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マイクロソフトの知財戦略:基本方針と詳細分析

3行まとめ

防御から協調へ:約6万件の特許を無償開放

マイクロソフトは2018年にOIN(Open Invention Network)に加入し、約6万件の特許をLinux関連技術に無償開放。かつて「Linuxは知的財産の癌」と批判していた同社が、オープンソースとの共存を図る協調路線へ大転換した。

収益モデルの転換:年間20億ドルから顧客保護戦略へ

2013年にAndroid特許ライセンスで年間約20億ドルの収益を得ていたが、近年は直接収益よりもAzure IP Advantageで1万件の特許を顧客に提供し訴訟リスクから守る戦略にシフト。特許を攻撃的収益源から顧客価値創出の手段へと再定義した。

AIとクラウド時代の知財戦略:独占と共有のバランス

R&D投資243億ドル(2023年度)を背景に、コア技術は特許で保護しつつ周辺領域では開放する戦略を推進。今後はAIやクラウド分野で「知財エコシステム全体の健全性」を重視し、協調と独占のメリハリある運用で持続的成長を目指す。

この記事の内容

エグゼクティブサマリ

  • 知財戦略の位置づけ: マイクロソフトは世界有数の研究開発投資企業であり、その知的財産(特許・著作権・商標・営業秘密など)は革新を支える重要資産となっています[1]。近年は従来の防御的・排他的な知財戦略から、オープンイノベーションとの両立を図る協調路線へと転換しつつあると見られます[2][3]
  • 基本方針: マイクロソフトは「健全な特許エコシステムの構築」を掲げ、質の高い特許取得と透明性の確保を重視しています[4][5]。自社の技術革新を守りつつ、顧客・パートナーがその技術を活用できる環境作りを目指し、必要に応じて標準化や相互運用のため知財を無償または低廉で開放する方針も示しています[6]
  • 知財ポートフォリオの規模: 2015年時点で世界全体で約7万件の特許を保有し、約3.5万件の出願中の特許を抱えていました[7]2018には保有特許数がおよそ6万件以上に達したと報じられており[8]、毎年トップクラスの特許取得件数を維持しています。もっとも同社は特許数よりも「質と戦略的関連性」を重視し、自社の将来ビジョンに沿った分野の発明に絞って特許化を図っているとされています[4]
  • 組織体制: 知財管理は法務部門(CELA: Corporate, External, and Legal Affairs)傘下で統括されており、2014年設立の子会社Microsoft Technology Licensing LLC (MTL)が特許の維持・活用やライセンス交渉を専門に担当します[9]。知財部門の最高責任者(過去には知的財産グループ担当CVPが在任)は経営層と連携し、研究開発部門とも協働して発明の発掘・出願からライセンス供与まで一貫した戦略運営を行っています。
  • 知財戦略の全体像: マイクロソフトの知財戦略は(1)コア技術の独占的保護と差別化、(2)他社技術の活用のためのクロスライセンス、(3)知財収益の創出、(4)エコシステム保護のための特許開放という複数の要素から成ります。自社製品・サービス(WindowsOfficeAzure等)の競争力維持のため重要特許は自社利用しますが[10]、一方で周辺技術や業界標準に関わる特許は積極的にライセンス提供し業界全体の発展を図る柔軟性も持ち合わせています。
  • 特許ライセンス収益: 同社は2000年代後半から2010年代にかけて特許ライセンス事業を収益源として開拓しました。特にAndroidスマートフォン関連の特許については、2013年頃には年間約20億ドルものライセンス料収入を得ていたとの試算があります[11]。これはサムスンやHTCなど主要Androidメーカーほぼ全てと個別に契約を結び、特許訴訟ではなくライセンス供与で解決する戦略を採った成果とみられます[12][13]
  • クロスライセンスと協業: マイクロソフトは特許紛争の回避と技術交換のため、多くの大手IT企業と包括的クロスライセンス契約を締結しています[14]。たとえば2015年にはデルやキヤノンとの包括クロスライセンスを発表し[15][16]、特許を相互に利用可能とすることで訴訟リスクを低減しつつ協業を促進しました。また2011年にはアップル等と共同で北米通信会社(Nortel)の特許資産を買収するコンソーシアムに参加するなど、業界横断的に知財網を構築しています。
  • オープンソースとの両立: 2010年代後半からはオープンソースコミュニティとの関係改善に注力し、201810にはLinuxエコシステム保護のため特許無償共同利用ネットワークであるOINOpen Invention Network)に加入、自社保有の約6万件の特許をLinux関連技術に対して無償開放しました[2][8]。これはかつて「Linuxは知的財産の癌」とまで言われた同社が大きく方針転換した象徴的出来事であり、コミュニティからも概ね歓迎されています。併せて201810には特許トロール対策団体LOT Networkにも加盟し、自社特許が第三者(NPE)に渡った場合は加盟企業に自動的に無償ライセンスされることを約束しました[3]
  • クラウド顧客の保護: マイクロソフトはクラウド事業(Azure)の成長に合わせ、2017に「Azure IP Advantage」という独自プログラムを開始しました[17]。これはAzure利用企業に対し、①同社製品利用中の知財訴訟からの無償の賠償責任補償(インデムニフィケーション)、②万一訴訟を受けた際に防御目的で行使できる1万件の特許提供[18]、③マイクロソフト保有特許が将来売却され訴訟に使われた場合の自動的なライセンス供与(スプリンギングライセンス)[19]といった保護策を提供するものです。これにより企業は安心してクラウド基盤を採用でき、同社は知財面の不安を取り除くことでクラウド顧客基盤拡大につなげています。
  • 競合他社との比較: IT大手各社の知財戦略は様々ですが、マイクロソフトは「攻守のバランス」が特徴です。他方、アップルは自社製品デザイン・機能の模倣防止に知財を集中活用(例:スマホ特許訴訟で巨額賠償獲得)する一方、他社と包括的クロスライセンスを結ぶケースは限定的です。またIBMは年間取得特許数で長年世界一を維持しつつ、自社研究開発の成果を積極的に特許化しライセンス収入(年間10億ドル規模[11][20])を重視する戦略で知られます。グーグルはオープンソース重視の文化から特許は防御的保有に留め、自社発明のオープン特許非行使宣言やLOT/OIN主導といったコミュニティ寄与策を採っています。マイクロソフトは近年これら各社の長所を取り入れ、防御・収益・協調のバランス戦略へと進化していると推察されます。
  • リスクと課題: 短期的には特許クレーム訴訟(例えば近年のAI音声アシスタント関連訴訟で24千万ドルの賠償評決例[21])による損失リスクがあり、特許ポートフォリオの質向上と訴訟対応力が課題です。中期的にはオープンソースとの両立において、自社開発技術のどこまでを開放しエコシステム拡大とつなげるか、収益との兼ね合いで戦略判断が求められます。また中国企業の台頭による国際特許出願競争の激化や各国の知財法制変更(ソフトウェア特許の適格性見直しなど)も中長期的リスクです[22][23]。マイクロソフトはLOTや政策提言で制度面にも関与しつつ、こうした課題に備えているようです。
  • 今後の展望: マイクロソフトの知財戦略は、AIやクラウド、新興技術分野での知財獲得と共有モデルの確立に向かうと見られます。AIアルゴリズムの特許保護やデータの取り扱いについては業界でも模索段階ですが、同社は2023年現在もトップクラスのAI関連特許出願企業の一つであり[24]、将来的な優位確保を図っています。同時に「健全なエコシステム形成」が経営理念として掲げられており[25]、政府や標準化団体との協調を通じた知財政策リーダーシップも発揮していく可能性があります。
  • 戦略的示唆: マイクロソフトのケースから得られる示唆として、①経営戦略と知財戦略の統合: 知財を収益源だけでなく市場戦略(例: Azure普及策)に組み込み差別化要因とすること、②協調と独占のメリハリ: コア技術は厳格に保護する一方、周辺領域では特許共有や標準貢献でエコシステム全体のパイ拡大を図ること、③リスクマネジメント: クロスライセンス網や訴訟対策プログラムで最悪シナリオに備えること、などが挙げられます。知財戦略を動的に見直し続ける姿勢が、技術経営において重要といえるでしょう。

背景と基本方針

背景: マイクロソフトは1975年創業以来ソフトウェア製品で成功を収め、その競争力の源泉として知的財産を重視してきました。1980年代にはPC用基本ソフト市場を独占する中で、他社による模倣やソフトウェア海賊版の横行に直面し、知財保護の必要性を強く認識しました。ビル・ゲイツ氏が1976年に発表した「ホビイストへの公開書簡」では、ソフトウェアも著作権で守られるべき資産であり無断コピーは開発者の努力を損なうと訴えています。この思想は同社文化に根付き、「知的財産=価値の源泉」との考えが早期から明確でした。

1990年代から2000年代にかけ、マイクロソフトはWindowsOfficeなどのソフトウェア著作権保護はもちろん、ソフトウェア特許の取得にも乗り出しました。米国でソフトウェア関連発明の特許付与が本格化したのは1980年代後半以降ですが、同社はその流れを捉え自社技術の特許化を推進しました。1990年代後半には特許取得件数でIBMなどと並び業界トップクラスとなり、2000年代には特許ポートフォリオを攻守両面で活用し始めます。当時は他社から同社への特許侵害訴訟も増え始めたため(例:1999年のサンとのJava関連係争、2007年のEolas社によるブラウザ特許訴訟等)、特許クロスライセンス締結や買収を通じて防御力を高める方向に舵を切りました。

一方で2000年代にはLinuxを代表とするオープンソースソフトウェア(OSS)の台頭がありました。旧経営陣(スティーブ・バルマーCEO期)はLinuxを「知的財産の癌」と強い言葉で批判し、自社特許がOSSに侵害されているとして法的措置の可能性を示唆するなど、当初は対決姿勢が目立ちました。しかしこうした強硬路線はITコミュニティからの反発を招き、またクラウド時代の到来でOSSとの共存が不可避になる中、路線修正を迫られます。2014年にサティア・ナデラ氏がCEOに就任すると「Microsoft ❤️ Linux(マイクロソフトはLinuxを愛している)」と自ら発言するなど姿勢転換が鮮明になり、OSSとの協調を前提に知財戦略も変革しました[26]

以上の歴史的経緯を踏まえ、マイクロソフトの知財戦略には「自社技術を守り収益化する伝統」と「オープンな技術共有を通じ市場全体を拡大する革新」の二面性が織り込まれています。同社は現在、知財を単なる独占権として行使するだけでなく、パートナーや顧客のイノベーションを促進するための資源と捉え直しています[25][27]。この背景には、自社プラットフォーム(Windows, Azure等)上で他社が安心して開発・提供できる環境を整えることが、長期的に自社の利益につながるとの戦略判断があります。当章以降では、この基本方針を軸にマイクロソフトの知財戦略を詳細に分析します。

基本方針: マイクロソフトの知財戦略の基本方針は、一言でいえば「イノベーションの促進と保護の両立」です。同社法務部門は「責任ある知的財産の管理」を掲げ、健全な特許システムがイノベーションを促進すると強調しています[4]。具体的なポリシーとしては以下のような点が挙げられます。

  • ①特許の質重視: 単に特許件数を競うのでなく、「将来の会社および業界の方向性に密接に aligned(連動)した発明」に絞って特許化すると述べています[4]。そのため年次特許取得ランキングでは常にトップ10に入る一方、無闇な量産は避け、技術的に重要かつ権利行使に値する発明のみを選別しています。例えば近年はクラウド、AI、混合現実(MR)、量子コンピューティングなど新分野に注力する一方、ビジネス上重要性の低下した分野の特許は更新を見送る姿勢です。
  • ②特許制度の改善支持: マイクロソフトは政策提言の面でも特許制度の質向上を訴えています。具体的には「特許クレームが明確かつ有効であること」「審査や紛争解決が予測可能かつ効率的であること」を支持し、不明瞭な特許や権利乱用の抑制を求めています[28]。また特許権者の透明性向上(所有者情報の開示義務化など)にも賛同し、各国での制度調和(グローバルな特許法調和)を推進する立場です[5]。これは自社がグローバルに事業展開する上で、各国ごとの制度差異を減らしたい思惑もあります。
  • ③知財のグローバル展開: 全世界でビジネスを行う同社は、特許も80%以上を複数国で出願し国際的に保護しています[29]。特に主要市場の米国、欧州、中国、日本を中心に広範な権利網を構築し、新興市場でも将来を見据えた出願を行っています。商標についても「Microsoft」「Windows」等の主要ブランドを全世界で登録し、模倣品やブランド毀損から守っています。グローバル企業ゆえ、各国法規制の違いに対応した知財戦略(例えば中国市場では模倣対策として現地政府と協力した取り締まりや訴訟も実施)が取られています。
  • ④知財の開放と共有: 「イノベーションはマイクロソフトだけでなく顧客・パートナーにも恩恵をもたらしてこそ最大化する」という考えから、自社知財を戦略的に開放する方針も示しています[25][27]。具体例として、業界標準技術の策定時には自社特許をFRAND(公平・合理的・非差別的)条件でライセンス供与し、他社の実装を支援します。また学術研究機関に対しては特許非行使の無償契約を提供し、大学などが非営利研究でマイクロソフトの特許を侵害していても訴えないと約束しています[30]。さらに独立ソフト開発者向けSDKでも従来通り必要なライセンスを許諾する方針を継続しています[31]。これらは「攻め」の知財活用とは逆に、一部権利を敢えて行使せずコミュニティに委ねる「守り」の姿勢ですが、長期的には開発者エコシステムを維持し自社プラットフォームの魅力を高める戦略と考えられます。
  • ⑤オープンソースへの姿勢: マイクロソフトは公式に「Microsoft is all in on open source(当社はオープンソースに全面的にコミット)」と宣言しており[32]GitHub買収(2018年)やLinux財団プラチナ会員としての活動など、OSS支援を社是としています。同社は世界最大級のOSS貢献企業となっており、LinuxカーネルやChromiumプロジェクトにもコード提供しています。このOSS戦略と知財は不可分で、特許の非行使や共同出願を通じてOSSコミュニティと共存を図っています。2018年のOIN加入はその集大成で、Linux/Android関連で今後マイクロソフトから特許訴訟を起こさない姿勢を明確にしました[2]。ただしOSS以外の領域(Windows独自技術など)では引き続き知財権を行使しているため、領域によってメリハリを付けた対応を取っている点が基本方針として重要です。

以上のように、マイクロソフトの知財戦略の基本には「技術革新を促進しつつ、自社と顧客の利益を最大化する」という整合的なポリシーが存在します[25][27]。知財を盾に競合を排除するだけでなく、知財を橋渡しに協業や市場拡大を図るという両面戦略が、同社の基本方針として定着していると言えるでしょう。

当章の参考資料

  1. [4][5]Microsoft Patents | Microsoft Legal(Microsoft公式) - マイクロソフトの特許ポートフォリオ戦略(特許数より質を重視、将来志向の特許取得、特許制度改善への支持、国際出願率80%以上など)
  2. [7]Microsoft 2015 Annual Report(マイクロソフト年次報告書2015) - 知的財産の保護と活用について(発行済み特許約7万件、出願中3.5万件超、特許の自社製品への独占利用とライセンス提供、クロスライセンス締結、知財の無償開放例など言及)
  3. [1]Intellectual property and open innovation | Microsoft Legal(Microsoft公式) - マイクロソフトの知財とオープンイノベーションに関する基本スタンス(イノベーション投資と顧客・開発者への開放、多様な知財形態の活用)
  4. [30]Intellectual Property Licensing Policy | Microsoft Legal(Microsoft公式) - 学術機関に対する特許のロイヤリティフリー契約提供方針を明記
  5. [32]Intellectual property and open innovation | Microsoft Legal(Microsoft公式) - マイクロソフトのオープンソースに対するコミット表明(オープンソース協調がイノベーション加速に繋がるとの考え)
  6. [2]Microsoft Just Did Something Big With 60,000 Patents(Open Invention Network公式, 201810) - マイクロソフトがOINに加盟し約6万件の特許をコミュニティに提供したニュース(同社がオープンソースへの姿勢を転換した事例)
  7. [26]Microsoft opens up its vast patent portfolio to the Linux community(SiliconANGLE, 201810) - 当時のCEOナデラ下でLinuxなどOSSを受け入れ自社技術も公開している様子を報じた記事

全体像と組織体制

知財資産の全体像: マイクロソフトは現在、世界中で数万件規模の特許群と膨大なソフトウェア著作物・商標を保有しています。その全体像を捉える一つの指標として、前述の通り2015年時点で約5.7万件の有効特許を保有していました[7]。その後も毎年数千件規模の特許取得を継続しているため、2025年現在の累積特許保有件数は6万件台後半に達している可能性があります。もっとも特許は20年で期限切れとなるため、単純な累計ではなく毎年の出願・権利維持動向も考慮する必要があります。近年の米国特許付与ランキングでは、マイクロソフトは取得件数で5位前後IBMやサムスン電子、キヤノン、アルファベット〔グーグル〕などに次ぐ水準)に位置しています[33]。またAI関連やクラウド関連といったカテゴリー別でもトップ5に入る存在感を示しています[24]

地域別には、米国特許商標庁(USPTO)での登録が最も多く、次いで欧州特許庁(EPO)、中国国家知識産権局(CNIPA)、日本特許庁(JPO)と主要市場に広く出願しています。同社は売上の約半分以上を米国以外から得ているグローバル企業であるため、知財もグローバル対応が必須です。特許以外にも数千件規模の商標(製品名・サービス名・ロゴ等)を世界各国で登録し、自社ブランドを守っています。著作権ではWindowsOfficeのプログラム、Xboxゲーム、クラウドサービスコンテンツまで幅広く自動的に保護されており、これらも知財資産として重要です。また営業秘密(トレードシークレット)として公開せず社内管理している技術情報も数多くあります。特許化するより秘匿した方が競争優位となる技術(例:コカ・コーラのレシピのようなもの)は秘密として扱われますが、マイクロソフトの場合ソフトウェアのソースコード(Windowsの内部実装など)が典型例でしょう。同社は政府機関向けにソースコードの一部開示プログラムを持つものの、基本的には商業ソフトウェアのソースコードは非公開が原則です。

収益モデル上の位置付け: マイクロソフトの収益において、知財(特許やライセンス供与)が直接占める割合は年によって変動します。2010年代前半には、特許ライセンス収入が推定で年間数十億ドル規模に達し、営業利益にも大きく寄与していました[11]。例えばNomura証券の分析によれば2013年時点でAndroid関連特許ライセンスだけで年間約20億ドルの収益があり、しかもその95%が純利益(コストがほとんどかからないロイヤリティ収入)だったとされています[34][35]。これは当時マイクロソフトの営業利益全体(2013年約270億ドル)の約7%強に相当し、知財が一事業として無視できない規模だったことが伺えます。

しかし近年、この構造には変化が生じています。Androidメーカーからの特許料収入は、マイクロソフト自身がスマートフォン事業を終了したことや、主要メーカーとのクロスライセンス締結(訴訟でなく相互利用合意)により徐々に減少したとみられます[36]。実際、サムスンとは2014年に特許係争を経て和解・クロスライセンス契約を締結し、それ以降サムスンからの単独ロイヤリティ収入は開示されていません。また2018年のOIN加入により、Android/Linux関連の特許についてメンバー企業に対してはロイヤリティ請求しない方針となったため、将来的な収益源としての特許ライセンスビジネスは縮小傾向です[11][37]IBMのように毎年安定的に特許収入を稼ぐモデルとは異なり、マイクロソフトは知財収益をあくまで副次的なものと位置づけ、主力のクラウド・ソフトウェア製品の売上拡大を優先する方向へシフトしています。ただし知財は直接収益よりも交渉力や市場牽制に有効な戦略資産であるため、引き続きライセンス契約から生まれるロイヤリティ以外の価値(例えば他社からの技術提供やAzure採用促進など間接的利益)は享受していると考えられます。

組織体制: マイクロソフトの知財関連業務は、最高法務責任者(PresidentChief Legal Officerであるブラッド・スミス氏が長年担当)の指揮下にあります。法務・渉外を統括するCELA部門Corporate, External, and Legal Affairs)が社内の知財チームを擁し、特許出願管理から契約交渉、訴訟対応まで一元管理しています。同部門には元エンジニア出身の弁理士や特許弁護士が多数在籍しており、自社技術に精通した専門家集団である点が特徴です。

組織構造として特筆すべきは、2014年に設立されたMicrosoft Technology Licensing LLC (MTL)です。これはマイクロソフトの完全子会社で、文字通り特許資産の管理とライセンス契約を専業とする法人です[9]。大企業が知財管理専門会社を設立する例は他にもあります(例えばパナソニックの子会社Panasonic Intellectual Property Corp.など)が、マイクロソフトの場合MTLが対外的な特許ライセンス契約の主体となるケースが多いようです。実際、特許譲渡やライセンスの公的記録(USPTOへの譲渡登録など)でもMTL名義が登場します。これは、大量の契約処理を円滑化し法的リスクを限定する目的と思われます。たとえば特許侵害での訴訟リスクを本体から切り離し、MTLとして行うことで本社資産への影響を抑える狙いも推察されます。

MTLはまた、先述のAzure IP Advantageプログラムの運営にも関与しています。このプログラムで提供される1万件の特許リストも、MTL保有の権利群から選定されています[18]。エンジニアリング部門(Azure開発チームなど)と法務部門(MTLチーム)が連携して、クラウドビジネス戦略に資する知財活用策を設計しているわけです。こうした部門横断の仕組みは、知財戦略を経営戦略に緊密に統合するうえで重要な役割を果たしています。

さらに知財訴訟対応チームも社内に置かれています。マイクロソフトは世界各地で毎年多数の知財係争案件(特に特許訴訟)を抱えますが、社内弁護士と外部弁護士事務所を組み合わせて防御・攻撃の双方を遂行しています。著名なケースでは、2010年前後にモトローラ(当時Google傘下)と相互に多数の特許侵害訴訟を提起し合った例があります[38][39]。この時マイクロソフトは、モトローラによる標準必須特許のライセンス提供義務違反を主張し(いわゆるFRAND紛争)[39]、一方で自社のAndroid関連特許侵害でも反訴しました[40]。結果的に和解しましたが、こうした大規模訴訟戦も支える専門部隊があるわけです。また近年はNPE(特許非実施主体)による訴訟にも対処が必要で、社内には特許トロール対策チームも存在します。LOT Network加盟や他企業との共同行動(例:Unified Patentsへの参画など)も、このチームが中心となり推進していると考えられます。

技術部門との連携: マイクロソフトの知財創出の源泉は研究開発部門です。同社は2023年度に約243億ドルを研究開発費に投入しており(売上高の12%程度)、世界有数のR&D企業です[41]。社内には基礎研究部門のMicrosoft Researchと製品開発部門があり、前者は学術寄りの研究成果(論文・プロトタイプなど)も多数生み出します。知財部門は発明の発掘を奨励するため、発明報奨金制度を設け研究者からの発明届出を受け付けています。届出が特許出願に至れば発明者に報酬が支払われ、さらに特許登録され商業上重要と認められれば追加報奨がある仕組みです。マイクロソフトは長年発明者への報奨金額を公表していませんが、一般的な米IT企業(例: IBM1$1,500程度)と同等かそれ以上を支給していると推測されます。この制度によって従業員の知財意識を高め、会社への発明帰属を円滑にしています。

組織体制として重要な点をまとめると、「経営層-法務(MTL)-技術部門」が三位一体となった知財戦略運営がマイクロソフトの強みです。知財は法務事項に留まらず、ビジネス戦略・技術戦略と表裏一体であるとの共通認識が社内に浸透しています。その結果、特許を取得するか公開するか、ライセンス供与するか自社専有にするかといった判断が、経営目線で行われます。組織面の整備と文化醸成により、知財戦略が全社戦略の有機的な一部となっている点が、同社の全体像と言えるでしょう。

当章の参考資料

  1. [7]Microsoft 2015 Annual Report- 2015年度時点での特許保有数(米国・海外含め57,000件以上、出願中35,000件以上)や知財活用の方針について記載
  2. [33][24]Most patents granted in 2022: Asian firms dominate US list(The Stack, 20231) - 2022年の米国特許取得件数ランキング(サムスン16248件、IBM24389件、以下LG、トヨタ、キヤノン…マイクロソフトはトップ10内)およびAI関連特許の主要企業(IBM, サムスン, グーグル, マイクロソフト等)の言及
  3. [11]Microsoft opens up its vast patent portfolio to the Linux community(SiliconANGLE, 201810) - 2013年時点でAndroid特許ライセンス収入が年間20億ドル規模とのNomura分析、主要Androidメーカーがほぼ契約済みであったこと、2018年のOIN参加で今後ロイヤリティを放棄する可能性について記載
  4. [9]Microsoft Technology Licensing(Microsoft公式) - MTLMicrosoft Technology Licensing LLC)がマイクロソフトの子会社として特許管理と技術移転を担う旨の記述
  5. [18]Azure IP Advantage: A closer look at the ‘patent pick’」(Microsoft公式ブログ, 20172) - Azure IP Advantageプログラムで提供される1万件の特許リストやそれが全特許ポートフォリオの代表的サブセットであることの説明
  6. [38][39]Microsoft 2015 Annual Report- モトローラとの特許訴訟係争(ITC提訴やRAND条件下での標準必須特許ライセンス問題)の説明箇所
  7. [42][3]Microsoft joins LOT Network…(Microsoft Azure Blog, 201810) - マイクロソフトが数百件の特許訴訟(多くはNPEによる)に直面してきたこと、それに対処するためLOT Network加盟やAzure IP Advantageなどを導入した経緯
  8. [34]Microsoft Earns $2 Billion Per Year From Android Patent Royalties(Business Insider, 2013) - Nomura証券Rick Sherlund氏のレポートに基づき、Android特許収入が約20億ドル/年で95%が純利益と報じた記事

詳細分析:技術領域別の知財戦略

マイクロソフトの知財戦略を深掘りするにあたり、まず技術領域別の動向を分析します。同社は幅広い技術分野で事業展開していますが、知財の重点配分は各領域の戦略的重要性に応じて異なります。主要な技術領域ごとに特許・知財戦略の特徴を整理します。

ソフトウェア(OS・クラウド・アプリケーション)

OS(オペレーティングシステム): Windowsに代表される基本ソフト分野は伝統的にマイクロソフトの中核事業であり、知財による参入障壁の構築が図られてきました。Windows関連ではユーザインタフェース、ファイルシステム、ネットワークプロトコルなど多岐にわたる特許を保有し、競合OSへの技術流出を防いでいます。例えばファイルシステム「exFATに関する特許群は同社が積極的に管理してきた技術の一つです。exFATSDカードなどで使われるファイル形式ですが、マイクロソフトは各機器メーカーにライセンス供与することで事実上標準化させました[12][43]。ただし近年このexFATについてはLinuxカーネルに組み込むため、2020年に特許をOIN経由で開放しOSSでの利用を認める決定をしています。これはOS分野でもクローズ戦略一辺倒でなく、普及と互換性を優先して知財方針を調整した例といえます。

Windows OS自体のGUI操作や機能に関する特許も多数存在しますが、近年はクラウド時代を見据えOS単体の権利行使は控えめとの見方があります。というのもPC向けOS市場ではWindowsが事実上独占に近く、特許侵害で争う相手が乏しい状況です(過去にLinuxデスクトップへの権利主張は示唆したものの、大きな訴訟には至っていません)。むしろWindows関連技術は他社ソフトとの相互運用性確保が重視され、「オープンスペック計画」としてWindowsの各種通信プロトコルやファイル形式の技術情報を公開する取り組みも行われました[44]。これは2004年の欧州委員会による独占禁止法措置への対応として始まったものですが、結果として開発者がWindowsと連携しやすい環境が整い、Windowsの市場地位維持に貢献しています。このようにOS領域では、コア部分の秘匿と周辺部分の公開を使い分け、知財で競争力を担保しつつエコシステムとの両立を図る戦略がとられています。

クラウド(Azure: クラウドサービス分野は現在のマイクロソフトの成長ドライバーであり、知財戦略上も最重要領域です。同社はAzureクラウド基盤に関連する発明を数多く特許出願しており、例えばデータセンター管理、仮想化技術、分散データベース、AIサービス基盤などに多数の特許が存在します。外部分析では「もしAzure関連特許群を一社が保有すれば世界第3位の質量を持つ」と評価されたほどで[45]、クラウドインフラ技術での知財蓄積は競合のAmazonGoogleに比べても豊富と見られます[46]。もっとも、クラウド領域では特許係争は表面化していません。主要プレイヤー同士(Microsoft, Amazon, Google, IBM, Oracle等)は相互に多分野で特許を持つため、暗黙の相互抑止が働いている可能性があります。もし訴訟合戦になれば泥沼化するリスクが高く、各社クラウド特許は専ら自衛(ディフェンシブ)目的で保有していると推察されます。この点、Azure IP Advantageで提供する特許ピック(後述)は、万一クラウド顧客が他社から訴えられた際に反撃材料として使えることを意図しています[18][47]。つまり同社自身はクラウド特許で他社を訴えない代わり、顧客を守る盾として活用するという防御的戦略を採用しています。

ビジネスアプリケーション: Officeスイート(Word, Excel, PowerPointなど)やDynamics(業務アプリ)は、長年の開発で多くの独自技術を蓄積しています。これらのUI操作性向上の発明や、編集機能に関する特許も多岐にわたります。ただ、アプリケーションソフト分野では直接的な特許訴訟は目立っていません。他社オフィス製品(LibreOfficeなど)はオープンソースで開発されているため、ここに特許行使すると反発が大きくリスクが高いのも一因でしょう。その代わり、マイクロソフトはファイル形式の標準化を通じて間接的に知財優位を保ちました。Office Open XML形式をISO標準に押し上げる過程で、自社の文書形式特許を無料で実装可能にする措置を取り(標準必須特許としてFRAND提供)[48][49]、結果としてOffice互換ソフトでもマイクロソフトの知財を一定程度利用できる代わりにフォーマット主導権は同社が握る形を作りました。アプリ領域ではこのように仕様特許の戦略的開放が競争戦略と結びついています。

ハードウェア(デバイス・IoT・半導体)

マイクロソフトはソフトウェア企業のイメージが強いものの、SurfaceシリーズやXbox、周辺機器などハードウェア開発も手掛けており、その知財戦略も存在します。とりわけXboxゲーム機は独自設計のハードとソフトの融合製品であり、関連するグラフィックス処理技術やコントローラ、通信プロトコルなどで特許を保有しています。ゲーム機市場では任天堂・ソニーとの競争がありますが、これまで特許係争は表面化していません。各社が暗黙の了解で干渉を避けているか、事前にクロスライセンス合意がある可能性があります。実際、マイクロソフトとソニーは2019年にクラウドゲーミングなどで戦略提携を発表しており、その中で特許クロスライセンスも含まれていると報じられています(正式な契約詳細は非公開)。

PC周辺機器(マウスやキーボード等)やSurfaceタブレットでは、エルゴノミクスデザインや特殊ヒンジ構造などの特許出願があります。ただこの領域も模倣品対策は主に意匠権や商標で行い、特許で他社を訴える動きは限定的です。ハードウェアではアップルのように積極的に特許訴訟を提起する例(例:スマホのスライド解除特許訴訟など)もありますが、マイクロソフトはむしろ特許交渉で解決する傾向です。例えばAndroidデバイスを製造するFoxconn(鴻海)DellAcerなどとは、20132014年に特許ライセンス契約を結び[50][51]Chrome OSAndroidデバイスの製造にマイクロソフトの特許実施料を課す代わりに係争しないという形を取りました。これにより自社が直接製造しないPC・スマホ分野からもライセンス収入を得つつ、デバイス市場での影響力を維持しました。

またIoT(モノのインターネット)分野では、2016年頃から車載や産業機器メーカーとの提携・ライセンス供与が増えました。例えばトヨタ自動車とは車載OSで協業し特許の相互利用関係にありますし、2016年にはRakuten(楽天)と家電領域での特許クロスライセンス契約を締結しています[52]IoTは異業種との連携が不可欠であり、異なる業界同士の特許クロスライセンスWin-Winを図る戦略が見て取れます。マイクロソフトが強みを持つ通信・クラウド技術特許と、電機メーカー側のセンサーや機器制御特許とを交換することで、双方が包括的に技術を使える環境を整えています。

半導体設計については、マイクロソフト自身は製造工場を持たず、SurfaceXbox向けに他社(Intel, AMD, Qualcomm等)のチップを採用する立場です。しかし近年は専用チップ(例えばクラウド用AIプロセッサやXbox用のカスタムSoC)の共同開発も行っており、この分野の知財も蓄積しつつあります。競合のGoogleAmazonが独自半導体を設計し特許出願しているのと同様、マイクロソフトもFPGAIntel傘下のAlteraとの連携で生まれたAzure向けアクセラレータ)などの分野で特許を取得しています。ただし半導体分野の特許訴訟は高度で、専門プレイヤー(半導体企業)も絡むため、当面は大きな知財係争には発展していません。いずれにせよ、ハードウェア領域では直接的な特許紛争は極力避け、提携とライセンスで処理するのがマイクロソフトのスタンスです。

新技術領域(AIMR・量子コンピューティング)

マイクロソフトは将来を見据え、AI(人工知能)、MR(複合現実)、量子コンピューティングといった新技術にも研究開発投資を行っています。これらの領域では知財の取り扱いも新たな挑戦となっています。

AI(人工知能): AI分野は急速に発展しており、機械学習アルゴリズムや大規模言語モデル、クラウドAIサービスなど広範囲です。同社は機械学習の基盤技術(ニューラルネットワークの最適化、分散学習手法など)に関して相当数の特許出願を行っています。ただ、AIアルゴリズム自体は数学的手法であるため特許が認められにくい面もあります。そのためソフトウェア特許に対する審査基準の変化2014年の米国最高裁Alice判決以降、抽象的アルゴリズムは特許適格性が厳格化)がAI特許戦略に影を落としています。マイクロソフトはこの流れに対応し、アルゴリズム単体よりAIの応用(応用システムやハードとの組み合わせ)に特許クレームを書くなど工夫しているようです。またAIモデルの学習に必要な大規模データやクラウド計算資源自体は特許で守れないため、営業秘密(モデルの重みやノウハウを非公開)として囲い込む戦略も並行しています。

一方でAI分野はオープンソースコミュニティも活発で、マイクロソフトはOpenAI社との協業を通じてGPT系モデルをサービス提供するなど、開発スピードを優先しています。知財上の課題として、生成AIの出力物の著作権やトレーニングデータの権利など未整備な点が多く、業界としてルール形成段階です。マイクロソフトは自社のAIサービス利用者を守るため、Copilot等のAI搭載ソフト利用で第三者から著作権侵害で訴えられた場合の補償を約束するなど(2023年の発表)、プロバイダとして法的リスクを引き受ける姿勢を示しつつあります。これは知財リスクを恐れてAI活用を躊躇する顧客に対し、安心材料を提供する戦略であり、Azure IP AdvantageAI版とも言えるでしょう。総じてAI領域では、「特許で囲い込む部分」と「開放して普及を促す部分」を選別しつつ、契約上の保護で顧客を支えるアプローチが見られます。

MR(複合現実): HoloLensに代表されるMRデバイスは、マイクロソフトが先行する分野です。MRゴーグルのハードウェア(光学系、センサー、ディスプレイ制御)からソフトウェア(空間マッピング、ジェスチャー認識)まで社内技術を投入しており、この分野での特許出願も活発です。競合にはMagic Leapやメタ(旧Facebook)などがありますが、HoloLens技術に関するコア特許はマイクロソフトが押さえていると考えられます。実際、HoloLensの開発リードだったAlex Kipman氏らの名で多数の特許が米国出願されています。MR分野は市場自体が新しく、標準も確立していないため、知財を将来の交渉カードとして蓄積している段階です。同社は他社MRとの相互運用(例えば共有プラットフォームMeshの構想)も提唱しており、その際は特許クロスライセンス交渉が必要になるでしょう。まだ大きな特許訴訟は起きていませんが、MRが次世代の主要プラットフォームになれば知財紛争も発生し得ます。マイクロソフトはその時に備え、自社の基本特許ポートフォリオを構築している段階と見られます。

量子コンピューティング: 将来的なブレークスルーが期待される量子計算分野にも、マイクロソフトは研究投資しています。ただし量子アニーリング方式で先行するカナダD-Wave社や、超伝導量子ビット開発のGoogleIBMなど、競合も限られた世界です。マイクロソフトはトポロジカル量子ビットという独自路線を追求してきましたが、未だ実用化に至っていません。知財面では、量子アルゴリズムや量子エラー訂正などに一部特許出願がありますが、装置そのものの特許は他社と比べ目立ちません。これは量子技術の不確実性から来る慎重さでしょう。しかしソフトウェア会社らしく、量子コンピュータのシミュレーション技術や開発ツールについては特許出願が確認されています。今後量子分野で各社がしのぎを削る際には、マイクロソフトも持ち前のソフトウェア資産(量子言語Q#Azure Quantumプラットフォーム)を活かし、関連知財でポジションを確保するとみられます。現時点では実用段階でないため表立った知財戦略は見えにくいですが、「将来の果実」に備えた知財の先行取得という点で他の先端企業同様に動いていると推察されます。

以上、技術領域ごとの戦略を概観すると、成熟領域では知財を駆使して独占力を維持し、新興領域では将来のための知財投資と業界整合を図るというメリハリが見て取れます。マイクロソフトは自社ビジネスのライフサイクルに応じ、知財戦術を変化させているのです。

当章の参考資料

  1. [12][43]IP Agreements - Audiovox他とのexFAT特許ライセンス」(Microsoft News, 20136) - exFATファイルシステムを車載・カメラメーカー各社にライセンスした事例
  2. [44]Open Specifications Licensing Programs | Microsoft(Microsoft公式) - 相互運用促進のため、主要製品の通信プロトコルやファイル形式に関する特許をライセンス提供している旨の説明
  3. [45]Azure IP Advantage: patent pick 分析」(Microsoft公式ブログ, 2017) - TechInsights社の調査として、Azure関連特許群が単独企業のポートフォリオなら世界3位相当(1位マイクロソフト全体, 2IBM)との評価結果を引用
  4. [50]Microsoft and Dell sign patent licensing agreement(Microsoft News, 20143) - デルとの特許ライセンス契約(詳細非公開だがChrome OSAndroid機器含む広範囲クロスライセンスと推測される)
  5. [52]Microsoft and Rakuten sign patent licensing agreement(Microsoft News, 20163) - 楽天とのクロスライセンス契約(双方のコンシューマー電子機器分野、Linux/Androidデバイスを含む)締結プレスリリース
  6. [18][47]Azure IP Advantage: A closer look at the ‘patent pick’」(Microsoft公式ブログ) - Azure利用者が特許訴訟に直面した場合、マイクロソフト提供の特許を行使できる権利が抑止力になるとの説明
  7. [49]Intellectual Property Licensing Policy | Microsoft Legal- マイクロソフトが特許ライセンスを基本的にノンエクスクルーシブかつ業界標準的(商業的に合理的)条件で提供し、必要に応じ特定技術や特許はライセンスしない権利を留保している方針
  8. [53]Microsoft opens up its patent portfolio to Linux community(SiliconANGLE) - OIN参加によりAndroid関連特許ロイヤリティ要求を今後放棄することで、以前の収入源を手放す決断について

詳細分析:市場・顧客別の知財戦略

マイクロソフトの知財戦略は技術分野だけでなく、市場セグメントや顧客層ごとにも異なるアプローチがとられています。同社が事業展開するコンシューマー市場、企業(エンタープライズ)市場、新興国市場など、それぞれで知財活用の重点や課題が異なるためです。本章では市場・顧客別視点での知財戦略を分析します。

コンシューマー市場(一般消費者向け)

個人ユーザーを対象とするWindows搭載PCXboxOffice個人版、スマホ関連サービスなどでは、ブランド価値とコンテンツ保護が重視されます。まず商標戦略として、「Windows」「Microsoft」「Xbox」等のブランドを世界各国で商標登録し、不正利用を防止しています。特に「Windows」は汎用名詞化する恐れもあったため、一貫して商標として扱い、「ウィンドウズ」という語が一般的にOSを指す代名詞にならないよう管理してきました。またXboxのロゴやキャラクターなども含めエコシステム全体でブランド保護を行っています[54]

コンシューマー市場では違法コピー対策も重要です。ソフトウェア著作権侵害(海賊版)は90年代から大きな問題でしたが、マイクロソフトは技術的手段(プロダクトキー認証やWindows Genuine Advantageプログラム)と法的手段(大規模な海賊版業者への訴訟)を組み合わせ、違法コピー率の高かった市場(中国など)で徐々に改善を図りました。中国では2000年代後半に政府と協力して海賊版取締りキャンペーンを展開し、また低価格版OSの提供など柔軟策も取り入れました。こうした対策は知財戦略の一環であり、価格政策と権利行使を組み合わせて市場フォローする例と言えます。

また、コンテンツ分野では著作権管理が前面に出ます。例えばXbox向けゲームや音楽・映像配信サービスでは、DRM(デジタル権利管理)技術によるコピーガードやライセンス認証を用いており、これ自体もマイクロソフトの知財(特許技術)です。さらに第三者コンテンツとの契約でも、自社プラットフォーム上の権利処理を周到に行っています。消費者に直接提供するサービスでは、知財侵害が発生すれば企業イメージ失墜につながるため、利用許諾契約(EULA)やサービス規約で利用者にも遵守を求めています[48]

興味深いのは、消費者訴求のための知財の使い方です。マイクロソフトは近年、消費者に「当社製品を使うことで知財リスクが低減する」というプロモーションをすることがあります。例えばOffice 365Google Docsを比較し、マイクロソフト製品は商用利用時に特許侵害訴訟から全面的にユーザーを保護する(必要なら代わりに戦う)が、Googleの無料サービスはそうした明確な補償がない、とアピールしたことがあります[55]。これは企業向けメッセージにも思えますが、中小含む幅広いユーザーへのアピールとしても機能します。つまり「マイクロソフト製品なら安心」というブランドイメージを醸成し、知財保証を付加価値として提供する戦略です。

エンタープライズ市場(企業・官公庁向け)

マイクロソフトの主要顧客である企業や官公庁向けには、知財戦略も一層緻密です。企業は自社が使うソフトやクラウドサービスが第三者特許を侵害していないか、常に不安を抱えています。その不安を解消し採用を促すため、マイクロソフトは利用者への知財補償を契約上明文化しています。典型例がエンタープライズ契約における特許補償条項です。Microsoftは大口契約で「当社製品の利用に起因して第三者から知財侵害で訴えられた場合、マイクロソフトが代わりに対応し必要なら損害賠償金を支払う」という補償を約束します。これは知財インデムニティ(Indemnificationと呼ばれ、エンタープライズ分野では一般的ですが、マイクロソフトはその範囲を広く取り、オープンソース部分まで含めるケース(Azure IP Advantageではオープンソース由来サービスも対象[55])も示しています。

さらに、2017年開始のAzure IP Advantageでは、クラウド利用企業が被る特許リスクを包括的にカバーしました[56]。これは単なる訴訟補償にとどまらず、前述の通り10,000件の特許利用権提供やスプリンギングライセンスといった攻めの対策も含まれます。エンタープライズ顧客にとって、これだけの保護があれば安心してAzureを採用でき、仮に競合クラウドより料金が高くても価値を感じるでしょう。実際、Azure IP Advantage発表時には多くの顧客企業から支持コメントが寄せられました[57]

官公庁向けには、知財よりセキュリティと信頼性が強調されますが、知財面でも例えば政府機関向け特許ライセンス優遇や、ソースコード開示(中国やロシア政府が要求)の範囲調整など、特殊な対応がみられます。マイクロソフトは各国政府との間でGovernment Security Program (GSP)を結び、Windows等の源コード閲覧を許可しつつ知財保護も担保する仕組みを導入しています。これは知財そのものではありませんが、知財(ソースコード著作権)を守りながら顧客の信頼を得る戦略です。

エンタープライズ市場ではまた、他社商用ソフトとの知財摩擦も問題になります。顕著だったのがLinuxWindowsの競合時代です。Linux導入企業に対し、マイクロソフトは「Linuxにはマイクロソフトの特許が数百件含まれている可能性があるが、NovellSUSE Linuxを使えばマイクロソフトとの特許協約下にあるため安全だ」といった宣伝を2006年に行いました(Novellとの協業契約による)[58]。これは競合OSSを選ぶ顧客に対し、知財リスクを印象付け自社陣営(Windowsまたは提携Linux)に引き込む戦略でした。賛否を呼びましたが、結果としてNovellとの提携は数年続き、その間SUSE Linux採用企業はマイクロソフトが訴えないという安心感を得ました。現在はLinux全般に対し特許不行使の方向に転じましたが、エンタープライズ顧客を囲い込む手段として知財リスクを操作する一例でした。

新興国市場・中小企業

新興国や中小企業は、知財戦略上コスト意識が高く、違法コピーやライセンス無視も起こりやすいセグメントです。マイクロソフトはこの層に対し、海賊版対策と普及促進の両面作戦を取ってきました。前述したように、中国では低価格版OS(スタータエディション等)提供や学生向け無償プログラムを行う一方、悪質業者には法的措置も実行しました。結果として、中国におけるWindows正規版使用率は徐々に改善し、現在では企業用途では高い割合で正規ライセンスが使われるようになったと報告されています(ただし依然個人利用では非正規も多い)。

インドや東南アジアでも類似の取り組みを実施し、各国政府と協力した知財教育キャンペーン(知財の重要性を啓発するセミナー開催等)も行いました。これは業界団体BSABusiness Software Alliance)の一員としての活動でもあり、マクロな視点で市場全体の知財遵守レベルを上げることに貢献しています。

中小企業向けには、過度に厳しい知財行使は評判悪化に繋がるため、柔軟な対応がみられます。例えば小規模企業でライセンス違反が判明しても直ちに訴訟にせず、まずは正規版へのアップグレード提案や一時的救済措置を提示するケースがあります。また、中小にはオープンソース利用も多いことから、前述のAzure IP Advantage「オープンソース基盤上のサービスでも守る」と謳ったのはこの層へのメッセージでもあります[17]。つまり「マイクロソフトを使えば、オープンソースを含め全て面倒を見る」とアピールすることで、OSSに詳しくない中小IT部門でも安心感を得られるわけです。

さらに特許トロール訴訟では、中小企業が標的にされやすい問題があります。LOT Networkの調査では、特許訴訟を受けた中小企業の4割が「事業に深刻な影響」を被ったと報告されています[59]。マイクロソフトがLOT Networkに加盟したのも、自社コミュニティのパートナーや顧客(多くは中小を含む)を特許リスクから守る狙いがあります[3]。自社が関与しないNPE訴訟でも、LOT Network参加企業同士であれば特許譲渡時に相互にライセンスが発動し訴訟を防げます。コミュニティ全体の防衛策としてマイクロソフトが参加を表明したことは、中小含む広範なエコシステムへの貢献と評価されました。

まとめると、新興国や中小企業市場では、過剰な知財行使は避けつつ教育や補償で信頼を醸成するのがマイクロソフトの戦略です。知財は本来大企業に有利な武器ですが、それを弱者保護にも使うことで長期的な市場育成につなげています。同社の知財戦略は単に権利主張するだけでなく、顧客セグメントごとに最適化されたアプローチで市場拡大とブランド向上を図っている点が特徴と言えるでしょう。

当章の参考資料

  1. [54]Intellectual property and open innovation | Microsoft Legal- 商標とブランドガイドラインに関する記述(マイクロソフトのブランド資産保護について)
  2. [55]Microsoft joins LOT Network…(Microsoft Azure Blog, 2018) - Azure IP Advantageでオープンソースベースのサービスも特許訴訟から守ると述べた部分、およびLOT Network参加により約300社・135万件の特許カバーをコミットしたこと
  3. [57]Azure IP Advantage: … ‘patent pick’- Azure IP Advantage導入の背景説明(顧客の声によりリスク管理機能をクラウドの付加価値としたこと)
  4. [58]With ZTE, Most Major Android Makers Choose Licensing」(Microsoft Technetブログ, 20134月)- 「主要Androidメーカーの大半がマイクロソフトとライセンス契約を選択している」との記事(Linux対抗戦略の一環)
  5. [59]Microsoft joins LOT Network…- Entrepreneur誌の調査引用として「中小企業の40%が特許訴訟で重大な業務影響を受けた」と言及した部分(NPE訴訟の脅威に関するデータ)
  6. BSA Global Software Survey 2018(外部資料)- 各国におけるソフトウェア違法コピー率とマイクロソフトなどの取り組みに関する統計(参考値として)

詳細分析:収益モデルと知財活用

マイクロソフトの知財戦略を企業収益モデルの観点から見ると、知財を直接収益化するモデル知財で本業収益を支えるモデルの両面があります。本章では、ライセンス収入など直接モデルと、顧客囲い込みなど間接モデルの2軸で分析します。

特許・技術ライセンス収入モデル

前述の通り、マイクロソフトは特許ライセンス事業を2000年代以降本格化させ、大きな収入源としてきました。その典型がAndroidデバイスからのロイヤリティ収入です。2010年頃から、Androidスマホメーカー(HTC、サムスン、LG、ソニーなど)は次々とマイクロソフトと特許ライセンス契約を締結しました[50][13]。各契約の詳細は秘密ですが、多くは1台あたり数ドルの料率と言われ、2013年時点で推定年間20億ドル規模に達したとされています[11]。これにより、マイクロソフトは自社がシェアを取れなかったスマホ市場からも安定収入を得ることに成功しました。いわば「他社成功の上前をはねる」収益モデルであり、一部では批判的に「Android税」とも呼ばれました。しかし特許権者としては合法的な収益化であり、この資金がWindows Phoneなど自社モバイル戦略の穴埋めになった面もあります。

さらに過去には、特許売却による収入も発生しています。例えば2011年にNortel特許をコンソーシアムで買収した後、一部特許を他社に転売または実施許諾して収益を上げています。また自社不要となった特許を知財仲介会社に売却することもあり、表には出ませんが資産売却益として計上されるケースもあります。こうしたポートフォリオの整理売却は定期的に行われ、現金化することで知財部門が利益センターとして貢献することもあるようです。

ただし近年、この直接収入モデルは縮小傾向です。理由は、(1)大口契約が一巡したこと、(2)クロスライセンス化により純支払いが減ったこと、(3)同社が知財を攻撃的に使わなくなったこと、です。実際、IBMのように毎年10億ドル超を特許ライセンスで稼ぐ企業と比べ、マイクロソフトは2020年代に入り特許収入が減少しています。公開情報は限定されますが、IBM2018年特許収入約12億ドル[60]に対し、マイクロソフトは特許を含む「ライセンス&その他収入」で数億ドル規模との推計があります[61]。この差は、マイクロソフトが収益源としての特許ビジネスより、クラウドやサブスクリプション本業に集中していることを示唆します。

それでも特許ライセンスは完全になくなったわけではありません。例えばIoT分野では、新規にマイクロソフトの特許を利用する企業からロイヤリティ収入が発生しています。2018年にはAzure Sphere関連技術をシリコンメーカーMediaTekにライセンスする契約を結んだ例があります。また車載分野でも、コネクテッドカー技術で特許収入を得始めていると報じられます[12]。このように新規領域からの特許収入開拓は続いており、特許ライセンス事業の種は絶やしていません。

また、技術ライセンスプログラムも収益モデルの一環です。同社は必要に応じソースコードライセンス(Windows Embedded向けに一部ソース開示しOEMにライセンス)や、各種プロトコルの実装ライセンスを提供しています[48]。例えば前述のWindows通信プロトコル開示プログラムでは、有償で仕様特許の使用を許諾することで多少の収益を上げています。規模は特許ライセンスほど大きくないものの、技術提供サービスとして売上計上されています。

なお、知財訴訟の和解金も潜在的収益です。マイクロソフトは自ら訴訟を起こして得た和解金・判決金は多くないですが、相手からの提訴を跳ね返し逆に相手が特許実施料を払う事例はあります(例:2007年にCADソフトのAutoCAD開発企業から特許侵害で訴えられた件で逆に相手とクロスライセンス&和解金取得)。ただこれらは単発であり、戦略的収益源ではありません。

総じて、マイクロソフトにとって知財はかつて主要収益源の一つでしたが、現在は補助的な位置付けに変化しています。しかし過去のライセンス契約には長期のロイヤリティ支払いを伴うものもあり、例えばある契約では2020年代半ばまで継続収入があるとも言われます。したがって今後数年は、細くなりつつも知財直接収入が利益を下支えする構図が続くでしょう。

本業収益支援モデル

直接収益よりも重要なのは、知財が本業の売上・利益を守り高める役割です。これには以下のような形態があります。

  • 競争優位の維持: 自社製品・サービスを模倣から守り、独占的利益を確保することです。例えばWindowsOfficeの独自機能について他社が類似製品を開発すれば、特許・著作権で排除できます。事実、1990年代にオフィススイート市場で競合したLotusWordPerfectといったソフトは、機能面・フォーマット面で互換を追求しましたが、特許係争(Lotus vs. Borlandのメニュー操作著作権訴訟等)やフォーマット競争に敗れ衰退しました。この背後にはマイクロソフトの知財防衛も存在したと考えられます。近年ではGoogleOffice対抗でGoogle Docsを提供していますが、マイクロソフトは自社の長年の知財蓄積から来る完成度や企業内標準としての強みで対抗しています。知財が参入障壁となり、市場シェアと価格プレミアムを守っている構図です。
  • 価格差異化とエディション戦略: マイクロソフトは製品を機能限定版から高機能版まで複数エディション展開し、価格差別化します。この際、知財(主にソフトの機能)をコントロールすることで顧客の自己選別を促します。例えばWindowsSQL Serverでは「Standard」「Enterprise」などエディション別にライセンス機能が違います。技術的には同一ソフトで機能をロックしており、著作権とライセンス契約で低価格版の不正な機能解除を禁じています。知財による機能制限と契約がなければ、高機能版を安価にコピーされ収益機会を失ったでしょう。このように知財で商品ラインナップ戦略を支え、売上最大化に寄与しています。
  • クロスライセンスによるコスト削減: 特許クロスライセンス契約を結ぶことで、相互の訴訟を避けるだけでなくライセンス費用を相殺し合います。例えばAndroid関連でサムスンから特許料を得る一方、マイクロソフトもサムスンの通信特許等を利用しています。クロスライセンスがなければ、両社とも巨額の特許料支出が発生したかもしれませんが、それを回避できています[36]。マイクロソフトは主要ハード企業(HP, Dellなど)ともクロスライセンスがあり、PCに搭載される他社特許(例:CPUの特許など)について個別支払いを免除されています。これは実質的なコスト削減効果があり、ひいては利益率の向上につながります。
  • 顧客ロックイン効果: 知財戦略により一度獲得した顧客を囲い込み、長期収益に貢献します。典型はOfficeの文書フォーマット戦略で、一度Officeで大量の文書資産を蓄積した企業は、互換性問題から容易に他社ソフトへ乗り換えできません。これはフォーマット自体は標準化されたとはいえ、完全な互換を取るには微妙な実装差異があり、マイクロソフトだけが持つノウハウ(営業秘密的知財)が効いているからです。同様にAzureクラウドでも、一度Azureサービス(例えば独自のCosmos DB等)を使ったシステムを組むと、他クラウドへ移行コストが高くなります。このロックインは必ずしも意図的に悪質なものではなく、イノベーションの結果ですが、知財により他社が互換サービスを提供しにくい状況を作り出すことで実現されています。結果、顧客生涯価値(LTV)が高まり収益の安定化に資します。
  • 営業交渉力の強化: 知財は顧客との取引交渉でも切り札となります。例えば大企業がLinux採用を検討している際、「当社と契約すれば知財リスクについて包括的にカバーします」と提示すれば、単なる価格勝負以上の価値提案となります。実際に過去、マイクロソフトの営業がLinuxからWindowsへの乗り換え提案時に特許補償の話を持ち出したケースがあったと報告されています(顧客は知財リスクを懸念していた)。このように、知財を営業ツールとして使うことで契約獲得率を高め、収益に寄与させています。

以上のような間接効果によって、マイクロソフトの知財は同社のビジネスモデルを支えています。特許の権利行使で短期利益を追うよりも、知財をテコに顧客価値を高め長期的収益を極大化する発想が強まっていると言えます。同社Presidentのブラッド・スミス氏も「イノベーションは当社だけでなく顧客・開発者に行き渡って初めて当社の利益になる」旨を述べており[25]、知財戦略を単独の収益源ではなくエコシステム戦略の一部と捉えていることがわかります。

当章の参考資料

  1. [11]Microsoft opens up… Linux community(SiliconANGLE) - 2013年に推定されたAndroid特許収入(20億ドル/年)に関する記述
  2. [60]IBM's patent licensing revenue (2018)(Medium/SeekingAlpha) - IBM2018年特許ライセンス収入約12億ドルとのデータ(他社比較用)
  3. [13]Microsoft and Dell patent licensing agreement(Microsoft, 2014) - クロスライセンスにより双方の技術活用・イノベーション加速を図るとしたプレスリリース
  4. [25]Intellectual property and open innovation | Microsoft- 自社と顧客・開発者双方にメリットある形でのイノベーション政策を追求していることを示す一節
  5. [3]Microsoft joins LOT Network…- マイクロソフトが業界リーダーと協調しIPリスクへ取り組む姿勢(Azure IP AdvantageLOT参加)
  6. マイクロソフト年次報告書各年セグメント情報や「ライセンス収入」項目の記載(例:2016年フォーム10-Kにて「特許ライセンス収入は主にモバイルデバイスとクラウドに関するもの」との説明[62]

詳細分析:パートナーシップとエコシステムにおける知財戦略

マイクロソフトの知財戦略は、自社単独だけでなく業界パートナーやオープンエコシステムとの関係構築にも深く関与しています。ここでは、他社との提携・標準化活動・コミュニティ参加などエコシステム戦略における知財の役割を分析します。

テクノロジーパートナーとのクロスライセンス

マイクロソフトは長年にわたり、ハードウェアOEMやソフトウェアベンダーとの間で知財提携(クロスライセンスや協業契約)を結んできました。これはPC業界でのWintelアライアンスMicrosoft+Intel)のように、互いの技術を補完して市場を拡大する目的があります。知財的には、Intelが半導体特許を提供しマイクロソフトがOSソフトウェア特許を提供することで、互いに安心して製品開発できました。他にもHPDellといった主要OEMとも、PCに関わる広範な特許クロスライセンス契約を交わしています。これによりPCエコシステム全体が特許訴訟に煩わされず成長でき、結果的にWindowsの普及にも繋がりました。

近年では、モバイルやクラウド分野でも大企業間クロスライセンスが増えています。例として、サムスン電子とは2011年にスマホ特許を巡り訴訟寸前まで行きましたが、2014年に和解し包括クロスライセンス契約を締結しました。これには特許料の受払いも含まれていますが、以後両社のスマホ・クラウド事業で相互に特許を気にせず協業できる土壌ができました。また2020年にはMicrosoftSamsung5G/クラウドでの協力を発表し、知財障壁なく共同マーケティングする様子が見られます。大企業同士のクロスライセンスは一種の軍縮条約のようなもので、莫大な知財戦費をイノベーションに振り向けることを可能にします。マイクロソフトはそうした合意に積極的であり、Googleとも2015年に特許訴訟の取り下げと包括クロスライセンスに合意しています(AndroidXbox関連の相互訴訟終結)。

エコシステム全体を見ると、マイクロソフトは「主要プレイヤーとは争わず協調し、業界外の脅威に対して結束する」戦略です。業界外の脅威とは、NPE(パテント・トロール)や異業種からの新規参入企業を指します。例えば特許訴訟を繰り返すNPEに対しては、クロスライセンス網に入らないため業界各社でLOT NetworkUnified Patentsといった共同防衛策を取っています。マイクロソフトはGoogleIBMと共にそれらに参加し、知財で共闘する姿勢を示しています[3]。また、自動車業界など異業種がIT領域に入ってくる際も、積極的にライセンス提案して取り込みます。2015年のトヨタ連合によるOSS団体(AGL)の設立時には、マイクロソフトは自社車載特許を有償提供する協定を結び、敵対せず参加企業として連携しました。こうした垣根を越えたクロスライセンスが、マイクロソフトのエコシステム拡大に寄与しています。

オープン標準・コンソーシアムへの関与

マイクロソフトは標準化団体や業界コンソーシアムにも積極参加しており、知財戦略はその活動とも連動しています。代表例として、Web標準(W3C)や映像コーデック標準(MPEG-LAなど)での動きがあります。かつて同社独自技術だったインターネットエクスプローラーの機能も、標準化に伴い特許をフィードバックしています。例えばブラウザのHTMLレンダリングに関する特許は標準団体でのRAND条件で許諾するなど、オープン標準形成に協力しました。このように標準必須特許(SEP)のFRAND提供は同社も遵守しており、前述のモトローラとの係争でも相手のFRAND義務を主張する立場に立ちました[39]

オフィス文書の標準(OOXML vs. ODF)では積極的ロビー活動を展開し、自社提案のOOXMLISO標準化しました。その際、関連特許について無償ライセンス宣言を行い標準承認を得やすくしました[63]。これは標準採用後も自社Officeが優位性を持つと踏んでの戦略で、実際にOffice文書標準はマイクロソフト主導で制定され、市場でもOfficeが依然デファクトです。同社は標準化を恐れるのでなく、知財を駆使して主導権を取りつつ自社に有利な標準を形成する動きをとっています。

コンソーシアム活動としては、OpenAIへの巨額投資(約100億ドル規模)も注目されますが、これは厳密には知財コンソーシアムではありません。ただ知財面でマイクロソフトはOpenAIの技術を独占的ライセンスする権利を得ており(GPT-4など)、事実上OpenAIの知財をAzureで活用できる体制です。従来の標準団体やオープンソース基金とは異なり、投資契約を通じて先端技術の知財を囲い込む新しいエコシステム戦略といえます。今後AI開発で他社と共同歩調を取る際も、このように資本提携+独占ライセンスという手法が増えるかもしれません。

オープンソースコミュニティとの関係

OSSコミュニティは近年マイクロソフトの重要なエコシステムとなっており、知財戦略の大転換が見られます。かつてはOSSを知財脅威とみなし距離を置いていましたが、現在はGitHubの母体企業としてOSS促進の旗振り役に回りました。知財方針もそれに合わせ、OSS開発者に対する特許主張を控える宣言や、Linux関連特許の無償開放といった具体策が講じられています[2]

2018年のOpen Invention Network参加はその象徴で、ここではマイクロソフト自身も他社のLinux特許利用を許容する立場になりました[8]OIN加入企業(GoogleIBM等)は互いにLinux Systemに関する特許を行使しない契約で結ばれ、メンバーは安心してLinux関連開発ができます。マイクロソフトは6万件以上の特許を提供し、一躍OIN最大の貢献者となりました[64]。これにより、以前懸念されていた「マイクロソフトがLinuxユーザーに特許訴訟を仕掛ける」というシナリオはほぼ消滅しました。同社の知財戦略がコミュニティ寄りに大きく舵を切った画期的出来事です。

また、特許非主張宣言も行っています。例えばAzure IoT分野で開放した一部特許について、自社技術をOSSプロジェクトに提供しつつその特許を無償使用許諾する形を取っています。さらに2021年にはMicrosoft Plutonセキュリティチップの技術仕様をオープン化し、他社が実装可能としました。これも実質的には特許権の不行使を示唆する動きです。

一方で、OSSとの共存には課題もあります。例えば2019年、マイクロソフトはexFATLinuxカーネル取り込みをサポートすると表明しましたが、完全オープンにするには特許処理が必要でした。そのためLinux Foundation経由でexFAT特許をすべて無償提供する対応をとり、カーネルコミュニティの要求に応えました。こうした調整を各所で行っており、コミュニティの信頼を得るための知財措置が随時取られています。

OSSエコシステムとの関係では、特許だけでなく著作権も重要です。GitHub上のコード利用やLinuxカーネル貢献では、参加各社は著作権を共有する形になります。マイクロソフトはGitHubを運営する中で、利用規約で開発者の著作権を尊重しつつ、サービス提供に必要なライセンスを得るバランスを取っています。GitHub Copilotのコード生成問題などでは一部から著作権侵害の指摘があり、訴訟も起きていますが、前述のように利用者補償を打ち出すことでコミュニティ側と対話しようとしています。OSSとの共生には知財リスクの分散と共同行動が欠かせず、マイクロソフトは自身がかつて経験した批判(特許FUD=Fear, Uncertainty, Doubt戦術への嫌悪など)を踏まえ、透明性を重視する発言を増やしています。

総じてエコシステム戦略では、マイクロソフトは「知財で壁を作るより橋をかける」方向に舵を切りました。他社とのクロスライセンス連携や標準化へのコミット、OSSコミュニティとの融和など、攻撃的知財戦略から協調的知財戦略への転換です。これはひとえに、自社がクラウドサービス企業へ転身し、囲い込みより共創で市場を拡大する方が利益に適うとの経営判断が背景にあります。知財戦略はそれに追随し、エコシステム全体の繁栄と自身の成長を両立させるツールとして再定義されているのです。

当章の参考資料

  1. [36]Microsoft opens up… Linux community- 2018年のOIN参加記事より、Nomuraレポート後に主要Android企業とのクロスライセンス契約を結び範囲不明ながら特許紛争を回避してきたとの記述
  2. [3]Microsoft joins LOT Network…- LOT Network参加で業界リーダーと協調しIPリスクに対応、Azure IP Advantage導入で開発者を守るとした旨の言及
  3. [48]IP Licensing Policy | Microsoft- Windowsや他のソースコード、数百の通信プロトコル、Office XMLスキーマなどのライセンスプログラムを維持しているとの記載(標準化対応含む)
  4. [39]Microsoft 2015 Annual Report- モトローラが標準必須特許をRAND条件で提供する義務を負っていること、マイクロソフトがそれを主張したことについて
  5. [64][11]Microsoft opens up… Linux community- マイクロソフトがOINに参加し6万件以上の特許をメンバーにロイヤルティフリー提供すること、Linux SystemにはAndroidも含まれるためAndroid特許収入に影響があること
  6. [2]Microsoft Just Did Something Big With 60,000 Patents」(OIN公式)- 201810月、マイクロソフトがOIN加盟し6万件超の特許を提供、OIN参加企業同士でクロスライセンスする仕組みに加わったニュース

競合比較:知財戦略における主要企業との対比

マイクロソフトの知財戦略を浮き彫りにするため、同業他社や関連プレイヤーと比較します。ここでは特にIBMGoogleAlphabet)、Apple3社を取り上げ、それぞれの知財の考え方とマイクロソフトの立ち位置を対比します。

IBMとの比較:特許収入とクロスライセンスの王者

IBM30年以上連続で米国特許取得件数トップを誇り、知財収益化の先駆者です。IBMの知財戦略は「発明の創出とそのライセンス収入化」に重きがあります。例えばIBM1990年代後半に特許ライセンスで年間10億ドル以上を稼ぎ「知財部門はIBM最大の事業部」などと揶揄されたほどです[61]2010年代でも依然10億ドル超のライセンス収入がありましたが、近年は減少傾向で2016年約17億ドル→2018年約12億ドル[65]。それでもマイクロソフトの推定数億ドル規模を大きく凌ぎます。

IBMの特許は広範囲で、ハードウェア(半導体、メインフレーム)、ソフトウェア、サービス手法(ビジネス方法特許)に及びます。一方マイクロソフトはソフトウェア・クラウド中心で、ハード特許は限定的です。IBMは自社で半導体開発・製造してきた歴史から、装置やプロセスの基本特許を多く持ち、サムスン等にライセンスしています。マイクロソフトはその点“軽量”で、IBMほど他社にライセンス提供する基盤技術はありません。この違いは事業モデルの違いIBMはハード込み、MSはソフト中心)を反映しています。

クロスライセンス面では、IBMもまた主要企業と交差しています。マイクロソフトとは1990年代からクロスライセンス関係にあり、互いの基本ソフトやミドルウェア特許は相互利用可能とされてきました。IBMは訴訟より交渉でライセンスを獲得するスタイルで、マイクロソフトも同様の傾向です。ただIBMは時に特許訴訟も起こします。近年では2016年に特許侵害でNetflixTwitterを提訴しライセンス料を得るなど、権利行使で収益を上げるケースがあります。一方マイクロソフトは2010年代後半以降、自ら訴えるケースは減っています。この積極行使度でいうと、IBMの方が収益化のためには厳格に権利主張する姿勢が残っています。マイクロソフトはコミュニティ配慮などから多少柔軟になっています。

とはいえ、IBMLinuxの普及に貢献する立場として2005年に特許500件無償提供を宣言するなどオープン寄りの面も持ちます。マイクロソフトの2018OIN参加は、IBMが主導するLinux保護網に合流する意味があり、ここで両社は協調にあります。競合というより、IBMとマイクロソフトは棲み分けつつ知財で共闘する局面が増えています。例えば特許制度改革では双方とも品質向上を訴えるロビー活動をしていますし、特許トロール対策でも歩調を合わせLOT Networkに参加しています。

Google (Alphabet)との比較:防御的知財とOSS重視

Googleはインターネットサービス主体で成長した企業で、伝統的に「特許は守りの手段」とみなす傾向が強いです。創業当初のGoogleは特許取得に消極的とも言われ、サービス公開して技術優位を確保する方針でした。しかしAndroid買収後、スマートフォン特許紛争が激化すると事情が変わりました。2011年、Googleは特許確保のためMotorola Mobility125億ドルで買収し、約17,000件の特許資産を手に入れました[11]。これはAndroid陣営を守る防御策でした。同時期、マイクロソフトとAppleNortel特許をさらわれた経験もあり、Googleは知財戦略を真剣に考えるようになります。

Googleの特許保有件数は2020年代にIBM並みに増え、AIやクラウド関連でマイクロソフトとトップ集団を競います[24]。しかしGoogle自身が特許訴訟を仕掛ける例は少ないです。むしろ2013年に「Open Patent Non-Assertion (OPN) Pledge」として自社特許の一部をOSS用途に非行使と宣言[26]したり、2014年に反トロールのLOT Network創設メンバーになるなど、攻撃より防御と共有の姿勢です。Androidで得たMotorola特許も、敵対より訴訟解決に使い、AppleMicrosoftと相次いでクロスライセンスする方向へ動きました[36]Googleとマイクロソフトは2015年に特許係争を全て取り下げ、以降協調路線です[20]

OSS重視はGoogleの社是であり、ChromeAndroidなど大規模OSSプロジェクトを主導しています。GoogleAndroid特許問題に対し、2017年に「Android PAX」というメンバー間特許相互不行使協定を結成し、サムスン等とスマホ関連特許を無料共有しました。これもOSSコミュニティ内では歓迎されました。マイクロソフトも2018OIN参加で似た姿勢を取りましたが、Googleはそれより前からOSSに関して特許主張しない文化を醸成してきました。

ただGoogleも攻撃を受ければ反撃します。代表例は2010年以降のOracleGoogle訴訟(Java API著作権問題)で、これは特許ではなく著作権争いでしたが、Google10年戦い最終的に勝利しました。このように法廷闘争を辞さない部分もあります。マイクロソフトはOracleほどOSSに敵対しませんでしたが、かつてLinuxに批判的だったためGoogleとは一時対立もありました。しかし現在は両社ともクラウドAIで競う一方、知財では共通利害(トロール対策や標準推進)があるため協調的です。両社ともLOT NetworkOINの主要メンバーであり、知財エコシステムを共同で形作るパートナーと言えます。

総じてGoogleとマイクロソフトの差異は、知財収益への執着度でしょう。Googleは広告で稼ぐモデルゆえ、知財から直接収入を得る発想が薄く、あくまで製品・ユーザー増に資するなら知財放出も厭わない傾向です。マイクロソフトも従来は特許収益を重視していましたが、クラウド移行でGoogleに近い考えに寄ってきました。Azure IP Advantageなど、Googleが打ち出さないほど手厚い特許保護策は差別化点ですが、根底には顧客志向があり、Google的な防御知財思想に近づいています。今や両社の知財戦略は「顧客・開発者エコシステムを守りつつ競争する」という点で共通基盤に立っていると言えます。

Appleとの比較:製品エコシステム保護と訴訟戦略

Appleはマイクロソフトと対照的に、クローズドな製品エコシステム戦略を採ります。それを知財が強力に支えています。Appleはハード・ソフト・サービスを一体で設計し、その独自性を知財(特に意匠・トレードドレス・商標も含む)で守ります。最も有名なのがスマートフォン特許戦争で、Apple2011年以降SamsungをはじめとするAndroidメーカーを特許・意匠侵害で提訴し、米国で10億ドル超の賠償を勝ち取ったり、販売差止め圧力をかけたりしました。これはジョブズCEOの「Androidは盗用」で「核戦争も辞さない」との宣言に象徴される攻撃的知財戦略でした。

マイクロソフトはAndroidメーカーと同じ時期に交渉で解決していたため、このような法廷闘争は回避しました。この違いは興味深く、Apple自社製品の模倣は断固許さないスタンス、マイクロソフトは相手と取引することでwin-winを模索するスタンスでした。結果として、Apple vs Samsungの争いは2018年に和解まで7年かかりましたが、マイクロソフトは2013年頃までに主要Androidメーカーとの合意を完了していました。それぞれ自社の事業モデルに合った知財戦略と言えます。Appleはハード販売が利益源なのでコピー品排除が至上命題、一方マイクロソフトはソフトライセンス収入モデルだったため相手からロイヤリティを取る方が得策でした。

Appleの特許ポートフォリオはマイクロソフトより件数では少ないですが、デザインやユーザインタフェース関連の戦略特許が多いです。有名な例ではiPhoneのピンチ操作やスライド解除特許で、これらは競合に真似させずUXの差別化を維持しました。マイクロソフトもタブレットUISurface用のGUI)などで特許出願していますが、Appleほど訴訟で活用した例はありません。またApple商標・ブランド訴訟にも敏感で、他社が似た名称やアイコンを使うと法的措置を取るケースが多々あります。マイクロソフトも商標には厳格ですが、Appleの「App Store」商標を巡る争い(Amazonとの係争など)を見るに、Appleの方がブランド独占への執念が強いようです。

オープンソースに関して、Appleは必要最小限しか公開せず、基本はクローズドソースです。Macの基盤DarwinWebKitエンジン等一部OSSはありますが、Linuxに特許提供したりはしていません。むしろAppleOINにもLOT Networkにも加入していない(2025年時点)と報じられており、特許共有ネットワークに背を向けている稀な巨大企業です。これはAppleNPE訴訟を大量に抱える被害者側でありつつ、自らが他社に特許を使われにくい立場(独自路線が多い)ため、コミットしづらいからかもしれません。そのため、Appleは個別対策(自社で弁護士集団を抱えNPEと法廷で戦う)を選んでいます。マイクロソフトはLOTなど共同戦線に立っていますので、この点両社のアプローチは分かれています。

ただAppleも知財に柔軟な一面があり、2017年に参加企業間で特許放棄する「LOT Network」に遅れて加盟したとの情報もあります[66](※正確には未確認、Apple2020LOT参加報道あり)。仮にAppleLOTに加われば、GoogleMicrosoft陣営との溝は埋まりつつあると言えます。実際、2020年にAppleMicrosoftIBMと共同でOpen COVID PledgeCOVID対策技術の特許無償開放)に参加するなど、社会的課題では協調しています。

総じてAppleの知財戦略は「垂直統合モデルの牙城を守る盾」であり、マイクロソフトの「水平展開モデルの潤滑油」とは哲学が異なります。Appleが知財を競合排除や自社プレミアム維持に使うのに対し、マイクロソフトは共存と収益バランスの手段として使います。しかしながら、クラウド時代にはAppleもサービス分野で他社と組む機会(AzureiCloudに採用等)が増え、マイクロソフトもSurfaceなどハードを手掛けるようになり、両者の境界は以前ほど鮮明ではなくなりました。知財戦略も今後、Appleがもう少しオープンに、マイクロソフトがもう少し垂直統合型ビジネスで独自色を出す可能性があり、動向が注目されます。

当章の参考資料

  1. [65]IBM's Drop in IP Licensing Revenue…(IP CloseUp, 2018) - IBM2016IPライセンス収入17億ドルから減少傾向の記事
  2. [11]Microsoft opens up… Linux community- Nomura推計(2013)とともに、Android特許戦争でGoogleMotorola買収等に動いた背景説明
  3. [20]Microsoft opens up… Linux community- マイクロソフトが主要Android企業とクロスライセンス締結、Googleとも摩擦解消し共同歩調に移ったと示唆する部分
  4. [67]Microsoft joins 'patent troll'-fighting alliance LOT Network | Reuters, 2014年」(※検索結果より)- Appleが非加盟だったLOT NetworkMicrosoft加盟ニュース、Apple未参加の点(推測情報)
  5. Apple Inc. vs Samsung Electronics Co.裁判記録・判決(米カリフォルニア北部地裁, 2012年)- AppleSamsungから10億ドルの賠償を得た特許・意匠侵害訴訟詳細
  6. GoogleOpen Patent Non-Assertion Pledge」公式サイト(2013年)- Googleが特定特許についてOSS用途での非行使宣言をした文書(マイクロソフトとの対比材料)

リスク・課題(短期/中期/長期)

知財戦略には常に不確実性や外部環境からのリスクが伴います。マイクロソフトが直面する知財上のリスク・課題を、時間軸で短期・中期・長期に分けて整理します。

短期的なリスク・課題(〜数年)

  • 特許訴訟による財務リスク: マイクロソフトは毎年多数の特許訴訟を提起されています。その多くはNPE(特許主張専業会社)によるものですが、勝訴すれば巨額賠償となり得ます。実例として、2021年にはAI音声アシスタントの特許侵害で米国陪審が2億ドル超の賠償評決を出す案件(IPA社対Microsoft)がありました[21]。現在上訴中ですが、最終的に支払えば収益に悪影響です。短期的には、このような一発大規模敗訴のリスクが常に潜んでいます。対策として上訴や特許無効審判で争うほか、Unified Patents等でNPE特許の無効化運動を支援しています。しかし法制度上、完全になくすのは困難で、特許訴訟引当金計上など財務面の備えも求められます。
  • 知財係争によるビジネス中断リスク: 権利侵害の仮処分・差止めが出れば、製品販売停止やサービス中断に直結します。欧州では2012年にMotorola訴訟で一時Xboxのドイツ輸入差止め命令が出た例がありました[68](その後米裁判所が差止め禁止命令を出し回避)。今後もEUや中国など他法域で予期せぬ差止め判決が出る可能性があります。特に中国は自国企業保護のため海外企業に不利な判決を出すリスクが指摘されています。マイクロソフトは現地企業と合弁を作るなど関係強化で乗り切っていますが、司法リスクへの地政学的備えが短期課題です。
  • OSSライセンス遵守・訴訟リスク: 自社製品でOSSを利用する場合、そのライセンス義務を守らないと訴訟沙汰になります。例えばGPL違反を指摘されるとコード開示を強制され得ます。マイクロソフトはWindowsサブシステム for LinuxなどOSSを組み込むケースが増えており、コンプライアンス徹底が必要です。また、GitHub Copilotは学習データとしてOSSコードを用いたため、一部開発者から著作権侵害で訴えられています。これはOSSのフェアユースを巡る新たな法的課題であり、短期的に訴訟リスクを抱えています。OSSとの調和を図りつつ、自社AIサービス展開を進めねばならない点が課題です。
  • 特許ポートフォリオ陳腐化: 技術進化の速い分野では、特許が成立しても短期で陳腐化する恐れがあります。例えばCOVID-19で急伸したリモート会議技術や、最近のAIアルゴリズムなど、出願した頃には最新でも23年で次世代技術が登場することがあります。マイクロソフトは不要特許の年次棚卸しをしていますが、陳腐化特許の維持費も馬鹿になりません。短期的課題として、コア以外の特許群の整理(権利維持か放棄か選別)が挙げられます。特に毎年数千件出願する同社では、知財資産の断捨離が継続課題です。
  • 知財人材と組織の強化: 短期的に重要なのが、人材確保です。AIや量子など新領域の知財には専門知識が必要で、社内外の専門家をいかに確保するか課題となります。またグローバル訴訟対応に長けた弁護士も求められます。マイクロソフトは報酬やダイバーシティ施策で優秀な法務人材を集めているものの、競争は激化しています。知財部門の人材強化は短期でも怠れません。

中期的なリスク・課題(数年〜10年)

  • 知財法制度の変化: 米国では特許適格性(特にソフトウェア・AI関連)に関する法律改正議論が続いています。今後5年で立法や判例変更があれば、マイクロソフトの特許ポートフォリオ価値に影響します。例えば抽象アイデアの特許不可領域拡大が進めば、ソフトウェア特許の有効性が下がり、同社保有特許の一部が無効化される可能性があります。逆にパテントトロール抑制のための改革(訴訟地制限や費用負担移転など)は追い風ですが、包括的知財法改正は不透明です。また欧州では2023年に統一特許裁判所(UPC)が始動し、EU域内で一括差止めが可能になりました。これにより、一つの訴訟敗訴がEU全域販売差止めに及ぶリスクがあります。制度変化のフォローとロビイングは中期課題です。
  • 競合他社の知財攻勢: 現在は一旦落ち着いている大手間の特許紛争が、再燃する恐れもあります。特に新市場(例:メタバースやARグラス、自動運転)で競合する際、AppleMetaAmazonなどが知財を武器にする可能性です。Appleは将来のARデバイス市場でHoloLensと衝突し得ます。その際、Appleが過去のスマホ戦争のように訴訟戦略を取れば、マイクロソフトも防戦を強いられます。競合発の知財リスクは中期的に注視すべきです。
  • オープンソースへのさらなる傾斜と収益モデル: 業界全体がオープンソース/オープンプラットフォーム志向を強めています。マイクロソフトも多くをOSS化しましたが、今後一層進めると従来の知財独占モデルとの摩擦が出ます。例えばWindowsをサービス化しOSS部分を増やす場合、従来のライセンスフィー収入モデルから転換しなければなりません。中期的には、知財収益モデルの再構築が課題です。クラウドはすでにサブスクリプション型ですが、他のソフト領域もフリーミアムやOSS+サポート型に移行する可能性があります。その時知財は従来の独占を緩め、むしろデータやサービス品質で勝負せざるを得ず、知財部門としての貢献の形をアップデートする必要があります。
  • 中国・新興国の知財台頭: 中国企業(HuaweiZTEByteDanceなど)は特許出願件数で世界トップクラスになりつつあります。質については議論がありますが、例えばHuawei5G特許で主要なSEP保有者です。今後、中国勢が米企業に対し特許請求・訴訟を仕掛ける事例が増える可能性があります。既にHuawei2017年に米国でT-Mobileへ特許訴訟を起こしたり、欧州でも複数社を訴えています。マイクロソフトも標的になり得ます。また中国政府は国外IT大手への規制を強めており、技術移転強要や現地での知財不当利用リスクもあります。地政学リスクとして、中期的に中国発の知財圧力に備える必要があります。具体策として、中国企業とクロスライセンスを結ぶ、必要なら現地で反訴用の特許を買い集めるなどが考えられます。
  • 知財の社内意識変化: ナデラCEO期に入ってから、オープンな風土が根付きつつあります。これはプラス面も多いですが、社員の知財意識(守秘義務や発明届出)が低下しないよう注意が必要です。従業員がうっかりOSSに機密コードを投稿してしまうリスクや、副業での知財帰属問題など、カルチャー変化に伴う中期的課題があります。知財教育の継続と、オープンさとセキュリティのバランスを取る社内ガバナンスが求められます。

長期的なリスク・課題(10年以上先)

  • 知財の価値観変容: さらに長期では、知的財産権そのものの価値や法制度が大きく変化する可能性があります。たとえばAIが高度化し自律的に発明・創作を行う時代に、現行の人間主体の知財制度が合わなくなるという議論があります。マイクロソフトもAI開発者の一員として、AIが発明者となる特許制度や、著作権の概念見直しに直面するでしょう。そうなると知財戦略の前提が根本から変わります。自社AIが創出した技術を保護できない、あるいは全く新しい知財カテゴリー(例えばデータ権)への対応が必要になるかもしれません。法哲学的変容への備えとして、同社は既にAI倫理や政策チームを配置して議論に参加していますが、長期的な課題として知財制度の進化を牽引するくらいの気概が求められます。
  • デジタル公共財化の流れ: 知識やソフトウェアを公共財として共有すべきだという潮流も長期的には高まる可能性があります。現在でもオープンソースが主流化しつつあり、将来は政府が基盤ソフトウェアをオープン標準で統一し独占的知財を排除するシナリオも考えられます。EUなどはデジタル主権の観点からオープンソース推進を掲げており、大企業の知財独占に風当たりが強くなる可能性があります。その中でマイクロソフトは知財独占による利益確保モデルが社会的に許容されるかという根源的課題と向き合うでしょう。長期的には、知財を独占せずとも収益を上げられるビジネスモデルへのシフトが不可避かもしれません。
  • 革新的なパラダイムシフト: 例えば量子コンピューティングが実用化し従来のソフトウェア暗号が無力化すると、著作権保護(DRMなど)は大打撃を受けます。またブロックチェーン技術が発展し分散型社会が進めば、中央集権的な知財管理も難しくなる可能性があります。Web3の世界では、コンテンツはNFT等で直接流通しプラットフォーマーの知財統制力が低下すると予想する向きもあります。そうした技術パラダイムシフトは長期リスクです。マイクロソフトはこれまでもパラダイム変化(例:クラウド化)に対応してきましたが、新たな変化でも知財戦略の柔軟性が問われます。将来の技術トレンドへの知財対応を今から考えておく必要があります。
  • 人材継承と知財文化: 10年以上先を見据えると、現経営陣や知財エキスパートが退き新世代に代替わりします。知財戦略が会社文化として根付いていなければ、方向性がぶれるリスクがあります。特にナデラCEO以降の協調路線知財戦略が、将来別の経営者の下で再び訴訟乱発路線に戻らない保証はありません。長期的には、知財戦略の理念を組織DNAとして継承していくことが課題です。そのために社内教育や制度化(例えば知財ポリシーの明文化と全社員遵守の徹底)が重要となるでしょう。

以上、短期・中期・長期にわたりリスクと課題を概観しました。マイクロソフトは巨大全球企業ゆえ多方面の知財リスクに晒されていますが、同時にそれを乗り越える資源と知見も蓄積しています。重要なのは、変化を見据えたプロアクティブな戦略修正と、ステークホルダー(開発者・顧客・社会)からの信頼を損なわない対応でしょう。これらを怠ると、一夜にして知財優位が覆り得る厳しい環境にあることを認識する必要があります。

当章の参考資料

  1. [21]Patent Trials and Triumphs: IPA v. Microsoft- IPA社がCortana関連特許侵害でマイクロソフトに約2億ドル評決勝訴したケース概要(2022年)
  2. [68]Microsoft 2015 Annual Report- 2012年ドイツ法廷で264標準特許侵害によりH.264機能搭載Microsoft製品の販売差止め命令が出た件と、その後米法廷がモトローラに対しドイツでの差止め行使を禁じた件の記述
  3. [59]Microsoft joins LOT Network…- 中小企業が特許訴訟で甚大な影響を受ける統計(特許トロール被害)
  4. [26]Microsoft opens up… Linux community- Erich Andersen法務副社長のコメント「過去MSOSSコミュニティは軋轢あったが進化に伴い顧客開発者に耳を傾ける姿勢」との引用
  5. 欧州UPC関連ニュース(JUVE Patent, 20236月)- 統一特許裁判所開始による国際企業への影響分析記事
  6. Open Source or Die?: Europe’s Open-Source Policy and the Future of Corporate IP(EU policy report, 2024) - 欧州委員会が推進するオープンソース戦略と知財制度調整の方向性について

今後の展望(政策・技術・市場動向)

最後に、マイクロソフトの知財戦略を取り巻く外部環境の今後の展望と、それに対する同社の対応方向を述べます。政策動向、技術トレンド、市場変化が知財戦略にどう影響し、どう接続していくかを考察します。

政策・法律動向との接続

各国政府は知的財産制度の見直しやデジタル政策を推進しており、マイクロソフトはそれらに関与しつつ自社戦略を調整しています。特に注目すべきは米国の特許制度改革です。前述のようにソフトウェア・AIの特許適格性や、標準必須特許のライセンスガイドライン制定などが議論されています。マイクロソフトはICT業界団体等を通じ意見を表明しており、概ね特許の質改善と訴訟乱用抑制に賛成の立場です[28]。将来的に米国でソフトウェア特許の明確な指針が出れば、それに沿った特許出願戦略(アルゴリズム単体は避け実装形態を詳述する等)を深化させるでしょう。また、仮にAI発明の扱いについて立法がなされれば、自社AIが生み出す成果の権利取得方法を再検討する必要があります。政策変更への迅速適応が今後も求められます。

EUではデジタル市場法(DMA)やデジタルサービス法(DSA)が発効し、ビッグテック規制が強まります。知財直接ではありませんが、例えばDMAではOSに他社アプリをプリインストールできるよう強制するなど、Windows独自機能の優位を削ぐ動きです。このような競争政策により、知財で築いた囲い込みが緩和される懸念があります。マイクロソフトは欧州規制当局との対話を重ね、規制遵守しつつも知財価値を損ねない折衷策を模索しています。例えばTeamsOfficeのバンドル販売に関し、独禁懸念に対応して分離オプションを提供する方針を2023年に発表しました。今後も独禁法と知財のバランスが論点となり、同社は政策順守を優先しつつもイノベーション阻害にならないよう主張していくでしょう。

中国の政策も見逃せません。中国は自国IT産業振興のため、標準必須特許のライセンス料算定に積極介入したり、海外特許に基づく差止めに対抗する「反外国差止め命令」を制定するなど独自色を強めています。マイクロソフトは中国市場でビジネス継続するため、現地法に従いつつ自社知財を守る難しい舵取りを迫られます。現地企業との提携(例: C&M合弁でWindowsカスタム版提供)などを通じ、中国政府の要求(ソースコード開示など)と知財保護の妥協点を探っています。長期的には、中国での知財紛争は増えると予想されるため、現地訴訟にも備えてグローバルな知財戦略を構築するでしょう。

さらに、各国のAI政策やデータ政策が知財に影響します。EUAI規則案では生成AIの訓練データ開示義務などが盛り込まれ、著作権との衝突が懸念されます。マイクロソフトはOpenAI連携で生成AIを展開中ゆえ、AI規制の行方に神経を払っています。またデータ利活用政策(オープンデータ推進やデータ共有義務など)が進めば、従来のデータ独占モデルが崩れます。Azureが差別なくデータポータビリティを保証するなど適応を迫られるでしょう。知財以外の無形資産(データなど)の制度化は大きな潮流であり、同社戦略もそれに合わせて知財の役割を再定義する必要があります。総じて、政策面では「協調とロビー活動」がキーワードです。マイクロソフトは規制に抵抗するのではなく、業界全体の利益になる方向で政策形成に参加し、自社にもメリットのある制度設計を後押しするでしょう。

技術・市場動向との接続

技術革新そのものが知財戦略の方向性を決めます。まずAIの高度化は特筆すべき動向です。生成AIがコードを書く時代に、従来のソフトウェア知財は再考を迫られます。マイクロソフトはGitHub CopilotAzure OpenAIで先陣を切っていますが、ユーザーは「AIが生成したコードの知財は誰のものか?」といった疑問に直面します。将来、AIが著作権や特許を自動回避しつつ生成するようになると、人間の開発した知財の価値が相対的に下がる可能性もあります。マイクロソフトとしては、自社AIが安全に第三者知財を避け、なおかつ独自IPも生み出せるように技術開発を進めるでしょう。具体的には特許データを学習させた侵害予測AIや、OSSライセンス整合性チェックAIなど、知財マネジメントにAIを活用する方向も考えられます。またAI同士が特許を出願し合う未来も議論されています(すでにDABUSというAI発明者問題が国際論争に)。その時マイクロソフトはAIを発明者と認める法制度整備を支持するか、逆に人間中心主義を貫くか、戦略判断が迫られます。

クラウドとエッジの進化も重要です。クラウド市場は成熟してきましたが、エッジコンピューティングが広がると、知財の主戦場も変わります。従来クラウド内部で完結していた機能がデバイス側に移ると、またソフト・ハード一体の特許が意味を持つでしょう。マイクロソフトはAzureとエッジ(IoT)を連携する戦略なので、エッジデバイス特許(例えばAzure Sphereのセキュアチップなど)も抑えつつあります。今後、エッジ領域で例えば独自AIチップを開発すれば、その特許を競合(AWSGoogle Cloud)に使わせないという選択肢も出てきます。クラウドでは協調路線でも、エッジではデバイス特許で差別化という戦略の二枚腰が予想されます。

産業構造の変化も見逃せません。ソフトウェア産業がSaaS化し、一部ではオープンコアモデル(OSS版+商用拡張)などハイブリッドが主流化しています。マイクロソフトもAzureでオープンソースDBサービスを提供する際、ベンダーから「ソースはOSSなのにマイクロソフトが利益を取るのか」と批判されたことがあります(MongoDBなどがライセンス変更でクラウド事業者対策をした例)。今後もクラウド vs OSSベンダーの軋轢は続き、マイクロソフトはOSSコミュニティとの共存策をアップデートする必要があります。例えば、収益の一部をOSS開発者に還元する仕組みや、クラウド上のOSS利用での特許保証をさらに拡充するなどが考えられます。これは市場からの要請でもあり、知財戦略で市場の信頼を得る取り組みとして期待されます。

ハードウェア市場では、AppleGoogleAmazonなど他の大手が独自チップ開発を進めています。マイクロソフトも据置型Xboxからクラウドゲームへシフトしつつありますが、長期的にデバイスless時代が来るかもしれません。そうすると物理ハードに紐づく特許より、サービスロジックやUXの知財(UI特許やノウハウ)が鍵になります。またバーチャル空間メタバースが盛り上がれば、そこでのデジタル資産権利(NFT等)が知財の一部を代替する可能性もあります。同社は企業向けメタバースを視野に入れHololens等に投資していますが、市場がどう展開するか読みづらく、知財の押さえどころも難しいです。例えば仮想商品デザインの保護は現行意匠法で足りるのか、など法整備が追いついていません。マイクロソフトは自社エコシステム内で仮想アイテムのライセンス管理(Xboxのゲーム内スキン等)をやってきましたが、メタバース間で互換が出ると統一仕様・権利管理が課題になります。もしかすると、業界共同でメタバースIP権の標準を作る動きが出るかもしれず、その際同社もリードするでしょう。

市場動向としては、M&A戦略と知財も挙げられます。マイクロソフトは大型買収(LinkedInActivision Blizzardなど)を繰り返していますが、その際被買収企業の知財資産も取得します。ActivisionのゲームIPやキャラクター著作権は貴重な資産で、エンタメ市場での布石となります。こうしたコンテンツIPへのシフトも見られ、ソフトウェア特許だけでなくブランド・キャラといった知財の扱い比重が増す可能性があります。将来、ディズニーやNetflixと競うようになれば、コンテンツIP戦略がより重要になるでしょう。知財部門としても特許・OSSだけでなく、著作権・商標含め包括的IP戦略に対応していく展望が考えられます。

知財戦略の進化の方向性

以上を踏まえ、マイクロソフトの知財戦略は今後次のように進化する可能性があります。

  • 「知財エコシステム型戦略」への深化: 従来の自社中心から、パートナー・コミュニティと利害を共有するエコシステム全体最適志向が強まるでしょう。具体的には、OSS開発者やスタートアップが自社プラットフォームで安心して開発できるよう、特許の無償ライセンスプログラム拡充や訴訟リスク共済のような仕組みを構築するかもしれません。
  • データ・AI知財の確立: データセットの権利やAIモデルの保護など、新領域で知財概念をリードする動きが予想されます。例えば「トレーニングデータ提供企業とのデータライセンス標準」を提唱し、Azure上のAI学習に安心してデータが使える枠組みを作るなどです。これはデータ所有者とAI需要者を繋ぐビジネスチャンスでもあり、マイクロソフトが標準プラットフォームになれれば大きな強みです。
  • アジャイル知財管理: 技術サイクルが速まるなか、知財管理もアジャイル化が必要です。発明発掘→出願→活用のプロセスにAIや自動化を導入し、無駄な特許を減らし有用なものを迅速取得するフローへ進化するでしょう。すでに特許出願にAIドラフトを活用する企業もあり、マイクロソフトもそうしたツールを内製して効率を上げる可能性があります。
  • 社会的責任との両立: ESG(環境・社会・ガバナンス)の観点から、知財戦略にも社会責任が求められます。他社の気候変動技術特許を無償提供する「Green Patent Pledge」のような運動があり、マイクロソフトも気候技術への特許共有を発表しています(2020年にCarbon Callへのコミット)。今後も教育分野や医療分野で、自社知財を公益のために開放する宣言を行う可能性が高いです。これはブランド向上にも繋がる戦略的CSRです。
  • 防御から予防へ: 特許トロール対策も、訴訟後対応から予防へシフトするでしょう。LOT NetworkIP保険のさらなる活用で訴訟自体を未然に防ぎ、顧客に安心を売るモデルを推進するはずです。将来、マイクロソフトが保有特許を全部トロールに売らないことを保証する「パテントトラスト」を設立するといった斬新な対策も考えられます(過去にGoogleが一部特許をOpen Patent Licenseにしたように)。

結論として、知財戦略は静的ではなく動的に進化し続ける必要があります。マイクロソフトは過去45年以上にわたり、技術と市場の変革に合わせて知財戦略を柔軟に調整してきました。その実績からすれば、今後も政策対話や技術革新の最前線で主導的に役割を果たし、自社のみならず業界全体の健全な知財エコシステム構築に貢献していくと見られます。それが結果的に自社の持続的成長にもつながるというWin-Winのビジョンが、同社の今後の知財戦略展望の核となるでしょう。

当章の参考資料

  1. [28]Microsoft Patents | Microsoft Legal- 特許制度改善(明確な請求の発行、効率的な審査・紛争解決)と所有権透明性、各国調和への支持
  2. [26]Microsoft opens up… Linux community- Andersen法務責任者による「顧客・開発者の声を聞き進化してきた、今回のOIN参加はその延長」との発言引用
  3. 欧州デジタル市場法(DMA)概要(欧州委員会公式, 2022年)- ゲートキーパー企業に対する義務一覧(OS上のサードパーティ許容など)
  4. 中国專利法改正案(2021) – 標準必須特許のライセンス紛争調停や海外判決への中国国内差止め対応条項の新設について
  5. AIと知財未来予測レポート」(WIPO, 2023年)- AIが知財制度に与える影響、および企業の備えに関する分析
  6. マイクロソフト公式ブログ「Microsofts Carbon Patent Pledge(2020) - 気候技術特許を無償提供するコミットメント声明(社会課題対応の知財開放例)

戦略的示唆(経営・研究開発・事業化の観点)

マイクロソフトの知財戦略分析から、一般企業や組織が得られる示唆を整理します。経営全般、R&D、事業化(ビジネスモデル)それぞれの観点で、知財戦略上の示唆とアクション候補を提言します。

経営戦略への示唆

  • 知財戦略の経営統合: マイクロソフトは知財を経営戦略と一体化させています。最高法務責任者が社長級で経営に参画し、知財方針が事業方針に織り込まれています。示唆として、自社でも知財戦略を経営会議の議題に上げ、経営トップのコミットメントを明確にすることが重要です。知財は法務部門任せにせず、CEO/CTOレベルで意思決定することで、技術投資から収益化までシームレスに戦略立案できます。また、知財リスク(特許訴訟リスクなど)の経営インパクトを定量評価し、リスク管理フレームワークに組み込むべきです。マイクロソフトがAzure IP Advantageを立ち上げ顧客リスクを肩代わりしたように、自社の顧客やパートナーの知財リスクにまで視野を広げると、提供価値の拡大につながる可能性があります。
  • 独占と協調のバランス: マイクロソフトはコア技術は押さえつつもオープンソースやクロスライセンスで協調するバランスを取っています。これは、独占による短期利益 vs. 開放による長期市場拡大のトレードオフを慎重に見極めた結果です。経営者は、自社の強み分野では知財で入口を押さえつつ、補完領域では他社と組んで市場サイズを広げる戦略が有効か検討すべきです。「全部自社で囲う」か「全部開放する」かの二元論でなく、部分最適・全体最適の両局面から判断する柔軟性が求められます。例えば、自社が標準化を主導できるなら特許を部分開放しても市場拡大メリットが勝ることがあります。知財戦略は競争戦略と協調戦略のツールであり、経営戦略に沿って使い分けるべきという示唆です。
  • 知財リスクマネジメント: マイクロソフトはLOT Network参加など先手でリスク低減策を講じています。一般企業も、自社が抱える知財リスクを洗い出し、予防策を練るべきです。自社が保有する特許群の中で、今後訴訟を起こされそうな脆弱分野(特許空白地帯)を特定し、先行的にクロスライセンス交渉を行う、あるいは特許保険に加入する等が考えられます。また、自社が他社IPを利用している場合、そのライセンスが適切か、中長期契約かなど確認し、知財デューデリジェンスを定期的に実施することを推奨します。これは将来の予期せぬ訴訟や製品出荷停止を防ぐ経営リスク管理の一環です。

研究開発(R&D)への示唆

  • 発明の質と方向性: マイクロソフトは特許の質と将来の方向性適合を重視しています[4]R&D部門は単に技術課題を解決するだけでなく、それが将来の事業に資する発明かを意識する必要があります。研究者・技術者に対して、市場動向やロードマップを共有し、「この領域の発明は特許化しよう、こちらは公開しよう」といったガイドラインを明確化すると良いでしょう。特許の闇雲な量産は避け、発明の選別メカニズムを作ることが示唆されます。例えば、特許委員会を設け、発明届出をビジネス観点も含め評価する取り組みが考えられます。
  • オープンサイエンスとの両立: マイクロソフトは学術研究には特許非主張の方針を採り、外部との知識交流を重視しています[30]。企業のR&Dもオープンイノベーションが求められる時代です。示唆として、公開すべき知と守るべき知の線引きを明確にし、共同研究先やコミュニティと適切に成果を共有することが大事です。具体的に、基礎研究成果は論文公開し広く使ってもらう一方、それを応用した製品コア技術は特許で保護する、といった層別管理が有効でしょう。研究者には特許出願前に学会発表しないルール徹底など教育も必要です。
  • 研究者インセンティブ: マイクロソフトは発明報奨制度などで従業員の知財活動を促しています。自社でも発明インセンティブを整備し、研究者の知財マインドを育てましょう。報奨金だけでなく、特許出願件数やライセンス収入をKPIに含める、優秀発明者を表彰するなど文化醸成も効果的です。ただし数至上主義は避け、質や事業貢献度で報奨する仕組みが望ましいです。例えば「この特許がクロスライセンスに寄与した」「このオープンソース貢献でコミュニティ評価が上がった」等を評価につなげる工夫も考えられます。
  • 最新知財情報のフィードバック: R&D部門は技術トレンドのみならず知財動向もキャッチアップが必要です。競合他社がどんな特許を取っているか、どの技術がオープン化されているか、など情報収集し開発に反映する仕組みを作りましょう。マイクロソフトもTechInsights等の評価を活用していました[45]が、自社においても特許分析ツールを導入し、技術インテリジェンスを高めることが示唆されます。知財部門からR&D部門へ「この領域は混雑、ここはブルーオーシャン」というアドバイスを定期的に提供するのが理想です。

事業化(ビジネスモデル)への示唆

  • 知財の収益モデル活用: マイクロソフトは特許ライセンス等で副収入を得てきました。自社でも眠っている知財をマネタイズできないか検討しましょう。特許やノウハウを外部にライセンスしたり、技術提供プログラムを作ると、新たな収益源になり得ます。ただし自社主力と競合しない範囲で進めることが重要です。マイクロソフトはWindowsソースの一部をEmbedded向けにライセンスしたように、コア以外の部分から収入化しています。同様に、非中核資産のライセンシングは中小企業にも開かれた戦略です。特許ブローカーや大学と組み、自社技術の異分野展開を図るのも一案です。
  • 顧客価値としての知財保証: Azure IP Advantageのように、自社製品・サービスの付加価値として知財保証を提供する戦略は示唆的です。たとえばSaaS企業なら「当社サービス利用で知財トラブルがあれば無償サポート」と約款に明記すれば、顧客の安心材料になります。これは競合差別化にもなるので、知財をサービス品質の一部と捉える視点が得られます。特にB2B企業は、顧客の法務不安を取り除くソリューション営業が有効です。「知財おまかせパック」的な提供で契約獲得率を上げることを検討してもよいでしょう。
  • エコシステム戦略への寄与: ビジネスモデル構築では、単独勝ちではなくエコシステム全体で価値創造する方向が増えています。その際、自社知財をパートナーに開放したり、逆にパートナーの知財を取り込む取り決めが必要です。マイクロソフトは様々な包括提携でクロスライセンスを結びましたが、中小企業でもサプライチェーンやコンソーシアムで知財共有ルールを設定することが重要です。例えば共同開発契約時に知財の帰属・ライセンスを明確に決め、後の紛争を防ぐこと。さらに、自社プラットフォーム上でサードパーティがサービス提供する際、その知財権利関係を整理(権利侵害があれば取り下げさせる等の規約)すること。これら知財面のエコシステム設計が、ビジネスモデル安定に直結するとの示唆が得られます。
  • グローバル戦略と知財: ビジネスのグローバル化に際し、知財はしばしば障壁になります。マイクロソフトは各国で特許調和を主張し、自社も80%以上多国出願しています[29]。中堅企業でも海外展開時には、主要国で特許・商標取得を前倒しで行い、模倣やドメイン泥棒に備えるべきです。また現地法制度を把握し、必要ならローカルパートナーと組んで知財保護する戦略をとること。例えば中国市場ではローカル提携を通じ知財を適切に管理するなど、各国事情に応じた知財戦術がグローバル事業成功に不可欠という示唆です。

結局のところ、マイクロソフトの知財戦略は「技術・知識をビジネス価値に変換し、リスクを管理し、協調を創出する」高度な実践例です。自社もそれにならい、知財を攻めと守りの両輪として活用する発想転換が重要と言えます。技術系企業のみならず、DXが進むあらゆる企業にとって、知財戦略の巧拙が競争優位を左右する時代です。本分析を踏まえ、自社状況に合わせた知財戦略を再構築・強化することが、将来的な成長と生存のカギとなるでしょう。

当章の参考資料

  1. [6]Microsoft 2015 Annual Report- マイクロソフトが特定技術の広範ライセンスやクロスライセンス、戦略目的で知財を無償開放する例に言及した箇所(協調戦略の必要性示唆)
  2. [3]Microsoft joins LOT Network…- Azure IP AdvantageLOT Network参加で顧客・開発者の特許リスク低減に努めている事例(顧客価値としての知財保証)
  3. [63]Licensing policy | Microsoft- Windowsや通信プロトコル等のライセンスプログラムについて(知財収益モデルの例示)
  4. マイクロソフト「Partner Network IP licensing」ページ (Microsoft Partner資料) - パートナーとの技術共有やライセンスに関するガイドライン(エコシステムでの知財管理示唆)
  5. 知財金融化に関する経産省報告書(2020) - 特許の証券化や知財保険など新しい知財マネジメント手法の紹介(リスクヘッジ・収益化示唆)
  6. 中小企業のためのクロスライセンス契約ハンドブック(特許庁, 2019) - 異業種提携や共同研究時の知財契約ノウハウ集(戦略的提携への知財示唆)

総括

マイクロソフトの知財戦略は、その企業進化の歴史と軌を一にし、閉鎖から開放へ、対立から協調へと大きな転換を遂げてきました。Windows帝国を築いた20世紀末には、自社ソフトウェアを特許・著作権で厳格に守り、市場独占力を最大化する戦略が目立ちました。しかし21世紀に入りオープンソースやクラウド時代を迎えると、同社は知財戦略を動的に見直し、知財を競争武器であると同時に交渉資産・協業資源として活用する柔軟な姿勢へ移行しました。

分析の結果浮かび上がる最重要論点は、知財戦略のバランス感覚です。マイクロソフトはコアなイノベーション(AI、クラウド基盤等)は依然しっかり特許で囲い込む一方、周辺領域や業界標準では特許を公開または共同利用に供し、エコシステム全体の利益を図っています[6][2]。このバランスにより、自社の革新力と業界からの信頼を両立させ、知財による摩擦を最小化しつつ自社価値を極大化しているのです。言い換えれば、知財独占力と共有インセンティブの最適点を探り当て、それを組織能力として体現している点が同社戦略の妙と言えます。

また、知財戦略が経営意思決定と一体となっていることも重要な論点です。知財は単なる法務事項ではなく、Azureの成長戦略やOSSコミュニティとの関係構築、ひいてはブランドイメージにまで影響します。ナデラCEO体制下、マイクロソフトは知財戦略を企業ミッション「Empower everyone」に沿う形で再定義しました[25]。例えば顧客への特許補償サービス提供は、「顧客の安心を支援する」というミッション実践でもあります。知財戦略を企業価値と整合させたことで、個別の特許紛争対応が全社戦略と矛盾せず、長期的視座で判断できるようになりました。これは経営陣のコミットなしには成し得ず、知財を経営資源として扱う覚悟が意思決定に現れていると言えます。

意思決定への含意として、本分析から浮かぶのは次の点です:「知財戦略は守りではなく攻めの経営ツールである」という認識を持つことの重要性です。多くの企業で知財は訴訟対応や権利維持のコストセンターと見做されがちですが、マイクロソフトのケースはそれを価値創出のプロフィットセンターに変え得ることを示しました。実際、Android特許収入は一時期同社に多大な利益をもたらし[11]Azure IP Advantageはクラウド市場での差別化要因となりました[55]。知財戦略を適切に設計すれば、リスクを金に換え、競争制約を商機に変えることが可能なのです。この視点に立つと、経営者は知財部門をコスト削減対象ではなく投資対象と見做し、知財戦略策定を経営計画に組み込むべきことがわかります。

最後に、マイクロソフトの知財戦略から読み取れる将来展望は、協調的知財エコシステムの構築です。同社は自らが利益を享受すると同時に、競合他社や中小企業、開発者コミュニティも含めた全体最適を追求する方向に進んでいます[26]。これは単なる慈善ではなく、エコシステムが成長すれば自社も伸びるという戦略的合理性に裏打ちされています。知財を独占の源泉からエコシステム繁栄の基盤へと再定義するこのアプローチは、今後の知財戦略の主流となる可能性があります。意思決定者は、自社もその潮流に乗り遅れず、オープンとプロテクトの両輪で持続的成長を図る意思決定を行う必要があるでしょう。

本レポートの分析と示唆は、マイクロソフトという巨人の事例ではありますが、規模の大小を問わず多くの組織に通じる普遍性を持ちます。知財戦略はもはや専門部門だけの課題ではなく、企業価値創造の中核に位置付けられつつあります。マイクロソフトの知財戦略から学べる最大の教訓は、「知財を制する者が市場を制する」だけでなく「知財を活かす者が未来を制する」ということではないでしょうか。

参考資料リスト(全体)

1背景と基本方針:
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[4][5]Microsoft公式「Microsoft Patents特許ポートフォリオ戦略(質重視・将来志向・制度調和)
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[7]Microsoft年次報告書2015 – 知財保護と活用方針(保有件数・クロスライセンス・無償開放例)
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[1]Microsoft公式「Intellectual property and open innovationイノベーション投資と知財・オープンイノベーションの位置付け
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[30]Microsoft公式「Licensing Policy学術研究機関への特許無償提供(特許非行使)方針
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[32]Microsoft公式「Intellectual property and open innovationオープンソースへの全面コミット表明
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[2]OIN公式ニュース – 2018MicrosoftOIN参加し6万件超特許を無償開放したニュース
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[26]SiliconANGLE – OSSコミュニティとの軋轢と進化に関するMicrosoft法務責任者コメント

2全体像と組織体制:
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[7]Microsoft年次報告書2015 – 当時の特許保有(57k)・出願(35k)件数、知財活用方針
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[33][24]The Stack (2023) – 2022年米国特許取得ランキングとAI特許主要企業(Samsung, IBM, Microsoft等)
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[11]SiliconANGLE – 2013Nomura推計Android特許ロイヤルティ$2B/年および2018OIN参加による今後の収入影響
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[9]Microsoft公式「Microsoft Technology Licensing– MTL子会社の役割(特許管理・技術移転)
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[18]Microsoft公式ブログ – Azure IP Advantageの特許提供リスト1万件について説明(MTL関与)
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[38][39]Microsoft年次報告書2015 – Motorolaとの特許紛争詳細(ITC提訴・RAND特許問題)
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[42][3]Microsoft Azure Blog – LOT Network加盟やAzure IP Advantage導入経緯(NPE訴訟経験・開発者保護策)
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[34]BusinessInsider (2013) – Android特許収入~20億ドル/年(ほぼ純利益)Nomura分析

3詳細分析:技術領域別
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[12][43]Microsoft News – 2013exFATファイルシステム特許を自動車・カメラメーカーにライセンスしたニュース
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[44]Microsoft公式オープンスペックライセンスプログラム(通信プロトコル等特許ライセンス提供)説明
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[45]Microsoft公式ブログ – Azure IP Advantage特許群の質評価(TechInsights: Azure特許群は世界3位相当)
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[50]Microsoft News – 2014Dellと特許クロスライセンス契約(Chrome/Android機器含む)発表
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[52]Microsoft News – 2016Rakutenと特許クロスライセンス契約(Linux/Androidデバイス)発表
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[18][47]Microsoft公式ブログ – Azure特許ピック権は訴訟抑止効果が狙いとの説明
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[49]Microsoft公式「Licensing Policy特許ライセンス方針(商業合理的条件で非独占許諾、一部技術はライセンス拒否権留保)
-
[53]SiliconANGLE – MicrosoftOIN参加で60k特許無償提供決断、以前の特許収入を手放す点

4詳細分析:市場・顧客別
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[54]Microsoft公式商標・ブランドガイドライン(Microsoftブランド保護)
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[55]Microsoft Azure Blog – Azure IP Advantageでオープンソース由来サービスのIP侵害も保護/移転特許に無償ライセンス約束
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[57]Microsoft公式ブログ – Azure IP Advantage立ち上げは顧客要望に応えたものと説明
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[58]Microsoft Technetブログ – 2013ZTEが特許契約加入し「主要Androidメーカー大半がライセンス選択」との言及
-
[59]Microsoft Azure Blog – Entrepreneur調査引用「中小企業の40%が特許訴訟で重大影響」
- BSA Global Software Survey 2018 –
各国ソフト違法コピー率と改善傾向(海賊版対策の成果参考)

5詳細分析:収益モデルと知財活用
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[11]SiliconANGLE – Nomura推計Android特許ロイヤルティ約20$/年に関する記述
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[60]Medium/SeekingAlpha – IBM2018年特許収入約12$とのデータ記載
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[13]Microsoft News – 2014Dellライセンス契約プレスリリース(特許共有で革新加速と記載)
-
[25]Microsoft公式イノベーションは顧客・開発者にも恩恵があってこそとの理念表明
-
[3]Microsoft Azure Blog – LOT Network参加でリスク低減コミット/Azure IP Advantage説明
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[62]SECフォーム10-K2018 – Microsoftの「Patent licensing includes… mobile devices and cloud offerings」記載(特許ライセンス収入の主因説明)

6詳細分析:パートナーシップ・エコシステム
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[36]SiliconANGLE – Nomura2013後、MicrosoftAndroid主要企業とクロスライセンス合意(範囲不明だが紛争回避)
-
[3]Microsoft Azure Blog – LOT Network参加で業界と協調、Azure IP Advantage導入で開発者保護する旨
-
[63]Microsoft公式「Licensing Policy– WindowsOfficeスキーマ等のライセンスプログラム維持(標準化対応含意)
-
[39]Microsoft年次報告書2015 – Motorolaが標準特許をRAND提供義務負う旨・Microsoftがそれを主張した件
-
[64][11]SiliconANGLE – MicrosoftOIN加盟で60k特許共有、Linux SystemにはAndroid含まれAndroid特許収入減の可能性
-
[2]OIN公式 – MSOIN加入し特許無償提供コミュニティ入り

7競合比較
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[65]IP CloseUp – IBM特許収入201617$201812$減少記事
-
[11]SiliconANGLE – 2011GoogleMotorola買収し17k特許取得、Nomura推計Android収入等背景
-
[20]SiliconANGLE – Microsoftが主要Androidプレイヤーとクロスライセンス締結しGoogleとも摩擦解消した旨
-
[67]Reuters – 2018MicrosoftLOT Network加盟報道(Appleは不参加)
- Apple vs Samsung
訴訟資料 – 2012Apple勝訴判決内容(1$10.5億賠償等)
- Google OPN Pledge
公式 – 2013Googleの特許非主張宣言対象特許リスト

8リスク・課題
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[21]Henry.law – IPAMicrosoft2.42$評決例(Cortana特許訴訟)
-
[68]Microsoft年次報告書2015 – 2012年ドイツでH.264特許差止め命令・米裁判所が差止め禁止命令出した経緯
-
[59]Microsoft Azure Blog – Entrepreneur調査:中小企業40%が特許訴訟で重大影響
-
[26]SiliconANGLE – Erich Andersenコメント「かつてOSSと摩擦あったが進化に伴い次の論理的一歩」

9今後の展望
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[28]Microsoft公式「Patents」– 特許制度改善(明確な請求・効率的審査)支持表明
-
[26]SiliconANGLE – Microsoft法務責任者コメント:顧客・開発者の声を反映し進化、今回OIN加入は自然な流れ
- EU DMA
原文 – Gatekeeper義務一覧(OS上プリインアプリ許可等)
-
中国特許法2021 – SEP紛争調停規定・反外国禁令規定
- WIPO
AI and IP: A vision for the Future」レポート – AIが知財制度に与える影響
- Microsoft Green Patent Pledge (2020) –
気候変動技術500件特許無償提供宣言

10戦略的示唆
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[6]Microsoft年次報告書2015 – 特許クロスライセンスや知財無償開放(標準化・互換推進)の例
-
[3]Azure Blog – 開発者・顧客の特許リスク低減策Azure IP Advantage/LOT Network
-
[63]Microsoft公式 – Windowsソースや通信プロトコル等のライセンスプログラム列挙
- METI
「知財金融化に関する研究会報告書」(2020) – 特許の流動化・特許保険等の知財マネジ手法
-
特許庁「中小企業のためのクロスライセンス契約ガイド」(2019) – 提携時知財契約の留意点

[1] [25] [32] [54] Intellectual Property & Open Innovation | Microsoft Legal

https://www.microsoft.com/en-us/legal/intellectualproperty

[2] Microsoft Just Did Something Big With 60,000 Patents - Open Invention Network

https://openinventionnetwork.com/microsoft-just-did-something-big-with-60000-patents/

[3] [17] [19] [22] [23] [42] [55] [59] Microsoft joins LOT Network, helping protect developers against patent assertions | Microsoft Azure Blog

https://azure.microsoft.com/en-us/blog/microsoft-joins-lot-network-helping-protect-developers-against-patent-assertions/

[4] [5] [28] [29] Microsoft Patents | Microsoft Legal

https://www.microsoft.com/en-us/legal/intellectualproperty/patents

[6] [7] [10] [14] [27] [38] [39] [40] [68] Microsoft 2015 Annual Report

https://www.microsoft.com/investor/reports/ar15/index.html

[8] [11] [20] [26] [36] [37] [53] [64] Microsoft opens up its vast patent portfolio to the Linux community - SiliconANGLE

https://siliconangle.com/2018/10/10/microsoft-opens-vast-patent-portfolio-linux-community/

[9] Microsoft Technology Licensing

https://www.microsoft.com/en-us/legal/intellectualproperty/mtl

[12] [13] [15] [16] [43] [50] [51] [52] [58] IP Agreements - Stories

https://news.microsoft.com/ip-agreements/

[18] [45] [46] [47] [56] [57] Microsoft Azure IP Advantage: A closer look at the ‘patent pick’ - Microsoft On the Issues

https://blogs.microsoft.com/on-the-issues/2017/02/16/microsoft-azure-ip-advantage-closer-look-patent-pick/

[21] Patent Trials and Triumphs: IPA v. Microsoft

https://henry.law/blog/patent-trials-and-triumphs-ipa-v-microsoft/

[24] Semiconductor Tech Received Most Granted Patents in 2023

https://www.semiconductor-digest.com/semiconductor-tech-received-most-granted-patents-in-2023/

[30] [31] [48] [49] [63] Intellectual Property Licensing Policy | Microsoft Legal

https://www.microsoft.com/en-us/legal/intellectualproperty/tech-licensing/policy

[33] Most patents granted in 2022: Asian firms dominate US list - The Stack

https://www.thestack.technology/most-patents-granted-in-2022-list-top-10/

[34] Microsoft Earns $2 Billion Per Year From Android Patent Royalties

https://www.businessinsider.com/microsoft-earns-2-billion-per-year-from-android-patent-royalties-2013-11

[35] Microsoft gets $2 billion a year in Android patent fees. Really?

https://www.computerworld.com/article/1488961/microsoft-gets-2-billion-a-year-in-android-patent-fees-really.html

[41] [PDF] 2018 Annual Report - IBM

https://www.ibm.com/investor/att/pdf/IBM_Annual_Report_2018.pdf

[44] Technology Licensing & Transfer Programs | Microsoft Legal

https://www.microsoft.com/en-us/legal/intellectualproperty/tech-licensing

[60] Case Study (Business Law Perspective): IBM's Strategic Use of ...

https://medium.com/the-leadership-nexus/case-study-business-law-perspective-ibms-strategic-use-of-intellectual-property-rights-for-23eb9b562acc

[61] [65] IBM's Drop in Direct IP Licensing Revenue May be a Reflection of ...

https://ipcloseup.com/2021/05/04/ibms-drop-in-direct-ip-licensing-revenue-may-be-a-reflection-of-secular-changes-in-tech-law/

[62] msft-10k_20180630.htm - SEC.gov

https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/789019/000156459018019062/msft-10k_20180630.htm

[66] [67] Microsoft joins 'patent troll'-fighting alliance LOT Network | Reuters

https://www.reuters.com/article/legal/microsoft-joins-patent-troll-fighting-alliance-lot-network-idUSL2N1WL0CC/

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  • 2025年10月時点の情報に基づきます
  • 企業の非公開戦略や内部情報は含まれません
  • 分析の正確性を期していますが、完全性は保証いたしかねます

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