3行まとめ
パートナーを支援する「共創エコシステム」が競争優位性の源泉
自社の利益追求だけでなく、スタートアップ等の知財活動を支援することでエコシステム全体の価値を高める、独自の戦略を核心としています。
「povo」など事業直結の特許取得と「他社牽制力3位」の両立
「povo」(特許7076934号)などサービスを直接保護する権利化を進め、客観的な「他社牽制力ランキング」でも国内3位の高い評価を得ています。
「Beyond 5G」国家戦略への連携とLLMなど新領域への対応
政府の「Beyond 5G推進戦略」(必須特許シェア10%目標)に深く関与し、LLM(大規模言語モデル)開発など新領域の知財課題にも対応を進めています。
この記事の内容
本レポートは、KDDI株式会社の知的財産(以下、知財)戦略について、公開されている一次情報を基に多角的な分析を行ったものです。同社の知財戦略は、単なる技術保護の枠を超え、経営戦略と深く統合された無形資産マネジメントの中核として機能していることが明らかになりました。以下に主要な分析結果を要約します。
KDDIの知的財産戦略を理解する上で最も重要な点は、同社が知的財産を単なる法務・技術マターとしてではなく、企業経営の根幹をなす戦略的資産として位置づけていることです。サステナビリティ統合レポートやIR資料において、KDDIは一貫して「知的財産をはじめとする無形資産を重要な経営資源と位置付け、サステナビリティ経営の実現に向けた知的財産活動を推進しています」と表明しています³ ⁵ ¹⁵。この文言は、同社の知財戦略が短期的な利益追求や防衛的な権利保護に留まらず、長期的な企業価値向上と持続可能性という経営の最上位概念に直結していることを示唆しています。
この位置づけを裏付ける特徴的な事実として、同社の公式ウェブサイトにおける情報開示の構造が挙げられます。知的財産マネジメントに関するページへは、「投資家情報(IR)→コーポレート・ガバナンス」という経路と、「サステナビリティ→イノベーションマネジメント」という経路の二通りでアクセス可能となっています¹。これは意図的な設計であると見られ、知財戦略が「企業の統治と規律」という側面と、「持続可能な社会に向けた革新」という側面の両方から重要視されていることを内外に示す、洗練されたコミュニケーション戦略と言えます。前者は株主や投資家に対し、無形資産という重要な経営資源が適切に管理・活用されていることを示す説明責任の一環であり、後者は顧客や社会に対し、イノベーションを通じて持続的な価値を創造していくという企業姿勢の表明です。
実際に、2023年7月に発行されたコーポレート・ガバナンス報告書では、「昨今、非財務の情報開示については非常に注目が高まっており、当社としてもこれらの動向を注視するとともに、ステークホルダーの皆さまとの対話も重ねながら、当社の中期経営戦略とその実行状況を正しくご理解いただけるよう、…知的財産・無形資産の情報についての開示を充実していきます」と明記されています¹⁶。これは、ESG投資の潮流が強まる中で、知的財産という非財務資本のマネジメント状況が、投資家にとって重要な投資判断材料となっていることをKDDI経営陣が深く認識している証左です。このように、知財戦略をガバナンスとサステナビリティの文脈に明確に位置づけることで、KDDIは自社の知財活動を単なるコストセンターではなく、企業価値を創造するバリュードライバーとして効果的に訴求していると分析されます。
KDDIの知財活動は、その戦略的位置づけを具現化するための4つの基本方針によって体系的に規定されています。これらの⽅針は、同社のサステナビリティ統合レポート2022において明確に示されており、その後の活動の根幹をなしています⁵ ᴮ²。
これら4つの方針、特にパートナー支援(方針2)と戦略分析(方針4)を明文化している点は、KDDIの知財戦略が伝統的な「守りの知財」から、事業共創を牽引する「攻めと支援の知財」へと進化していることを明確に示しています。
KDDIの先進的な知財戦略は、それを着実に実行するための精緻な組織体制と連携フレームワークによって支えられています。ここでは、知財部門の組織内での位置づけ、事業・研究開発部門との連携、そして全社的な知財マインドの醸成活動について分析します。
KDDIの組織図(2025年3月時点の情報を基にした分析)を見ると、「知的財産部」は「コーポレート統括本部」に属しています¹⁴。この統括本部には、法務部、サステナビリティ企画部、ブランド・コミュニケーション本部といった、全社の根幹を支える重要な機能が集約されています。この配置自体が、知的財産部が単なる技術部門のサポート役ではなく、法務・コンプライアンス、サステナビリティ経営、そして企業ブランド戦略と密接に連携し、コーポレートレベルの意思決定に関与する中核部門であることを物語っています。
さらに、知的財産に関する取り組み状況は、定期的に経営会議や取締役会に報告され、ガバナンスが強化されていると明記されていますᴮ²。これにより、経営トップが知財戦略の進捗と課題を常に把握し、事業戦略との整合性を確保する体制が構築されています。知財リスクが顕在化した案件については、経営層を含めて課題や状況が共有され、事業上の重要リスクとして全社一体で取り組むべきものとして位置づけられています¹² ᴮ¹。このようなトップダウンの関与と明確なレポーティングラインは、知財戦略が絵に描いた餅に終わらず、全社的な実効性を伴って推進されるための強力な基盤となっています。
KDDIの知財戦略実行力の源泉は、知的財産部と事業部門・研究開発部門との間に構築された、体系的かつ有機的な連携メカニズムにあります。伝統的な企業では、事業部門が製品開発を終えた後、最後に知財部門が形式的なチェックを行うという、いわば「後工程」の関与になりがちです。しかし、KDDIでは、開発の初期段階から知財部門が深く関与する「フロントローディング」型の体制が意図的に設計されています。
その中核をなすのが、「知財リエゾン担当者」制度です¹² ᴮ¹ ᴮ⁴。事業部門やグループ会社に配置されたリエゾン担当者は、知的財産部と各部門の橋渡し役を担います。彼らの役割は、新規開発案件を漏れなく、かつ早期に把握し、潜在的な知財リスク(第三者特許の侵害可能性など)を初期段階で洗い出すことです。これにより、開発が進んだ後で手戻りが発生したり、最悪の場合プロジェクトが頓挫したりするリスクを大幅に低減できます。同時に、開発プロセスの中で生まれる新たな発明のアイデアを早期に捉え、適切な権利化につなげる機会損失を防ぐ役割も果たします。この制度は、リスク管理と価値創造をプロジェクトのライフサイクルの源流で行う、極めて効率的かつ戦略的な組織デザインと言えます。
さらに、知的財産部は事業部門ごとに短期・長期の事業戦略を定期的にヒアリングし、事業環境や競合状況を深く理解する活動を行っています¹² ᴮ¹。この対話を通じて、後述する「オープン領域(標準化など)」と「クローズ領域(差別化サービスなど)」を共同で特定し、クローズ領域においては重点的に出願すべき技術分野や、あえて特許化せずノウハウとして秘匿化すべき領域を設定します。これにより、事業戦略と知財戦略のベクトルが完全に一致し、限られたリソースを最も事業貢献度の高い領域に集中投下することが可能になります。
研究開発の中核を担うKDDI総合研究所との連携も同様に緊密です。研究所の重点研究領域を踏まえ、研究者と知的財産部が密接にコミュニケーションを取りながら権利化活動を進めることで、将来の事業の核となる先進技術を確実に保護しています¹² ᴮ¹。KDDI総合研究所は、Beyond 5G/6G、AI、光通信、セキュリティといった基盤技術の研究を担っており²¹ ²²、ここから生まれる発明を知的財産部が戦略的に権利化することが、KDDIの長期的な技術的優位性を担保する上で不可欠です。
優れた戦略や組織も、それを動かす「人」の意識が伴わなければ形骸化します。KDDIは、知的財産の重要性が一部の専門家だけでなく、全社員に共有されるべきであるとの認識のもと、体系的な教育・啓発活動を展開しています。
具体的には、全社員を対象としたEラーニング、新入社員向けの集合研修といった基礎教育に加え、事業部門のニーズに合わせた専門的なセミナーを随時実施しています¹² ᴮ²。例えば、サービス企画部門向けには、知財関連契約の留意点や、効果的な先行技術調査の方法に関するセミナーが提供されます。これにより、各社員が日々の業務の中で直面する知財関連の課題に適切に対処できる能力を養っています。
さらにユニークな取り組みとして、年4回発行される社内報「知財マガジン」が挙げられます¹² ᴮ¹。これは、難解になりがちな知財のトピックを分かりやすく解説し、成功事例や注意すべき点を共有することで、全社的な「知財マインド」を醸成することを目的としています。このような地道な文化醸成活動が、社員一人ひとりの知財リテラシーを高め、結果としてリエゾン制度などの公式な仕組みが円滑に機能する土壌を作り出していると推察されます。知的財産は、知的財産部だけのものではなく、全社員が関わるものであるという文化を根付かせることが、KDDIの知財戦略の強靭さを支える隠れた要因と言えるでしょう。
KDDIの知財戦略の核心には、技術領域の特性に応じて知財の扱いを使い分ける「オープン&クローズ戦略」が存在します。この戦略は、通信事業者というビジネスモデルの根幹に関わるものであり、業界全体の相互接続性を確保しつつ、自社の競争優位性を最大化するための洗練されたアプローチです。
KDDIは、自社が関わる技術領域を「協調領域」と「競争領域」の二つに明確に区分しています³。
この「オープン&クローズ」の使い分けは、通信インフラという公共性の高い基盤(オープン)の上に、独自の付加価値サービス(クローズ)を構築するという、通信事業者のビジネスモデルを知財戦略のレベルで体現したものです。この戦略的区分に基づき、具体的な知財活動が展開されます。
オープン領域におけるKDDIの活動は、主に国際標準化団体での技術提案と、その結果として生まれる標準必須特許(SEP: Standard Essential Patent)の取得に集約されます。同社は、これまで培ってきた通信技術と経験を基に、5Gやその先のBeyond 5G/6Gに関する研究成果の標準化を積極的に進めています³ ⁵。
標準化活動への参画は、単に技術仕様の策定に協力するだけではありません。自社の研究開発の方向性と将来の標準規格の方向性を合致させることで、技術開発の投資効率を高め、将来の市場で有利なポジションを確保するという戦略的な狙いがあります。KDDI総合研究所が世界トップレベルの研究²¹ ²² ²³を行っている無線通信技術や映像伝送技術などは、まさにこの標準化活動の源泉となっています。
そして、標準化された技術の実施に不可欠な特許、すなわちSEPを保有することは、二つの大きな意味を持ちます。一つは、ライセンス収入の獲得です。KDDIは、LTE、W-CDMA、CATVなどの分野で保有するSEPを、各種特許プールを通じて広くライセンスしており、研究開発投資の回収と安定的な収益源確保につなげています¹² ᴮ¹。もう一つは、クロスライセンスによる事業の自由度の確保です。通信業界では、数多くの企業がSEPを保有しており、互いにライセンスし合うことで事業リスクを低減しています。質の高いSEPポートフォリオを保有することは、他社との交渉において強力なカードとなり、自社が支払うライセンス料を抑制したり、有利な条件を引き出したりすることを可能にします。
競争領域における知財活動は、KDDIの成長戦略である「サテライトグロース戦略」と完全に連動しています。ここでは、抽象的な技術ではなく、具体的なサービスやビジネスモデルの競争力を直接的に支えるための知財ポートフォリオが構築されます。KDDIのIR資料が、サービス名と特許番号を紐付けて開示していることは、この戦略の徹底ぶりを象徴しています。
これらの事例からわかるように、KDDIのクローズ領域における特許戦略は、事業部門が考案したユニークな顧客価値やビジネスプロセスを、知財部門が法的な参入障壁へと転換する、緊密な連携プレーによって成り立っています。
また、すべての技術を特許化するわけではない点も重要です。外部から侵害の発見が困難なサーバー側の処理アルゴリズムや、独自の運用ノウハウなどは、あえて公開情報となる特許出願を行わず、「ノウハウとして秘匿化」する戦略が採られています⁵。例えば、2022年12月時点で国内トップシェアとなる3,000万回線を突破したIoT事業の強みは、約20年にわたる運用で培われた商品開発や保守管理のノウハウにあるとされています³。この種の暗黙知的な無形資産もまた、特許と同様に重要な競争力の源泉です。どの技術を「特許」とし、どれを「ノウハウ」とするかの判断は、事業モデルや競合環境を深く理解した上で下される、高度な戦略的判断と言えます。
技術的な知財(特許・ノウハウ)がサービスの「機能的価値」を保護するものであるとすれば、ブランドや商標はサービスの「情緒的価値」や「信頼」を保護する無形資産です。KDDIは、「KDDI」「au」「UQ mobile」「povo」といったブランド群を重要な経営資源と位置づけ、その価値向上に全社一丸で取り組んでいます³ ⁵。
ブランドメッセージ「Tomorrow, Together」³は、KDDIグループが目指す姿を顧客や社会と共有するための指針です。このメッセージを具現化するため、オウンドメディア「KDDIトビラ」による情報発信や、ブランド体験施設「KDDI MUSEUM」「GINZA 456 Created by KDDI」の運営など、多様な顧客接点が設けられています³。
特に「au」ブランドのコミュニケーション戦略は際立っており、CM総合研究所の調査において、「三太郎」シリーズが8年連続(2022年度時点)でCM好感度No.1ブランドに選出されるなど、極めて高い成功を収めています³。これにより築かれた親しみやすさや信頼感は、顧客のサービス選択において重要な役割を果たし、価格競争とは異なる次元での競争優位性を生み出しています。
このように、特許戦略が技術的模倣を防ぐ一方で、商標・ブランド戦略が顧客との心理的な結びつきを強化する。この両輪が一体となって機能することで、KDDIの総合的な無形資産価値が最大化されていると分析できます。
KDDIの知財戦略における最もユニークかつ強力な側面は、自社の利益のみを追求するのではなく、スタートアップやパートナー企業との「共創」を促すためのエコシステムを、知財支援という切り口から構築している点にあります。これは、同社の基本方針第二項「パートナーの皆さまとの共創事業の成長のために、各社の知的財産活動を支援します」⁵を具体化したものであり、KDDIのオープンイノベーション戦略の根幹をなしています。
大企業とスタートアップの連携においては、しばしば「大企業がスタートアップのアイデアや技術を不当に奪うのではないか」という懸念(いわゆる「知財収奪」リスク)が、連携の障壁となります。この懸念を払拭し、信頼に基づいたパートナーシップを築くため、KDDIはオープンイノベーションプログラムにおける知財・無形資産の取り扱いに関して、明確な3つの基本方針を定めて公開しています⁷ ⁸ ᴮ³。
これらの⽅針は、スタートアップが最も懸念する点を先回りして解消するものであり、KDDIが単なる投資家や事業提携先ではなく、共に成長を目指す「真のパートナー」であることを示す強力なメッセージとなっています。
KDDIの支援は、方針の提示だけに留まりません。知財管理体制が脆弱なことが多いグループ会社や出資先スタートアップに対し、各社の状況に応じた最適な知財活動が実施されるよう、具体的なハンズオン支援を提供しています⁵ ᴮ²。
支援内容は多岐にわたると推察されます。例えば、発明の発掘と権利化の支援、事業計画に合わせた知財戦略の策定、競合他社の特許分析(パテントクリアランス)、知財関連契約のレビュー、社員向けの知財教育などが考えられます。KDDIの知的財産部が持つ専門知識と経験を、いわば「シェアードサービス」としてエコシステム内の企業に提供しているのです。
この取り組みは着実に成果を上げており、支援先の企業数はグループ会社や出資先の増加に伴い、年々増加傾向にあります¹。さらに、この活動は外部からも高く評価されています。平成30年度(2018年度)には、経済産業省・特許庁が主催する「知財功労賞」において、「オープンイノベーション推進企業」としては初となる「経済産業大臣表彰」を受賞しましたᴮ²。これは、KDDIの知財支援モデルが、日本のオープンイノベーションを促進する上で先進的かつ模範的な取り組みであると公的に認められたことを意味します。
KDDIが展開するこの知財支援モデルは、単なるCSR活動や投資先のリスク管理に留まらない、多層的な戦略的価値を同社にもたらしています。その最も重要な価値の一つが、知的財産部が「戦略的なオープンイノベーション・ハブ」および「高度人材の獲得エンジン」として機能している点です。
KDDIの担当者は、「企業の知財部としてスタートアップを支援していると、外部の大手メーカーや社内の他部門から、『スタートアップの支援に携われるなら』と優秀な人財も来てくれています」と語っています⁹ ¹⁰。これは極めて重要な示唆に富む発言です。通常、大企業の知財部や法務部は、コストセンターと見なされがちで、社内外のトップタレントにとって最も魅力的な職場とは言えませんでした。しかし、KDDIでは、最先端の技術やビジネスモデルを持つスタートアップと深く関わり、その成長を支援するというダイナミックな業務内容が、優秀な人材を惹きつける強力な魅力となっています。
この構造は、企業にとって非常に有益な好循環を生み出します。
まず、魅力的な業務内容が、知財の専門知識とビジネスセンスを兼ね備えた優秀な人材を社内外から惹きつけます。次に、集まった優秀な人材が、スタートアップに対して質の高い知財支援を提供します。そして、質の高い支援が受けられるという評判が、有望なスタートアップをさらにKDDIのエコシステム(例:「KDDI ∞ Labo」)に惹きつけます。
このプロセスを通じて、KDDIの知的財産部は、単に自社の知財を守り、管理する部門から、以下の三つの戦略的機能を持つ部門へと変貌を遂げていると分析できます。
このように、KDDIの知財支援モデルは、スタートアップを支援するという「利他的」な活動を通じて、結果的に自社のイノベーション能力、人材力、そして投資価値を向上させるという、極めて高度な「戦略的利他」の仕組みを構築しているのです。これは、資金提供のみに重点を置く多くのCVCとは一線を画す、KDDI独自の競争優位性の源泉と言えるでしょう。
KDDIの知財戦略の独自性をより深く理解するためには、国内の主要な競合他社であるNTTグループ(NTTドコモを含む)、ソフトバンクグループ、そして楽天モバイルの戦略との比較が不可欠です。各社の事業戦略や企業文化の違いが、知財に対するアプローチの差異として明確に表れています。
本章では、国内通信大手4社の知財戦略を、以下の5つの評価軸で比較分析します。
このフレームワークを用いることで、各社の戦略的ポジショニングの違いを構造的に把握することが可能になります。
各社の公開情報に基づき、上記のフレームワークで比較分析した結果を以下の表にまとめます。この表は、各社の戦略的特徴を一覧することで、KDDIのポジショニングを相対的に浮き彫りにすることを目的としています。情報の性質上、特に楽天モバイルに関しては、公開されている一次情報が限定的であるため、同社のビジネスモデルからの推察が含まれる点に留意が必要です。
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評価軸 (Evaluation Axis) |
KDDI |
NTTグループ (NTT Group incl. Docomo) |
ソフトバンクグループ (SoftBank Group) |
楽天モバイル (Rakuten Mobile) |
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中核的知財思想 |
事業共創とエコシステム支援⁵ ᴮ² |
R&D主導、標準化によるグローバルリーダーシップᴮ⁹ ⁶² ⁶⁴ |
AI中心の投資ポートフォリオと次世代技術への大規模ベット⁸⁷ ⁹⁰ |
仮想化・オープン化技術の活用とコスト効率(推察) |
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重点技術領域 |
5G/B5G, IoT, スマートドローン, DX, LX³ ⁵ |
IOWN構想, 6G, AI基盤技術, オールフォトニクス・ネットワークᴮ⁹ ⁶² |
生成AI, AIエージェント, 次世代コンピューティング⁸⁷ ⁸⁹ ⁹⁰ |
Open RAN, クラウドネイティブネットワーク(推察) |
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標準化/SEP戦略 |
オープン&クローズ。標準化に貢献しつつ、サービス特許で差別化³ ¹² |
6G時代の標準化をリードし必須特許獲得を経営目標に設定⁶⁴ ⁶⁵ ᴮ¹¹ |
6G関連技術開発への参画⁷⁷ |
標準技術の採用と実装に重点(推察) |
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スタートアップ連携 |
知財支援を核とした共創プログラム⁷ ⁸ ᴮ² |
研究開発連携とNTTドコモ・ベンチャーズ等を通じた出資(推察) |
ビジョン・ファンドを通じた大規模グローバル投資⁸⁷ |
パートナーシップによるエコシステム構築(推察) |
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定量的評価 |
パテントスコア、他社牽制力ランキングで高評価³ ⁴¹ ⁴³ |
特許保有件数、引用件数で国内トップクラス⁴¹ |
ポートフォリオ企業の技術・特許価値が評価指標(推察) |
ポートフォリオの規模は比較的小さいと推察 |
上記の比較分析から、KDDIの知財戦略における独自の競争優位性が明らかになります。
NTTグループは、世界有数の研究開発機関を背景に、IOWN構想や6Gといった次世代の通信基盤技術で世界をリードすることを目指しています。その知財戦略は、基礎研究の成果を膨大な特許網で保護し、国際標準化を主導することで技術的優位性を確立する、まさに「R&D主導型」の王道と言えます。NTTドコモが「6G時代においても標準化で世界をリードし必須特許を獲得」することを経営目標に掲げ⁶⁴、その取り組みが内閣総理大臣感謝状を受賞したこと⁶⁵は、この戦略を象徴しています。株式会社パテント・リザルト社の調査でも、他社特許への引用件数で測る「他社牽制力」において、NTTとNTTドコモが1位、2位を占めており⁴¹、その技術的影響力の大きさがうかがえます。
ソフトバンクグループは、通信事業を中核としつつも、孫正義氏のリーダーシップのもと、世界中のAI関連テクノロジー企業に投資する「投資主導型」の戦略を採っています。その知財戦略は、自社での発明創出に加え、ビジョン・ファンドなどを通じて投資したポートフォリオ企業群が持つ最先端技術や特許価値を最大化することに重点が置かれていると推察されます。特に生成AIやAIエージェントといった領域への巨額投資計画⁸⁷ ⁹⁰は、来るべきAI時代に技術的・事業的覇権を握ろうとする明確な意思の表れです。
これに対し、KDDIの戦略は、NTTのような純粋なR&D主導でも、ソフトバンクのような投資主導でもない、独自のバランスの上に成り立っています。自社でもKDDI総合研究所を中心に質の高い研究開発を行い、特許ポートフォリオの技術的価値は「競合他社の平均を超える」(自社調べ)と評価されています⁵ ⁴²。また、他社牽制力ランキングでもNTTグループに次ぐ3位と、高い競争力を維持しています⁴¹ ⁴³。2022年の調査では、KDDIの特許が最も影響を与えた企業はNEC(24件)とNTT(18件)であり⁴³ ᴮ⁸、競合の技術開発を牽制する力が客観的に示されています。
しかし、KDDIの最大の競争優位性は、これらの自社リソースを知財支援という形で外部に提供し、スタートアップやパートナー企業を巻き込んだ強力なイノベーション・エコシステムを構築している点にあります。NTTが「深さ(基礎研究)」、ソフトバンクが「広さ(投資範囲)」で勝負しているとすれば、KDDIは「繋がり(エコシステム)」で独自の価値を創造していると言えます。この共創モデルは、変化の激しい時代において、自社だけでは追いきれない多様な技術シーズや事業機会を効率的に捉えることを可能にし、企業としての柔軟性と回復力(レジリエンス)を高める上で極めて有効な戦略であると評価されます。
KDDIの知財戦略は多くの強みを持つ一方で、事業環境の変化に伴う潜在的なリスクと課題にも直面しています。これらの脅威を時間軸に沿って、短期的、中期的、長期的に整理して分析します。
通信業界全体が直面する最も顕著な短期的リスクは、標準必須特許(SEP)を巡るライセンス紛争です。5G、Wi-Fiといった技術標準は、数千から数万の特許で構成されており、これらの技術を利用するメーカーは、多くの特許権者からライセンスを受ける必要があります。その際のライセンス条件、特にロイヤリティが「公正、合理的かつ非差別的(FRAND: Fair, Reasonable, and Non-Discriminatory)」であるか否かを巡って、世界中で訴訟が頻発しています⁶⁸ ⁷⁰ ⁷¹。
2019年に米国の裁判所がQualcommに対して下した判決は、その象徴的な事例です。この判決では、Qualcommが課していたロイヤリティ料率(スマートフォンの価格の約5%)がFRAND義務に違反すると判断されました⁶⁸。このような司法判断は、ライセンス料の算定基準に大きな影響を与え、業界全体の収益構造を揺るがしかねません。
KDDIは、自らもSEPを保有しライセンス収入を得る立場(ライセンサー)であると同時に、他社のSEPを利用してサービスを提供する立場(ライセンシー)でもあります。このため、SEPを巡る紛争の当事者となるリスクは常に存在します。訴訟に巻き込まれれば、多額の賠償金や訴訟費用が発生するだけでなく、特定の技術や製品の販売が差し止められる可能性もゼロではありません。また、FRAND料率の解釈を巡る国際的な動向の不確実性は、事業計画におけるコスト算定を困難にし、経営の不安定要因となり得ます。NTTドコモもFRAND宣言後の特許譲渡など、複雑化する紛争形態に警鐘を鳴らしており⁹⁶ ⁹⁷、これは業界共通の課題です。KDDIも、第三者の知財権尊重とリスク最小化を基本方針に掲げていますが⁵、このリスクを完全に回避することは困難であり、常に法務・知財部門の高度な対応能力が求められます。
KDDIの競争優位性の源泉であるエコシステム戦略は、その規模が拡大するにつれて、管理の複雑化という中期的な課題を生み出します。2017年時点の日本知的財産協会の機関誌において、KDDIの知財部門は今後の課題として「M&Aにより増加したグループ会社との知財活動の連携」「パートナー企業様との知財部門における連携強化」「事業貢献に資する知財活用の多様化と一層の推進」を挙げていました¹² ᴮ¹ ᴮ⁴。これらの課題は、エコシステムがさらに拡大した現在、より重要性を増していると考えられます。
グループ会社や出資先スタートアップの数が増えれば、それぞれが持つ知財の状況、事業戦略、企業文化も多様化します。これら多様な主体と連携し、グループ全体の知財戦略との整合性を保ちながら、一社一社に最適化された支援を提供し続けることは、知的財産部に大きな運用負荷をかけます。情報共有の仕組み、意思決定のプロセス、コンフリクト(利益相反)の管理など、エコシステムのガバナンス体制を継続的に強化していく必要があります。
特にM&Aによって新たにグループに加わった企業との知財統合(PMI: Post-Merger Integration)は、重要な課題です。被買収企業の特許ポートフォリオを適切に評価し、KDDI本体の戦略に組み込むだけでなく、異なる知財管理の文化やプロセスをスムーズに統合していくことが求められます。このプロセスが非効率であったり、不十分であったりすると、せっかく獲得した無形資産を十分に活用できず、シナジーを創出できないリスクがあります。エコシステムの「繋がり」という強みを維持・強化するためには、その複雑性を管理する高度な組織能力が不可欠です。
長期的な視点で見ると、KDDIが直面する最大の脅威は、Beyond 5G/6Gを巡る国家間の技術覇権争いと、それに伴う経済安全保障上のリスクです。次世代通信技術の開発は、単なる企業間の競争ではなく、国家の産業競争力や安全保障を左右する地政学的な競争の様相を呈しています。
KPMG UKの2024年の報告によれば、6G関連技術の特許申請において、中国が40.5%、米国が35.2%を占める一方、日本は9%に留まっています⁷⁴。このデータは、将来の通信技術の根幹を、特定の国々が支配する可能性を示唆しています。もし、日本企業が将来の標準規格策定プロセスで主導権を握れず、海外企業が保有する多数のSEPに依存せざるを得ない状況になれば、高額なライセンス料の支払いを強いられ、国内産業の国際競争力が削がれる恐れがあります。
このような状況を背景に、日本政府は「Beyond 5G推進戦略」を策定し、国としてBeyond 5Gの必須特許シェア10%以上を目指す目標を掲げています⁸²。この戦略では、産学官が連携して研究開発や標準化活動を戦略的に進めることが謳われており、KDDIもこの枠組みに深く関与しています。しかし、米中をはじめとする各国の巨額な投資と国家を挙げた取り組みを前に、日本が競争優位性を確立できるかは依然として不透明です。
KDDIの長期的な成長は、自社単独の努力だけでなく、日本の産学官連携が国際競争の中でどれだけ成果を上げられるかに大きく依存します。技術のサプライチェーンが分断されたり、特定の国の技術へのアクセスが制限されたりする地政学的リスクも考慮に入れる必要があり、知財戦略と経済安全保障戦略を一体で考えていくことが、将来の持続可能性を確保する上で極めて重要となります。
KDDIの知財戦略の将来は、同社自身の取り組みだけでなく、日本全体の政策動向やグローバルな技術トレンドと深く連関しています。ここでは、政府の推進戦略との連携、AI技術の進化、そして非通信領域への事業拡大という3つの観点から、今後の展望を分析します。
KDDIの知財戦略は、日本政府が推進する国家戦略と極めて高い整合性を持っている点が大きな強みです。これは、同社が今後の政策的支援の恩恵を受けやすく、また官民連携プロジェクトにおいて中心的な役割を担う可能性が高いことを示唆しています。
政府が2025年6月に決定した「知的財産推進計画2025」では、重点項目として「AIと知的財産権」や「スタートアップ支援」が掲げられています¹⁰⁴ ¹⁰⁵ ¹⁰⁸。KDDIが既に行っているAI分野への注力や、知財支援を核とした独自のスタートアップ・エコシステムは、まさにこの国家戦略の方向性と完全に一致しています。これにより、KDDIの取り組みは単なる一企業の戦略に留まらず、日本の産業競争力強化に貢献するモデルケースとして、政府からの後押しを受けやすくなる可能性があります。
さらに重要なのが、「Beyond 5G推進戦略」との連携です。政府は、2030年頃の実用化が見込まれる次世代通信規格「Beyond 5G (6G)」において、日本が国際的な主導権を握ることを目指し、必須特許シェア10%以上の獲得という具体的な目標を設定しています⁸²。この目標達成のため、総務省は2020年12月に産学官の主要プレイヤーが結集する「Beyond 5G 新経営戦略センター」を設立しました⁸¹。このセンターは、知財取得や国際標準化を戦略的に推進するための司令塔として機能します。
KDDIは、この国家的なプロジェクトに深くコミットしており、同センターが設置したリーダーズフォーラムのワーキンググループには、複数のKDDI社員がメンバーとして名を連ねています¹⁰³。これは、KDDIがBeyond 5Gに関する日本の技術戦略や知財戦略の策定プロセスに、初期段階から直接関与していることを意味します。このような官民連携の枠組みに積極的に参加することで、KDDIは技術開発や標準化の最新動向をいち早く察知し、自社の研究開発戦略に反映させることができます。また、国からの研究開発支援や、将来の周波数割り当てなどにおいても有利な立場を築くことが期待されます。KDDIの知財戦略は、国家戦略という強力な追い風を受けて、今後さらに推進されていくものと見られます。
人工知能(AI)、特に大規模言語モデル(LLM)の急速な進化は、通信業界に新たな機会と課題をもたらしています。KDDIは、この技術トレンドを重要な事業機会と捉え、研究開発と社会実装の両面で積極的に取り組んでいます。
研究開発面では、2024年7月に国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)とLLMに関する共同研究を開始したことが特筆されます⁵¹ ⁵³。この共同研究は、LLMの課題であるハルシネーション(事実に基づかない情報を生成する現象)の抑制や、テキストだけでなく画像なども扱えるマルチモーダル対応といった、より高度な技術開発を目指すものです。NICTが持つ国内トップレベルのAI研究基盤と、KDDIが持つ通信データや事業ノウハウを組み合わせることで、通信事業に特化した高精度な「Telco AI」²¹の開発が加速する可能性があります。
このようなAI技術は、KDDIの事業に多大な変革をもたらす可能性があります。例えば、ネットワークの運用・監視をAIで自動化・高度化することで、通信品質の向上と運用コストの削減を両立できます。また、顧客からの問い合わせに自動で応答するAIチャットボットや、生成AIを活用した新たな法人向けDXソリューションの開発も考えられます。
このAIの進化は、知財戦略にも新たな次元をもたらします。AIが自ら生成した発明(AI発明)の権利帰属や保護のあり方、AIの学習データに利用される著作物の権利処理など、現行の知財制度では想定されていなかった論点が生じています。KDDIは、NICTとの共同研究などを通じて、これらの新たな知財課題に対する知見を蓄積し、来るべきAI時代に適した知財ポートフォリオとリスク管理体制を構築していくことが求められます。
KDDIの成長を牽引する「サテライトグロース戦略」は、同社を通信という枠組みから、金融、エネルギー、ヘルスケア(LX: Life Transformation)といった多様な非通信領域へと導いています³。この事業領域の拡大は、収益源の多角化という大きなメリットをもたらす一方で、知的財産部にとっては新たな挑戦を意味します。
それぞれの事業領域には、固有の技術、法規制、そして知財環境が存在します。例えば、金融分野におけるFinTech関連特許のランドスケープは、通信分野のそれとは全く異なります。同様に、エネルギー分野ではスマートグリッドや再生可能エネルギー関連の技術、ヘルスケア分野では遠隔医療やウェアラブルデバイスに関する知財が重要となります。
知的財産部がこれらの新規事業を効果的に支援するためには、通信分野で培った専門知識に加え、各領域に特化した新たな専門性を獲得する必要があります。具体的には、各分野における先行技術調査、クリアランス分析、そして事業戦略に即した権利化戦略を策定する能力が求められます。これは、知財部門の人材育成や外部専門家の活用といった、組織能力の再構築を伴う可能性があります。
KDDIが今後、非通信領域での成長を加速させていくためには、事業ポートフォリオの拡大に合わせて、知的財産部の専門性も同様に多角化・深化させていくことが不可欠です。この挑戦に成功するかどうかが、サテライトグロース戦略の成否を左右する重要な鍵の一つとなるでしょう。
本レポートの分析結果に基づき、KDDIが今後、知的財産をさらに強力な経営資源として活用していくための戦略的示唆を、経営、研究開発、事業化の3つの観点から提言します。
提言:エコシステム支援モデルを競争優位性の核として、その価値を定量的に訴求する。
KDDIの知財戦略における最大の差別化要因は、スタートアップやパートナー企業を知財面から支援する独自の「エコシステム支援モデル」です。これは単なる社会貢献活動ではなく、優秀な人材の獲得やオープンイノベーションの促進といった、具体的な経営メリットをもたらす戦略的投資です。経営陣は、この独自性をさらに強く認識し、投資家やステークホルダーに対するコミュニケーションの核に据えるべきです。
具体的には、統合報告書やIR説明会において、このエコシステムがもたらす価値をより定量的に示すことが推奨されます。例えば、「知財支援を通じて事業共創に至った案件数」「支援先スタートアップの企業価値向上額」「本プログラムをきっかけに入社した高度専門人材数」といったKPI(重要業績評価指標)を設定し、その進捗を開示することが考えられます。これにより、知的財産部の活動が、感覚的な「良い取り組み」から、企業価値向上に直接貢献する「測定可能な投資」へと転換され、特に非財務情報を重視するESG投資家からの評価を一層高めることができると期待されます。
提言:IPランドスケープを研究開発の「羅針盤」として、戦略的なテーマ設定とパートナー探索に活用する。
KDDIは既に、IPランドスケープを事業戦略の立案・推進に貢献させることを基本方針に掲げています⁵。今後は、この活用をさらに一歩進め、研究開発活動の初期段階における「羅針盤」として位置づけることを提言します。
伝統的に、IPランドスケープは自社技術の権利化可能性を探ったり、他社特許の侵害リスクを回避したりといった、どちらかといえば防衛的な目的で使われることが多くありました。しかし、これを研究開発テーマを設定する最上流のプロセスに組み込むことで、より戦略的な活用が可能になります。
具体的には、AIやBeyond 5G/6Gといった重点領域において、グローバルな特許出願動向を網羅的に分析し、技術的に未開拓な領域(ホワイトスペース)や、異業種の企業が参入し始めている融合領域を特定します。この分析結果を基に、KDDI総合研究所や事業部門の研究開発テーマの優先順位付けを行います。さらに、特定の技術領域で強みを持つ国内外の大学やスタートアップを特許情報からリストアップし、共同研究や出資のパートナー候補として能動的にアプローチすることも有効です。NICTとのLLM共同研究⁵¹は、このようなアプローチの成功事例であり、このモデルを他の技術領域にも体系的に展開していくべきです。これにより、研究開発投資の効率性と成功確率を大幅に向上させることが可能となります。
提言:休眠特許・未活用特許の収益化(マネタイズ)を体系的に推進する専門機能またはプロセスを構築する。
KDDIは、サテライトグロース戦略に直結する競争領域において、質の高い特許ポートフォリオを構築しています。しかし、大企業が保有する特許の中には、当初の目的とは異なる形で価値を持つものや、事業戦略の変更によって活用されなくなった、いわゆる「休眠特許」が少なからず存在します。2017年の時点で「事業貢献に資する知財活用の多様化と一層の推進」が課題として挙げられていたこと¹²からも、この点は継続的なテーマであると推察されます。
この課題に対応するため、保有する特許ポートフォリオを定期的に棚卸しし、未活用となっている技術を積極的に収益化するための専門機能または公式なプロセスを設けることを提言します。この機能は、以下の役割を担います。
この取り組みにより、知的財産部は、コストセンターや防衛部門という側面に加え、自ら収益を生み出すプロフィットセンターとしての機能を強化することができます。これは、研究開発投資の回収を加速させ、得られた収益をさらなるイノベーションに再投資するという、好循環な「知的創造サイクル」を企業内に確立することにつながります。
本レポートは、KDDIの知的財産戦略が、単なる権利保護の枠を超え、サステナビリティ経営と事業共創という同社の企業理念と深く結びついた、高度に戦略的な無形資産マネジメントであることを明らかにした。その核心は、自社の利益を追求するだけでなく、知財という専門的なツールを用いてパートナーの成長を支援し、エコシステム全体の価値を向上させるという独自の思想にある。
NTTグループが圧倒的な研究開発力を背景に次世代技術の標準化を主導する「技術覇権型」戦略を、ソフトバンクグループがグローバルな投資網を通じてAI時代のプラットフォームを構築する「投資主導型」戦略を採る中で、KDDIは「共創エコシステム型」とでも言うべき独自のポジションを築いている。この戦略は、「オープン&クローズ」の巧みな使い分けによって自社の競争領域を明確に保護しつつ、スタートアップ支援を通じて社外のイノベーションと優秀な人材を惹きつけるという、攻めと守り、そして「育てる」という三つの側面を併せ持つ。
この先進的な戦略は、Beyond 5G/6GやAIといった分野で国家戦略との高い整合性を持ち、今後の事業展開において強力な追い風となる可能性を秘めている。しかしその一方で、エコシステムの拡大に伴う管理の複雑化、グローバルな標準必須特許を巡る紛争リスク、そして米中を軸とした技術覇権争いという地政学的な潮流など、乗り越えるべき課題も少なくない。
最終的な意思決定への含意として、KDDIの経営陣は、この「共創エコシステム」こそが他社にない競争優位性の源泉であることを再認識し、その価値を内外に明確に示し続ける必要がある。今後の成功は、このエコシステムの健全性と革新性をいかに維持・発展させ、次なる技術変革の波を乗りこなしていけるかにかかっている。KDDIの知財戦略は、もはや単なる一機能の戦略ではなく、企業全体の未来を左右する経営そのものであると言えよう。
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