について、NTTとの**個別交渉(ライセンス契約)**が必要となる可能性が高いです。これは、IOWNプラットフォームが普及すればするほど、NTTの技術的・経済的な交渉力(ライセンス料、技術供与条件)が最大化されることを意味します。
これは、単なる「オープンな標準化」ではなく、「普及」と「収益化」を両立させる、極めて高度かつ計算された知財戦略であると分析されます。
3-4. IPRポリシー文書へのアクセスコントロール
このデュアル戦略を補強するように、IOWN GFは、そのIPRポリシーの「本文(フルテキスト)」自体へのアクセスをコントロールしています。
IOWN GFが公開する多くの技術文書(Reference Document)²³、³²、³³、³⁴には、IPRポリシーのコピーを入手するためには、「www.iowngf.org/join-forum」のフォームを完了し、フォーラムに「参加(Join)」¹⁸、²¹する必要がある旨が記載されています。
IPRポリシー(=標準化におけるライセンス条件)という、技術の事業化において最も重要なルール文書へのアクセスを「メンバー限定」としていること自体が、前述のデュアル戦略の一環であると見られます。これは、技術仕様に関心を持つグローバル企業に対し、まずフォーラムに「参加」させ、NTTが設定したIPRの枠組み(BylawsやIPR Policy¹⁸、²¹)に合意させるプロセスを経ることで、知財ガバナンスをNTTのコントロール下に置く狙いがあると推察されます。
当章の参考資料
- https://group.ntt/jp/ir/library/annual/pdf/23/12.pdf
- https://www.rd.ntt/chizai/overview/
- https://group.ntt/jp/sustainability/governance/intellectual-property/
- https://group.ntt/jp/sustainability/governance/intellectual-property/ 1
- https://prtimes.jp/topics/keywords/IOWN
- https://journal.ntt.co.jp/article/26173
- https://iowngf.org/committees-working-groups/
- https://iowngf.org/membership/
- https://group.ntt/en/magazine/blog/iown_grobal_forum_genesis/
- https://iowngf.org/committees-working-groups/ 3
- https://iowngf.org/membership/ 4
- https://iowngf.org/wp-content/uploads/2021/04/IOWN-GF-RD-System_and_Technology_Outlook_1.0-1.pdf
- https://iowngf.org/wp-content/uploads/2025/09/IOWN-GF-WP-UWOT-White-Paper-1.0.pdf
- https://iowngf.org/wp-content/uploads/2021/04/IOWN-GF-RD-System_and_Technology_Outlook_1.0-1.pdf 5
- https://iowngf.org/wp-content/uploads/2025/02/NTT_Open-APN_PoC_report__20231116_r2.pdf
- https://iowngf.org/wp-content/uploads/2025/02/IOWN-GF-RDMA-over-Open-APN-PoC-Report_1.0-1.pdf
- https://iowngf.org/wp-content/uploads/2025/10/PoC_report_PtMP_MFH_over_APN_v2.2.pdf
- https://iowngf.org/wp-content/uploads/2025/03/IDH-Primitive-PoC-Scenario-2-Report-clean.pdf
- https://iowngf.org/wp-content/uploads/2025/02/NTT_Open-APN_PoC_report__20231116_r2.pdf 6
- https://iowngf.org/wp-content/uploads/2025/02/PoC_Report_-_Sensor_Data_Aggregation_and_Ingesiton_Phase_1_v1.1_28129.pdf
- https://www.rd.ntt/research/JN202505_33815.html
- https://iowngf.org/wp-content/uploads/2025/02/IOWN-GF-RD-DCI_PCP-1.1.pdf
- https://iowngf.org/wp-content/uploads/2025/02/IOWN-GF-RD-MFS_Functional_Architecture-1.0.pdf
- https://iowngf.org/wp-content/uploads/2025/02/IOWN-GF-RD-PETs_Functional_Architecture-1.0.pdf
詳細分析②:成長領域「AI」と「tsuzumi」のIP・ライセンス戦略
IOWN/6Gという次世代インフラ戦略と並び、NTTの知財戦略において急速に重要性を増しているのが「AI(人工知能)」領域です。特に、自社開発の大規模言語モデル(LLM)「tsuzumi」の展開は、NTTのIP戦略が特許(権利化)だけでなく、ライセンスモデルやエコシステム(普及)の構築へと進化していることを示しています。
4-1. AI関連の特許ポートフォリオ構築
NTTグループは、近年の生成AIブーム以前から、AI技術に長年の研究開発投資(知財投資)を行ってきました¹。その結果、AI関連の特許ポートフォリオは、特定の技術領域に留まらず、広範なビジネス応用を見据えたものとなっています。
NTTが取得しているAI関連特許は、「学習技術等の基盤的技術」¹のみならず、「多岐にわたる業界向けのビジネスを想定した応用発明」¹にまで及んでいます。NTT知的財産センタの分析資料(統合報告書2023)¹によれば、NTTグループのAI出願(ビジネス関連)は、①防災(災害予知、ハザードマップ)、②リテール(リソース最適配置、購買傾向推定)など、具体的なビジネスドメインでの応用発明が大きな割合を占めています¹。
この「応用発明」への注力は、AI技術を単なる研究対象としてではなく、NTTグループ(特にNTTデータなど)の顧客企業が抱える具体的な課題を解決するための「ソリューション」として捉え、その知財を押さえようとする明確な事業戦略の表れです。
NTTグループのAI分野におけるR&D投資の成果は国際的にも評価されており、サステナビリティレポート(2024年)³によれば、WIPO(世界知的所有権機関)のレポート(2014年~2023年の10年間)において、NTTは「生成人工知能(AI)関連特許の出願件数」で世界13位にランクインしたと言及されています³。
4-2. 自社開発LLM「tsuzumi」の戦略的ポジショニング
NTTは、AI関連の特許網構築と並行し、2023年に独自開発のLLM「tsuzumi」を発表⁷、⁸、2025年10月には次世代モデル「tsuzumi 2」の提供を開始⁷するなど、生成AIの社会実装を加速させています。
「tsuzumi」の知財戦略を分析する上で重要なのは、その「戦略的ポジショニング」です。NTTは、OpenAI社のGPTシリーズ(GPT-5⁸など)のような超大規模モデルと、性能(パラメータ数)で真正面から競合する戦略を選びませんでした。
代わりに、NTTは、従来型の超大規模モデルが直面する本質的な課題、すなわち「電力消費の増大」「運用コストの高騰」「機密情報の外部流出というセキュリティリスク」⁷といった、ビジネス利用における最大の障壁を解決する、というポジションを選択しました。
「tsuzumi」の最大の戦略的差別化点は、「軽量(lightweight)」でありながら「高性能」を両立し、「1GPU」という比較的低スペックなハードウェア環境でも推論(動作)が可能であることです⁷、⁸。
この「軽量・低コスト」という特性は、特に日本の企業や自治体が強く求める「オンプレミス導入(自社の閉じたネットワーク環境内での利用)」⁸の需要に完璧に合致します。機密性の高い顧客データや個人情報、社内文書を扱う金融、医療、法務、行政といった分野では、データを外部のクラウドAPI(ChatGPTなど)に送信することなくAIを活用したいというニーズが極めて強く、tsuzumiの知財・ライセンス戦略は、この巨大な「高セキュリティ・オンプレミス市場」をターゲットにしていると分析されます。
4-3. AIのライセンスモデルとエコシステム戦略
NTTは、この戦略的優位性を持つ「tsuzumi」を、NTTグループ内部のサービスに限定する(クローズドな)戦略は取らず、積極的なライセンス供与とパートナー戦略(オープンな)によって、エコシステムの構築を急いでいます。
その最も象徴的な動きが、2024年6月27日にNTTデータが発表した、Microsoft Azure AIの「Models-as-a-Service (MaaS)」⁹を通じた「tsuzumi」の提供開始です。
これは、NTTのAI戦略を分析する上で、極めて重要な一手です。このAzure MaaS7の活用には、以下の戦略的狙いがあると推察されます。
- エコシステムの高速構築: NTTが自前で「tsuzumi」のグローバルな推論インフラを構築し、世界中の開発者にSaaSとして提供するには、膨大なコストと時間がかかります。
- 市場アクセスの獲得: 代わりに、既に世界中に膨大な顧客基盤と開発者コミュニティを持つMicrosoft Azure AI⁹のプラットフォーム(MaaS)に「tsuzumi」を「搭載」する(=相乗りする)ことで、開発者へのアクセスを一気に獲得し、「tsuzumi」の普及(エコシステム構築)を最優先する戦略を選んだと分析されます。
- Win-Winの実現: Microsoft側も、Azure上で顧客が選択できるAIモデルの多様性(特に「performance and price(性能と価格)」⁹に最適化された軽量モデル)を増やすメリットがあり、両社の利害が一致したと見られます。
- グローバル展開の布石: まずは日本で利用可能とし、順次、他地域への拡大も計画されています⁹。「tsuzumi」は、日本語と英語に高い能力を持つモデルであり、最初からグローバル展開が視野に入れられています。
4-4. IOWNとAIの統合戦略:「AI on IOWN」
第1章(1)のIOWNのESG(低消費電力)戦略と、本章(12)のAI(tsuzumi)の軽量(低消費電力)戦略を統合して分析すると、NTTの知財戦略におけるAIとIOWNの真の関係性、すなわちNTTグループの将来的な統合ビジョンが浮かび上がります。
(推論プロセス)
- 市場の課題: 現行のAI(特にLLM)は、「膨大な電力消費」と「運用コスト」が最大の社会課題・ビジネス課題です⁷。
- NTTのインフラ戦略(IOWN): IOWN(APN)は、その最大の提供価値として「エネルギー効率の飛躍的な向上(=低消費電力)」と「低遅延」を掲げています³、¹⁰。
- NTTのAI戦略(tsuzumi): tsuzumiは、その最大の提供価値として「軽量(=低消費電力・低コスト)」と「オンプレミス対応(=低遅延・高セキュリティ)」を掲げています⁷、⁸。
- 結論(戦略的統合): これらの戦略は、偶然一致しているのではありません。NTTのAI「tsuzumi」は、NTTのインフラ「IOWN」の特性(超低遅延・超低消費電力)を最大限に活かすために設計・最適化された「キラーアプリケーション」であると強く推察されます。
現在は、tsuzumiの「普及」を最優先するため、Microsoft Azure⁹という他社(従来型)のインフラ上で提供されています。しかし、将来的(2025年以降のIOWN 2.0/3.0¹⁶の社会実装フェーズ)には、NTTが構築したIOWNインフラの上でtsuzumiを動作させる(=「AI on IOWN」)組み合わせが、他社(例:GPT on 従来型インフラ)の組み合わせに対し、圧倒的な電力効率とコストパフォーマンスを発揮する、というシナリオを描いている可能性が極めて高いです。
したがって、NTTが取得を進めるAI関連特許¹、³は、AIアルゴリズム単体の改善に留まらず、IOWNの光電融合インフラ(ハードウェア)上で、AI(ソフトウェア)を効率的に動作させるための「ハードウェア・ソフトウェア協調」に関する発明(例:光技術を活用した分散コンピューティング¹⁶など)において、他社が追随できない重要なポートフォリオを構築している可能性があると考えられます。
当章の参考資料
- https://group.ntt/jp/ir/library/annual/pdf/23/12.pdf
- https://group.ntt/jp/sustainability/governance/intellectual-property/
- https://group.ntt/en/newsrelease/2025/10/20/251020a.html
- https://www.rd.ntt/e/research/LLM_tsuzumi.html
- https://www.nttdata.com/global/en/news/press-release/2024/june/ntt-data-announces-strategic-enhancement-of-collaboration
- https://group.ntt/jp/sustainability/governance/intellectual-property/ 1
- https://journal.ntt.co.jp/article/26173
詳細分析③:SEP活用とオープンソース(OSS)戦略
NTTの知財戦略は、IOWN/AIのような最先端の「未来」の戦略(第3章、第4章)と、既存の技術標準やソフトウェア開発手法に対応する「現在」の戦略が、両輪として機能しています。本章では、NTTの成熟した標準必須特許(SEP)の活用戦略と、現代の開発に不可欠なオープンソースソフトウェア(OSS)への対応戦略を分析します。
5-1. 伝統的SEP戦略:標準化と「特許プール」の活用
NTTは、IOWN(第3章)のような次世代技術でSEPの主導権を握ろうとしているだけでなく、これまでに確立された既存の技術標準においても、成熟した知的財産(SEP)の活用戦略、すなわち「収益化」戦略を実行しています。
NTT知的財産センタは、標準化・グローバル展開の推進において、「特許プール」という仕組みを積極的に活用していることを明示しています²。
「特許プール」とは、ある特定の技術標準(例:動画圧縮規格)を実装するために必須となる特許(SEP)を、複数の必須特許保有者(企業)が一つの管理団体(パテントプール・アドミニストレーター)に集約し、その管理団体を通じて、利用企業(ライセンシー)に対し、合理的かつ公平(FRAND: Fair, Reasonable, And Non-Discriminatory)な条件で、ワンストップでライセンス(一括許諾)する仕組みです²。
NTTは、この特許プールを「積極的に活用」²しており、自社が保有する必須特許、例えば以下のような現代の通信・メディア技術に不可欠な基本特許を、特許プールを通じて世界中の多くの企業(例:スマートフォンメーカー、PCメーカー、放送機器メーカーなど)にライセンスしています。
- ITU-T規格729(音声符号化)²
- ISO規格 MPEG-4 AVC(264、映像符号化)²
- IEEE規格11(無線LAN、Wi-Fi)²
この特許プールの活用は、NTTの知財戦略における「成長を支える」(攻め)¹側面、すなわち安定的なライセンス収益の確保に大きく貢献していると見られます。
同時に、これはNTTの技術をグローバルに「普及」させる(オープン戦略)²という目的も達成しています。もしNTTがこれらの基本特許をライセンスせず、他社による使用を差し止めていた場合、これらの技術標準は普及せず、NTTも(そして社会も)その便益を得られませんでした。特許プールを通じてFRAND条件で広くライセンスすることは、NTTの研究開発成果(知財)を世界に普及させ、同時にその対価(収益)を得るという、合理的かつ成熟した知財活用モデルです。
第3章で分析したIOWNにおけるSEP戦略は、このMPEGや無線LANでNTTが長年実践し、成功を収めてきた「実績あるSEP運用モデル」の延長線上にあり、IOWNが将来的に社会インフラとして普及した暁には、同様のライセンス収益基盤となることが期待されていると推察されます。
5-2. オープンソースソフトウェア(OSS)への対応戦略
現代のソフトウェア開発、特にIOWNが前提とするクラウド基盤や、第4章で分析したAI(tsuzumi)の開発において、オープンソースソフトウェア(OSS)³⁵の利用は不可避です。OSSは、知財戦略(特に特許戦略)とは異なる、著作権とライセンス(GPL, Apache等)の論理で動くため、NTTもOSSの戦略的活用とリスク管理に専門的に取り組んでいます。
NTTは、OSSの活用について、メリットとデメリット(リスク)の両面を認識しています³⁵。
OSS活用のメリット(攻めの側面):
- ベンダロックインの回避: 特定の商用ソフトウェアベンダ³⁵に依存することなく、NTT自らの戦略(例:IOWN)に応じた柔軟なサービス開発・投入が容易になります。
- コスト削減: 商用ソフトウェアのライセンスコスト削減や、OSSが走行可能な低コストな汎用ハードウェアの使用が可能となり、システム全体のコストを低く抑えられます³⁵。
- R&D成果の適用容易性: ソースコードがオープンであるため、NTT研究所が生み出したR&D成果(例:性能改善パッチ、IOWN対応機能)を、既存のOSSに適用・統合することが容易になります³⁵。
OSS活用のデメリットと対応(守りの側面):
- リスク(ライセンス汚染): OSSのライセンス(特にGPLに代表される「コピーレフト型」ライセンス)は、その利用方法(特にソースコードの改変・結合)を誤ると、NTTが本来秘匿すべき自社のプロプラエタリな知的財産(特許技術やノウハウ)のソースコードまで、OSSとして開示することを求められる「ライセンス汚染」のリスクがあります。
- 対応: NTTは、OSSのメリットを享受しつつこのリスクを管理するため、既存OSSのソースコードを詳細に解析³⁵するとともに、単にOSSを「利用」するだけでなく、利用拡大(自社サービスへの最適化)に向けた高機能化・高性能化、すなわちNTTによる新規機能の開発³⁵を推進しています。
このNTTのOSS戦略³⁵は、第3章で分析したIOWNの「デュアルIP戦略」と密接に関連していると推察されます。
IOWN Global Forum¹⁷のような「オープン」なアーキテクチャを推進し、その普及を加速させる(オープン戦略)上で、OSSによるリファレンス実装(参照コード)の提供は、開発者コミュニティを巻き込むために不可欠な手段です。
一方で、NTTは、そのOSS(オープン)な部分と、NTTがプロプラエタリに保持したい「中核IP(クローズ)」(例:光電融合デバイスの制御ファームウェアなど)とが、ライセンス的に「混ざらない」よう、厳格に分離・管理する必要があります。
NTT知的財産センタによる厳格なライセンス管理とクリアランス活動(他者権利の尊重)²、¹⁰は、特許侵害リスク(短期リスク)への対応であると同時に、このOSSライセンスのリスク(自社IPの意図しない開示)から、NTTの「クローズドな中核IP」を守るという、極めて重要な役割も担っていると考えられます。NTTの知財戦略は、特許(クローズ)とOSS(オープン)という、二つの異なるIP体系を巧みにマネジメントすることの上に成り立っていると分析されます。
当章の参考資料
- https://group.ntt/jp/ir/library/annual/pdf/23/12.pdf
- https://www.rd.ntt/chizai/overview/
- https://group.ntt/jp/sustainability/governance/intellectual-property/ 1
- https://iowngf.org/committees-working-groups/
- https://journal.ntt.co.jp/backnumber2/0503/files/jn200503024.pdf
競合比較
NTTの知財戦略は、国内外の競合他社との関係性の中でその特徴が一層明確になります。本章では、WIPOの国際出願統計を用いたグローバル競合との定量的比較と、国内通信市場の競合(KDDI)との戦略的な定性比較を行います。
6-1. グローバル市場におけるWIPO国際出願動向(定量比較)
第2章で触れたWIPO(世界知的所有権機関)のPCT国際出願統計⁴は、NTTがグローバルなテクノロジー企業とどのようなR&D(知財創出)競争を繰り広げているかを客観的に示しています。
以下の【表1】は、WIPOが発表した2023年(2022年実績)のPCT国際出願件数トップ30⁴から、NTTおよび主要なグローバル競合(通信インフラ、デバイス、エレクトロニクスメーカー)を抜粋し、比較したものです。
【表1:主要テクノロジー企業のWIPO PCT国際出願動向(2022年実績)】
(出典:日本国特許庁「特許行政年次報告書2024年版」⁴掲載のWIPO統計データに基づき作成)
|
順位 (2022)
|
出願人名
|
国
|
出願件数 (2022)
|
出願件数 (2021)
|
|
1
|
HUAWEI TECHNOLOGIES CO., LTD.
|
CN
|
7,689
|
6,952
|
|
2
|
SAMSUNG ELECTRONICS CO., LTD.
|
KR
|
4,387
|
3,041
|
|
3
|
QUALCOMM INCORPORATED
|
US
|
3,855
|
3,931
|
|
4
|
MITSUBISHI ELECTRIC CORPORATION
|
JP
|
2,320
|
2,673
|
|
7
|
TELEFONAKTIEBOLAGET LM ERICSSON (PUBL)
|
SE
|
2,158
|
1,878
|
|
10
|
NIPPON TELEGRAPH AND TELEPHONE CORPORATION
|
JP
|
1,884
|
1,508
|
|
12
|
PANASONIC INTELLECTUAL PROPERTY MANAGEMENT CO., LTD.
|
JP
|
1,776
|
1,741
|
|
15
|
NEC CORPORATION
|
JP
|
1,428
|
1,350
|
|
16
|
SONY GROUP CORPORATION
|
JP
|
1,513
|
1,789
|
|
21
|
NTT DOCOMO, INC.
|
JP
|
764
|
713
|
このデータから、以下の戦略的な分析が導かれます。
- 米中韓による技術覇権:
トップ3はHuawei(中国)、Samsung(韓国)、Qualcomm(米国)⁴が占めており、次世代通信(5G/6G)、半導体、スマートフォンといった現代の基幹技術分野において、これら3カ国のトップ企業がR&D投資(知財創出)を圧倒的な規模でリードしていることが明確に示されています。
- NTTのポジション(日本企業内):
NTT本体(10位)は、三菱電機(4位)に次ぎ、パナソニック(12位)、NEC(15位)、Sony(16位)⁴といった日本の主要エレクトロニクス企業と並ぶ、あるいはそれを凌駕する、日本トップクラスの国際出願人です。NTTドコモ(21位)も単体で高い順位を維持しています。
- NTTグループの実力(グローバル競合比):
前述(第2章)の通り、NTT本体(1,884件)とNTTドコモ(764件)を「NTTグループ」として合算すると、その出願件数は計2,648件(2022年実績)に達します。この規模は、IOWN/6Gインフラ市場における直接的なグローバル競合であるEricsson(スウェーデン、7位、2,158件)⁴を上回るものです。
この事実は、NTTがIOWN/6Gの標準化において、EricssonやHuawei(1位)といった世界の通信インフラベンダーと、特許出願(技術創出)の規模においても対等以上にわたりあう、「世界有数の技術創出企業」であることをWIPOの統計が裏付けていることを意味します。
6-2. 国内通信市場における知財戦略比較(定性・定量比較)
次に、NTTの視点を国内市場に移し、最大の競合であるKDDIグループの知財戦略と比較分析します。KDDIの「KDDI Integrated Sustainability and Financial Report 2022」¹¹と、NTTの各種レポート(1)に基づき、両社の戦略的アプローチの違いを比較します。
【表2:NTTグループとKDDIグループの知財戦略比較】
(出典:NTT¹、³、¹⁰、KDDI¹¹の各公開資料に基づき作成)
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比較項目
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NTTグループ(分析に基づく推察含む)
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KDDI(出典:2022年統合報告書¹¹)
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基本方針
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「安心安全の付与」と「成長支援」¹、¹⁰。R&D成果の保護・活用(R&D主導)。
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「事業戦略と一体化したIP活動」¹¹。イノベーション推進とブランド価値向上(事業主導)。
|
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戦略的焦点
|
IOWN/6G(インフラ革新)、AI(tsuzumi)、基礎研究(光電融合など)³、¹⁶。
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5G/Beyond 5G、ドローン(スマートドローン)、サステナビリティ(αUなど)¹¹。
|
|
戦略的アプローチ
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基礎R&Dからの技術創出主導(テクノロジー・オリジネーター)。「三位一体」³。
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IPランドスケーピングの活用¹¹。市場・政策分析に基づく優先領域の特定。
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定量規模
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持株R&D成果(国内外)約20,000件³。WIPO(2022)本体1,884件⁴。
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累積特許件数(日本)約1,400件(2021年時点)¹¹。
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|
標準化
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IOWN GF¹⁷主導によるグローバル標準化(デジュール)。特許プール活用(MPEG等)²。
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Beyond 5G/6G時代の標準化(言及あり)。
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オープンイノベーション
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IOWN GFを通じたグローバル連携¹⁹。
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スタートアップ支援。知財教育¹¹。(※2018年「知財功労賞」受賞¹¹)
|
この比較表から、両社の知財戦略における明確なポジショニングの違いが浮き彫りになります。
- 規模の圧倒的な差:
まず、知財ポートフォリオの「規模」に絶対的な差が存在します。KDDIが2021年時点で国内の累積特許件数が約1,400件¹¹であるのに対し、NTTは持株のR&D成果だけで国内外に約20,000件³(2024年時点)を保有し、WIPO出願でもNTT本体だけで年間1,800件を超え⁴、KDDIの国内全保有件数を上回ります。
- アプローチの質的な差(R&D主導 vs 市場主導):
より重要なのは、戦略の「質」の違いです。NTTの戦略は、IOWN³、¹⁶という「インフラそのものの革新」を目指し、基礎研究(光電融合など)からボトムアップで技術を創出する、**「テクノロジー・オリジネーター」型の戦略です。
一方、KDDIの戦略¹¹は、「IPランドスケーピング」の活用¹¹を明記している点に特徴があります。これは、既存の特許情報や市場・政策動向を分析し、自社が勝てる領域(例:ドローン¹¹)を特定し、そこへリソースを集中投下する、「スマート・フォロワー」あるいは「ニッチ・リーダー」**型の戦略と見られます。KDDIは、ドローン産業の動向、政策、規制を包括的に分析し、「飛行制御および飛行監視」を優先領域として特定、特許ポートフォリオを拡大した¹¹と報告しています。
- 戦略的ポジショニングの違い:
両社の戦略は優劣ではなく、その成り立ちと事業ポジションの違いを反映しています。NTTは、長年の基礎研究の蓄積(知財投資)¹を活かし、IOWNという次世代インフラの「源流(ルール)」を自ら創り出し(標準化)³、グローバルな技術覇権と将来のライセンス収益¹を狙う戦略です。
一方、KDDIは、他社が創った技術(標準技術)も効率的に活用しつつ、特定の事業領域(例:ドローン、メタバースαU¹¹)において、IP分析(ランドスケープ)¹¹を駆し、事業優位性を効率的に確保する戦略であると推察されます。
当章の参考資料
- https://group.ntt/jp/ir/library/annual/pdf/23/12.pdf
- https://www.rd.ntt/chizai/overview/
- https://group.ntt/jp/sustainability/governance/intellectual-property/
- https://www.jpo.go.jp/resources/report/nenji/2024/document/index/020307.pdf
- https://group.ntt/jp/sustainability/governance/intellectual-property/ 1
- https://www.kddi.com/extlib/files/english/corporate/ir/ir-library/sustainability-integrated-report/2022-online/pdf/kddi_sir2022_e22.pdf
- https://journal.ntt.co.jp/article/26173
- https://iowngf.org/committees-working-groups/
- https://group.ntt/en/magazine/blog/iown_grobal_forum_genesis/
リスク・課題(短期/中期/長期)
NTTの知財戦略は、IOWN構想を核とした極めて野心的なものである一方、その実行プロセスにおいては、技術的、戦略的、そして地政学的な複数のリスクと課題を内包しています。本章では、これらのリスクと課題を「短期」「中期」「長期」の時間軸で分類し、分析します。
7-1. 短期リスク:第三者の知的財産権の侵害
NTTグループが、IOWN、6G、AI¹、¹⁶といった先端技術分野で広範な研究開発と事業化をグローバルに進める上で、最も日常的かつ深刻なリスクが「第三者の知的財産権(特に特許権)の侵害(infringement)」です。
先端技術分野であるほど、競合他社(【表1】のHuawei, Samsung, Qualcomm⁴など)も膨大な数の特許網を構築しており、NTTのR&Dや新サービスが、意図せず他社の特許権に抵触する可能性は常に存在します。万が一、侵害が認定されれば、巨額の損害賠償、差止請求(サービス停止)、あるいは不利な条件でのクロスライセンスを余儀なくされるなど、事業に致命的な打撃を与えかねません。
対応策(リスクマネジメント):
NTTの知財戦略が、その基本方針の第一に「事業に安心安全を与える」¹、¹⁰を掲げているのは、この侵害リスクをグループの事業継続性を脅かす最重要リスクとして認識しているためです。
NTT知的財産センタは、このリスクを最小化するため、R&Dの「初期段階」から、グループ各社へ研究開発技術を提供するまでの「各段階」で、国内外の他者権利を徹底的に調査(クリアランス、パテントクリアランス)するプロセスを組み込んでいます²、¹⁰。
この「R&D初期段階からの関与」²、¹⁰は、第1章で述べた「三位一体」³の戦略を具現化するものです。発明が完成し、製品化の段階に入ってから他社特許への抵触が判明した場合、それまでのR&D投資が全て無駄になるか、コストのかかる設計変更(Design Around)を余儀なくされます。NTTの体制は、知財部門がR&Dの「上流(初期)」でナビゲーター(水先案内人)として機能し、他社の特許網という「岩礁」を避ける「安全な航路(技術開発の方向性)」へR&Dを導く、高度なリスクマネジメント体制(パテント・アボイダンス)が構築されていると見られます。
7-2. 中期課題:IOWN標準化の実行と「デュアル戦略」のバランス
短期的なリスクが「他社からの侵害」という「守り」の課題であるのに対し、中期的な課題は、NTT自らが仕掛ける「攻め」の戦略、すなわちIOWN標準化の成否にあります。
第3章で詳細に分析した通り、NTTはIOWN Global Forum (GF) ¹⁷において、アーキテクチャの「普及(オープン)」と、中核IPの「収益化(クローズ)」を両立させようとする「デュアルIP戦略」を採用しています。この戦略は、NTTの収益最大化を目指す上では合理的ですが、その実行には極めて高い戦略的バランス感覚が求められ、それ自体が大きなリスク(課題)となります。
課題(エコシステム構築の失敗リスク):
NTTがIOWN GFのPoCレポート²⁵、³⁰などで示した「IPRポリシーの適用除外(=中核IPのライセンスは個別交渉)」というクローズドな戦略(6等)が、競合他社やパートナー候補企業(特に【表1】⁴のHuawei, Ericsson, Qualcommなど)から、「アンフェア(不公平)」あるいは「オープンという看板に反する過度にクローズドな戦略」と受け取られるリスクです。
もし、これらのグローバルな競合他社がNTTのIPR戦略を(例えば、標準化の議論の裏で中核特許を隠し持つ「パテント・アンブッシュ(特許の不意打ち)」に近い、あるいは標準化団体を利用した「デファクト・プロプラエタリ」戦略)と見なし、IOWN GFへの参加を拒否、あるいは対抗する標準化団体(オルタナティブ)を設立した場合、IOWN構想はグローバルな支持を得られず、普及に失敗する(=日本国内や一部のパートナー間でのみ通用する「ガラパGス標準」となる)可能性があります。
NTTの経営層および知財部門は、この「オープン(普及)」と「クローズ(収益化)」のバランスを、技術の進展と市場(競合)の反応を見ながら、いかに巧みに舵取りしていくか、という極めて困難な中期的課題に直面していると分析されます。
7-3. 長期課題:経済安全保障と地政学的リスク
NTTが取り組むIOWN/6G¹⁶は、単なる一企業の商用技術に留まらず、将来の国家・社会インフラの根幹(=クリティカル・インフラストラクチャー)をなす技術です。そのため、必然的に「経済安全保障」³⁶の対象となります。
(分析と推論)
- NTTの立場と政府の政策:
NTTが公開するサステナビリティレポート³や統合報告書¹において、「経済安全保障」という言葉は(意図的にか)避けられているように見受けられます(1の分析結果に基づく)。しかし、日本政府(内閣府)³⁶や経済産業省¹²は、先端技術(知財)³⁶や国際標準化¹²を、国家の国際競争力¹³や経済安全保障の文脈で強く位置づけており、NTTの戦略は政府の政策と密接に関連しています。
- 米中対立の影響:
IOWN GF¹⁹はグローバルな普及を目指していますが、【表1】⁴が示す通り、NTTの最大の競合(WIPO 1位)であり、6G標準化の主導権を争う相手でもあるHuawei⁴は、米国の安全保障上の制裁対象企業です。
- リスクシナリオ(地政学的ジレンマ):
この状況下で、NTTのIOWN戦略は、純粋な技術的・経済的合理性だけでは判断できない、以下のような地政学的な「踏み絵」を迫られる長期的なリスク(ジレンマ)を抱えています。
- (a) 西側標準シナリオ: IOWNを「日・米・欧の西側諸国」が主導する安全な(Trusted)インフラ標準として推進する場合。この場合、米国政府等からの支持は得やすい一方で、中国市場(および中国の影響下にある「一帯一路」諸国など)での普及は困難になり、IOWNが目指す「グローバル標準」は達成できなくなるリスクがあります。
- (b) 真のグローバル標準シナリオ: 競合である中国企業(Huaweiなど)も巻き込み、「真のグローバル標準」としてIOWN GF¹⁹を推進する場合。この場合、米国政府から「安全保障上懸念のある技術(例:中国製機器)が、将来の基幹インフラ(IOWN)に混入する」として、IOWN技術そのものへの不信感や、導入規制を招くリスクがあります。
結論:
NTTの知財戦略(特にIOWN)は、最終的に、米中対立という地政学的な巨大な変動要因に晒されています。このリスクは、NTT一社の企業努力ではコントロール不可能であり、NTTの経営層は、日本政府¹²、³⁶とも連携しつつ、この地政学的なジレンマの中で、IOWNの技術的優位性をいかにグローバルな普及(と収益化)に結びつけていくか、という極めて困難な長期課題に直面し続けると予測されます。
当章の参考資料
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今後の展望(政策/技術/市場動向との接続)
NTTの知財戦略は、静的なものではなく、政策、技術、市場の動向と密接に連動しながらダイナミックに進化しています。本章では、特にIOWNの社会実装、AI市場の拡大、そして政府の政策との連動という観点から、NTTの知財戦略の今後の展望を分析します。
8-1. IOWN構想の社会実装フェーズへの移行とIP創出
NTTのIOWN構想は、基礎研究フェーズ(要素技術の確立)から、具体的な社会実装フェーズ(ユースケースの提示)へと明確に移行しつつあります。
2025年大阪・関西万博(Expo 2025)の役割:
2025年に開催される大阪・関西万博は、IOWN構想の技術的な実力を世界に示す、最大の「ショーケース」³¹となります。NTTパビリオン³¹での展示や、万博会場と外部拠点を結ぶサテライト展示¹⁵、あるいは建設重機の超遠隔操作¹⁵といったIOWN APN(オールフォトニクス・ネットワーク)を活用した様々な実証実験¹⁵、³¹は、IOWNがもたらす未来社会の具体像(=ユースケース)を提示します。
この社会実装フェーズへの移行は、NTTの知財創出活動にも質的な変化をもたらすと推察されます。
これまでのNTTのIOWN関連特許は、APN¹⁶や光電融合デバイス³といった「インフラ技術(要素技術)」の権利化³が中心であったと見られます。
しかし、今後は、万博³¹などで提示される「建設重機の超遠隔操作」¹⁵や「産業用ネットワークのリアルタイム通信」¹⁵、「高精細映像を用いた遠隔医療」¹⁶(触覚伝送含む)といった、「具体的なビジネスソリューション」に関する特許(ビジネスモデル特許や応用発明¹)の出願が急速に加速すると予測されます。NTTは、IOWNという「土管(インフラ)」の特許だけでなく、その「土管の上を流れるアプリケーション(ソリューション)」の特許も押さえることで、収益源の多角化を図ろうとすると考えられます。
8-2. IOWN/6G技術ロードマップの進展
IOWNの技術ロードマップは、IOWN 2.0(2025年頃)、IOWN 3.0(2029年頃)¹⁶に向けて明確に設定されています。このロードマップに沿って、NTTのR&D部門(ネットワークイノベーションセンタ³⁷など)は、1.6 Tbit/s級の大容量光伝送技術¹⁶や、より遅延を管理・制御する低遅延トランスポート技術¹⁶、さらには空間光通信¹⁶など、要素技術の高性能化を継続的に進めています。
これらの研究開発¹⁶、³⁷が継続的に進むことで、NTTのIOWN/6Gに関する知財ポートフォリオ(特許網)は、IOWNのロードマップに沿って、より強固かつ多層的(基礎技術から応用技術まで)になっていくと予測されます。第3章で分析したSEP戦略³においても、これらの次世代技術が将来の標準仕様に含まれるよう、継続的な発明創出と権利確保が進められます。
8-3. AI(tsuzumi)市場の拡大とポジション確立
第4章で分析したAI市場も、急速な拡大が続いています。NTTは、2025年10月に次世代モデル「tsuzumi 2」⁷を投入し、性能強化を図りながら、この市場でのポジション確立を急いでいます。
今後の展望として、「tsuzumi」が強みとする「軽量・オンプレミス(高セキュリティ)」⁸、⁷市場、すなわち金融、医療、行政、法務など、機密情報を外部に出せない「高セキュリティ」を要求する業界での需要は、ますます高まると予測されます。
NTT(特にNTTデータ⁹)は、Microsoft Azure⁹のような汎用プラットフォームでの提供(MaaS)と並行し、これらの「特定業界(Vertical)」向けに、業界固有のデータ(例:金融用語、医療文献、法律判例)を追加学習させ、高度にチューニングした「業界特化型tsuzumi」のライセンス(7の"industry adapters"(業界アダプタ)⁹や30のライセンス規約³⁸に基づく)を強化すると見られます。
この「業界特化型」へのシフトは、新たな知財の源泉を生み出します。ここでは、AIモデルのアルゴリズム(特許)だけでなく、そのAIをチューニングするために使用した「高品質な学習データ(非公開データ⁷、³⁸)」や、特定の業界タスク(例:医療画像の診断補助)で高い性能を出すための「チューニング・ノウハウ」自体が、特許では保護しきれない、極めて重要な「知的財産(営業秘密、ノウハウ)」として、NTTデータの競争優位性の源泉になると推察されます。
8-4. 政府の知財・標準化政策との連動
NTTの知財戦略は、日本政府の経済・産業政策と、今後も強く連動していくと見られます。
経済産業省(METI)は、2024年4月の資料¹²において、R&Dプロジェクトにおける「標準化戦略」のモニタリング・フォローアップ体制の導入や、企業の知財戦略と標準化戦略を一体的にサポートする人材(弁理士など)¹²の育成を推進する方針を掲げています。
NTTがIOWNで進めている「研究開発(R&D)」「国際標準化(IOWN GF)」「権利確保(知財)」の三位一体³の戦略は、まさにこの日本政府の政策(技術を「創る」だけでなく、「標準」として「広め」、「知財」として「稼ぐ」)を、民間最大手として体現するものです。
今後も、IOWN/6Gのような経済安全保障³⁶にも直結する基幹技術分野においては、NTTは政府系ファンド(例:NEDO)からの研究開発支援、あるいは国際標準化のロビー活動における政府(METI¹²や総務省)との連携など、官民一体での知財・標準化戦略が継続的に推進されると予測されます。
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戦略的示唆(経営/研究開発/事業化の観点でアクション候補)
本レポートで実施したNTTの知財戦略分析に基づき、NTTグループのステークホルダー(経営層、研究開発部門、事業化部門)に対し、今後の戦略実行において考慮すべき示唆(インプリケーション)と、具体的なアクション候補を提言します。
9-1. 経営(マネジメント)への示唆
示唆: 経営層にとっての最重要課題は、IOWNにおける「デュアルIP戦略」(第3章分析)の巧妙なマネジメント、特に「オープン(普及)」と「クローズ(収益化)」のバランスを、地政学的リスク(第7章分析)の中で取り続けることです。
分析:
IOWN構想の成功は、技術の優位性だけで決まるのではなく、いかに多くのグローバルプレイヤーをIOWN GF¹⁹のエコシステムに巻き込めるか(=普及)にかかっています。しかし、第3章で明らかになった「PoCレポートのIPRポリシー適用除外」²⁵、³⁰に象徴される「クローズド」な中核IP戦略は、NTTの収益確保には不可欠である一方、パートナー候補(特に競合)の離反を招くリスク(第7章)を内包しています。
- 「普及(オープン)」を急ぎすぎれば、中核IP(光電融合デバイス等)のライセンス価値が毀損し、NTTは巨額のR&D投資(知財投資)¹を回収できなくなります。
- 逆に「収益化(クローズ)」を急ぎすぎれば、競合(例:Huawei⁴)やパートナー(例:Qualcomm⁴)がIOWN GF¹⁷への参加を敬遠し、エコシステムが構築できず、IOWN構想自体が座礁します。
アクション候補:
- IPRポリシーの戦略的運用: 経営層は、IOWN GFのIPRポリシー、特に「適用除外」²⁵とされる領域の線引きを、固定的なものとしてではなく、技術の進展(例:中核デバイスのコモディティ化)や市場の受容性、競合の動向を見ながら、ダイナミックに見直す(=戦略的な「交渉カード」として使う)必要があります。
- 地政学リスクの織り込み: 第7章で分析した経済安全保障(米中対立)³⁶の文脈を踏まえ、どの国・どの企業を「真のパートナー」としてIPRの枠組み(クローズドな中核IPへのアクセス)に深く取り込み、どの企業を「ライセンシー(顧客)」として扱うか、極めて高度な経営判断(アライアンス戦略)が求められます。
9-2. 研究開発(R&D)への示唆
示唆: R&D部門は、「国際標準化」³を前提とした発明創出の「質」を一層高めると同時に、自らの発明が「デュアル戦略」において「オープン」と「クローズ」のどちらに位置づけられるかを意識した、戦略的な発明創出活動が求められます。
分析:
もはや「世界初」「高性能」というだけの発明では十分ではありません。NTTのR&D部門には、その発明が、
- (a) IOWN GF¹⁷の場で議論される「国際標準の必須技術(SEP)」となりうるか(=オープン戦略の武器)、
- (b) あるいは、(デュアル戦略に基づき)標準仕様から意図的に除外し、NTTのブラックボックス(ノウハウ¹やプロプラエタリIP)として収益の源泉とすべきか(=クローズ戦略の武器)、
という「知財戦略(出口)」を強く意識したR&Dが求められます。
アクション候補:
- 知財部門との「超上流」連携: R&D担当者とNTT知的財産センタ²の連携を、現在の「初期段階からのクリアランス(侵害予防)」¹⁰(守り)から、さらに一歩進め、「標準化議論をリードし、競合の参入障壁を築くための戦略的な発明創出(パテント・ポートフォリオ・ビルディング)」(攻め)の真のパートナーへと昇華させる必要があります。
- 発明評価の高度化: 2024年4月に導入された「発明報奨AIモデル」³を積極的に活用し、「過去に活用された(=事業貢献した)特許」のパターンをR&D部門にフィードバックすることで、発明者の意識を「事業貢献(活用)可能性の高い発明」へと誘導するインセンティブ設計を強化すべきです。
9-3. 事業化(ビジネスデベロップメント)への示唆
示唆: 事業化部門(NTTドコモ、NTTデータ、NTT東西など)は、NTT研究所(持株)³⁷が生み出した膨大な知財を「収益」に転換するライセンスモデルの多角化と、知財を前提としたソリューション開発を加速させる必要があります。
分析:
本レポートの分析によれば、NTTグループは現在、少なくとも以下の3つの異なるライセンスモデル(収益化モデル)を同時に走らせています。
- 伝統的SEPライセンス: 特許プール(MPEG、無線LAN等)²を通じた、インフラ利用料的な収益モデル。
- MaaS(API課金)モデル: 「tsuzumi on Azure」⁹に代表される、ソフトウェア(AI)の利用量に応じた収益モデル。
- プロプラエタリIPライセンス: IOWNの中核IP(光電融合デバイス等)²⁵、¹⁹を、特定パートナーに個別契約でライセンス(あるいはデバイスとして販売)する収益モデル。
アクション候補:
- 知財のP/L(損益計算書)意識: 事業部門は、NTTグループが保有する知財を、R&D部門が使う「コスト(防御費)」としてではなく、事業部門が活用すべき「収益源(ライセンス収入、あるいは競合排除による超過利潤)」として明確にP/Lに組み込む意識改革が必要です。
- ソリューション課金への転換: 事業化部門(特にNTTデータやドコモのソリューション部門)は、IOWNが実現する「超低遅延」や「低消費電力」といった「インフラの機能」に対して課金するモデルから、それによって初めて可能になる「具体的なソリューション」(例:遅延ゼロが必須の「遠隔手術システム」¹⁶、AI推論コストを半減させる「グリーンAI基盤」⁷)に対して課金する、高付加価値なビジネスモデルの開発を急ぐべきです。そして、その「ソリューション」自体を、新たなビジネスモデル特許¹や応用発明特許¹として保護し、第8章で述べた「ソリューションIP」の層を厚くすることが求められます。
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総括
本レポートは、日本電信電話株式会社(NTT)の知的財産戦略について、公開されている一次情報に基づき、その全体像から核心的な戦略アプローチ、そして将来的なリスクと展望に至るまで、網羅的に分析を行いました。
分析の結果、NTTの知財戦略が、長年の研究開発投資(知財投資)¹に裏打ちされた膨大な特許ポートフォリオ(国内外約20,000件³、WIPO国際出願で世界トップ10クラス⁴)を強固な基盤としていることが定量的に確認されました。
その戦略は、NTT知的財産センタ²という強力なガバナンス組織のもと、「事業戦略」「R&D戦略」との「三位一体」³で推進されており、従来の「事業の安心安全(防御)」¹に加え、「事業の成長支援(攻め)」¹という側面、特にグローバルな標準化の主導³へと、その軸足を明確にシフトさせています。
本分析が導き出した最重要論点は、NTTが次世代インフラ「IOWN」において採用している「デュアルIP戦略」です。IOWN Global Forum¹⁷という「オープン」な場でアーキテクチャの普及を図る一方で、PoCレポートの免責事項²⁵、³⁰に象徴されるように、光電融合デバイス¹⁹などの中核IPは「クローズド(プロプラエタリ)」に保持し、将来の交渉力と収益源を確保するという、極めて高度で計算された戦略が実行されています。
また、AI(tsuzumi)⁷戦略は、IOWN(インフラ)の最大の強みである低消費電力³、¹⁰という特性を最大限に活かすキラーアプリケーションとして位置づけられ、「AI on IOWN」という統合ビジョンがNTTの将来的な収益モデルの核心であると強く推察されます。
NTTの知財戦略は、もはや国内通信事業を守るための「盾」ではなく、グローバルなテクノロジー覇権を競うための「矛」へと完全に移行しています。
本レポートの読者である意思決定者への含意として、この「オープン(普及)」と「クローズ(収益化)」の戦略的バランスを、米中対立に象徴される地政学リスク³⁶、¹²の中でいかに巧みにマネジメントし、IOWNを「ガラパゴス標準」に終わらせず、真のグローバル・スタンダードとして確立できるか——。それこそが、NTTが今後、単なる通信事業者から、世界的なテクノロジーリーダーへと変貌するための、最大の経営課題であると結論付けられます。
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- Functional Architecture for Protection of Data in Motion: Multi- Factor Security Key Exchange and Management - IOWN Global Forum, 11月 4, 2025にアクセス、 https://iowngf.org/wp-content/uploads/2025/02/IOWN-GF-RD-MFS_Functional_Architecture-1.0.pdf
- Functional Architecture for Protection of Data in Use: IOWN Privacy Enhancing Technologies, 11月 4, 2025にアクセス、 https://iowngf.org/wp-content/uploads/2025/02/IOWN-GF-RD-PETs_Functional_Architecture-1.0.pdf
- オープンソースソフトウェアに関する プロデュース活動 - NTT技術ジャーナル, 11月 4, 2025にアクセス、 https://journal.ntt.co.jp/backnumber2/0503/files/jn200503024.pdf
- 「知的財産推進計画2025」 (概要), 11月 4, 2025にアクセス、 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/chitekizaisan2025/pdf/suishinkeikaku_gaiyo.pdf
- NTTの研究所 - NTT R&D Website, 11月 4, 2025にアクセス、 https://www.rd.ntt/organization/laboratory/
- tsuzumi-7b - Azure AI Foundry - AI Model Catalog | Azure AI Foundry ..., 11月 4, 2025にアクセス、 https://ai.azure.com/catalog/models/tsuzumi-7b
- Sustainability Report - 2024〔詳細版〕 - NTTコムウェア, 11月 4, 2025にアクセス、 https://www.nttcom.co.jp/assets/pdf/csr/2024sus_details.pdf
- 【レポート】「NTT R&D FORUM 2024 - IOWN INTEGRAL」進化を続けるIOWNの社会実装に向けた取組み, 11月 4, 2025にアクセス、 https://group.ntt/jp/magazine/blog/rd-forum2024_report/
- 「NTT IOWN Technology Report 2024 ~INTEGRAL: Building a Sustainable Future~」の公開について | ニュースリリース, 11月 4, 2025にアクセス、 https://group.ntt/jp/newsrelease/2024/10/31/241031a.html
- ソフトバンクの知財戦略:背景、全体像と戦略的示唆 - TechnoProducer, 11月 4, 2025にアクセス、 https://www.techno-producer.com/ai-report/softbank_ip_strategy_report/
- 平成15年度 特許出願技術動向調査 8 移動体通信方式 - 発明推進協会ブックストア, 11月 4, 2025にアクセス、 https://online-shop.jiii.or.jp/c-item-detail?ic=22
- Technology Docs Archives - IOWN Global Forum, 11月 4, 2025にアクセス、 https://iowngf.org/content-type/technology-docs/
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