3行まとめ
世界初のフェライト特許譲渡で創業、知財を経営の中核に
TDKは1935年の創業時から知財重視のDNAを持ち、「知財権を価値創出の源泉」と位置づけ。現在は事業戦略と知財戦略を完全に一体化させ、研究開発から製品化まで知財が経営判断に深く組み込まれている。
海外比率90%超、縦横マトリクスで実現する知財ガバナンス
海外従業員比率約90%、海外売上高比率約90%というグローバル企業として、事業軸(縦)と機能軸(横)のマトリクス型知財組織を構築。各拠点の自律性を尊重しつつ、本社がガバナンス・サポート・連携促進の3つの役割を担い全社最適を実現している。
SDGs特許で日本23位、電池技術の知財が年10%超成長
SDGs関連特許数で日本23位、年平均成長率10%以上(国内3位)を達成。保有特許の約70.7%が電池技術に集中し、気候変動対応に貢献。IPランドスケープで将来市場を先読みし、GX・DX領域での知財投資を戦略的に強化している。
この記事の内容
創業と知財の原点:TDK(東京電気化学工業株式会社として1935年設立)の創業には知的財産が深く関与しています。創業者の齋藤憲三氏は、当時東京工業大学の加藤与五郎博士・武井武博士による世界初の磁性材料「フェライト」の発明に着目し、まだ用途不明だったこの技術の可能性に賭けて事業化しました[32]。両博士からフェライトの基本特許の譲渡を受けたことで、最初の製品フェライトコア「オキサイドコア」の発売に成功しています[33]。このように「世の中にまだない価値」を知財で創出・保護する独創の精神がTDKのDNAであり、知財は同社の発展を陰で支え続けてきました[33][34]。実際、TDKは大学の特許を基に創業した「大学発ベンチャー」の嚆矢とも言え、「我々は創業時点から知的財産の重要性を認識していた」と社内でも語られています[1]。
知的財産に関する基本的な考え方:TDKグループは、「知的財産権を企業社会での価値創出の源泉」と位置づけています[2]。具体的には、知財権※1の創造・蓄積・活用によって新しい製品やサービスを積極的に開発提供し、社会発展に貢献することを目指しています[2]。その際、自社の特許等を正当に尊重してもらうためにも、まず自ら第三者の特許権を尊重する姿勢を基本方針に掲げています[2]。この方針はTDK企業倫理綱領(行動基準)にも明文化されており、他者の知的財産権を不当に侵害しないよう細心の注意を払うこと、そして知財権の創造・保護に全力を尽くすことが規定されています[2]。これらはコンプライアンス上の責務であると同時に、知財を「攻め」と「守り」の両面で経営に活かすための前提条件とも言えるでしょう。
(※1…知的財産権には産業財産権(特許・実用新案・意匠・商標)や著作権、営業秘密などが含まれる[35]。以下、本稿では特許を中心に言及しますが、他の知財も含めた総合戦略を指すものとします。)
知財戦略の全社方針と事業戦略との連動:上述の基本方針のもと、TDKでは知財戦略を常に事業戦略とアライン(整合)させることを重視しています[2]。具体的には、TDK本社の知財権センターがハブとなり、主要グループ企業の知財部門と協働して各事業に沿った知財戦略を策定・実行しています[2]。たとえば成長分野への研究開発投資を行う際には、その分野で競争優位を確立するための特許出願計画が事前に立案されます。また既存事業についても、製品ライフサイクルや市場シェア目標に合わせ、必要な特許網(ネットワーク)を構築する方針が共有されています(※TDK内部資料は非公開ですが、一般的に事業ロードマップと特許マップを連動させる手法が取られると推察されます)。これにより、知財戦略は事業戦略の一部として位置づけられ、研究開発~製品化~販売に至る価値チェーンと同期していると考えられます[2]。
知財を巡る外部環境認識:TDKが事業を展開するエレクトロニクス・素材産業では、知財を取り巻く外部環境も戦略立案上重要です。同社は「知財権を企業社会の価値創出源泉」と謳う一方で、知財制度の仕組みが国によって異なるため「国内のやり方をそのまま海外に持ち込んでもグローバル最適化できない」と認識しています[36]。例えば特許の保護水準・審査傾向は各国で差異があり、中国では実用新案や意匠を含む多面的な権利化が重要になるケース、欧米では特許クレームの書き方や訴訟リスクへの備えが課題になるケースなどがあります。このためTDKでは、国内外の知財動向を常にモニタリングし、自社の知財管理手法も各地域ニーズに応じてカスタマイズする方針です[37][38]。さらに近年は、IoTやAIなど新興技術分野でソフトウェア・データの扱いがクローズアップされています。TDKは従来強みとしてきた材料・部品分野の特許だけで未来の事業を十分保護できない可能性を認識しており、「常に新しい知財戦略を模索」しているといいます[25]。この背景には、自社各グループ会社が持つ独自技術(材料・プロセス等)に加え、ソフトウェア技術との融合で新事業領域が生まれつつある現状があります[25]。ハード×ソフトの新領域を如何に知財でカバーするか—これもTDK知財戦略の新たな課題として認識され、その解決に向けた方策が議論されています。
以上のように、TDKの知財戦略は創業から受け継ぐ知財尊重の精神を土台としつつ、事業戦略との一体化・グローバル対応・新領域開拓という要素を織り込んだ基本方針で展開されています。以下では、この基本方針の下で具体的にどのような体制・施策・分析が行われているかを詳述します。
当章の参考資料:
知財組織のグローバル展開:TDKは長年にわたり事業領域を拡大・転換し、その過程で海外企業の買収・統合も積極的に行ってきました(例:2008年EPCOS社買収、2017年InvenSense社買収[40][41]等)。こうしたクロスボーダーM&Aにより形成された多様なグループ企業集合体を、同社は “TDK United” と呼称しています[42]。TDK Unitedには各社固有の仕組み・文化が存在し、しかも世界各国それぞれ知財制度が異なるため、一律の管理ではなくグローバル分散型の知財ガバナンスが求められました[42]。その解としてTDKが構築したのが、「縦と横」のマトリクス型知財組織です[5]。
縦軸(事業軸)では、主力事業を担う中核子会社ごとに知財部門が設置され、その事業に密着した知財管理を行います[5]。たとえば、電子部品事業の子会社、センサ事業の子会社といった単位で、各社内に知財担当チームが置かれます。一方、横軸(機能軸)として、日本のグローバル本社に知的財産権センター(知財本部)があり、全社横断の政策立案や支援機能を担っています[43]。また地域別にも、米国・中国・欧州の主要拠点に知財部門または知財担当者を配置し、各地域特有の知財問題にタイムリーに対応しています[43]。このように本社機能と現地・事業会社機能を縦横に張り巡らせた体制により、TDKグループ全体として「統制の利いた自律分散型管理」が実現されています[44][7]。
本社知財部門の役割:グローバル知財組織において、本社(知的財産権センター)は極めて重要なハブです。その役割は大きく3つに整理されています[6]。第一に「ガバナンス(統制と透明性の確保)」です[45]。各事業・地域の知財活動状況を把握し、企業戦略に沿わないリスクの高い行動が無いようチェックするとともに、知財関連情報を集約・開示してグループ内の透明性を高めます[31]。第二に「サポート」です[46]。本社には長年の知財活動で培われた知見が集積しています。例えば、日本本社は諸外国に比べ知財情報分析(IPインテリジェンス)の先進事例が豊富で、AIツール活用も進んでいます[7]。本社知財部門はそうしたノウハウ・ツールを各事業の知財担当へ共有し、各拠点の自律的な知財活動を後押ししています[7]。第三に「グローバル連携の促進」です[47]。日本だけでなく各地域で生まれたベストプラクティスを水平展開し、グループ全体で知財力を底上げするよう努めています[7]。これら三位一体の役割をバランス良く果たすことで、世界中に散在する知財リソースを有機的に結び付け、TDKの知財戦略の実効性を高めているのです[48]。
本社の具体的活動例として、世界各国の知財情勢レポートの提供、特許出願ガイドラインの策定、各拠点知財人材への教育プログラム提供、重要案件(訴訟・紛争など)への法務支援、クロスライセンス交渉の一括対応などが挙げられます(※TDKの内部資料は未公開につき、一般的な多国籍企業の例に基づく推察です)。また「権限の委譲」と「透明性確保」の両立も重視され、本社が全てを決めるのではなく、各拠点の裁量も尊重するよう運用ルールが設計されています[49][50]。
各事業会社・地域拠点の役割:一方、縦軸に位置する各事業会社や地域知財部門は、現場に密着した知財活動を展開します。TDKでは「各社は現地顧客ニーズを深く理解し、創出する知財が未来の事業を支える」と位置付けられています[51]。例えば米国のTDK U.S.A. Corporation(TUC)は米州地域の知財戦略を統括し、各米国グループ会社のニーズに応じ戦略視点の提供・業務プロセス導入・研修など多岐にわたる支援を行っています[38]。TUC法務知財担当者の発言として「パッケージ化された一律支援ではなく、各社とオープンな対話を重視」「各グループ会社の知財機能との効果的なコミュニケーションチャネル構築が重要」と紹介されています[38]。これは、本社-現場間だけでなく現場同士のネットワークを築くことで、知財ナレッジの共有やスピード感ある対応を実現していることを示唆します。
各事業部門では、自部門の研究開発計画や製品ロードマップに沿った知財計画が策定されます。たとえば新製品開発プロジェクトでは、企画段階から知財担当者が参加し、発明の発掘や先行特許のクリアランス(抵触調査)を行います。開発中も重要技術について出願戦略を練り、競合の特許出願をウォッチするなど「開発と知財の一体運営」が図られます(TDK採用情報等からも、そのような実務フローが示唆されています[52])。事業部門側に知財マインドを根付かせるため、TDKグループ各社では発明報奨制度を各国法制に合わせ設け、発明提案件数・特許化件数を評価・奨励しています[16]。また社内発明表彰イベントなどを通じ技術者の士気向上と特許への意識付けを行っています(例えばTDKでは毎年、優秀発明に対する「知財功労賞」のような社内表彰が実施されているとの情報もあります:出典非公開)。
知財部門人員と拠点:公開情報ではTDK全社の知財人員数は明確に示されていません。ただし類似規模企業の例から推測すると、TDKの知財部門スタッフは本社および主要拠点合計で数十名~100名程度と見られます(村田製作所では知財部門約130名との報道あり[53]、TDKも同程度かやや少ない可能性があります)。日本本社の知財権センターには、特許・商標の出願権利化チーム、知財戦略企画チーム、渉外・ライセンス交渉チームなど機能別のグループがあると推察されます。米国TUC、中国(おそらく上海拠点)、欧州(ドイツTDK Electronics GmbH内など)にもそれぞれ知財担当が配置され、各域内の特許出願・係争対応を担っています[43]。グローバル拠点間の情報共有には定期オンライン会議や社内ポータルが活用され、時差や言語の壁を越えて「One TDK」の知財体制を志向しています。
知財関連の社内位置づけ:TDKでは知財は技術本部・研究所と同列に「技術・知財本部」という枠組みで管轄されています[54]。同本部トップ(CTOないし知財担当役員)が知財戦略全般を統括し、経営会議にも参画しているようです(2023年度有価証券報告書によれば、執行役員に知財担当が含まれています)。このことは知財が経営の意思決定層で議題となり、全社戦略策定に寄与していることを示唆します[54]。実際、2025年の知財カンファレンス報告では「TDKのグローバル知財ガバナンス挑戦と課題」というテーマで知財責任者自らが講演を行い、トップダウンで知財重視を発信しています[54]。他社事例では村田製作所が経営企画部門と知財部門が連携し、特許資産と事業ポートフォリオの整合を図っているとされます[24]。TDKにおいても、知財部門は経営企画や各事業責任者と日常的にコミュニケーションを取り、共通のKPI(例えば特許ポートフォリオスコア等)を用いて議論する体制が敷かれている可能性があります[24]。
特許出願・登録件数の概況:TDKの知財活動規模を数量面から見ると、特許出願公開件数は2022年に541件(国内ランキング56位)、2023年は436件(同67位)でした[55][56]。取得件数(特許査定件数)は2022年548件(54位)、2023年397件(70位)と報告されています[55][56]。これは近年やや減少傾向にありますが、出願戦略の選別やグローバル移行(海外出願重視)の影響と見られます※[57]。一方で海外での特許出願も積極化しており、米国・中国・欧州各所への出願比率が年々高まっています[58]。例えば村田製作所では「当社の特許出願件数で米国が日本を抜き、中国も急増」とのコメントがあり[59]、TDKも同様の傾向が推察されます。保有特許ファミリー数の公表はありませんが、村田が世界で約1.6万件以上[60]との資料があるため、TDKも数千件規模は有するでしょう。TDKサイトの知財ポートフォリオページでは、生存特許ファミリー数の推移や地域別内訳を図示しています[61][62](具体数は非公開)。全体として、TDKは自社規模(売上約1.7兆円)に照らし適切な知財投資を維持しており、特に重点分野に絞った質の高い特許網構築を志向していると考えられます。
※補足:特許庁公開資料によれば、2022年の特許登録件数上位企業ランキングでTDKは200位圏外(村田製作所は107位)でした[63][64]。ただしこれは単独企業ベースであり、TDK子会社(TDKエレクトロニクス等)の出願が含まれていない可能性があります。グループ全体ではもう少し上位に位置すると推測されます。
当章の参考資料:
TDKは創業以来、一貫して「コア技術を知財で適切に保護し、新製品・ソリューション創出に繋げる」戦略を取ってきました[17]。同社のコア技術は前述のように (1)材料技術、(2)プロセス技術、(3)評価・シミュレーション技術、(4)製品設計技術、(5)生産技術の5つで体系化されています[8]。これら5つの領域で培われた発明は、フェライトコア(磁性材料)、磁気テープ、積層チップインダクタ、磁気ヘッド等の世界的イノベーションを次々と生み出しました[17]。TDKはそうしたコア技術由来の発明について、特許権による適切な保護と積極的活用を通じて市場投入していく方針を明確に示しています[68][69]。
例えば、フェライト材料技術に関してTDKは黎明期から多数の基本特許を取得し、競合他社の参入を困難にしました。また独自の積層技術・薄膜技術は電子部品の小型高性能化に不可欠であり、その関連特許群は同社の競争優位の牙城となっています。TDKは「知財インテリジェンスを推進」という声明の中で「知財権による適切な保護と活用によって、時代に合わせた新製品を世に送り出す」と述べ、技術革新と知財戦略を両輪として回す決意を示しています[17]。
近年注力する技術領域として、二次電池(リチウムイオン電池)と各種センサが挙げられます。これは世界的なGX・DXの潮流に対応したものです。TDKは高エネルギー密度小型電池である「ATL社」の技術を2005年に買収して以降、スマートフォン・モバイル向け電池で世界トップクラスの地位を築きました[70]。その後も電池材料やパッケージング技術に関する特許を増強しており、特に電池関連の特許出願数は近年大幅に伸びています。前述のWIPO報告でも、TDKのSDGs特許群の大半(約70%)が電池技術に関するものであり[12][71]、年平均成長率CAGRが10%超と極めて高い伸びを示しました[10][11]。これは電気自動車(EV)・エネルギー貯蔵市場の拡大に対応し、TDKが電池技術の知財蓄積を戦略的に強化している結果と考えられます。実際、TDKはATLを傘下に持つことでスマホ用小型電池だけでなく車載用や産業用の電池技術にも展開を図っており、これら周辺特許を押さえることで中長期的な競争力維持を狙っています。
またセンサ技術についても、TDKは2016–2017年にかけて大型投資を行いました。ドイツの磁気センサ企業Micronasや、米モーションセンサ企業InvenSenseの買収がその例です[40][41]。InvenSense買収に関しては「IoTや車載、ICT向けなど注力領域であるセンサー・アクチュエータ事業の強化が狙い」と公式発表されています[72][73]。つまり、加速度・ジャイロ等の慣性センサから環境センサ(温度・圧力等)、磁気センサに至る幅広いセンサ技術ポートフォリオを揃え、将来の自動運転やIoT社会に備えた知財基盤を固めた形です。TDKはこれら買収によってセンサ分野の基本特許やノウハウを獲得し、自社の材料技術(例えば磁性材料)とのシナジーで新製品開発を進めています。知財戦略上も、買収先企業の特許群をグローバルに管理・活用すべく、先述のマトリクス体制内に組み込んでいます。
さらに、TDKはFerrite Tree(フェライトツリー)と呼ばれる独自の知財ポートフォリオ概念を有しています。これは「TDKが手がけてきた製品を、フェライトから始まる技術イノベーションと紐付けて説明したもの」で、地上の幹や葉が製品群、地下の根がそれらを生み出す材料・プロセス技術・人材などを指すモデルです[74]。フェライトツリーは、事業ポートフォリオの新陳代謝においてどの技術資産がコアであり続け、どこに新根(新技術)を張るべきかを可視化する指針となっています。例えば、フェライトという根から派生した磁石技術や誘電体材料技術が新製品群(葉)を支えてきた歴史を捉え、今後はセンサや電池という新たな幹を太くするため別の根(AI・ソフトウェア技術など)も必要だという示唆を与えます。このように自社の技術系譜を俯瞰することで知財投資の優先度を判断しており、古い枝葉(既存事業)の延命と新芽(新規事業)の育成バランスを知財面から支える役割を果たしていると推察されます。
以上、TDKは自社のコア技術領域ごとに知財戦略を緻密に設計し、重点分野(電池・センサ等)への集中的投資と、基盤分野(材料・プロセス等)の盤石な保護とを両立させています。これにより、「攻めの特許」で市場先導しつつ「守りの特許」で自他の権利関係を調整する、総合的な知財マネジメントが実践されています。
TDKの知財戦略は技術視点だけでなく、市場・顧客ニーズとの連動を重視しています。各地域のグループ会社が現地顧客を深く理解し、そのニーズに基づく発明を創出することがTDKの成長原動力になっているとされています[51]。言い換えれば、市場起点の知財創造が戦略の柱の一つです。
たとえばTDKは、オーディオ、ビデオ機器の時代からパソコン、スマートフォンの時代まで、各時代を牽引するアプリケーションに欠かせない製品を供給してきました[75]。それら最先端市場での経験から、「顧客が潜在的に求める次世代技術」を先読みし、知財として先取りする取り組みを行っています。具体的には、マーケティング部門や営業部門が収集する市場トレンド情報と、知財部門が行う特許情報分析を組み合わせて、狙うべき技術領域を特定します。いわゆるIPランドスケープと呼ばれる手法で、競合他社の特許出願傾向、新興プレイヤーの台頭、技術成熟度などを可視化し、自社が優位に立てる「空白領域(ホワイトスペース)」や標準化の動向を把握します[13]。TDKはこれを「社会の大きな変革によって現れる将来市場を見極め、将来の顧客価値創出の源泉となる知財を生み出す」取り組みと表現しています[13]。このプロセスはまさに市場ドリブンの知財戦略立案であり、新市場創造型のイノベーションを狙ううえで不可欠なインテリジェンスです。
また、顧客との協働における知財活用も重要です。TDKは大手完成品メーカー(例えば自動車OEM、家電メーカー、通信機器メーカーなど)を顧客に持つB2B企業ですが、顧客との共同開発や仕様調整の中で知財の扱いを明確に取り決めます[15]。具体例として、自動車メーカーと新型EV向け電池の共同研究を行う場合、成果知財の帰属やライセンス条件を契約で定め、自社コア部分は押さえつつ顧客にも一定の利用権を提供するといったWin-Winの関係構築に努めます[15]。また、顧客の新モデル発表に合わせ毎年性能向上を図るスマートフォン電池では、顧客ロードマップから逆算して必要特許をタイムリーに取得し、製品提案を行ってきました[26][27]。この際、顧客から「知財面での提案力」も評価されるため、事前に関連特許を網羅・クリアし、安心して採用できる状況を作ることが営業戦略上も重要になります。TDKは利益の大部分を先行投資につぎ込んででも技術力強化に努めましたが、結果として顧客に対し最先端の技術を特許権とセットで提供できる体制を築いてきたのです[26]。
さらに、地域市場への適応という観点では、各国での知財取得バランス調整が行われています。例えば売上の多い中国市場に対しては、中国特許を積極出願することで現地模倣品牽制や現地合弁先との交渉力確保を図っています。TDKは「外国出願の積極推進により、売上地域に対応した知財ポートフォリオを構築している」と述べています[76]。これは、売上構成のグローバル化に合わせ知財投資も国外へシフトさせていることを意味します。近年では、米国特許出願件数が日本を上回り、中国出願も急増していると推測されます(村田製作所のケースでは実際に米>日となった[77])。TDKも同様に、主要市場それぞれでの権利確保状況と市場売上の関係を見ながら、知財ポートフォリオの地理的最適化を行っています[76]。
加えて、顧客サイドが知財をどう捉えるかも戦略に影響します。大手メーカーの中には自社製品に組み込まれる部品について、将来的な知財リスク(例えば特許係争)を嫌う向きがあります。TDKのようなサプライヤーは、自社部品に関する特許クリアランスを完了し、第三者からのクレームリスクが低いことを保証することで顧客の安心感を得ます。これも市場志向の知財戦略の一部です。例えばTDKは独自技術に関する基本特許群を押さえるだけでなく、他社特許も必要に応じライセンスし製品実装するなどして、顧客へのトータルソリューション提供を行っています(※具体的事例は非公開ですが、自動車ABS用センサなどでは関連特許を束ねて提供した例が業界にはあります)。
最後に、知財情報の顧客提供という観点も触れておきます。TDKは「知財ワークショップ」等を通じ、大学生や社外の人材に知財への理解を広めています[78][79]。顧客企業に対しても、自社技術の優位性を説明する中で特許マップを提示し、いかに当該技術領域をカバーしているかPRする場合があります。例えばTDK技報などで「当社は〇〇技術で特許〇百件を保有し、高い参入障壁を構築している」と記載すれば、顧客にとってはその技術を採用する安心材料となります。知財は単なる法的権利に留まらず、営業・マーケティングのツールにもなり得るということです。TDKが社外向けに知財ニュースを発信しているのも、投資家や取引先に自社知財の価値を理解してもらう狙いがあると考えられます[80][81]。
以上より、TDKの知財戦略は市場・顧客志向で展開され、現地密着の発明創出からグローバル市場分析、顧客協業での知財提供まで多面的に機能しています。この市場との密接な紐付けが、知財を「経営に資する戦略的資産」として活かす鍵となっています。
知財戦略の成否は、最終的には事業収益への貢献によって測られます。TDKの場合、知財の直接収益化(ライセンス収入等)は限定的で、知財の価値は主に自社製品の競争力向上による売上・利益拡大という間接的形で現れています。これは多くの製造業に共通しますが、以下ではTDKにおける知財と収益モデルの関係、および知財収益化施策について考察します。
まず、TDKは「企業価値を全く生み出せていない」と指摘された時期があったように、キャッシュフロー創出が課題となった経緯があります[26]。特に2010年代半ば、同社のスマートフォン向け電池事業は売上を急拡大させ1兆円企業へ押し上げましたが、旺盛な設備投資に利益の大半を投入していたためフリーキャッシュフローが乏しく、配当金も借入金に依存する状況でした[27]。この「利益は出てもキャッシュが残らない」構造を、経営陣は問題視しました[82]。知財面から見ると、競争が激しい分野では特許だけで守りきれず、常に性能競争・コスト競争に晒されるため、知財による価格決定力(プレミアム)が限定的だったとも言えます。電池事業はまさにその典型で、顧客(スマホメーカー)の要求性能を満たすことが絶対条件であり、特許で囲い込んでも模倣品を排除できるわけではなく、新技術開発競争に追われる状況でした。このような場合、知財権は攻めの契約交渉カードとしては有効でも、安定収益源にはなりにくいというジレンマがあります。
この反省から、TDKは「キャッシュ重視の経営」へ転換し、ポートフォリオ改革を進めました[83]。すなわち、利益は出るがキャッシュを食う事業に過度に依存するのを避け、より安定収益が見込める事業を育成する方向です[84]。知財戦略もこれに歩調を合わせ、将来的に収益性の高い領域で独占的ポジションを得るための投資を強化しています。例えば、センサ事業についてTDK社長は「買収で2021年までに売上4倍の2000億円を目指す」と述べました[85]。センサは電池に比べて製品ライフサイクルが長く、自動車などでは採用決定後の安定供給が続くため、知財でポジションを取れば長期の収益源となり得ます。TDKは慣性センサや圧電センサなどで基本特許を押さえることで、自動車部品市場での交渉力を得ようとしています。実際、競合他社がTDKのセンサ特許に抵触しないよう設計を迂回せざるを得なくなれば、TDK製品がデファクト標準として選ばれやすくなり、市場占有と利益率向上に繋がります。
知財収益化という狭義では、ライセンス供与や技術提供契約が考えられます。TDKは積極的なライセンシングビジネスを展開しているという情報は多くありませんが、過去には磁気ヘッド技術などで他社に技術供与を行った例もあるようです(例:PC用ハードディスクのヘッド分野で特許クロスライセンスを締結し業界全体の技術進歩を図ったケースが報じられています)。またTDKは自社でコンシューマ製品ブランド「TDK Life on Record」を展開していましたが、現在はブランドライセンスを行っています[86][87]。このように、知財(ブランドや特許)のライセンス収入も一部で得ています。ただし金額規模は主力事業売上に比べ微小であり、あくまで補完的収益です。
むしろ注目すべきは、知財ポートフォリオ管理によるコスト最適化です。村田製作所のケーススタディーでは「収益性や成長性を考慮しリソースを最適配分するポートフォリオ経営」を知財部門が支えているとされます[30]。TDKでも、不採算・非戦略分野の特許は更新費用(年金)を見直すなどしてコストを圧縮していると推察されます。特許は維持費がかかるため、一定期間経過した特許で自社事業に寄与しないものは権利放棄や売却を検討するのが常道です。TDKの知財基本方針にも「権利の実施状況を定期確認し、グローバル知財ポートフォリオを有効活用する」旨があります[14]。これは単に活用促進だけでなく、不要特許の整理による経費削減=キャッシュ創出も意味します。知財部門が保有特許件数を闇雲に増やすのではなく、質と費用対効果を重視した精密なポートフォリオ管理を行うことで、企業価値向上に貢献しているのです。
さらに知財の収益モデルとして、特許訴訟を通じた賠償金獲得や和解金も考えられます。例えば他社がTDK特許を侵害した場合、訴訟で勝訴し損害賠償を得るシナリオがあります。ただしTDKはこれまで大規模な特許訴訟で巨額の賠償金を得たという報道はありません(知財訴訟よりもクロスライセンスなどで解決する方針と推測されます)。村田製作所の知財マネージャーは「訴訟に勝って相手を市場から排除するのは一つのシナリオに過ぎない」と語り[22]、必ずしも法廷闘争を最優先しない考えを示しています。TDKも、相手とWin-Winになる形(例えば自社特許と相手特許の相互ライセンスによる棲み分けや、特許プールへの参加による業界標準推進)で解決を図る傾向があると見られます。したがって、訴訟収入は現状TDKの知財収益モデルの主要素ではありません。
最後に、知財評価と企業価値の観点を述べます。知財そのものはバランスシート上は無形資産として計上される場合があります(特許権の帳簿価額等)。TDKでは毎年、有形固定資産だけでなく無形資産も含めたROIC(投下資本利益率)を経営指標にしています。知財活動がROICに貢献するには、単に特許の数が多いだけでなく、それらが高収益事業を支えている必要があります。TDK知財部門はおそらく各事業のROIC改善にもコミットしており、知財活動KPIと財務KPIの連動を図っているでしょう(例えば、「特許あたり売上高」「重要特許採用率」といった指標の管理など)。このように、知財を企業価値評価の一部として統合管理する姿勢は、投資家からの視線を意識した昨今のトレンドでもあります。TDKがSDGs特許のランキングに言及したニュースを出したこと[10]も、自社知財の社会価値=企業価値向上をアピールする狙いがあったと考えられます。
総じて、TDKの収益モデルにおける知財戦略は、「攻め」(売上拡大への貢献)と「守り」(コスト最適化とリスク低減)の両面から企業価値を高めることを目指しています。直接的な知財収入には依存せずとも、知財があるから製品が売れる、知財があるから無駄な出費を防げるという形で、しっかり収益に寄与する戦略を採っていると言えるでしょう。
TDKは長期的成長の中で、戦略的パートナー獲得を重視してきました[88][89]。社外の力を取り込みながら自社技術の幅を広げるこの姿勢は、知財戦略にも反映されています。ここでは、M&A・提携による知財シナジーと、オープンイノベーション下での知財戦略について述べます。
先述のとおり、TDKは数々の企業買収を通じて製品ポートフォリオを拡大してきました。これら買収案件では、対象企業の特許・技術資産を自社にもたらすことが大きな目的となっています。例えば2008年に買収したEPCOS(独)は積層セラミック部品やフィルタ技術で豊富な特許群を持っており、TDKはそれを取得することで受動部品分野での知財基盤を一挙に強化しました。また2017年のInvenSense買収では、慣性センサ関連の基本特許と熟練エンジニアを獲得しています[72]。これにより、TDK単体では保有していなかったMEMSセンサ技術の知財を一括で取り込め、センサ事業参入のハードルを下げました。M&A後、TDKは買収先の知財も統合管理し、重複する特許の整理や出願戦略の一本化を行います。知財部門はデューデリジェンス段階から関与し、買収価値を算定する上で特許資産評価を行っているはずです。実際、村田製作所は米国企業を買収する際「知財観点での調査を徹底した」との事例があります(Analog Devices社の一部買収時など)。TDKも同様に、M&A戦略と知財戦略を表裏一体で進めています。こうした買収によって、TDKの知財資産は年々多様化・グローバル化し、「TDK United」の名の通り多国籍知財ポートフォリオが形成されました。
一方、技術提携や共同研究における知財戦略も欠かせません。TDKは大学や研究機関との共同研究、あるいは異業種企業とのアライアンスを結ぶ場合があります。その際には、契約で知財の取り扱いを詳細に定め、将来の権利帰属を明確化します[15]。例えば、大学との共同研究では発明の共有・帰属、論文発表前の特許出願、プロジェクト終了後の成果利用権などを契約に織り込みます。また産業界のコンソーシアムに参加して標準化活動を行う場合、自社が提案する技術について標準必須特許(SEP)となる可能性を見据え、事前に特許出願しておくこともあります。TDKは電子部品業界の標準化団体(例えば電子情報技術産業協会JEITAなど)に加盟し、業界ロードマップ作成に関わることがあります。そうした場でも自社知財が戦略的に活かせるよう、標準化と知財戦略の統合を図っています(推測ですが、Bluetoothモジュールやワイヤレス充電などTDK製品が関わる標準では、SEPの権利主張とライセンス方針を社内検討しているでしょう)。
オープンイノベーションの潮流では、スタートアップ企業との協業も増えています。TDKは2019年にシリコンバレーにコーポレートベンチャーキャピタル(TDK Ventures)を設立し、先端技術スタートアップへの投資を積極化しました[70]。投資先にはEV向け新電池技術、AR向けデバイスなど多彩な企業が含まれます。これらへの出資は将来的な提携や買収も視野に入れており、知財面でもスタートアップの特許をライセンスしたり共同開発で共有特許を出願したりといった動きが生まれています。大企業とスタートアップでは知財感度やスピード感が異なるため、TDK側が主導して知財契約を結ぶことで円滑な協業を進めています。結果として、自社にない新奇な技術の知財にアクセスすることができ、これも知財戦略の一環と捉えられます。
知財戦略におけるオープン&クローズ戦略についても触れましょう。TDKは自社コア技術は秘匿または独占特許化して守りつつ、周辺技術やインタフェース部分ではオープン化を進めるバランス戦略をとっています。例えば、自社の材料レシピや製造プロセス(ブラックボックス技術)は企業秘密として厳重に管理します。一方、顧客やパートナーが利用しやすいようなインタフェース仕様(例えばセンサの通信プロトコル等)は公開標準に合わせたり、必要なら特許を公開して広く使ってもらうことも検討します。これは「どこで囲い込み、どこで共有するか」のメリハリを付けるもので、近年の知財戦略のトレンドです。TDKの具体例として確実なものは挙げにくいですが、例えば次世代通信モジュールで自社だけの方式に固執せず標準方式に合わせて特許を提供し、業界採用を狙う等が考えられます。小柴氏も講演で「TDKにおけるオープンクローズ戦略」というテーマに言及しており[90]、自社技術群をどの程度オープンにするか社内で戦略的判断を行っていることが窺えます。オープン戦略の利点は市場全体を広げられること、クローズ戦略の利点は自社利益を独占できることです。TDKは各事業ごとにそのバランスを検討し、特許の出願・公開・ライセンスの有無を決めています。
また、模倣品・競合対策でもパートナーシップを活用しています。例えば、自社単独で模倣業者を追うのは限界があるため、他の日本電子部品メーカーと協力して中国の模倣品摘発に当たったり、業界団体経由で各国税関に情報提供したりしています[91]。このように他社・行政との連携によって知財リスク低減を図るのも戦略の一部です。
最後に、「TDK United」という言葉に表れる通り、TDKは内部パートナーシップ(グループ内各社の連携)も重んじています[42]。世界各地のグループ会社が独自技術を持ち寄りシナジーを生む際、知財が壁にならないよう本社が調整役を果たしています。先述のTUC(米国統括会社)の例では、各社とのオープンなコミュニケーションが重視され、知財情報の円滑な共有が推進されています[38]。これは社内オープンイノベーションとも言えるもので、組織内のサイロ化を防ぎ、知財知見が組織横断的に活用されるようにする取り組みです。TDKはこれにより、例えば欧州の材料技術と米国のソフト技術を結び付けて新事業を創出する際も、知財面の障壁を低く抑えています。実際、「それぞれの会社が持つ独自の材料・プロセス技術とソフト技術を組み合わせることで新しい事業領域が生まれている」とされ[25]、その際「既存特許だけでは未来事業を十分保護できないので常に新戦略を模索」と述べています[25]。これは内部シナジー創出→新分野特許取得→事業保護というPDCAを回している状況と解釈できます。
以上、TDKはパートナーシップ戦略と知財戦略を統合的に展開しており、M&Aや提携で知財資産を取り込みつつ、オープンイノベーション時代に即した柔軟な知財マネジメントを実践しています。他社との協働が増える将来においても、この「開くところは開き、閉じるところは閉じる」戦略によって、TDKの知財価値最大化が図られるでしょう。
当章の参考資料:
TDKの知財戦略を理解するには、同業他社や海外企業との比較が有用です。以下、主要な電子部品メーカーを中心に、知財戦略上の指標やアプローチを比較し、その特徴を整理します。
各社の知財活動規模や重点分野を比較するため、特許出願件数などの客観指標を用います。日本の電子部品業界からTDKと村田製作所、海外勢からサムスン電機(Samsung Electro-Mechanics)を例示し、表にまとめます。
社名 |
年間特許出願件数(直近) |
特許の重点技術領域 |
知財戦略の特徴 |
TDK<br/>(日本) |
約436件(2023年公開件数)[56]<br/>※グループ計:約500件規模か |
事業戦略と一体化した知財計画。グローバル知財ガバナンスを構築し、IPランドスケープで未来市場を先読み[13]。オープンクローズ戦略でコア技術を保護しつつ協業推進。[15] |
|
村田製作所<br/>(日本) |
攻守の知財戦略。特許の質評価スコアで世界26位と存在感[96][97]。IPfolio導入で経営・技術・知財の共通言語構築[23][24]。利益・成長性基準で特許投資配分するポートフォリオ経営[30]。 |
||
サムスン電機<br/>(韓国) |
推定1000件超/年(非公開)<br/>※MLCC特許総合力で世界2位[98] |
MLCC、高周波部品、カメラモジュール等。特にMLCCでは村田に次ぐ特許力[98] |
グローバル大手の知財攻勢。自社製品を標準必須特許で固め市場影響力行使。韓国内での特許優遇策を追い風に海外でも積極出願。詳細非公表だが、特許紛争も辞さない姿勢で知られる。 |
表注: 上記は公開情報や推計に基づく概略比較であり、実際の各社戦略はより複雑です。Samsung Electro-Mechanicsの出願件数は推定です。また各社とも他にも重点領域がありますが主なものを列挙しています。
上表および各社の状況から、TDK知財戦略の特徴を改めて浮き彫りにします。
まず知財投資規模では、村田製作所がTDKを上回る国内出願件数を維持し、世界的な特許影響力ランキングでもTDKより高位にいると推察されます[96]。村田は「全業種で世界26位」(2024年)と特許の注目度スコアが高く、HuaweiやSamsung電子など名だたる企業に交じってランクインしています[96][97]。一方TDKは同ランキングでトップ100入りしているか定かでなく、少なくとも村田ほどの“特許力”アピールはしていません。ただし、これは必ずしもTDKの知財戦略が劣るという意味ではありません。TDKは件数よりも重点分野集中を志向しており、電池やセンサといった新領域での特許ポートフォリオ拡充に経営資源を割いています[10][11]。事実、SDGs関連(主に電池)での特許成長率は国内トップクラスでした[11]。つまり、攻める領域を絞り込み高成長を遂げているのがTDKのスタイルです。
また知財マネジメント手法では、村田がクラリベイト社のIPfolioをいち早く採用し、経営・エンジニア・知財部門の三者で共通KPIを用いて議論する仕組みを構築しています[24]。これはデジタルツールを活用した知財PDCAと見られ、特許の維持・放棄判断や新規出願の優先順位決定が科学的に行われていることを示唆します。TDKもIPランドスケープの推進を謳っており[13]、AI含む分析ツール導入は進んでいますが、社名を出してのツール導入事例は公表していません。もっとも、TDK知財権センターは日本が蓄積した知財ノウハウを各拠点に共有しているといい[7]、内製データベースや独自分析手法で十分カバーしている可能性があります。村田が「知財ポートフォリオ管理でグローバル競争力向上を図る」とするのに対し[24]、TDKは「知財インテリジェンスで将来市場を見極める」としており[13]、言わば村田=守備も重視の精緻な管理、TDK=攻め志向の未来洞察というニュアンスの差が見て取れます。
特許の使い方でも違いが表れます。村田の藤井氏は「特許をどう戦略的に行使するか」が課題と言及しました[22]。これは村田が訴訟含め特許行使を念頭に置いている発言です。一方TDKは表立った特許訴訟にはあまり関与せず、クロスライセンスなど穏健な解決を志向する傾向にあります(過去、大きな特許訴訟沙汰になったケースは見当たりません)。この背景には、村田が自社技術の模倣排除に積極的であるのに対し、TDKはパートナーシップ戦略を重んじ、極端な排他戦略は避けている可能性があります。実際、TDKはベンチャー投資も行い外部技術を積極的に取り込む路線であり、全方位に敵を作るより協業路線で共存を図る傾向が見られます。知財戦略もその会社文化を反映して、村田が「攻めの訴訟・防衛的包囲網」を張るのに対し、TDKは「協調しつつ要所を押さえる」バランス型と言えるかもしれません[15][38]。
海外企業との比較では、Samsung Electro-Mechanics(SEMCO)はMLCCなどTDKと事業が重なる領域で強力な競争相手です。特許総合力ランキングでもTDKより上位に位置すると推定されます[98]。韓国勢は政府支援も受け国内外で特許出願攻勢をかけており、TDKにとって脅威です。ただ、韓国企業は訴訟戦略では慎重な面もあり(米欧での係争コストを嫌う)、むしろ大量の特許で交渉力を確保するスタイルです。TDKはそれに対抗すべく、選択と集中で重要特許を押さえつつ、技術力で一歩先を行く戦略を取っています。実際、TDKはスマホ向け電池でサムスンSDIと競いましたが、Apple向け採用などで優位に立った経緯があります。特許も、基本部分はしっかり自社で固め差別化しました。その結果、サムスンは自社端末向けには自社電池を使えても、他社向けにはTDK特許に抵触しない設計が難しく、ATLがサプライヤーとして選好される場面もあったようです(推察)。
また欧米企業では、BoschやAnalog Devicesなど電子部品領域で知財強者がいます。Boschは自動車用センサなどで膨大な特許網を築き、他社の参入を許しませんでした。TDKはInvenSense買収でBoschに挑む構図ですが、Boschは特許クロスライセンスに比較的応じやすいと言われ、TDKも戦略的提携も視野に入れつつ市場開拓しています。欧米勢は自社主導で標準化・プラットフォーム化し知財収益を得るモデルが多く、部品単体で戦う日系とはアプローチが違います。TDKは近年IoTプラットフォーム連携にも関与を深めており、Arm社などと組んだモジュール開発も見られます。知財戦略も、そのような「エコシステム参画型」にシフトする可能性があります。
総合すると、競合比較からはTDK知財戦略の独自性が浮かびます。すなわち、「焦点を絞った知財投資」「協調路線と未来志向」「グローバル分散管理の徹底」という点です。他社が量で攻めても、TDKは質と先見性で勝負しようとしているように見受けられます[10][13]。これはTDKの企業理念(剛柔併せ持つ経営、七つの重点分野=Seven Seasなど)にも通じ、知財面でも硬軟バランスのとれた戦略と評価できるでしょう。
当章の参考資料:
TDKの知財戦略に内在するリスクや課題を、時間軸(短期・中期・長期)で整理します。知財を取り巻く環境は常に変化するため、これらのリスクに対する備えも戦略の一部として言及します。
①主要市場動向による知財価値変動:TDKの売上はエレクトロニクス産業に依存しており、特にスマートフォンやPC、自動車市場の浮沈が短期的に業績へ影響します。知財の価値もまた、市場需要に左右されます。例えばスマホ需要が急減すれば、関連特許から得られる直接・間接の収益(ロイヤルティや製品売上)は激減し、投資回収が難しくなります。実際、2023年前後にスマホ市場が低迷した際、TDKの電池事業は苦戦を強いられました。これは知財戦略上もポートフォリオの偏りというリスクを露呈しました。すなわち、特定市場向け特許に偏重していると、その市場縮小時に特許資産が遊休化する恐れがあります。TDKは「電池への過度な依存」を断ち切りポートフォリオ改革を進めると報じられており[83]、短期的にはスマホ偏重からEV・産機等への軸足移動が急務でした。知財面でも、スマホ電池関連特許を他分野(例えば産業用蓄電システム)に転用するなど、資産活用の発想転換が必要になります。また中国景気減速など地域要因も短期リスクです。中国売上比率が高いTDKにとって、中国での知財権行使や保護状況の悪化(当局の規制変更等)は注意点です。現在、米中摩擦もあり中国での特許審査遅延や技術流出の懸念が増しています。短期的リスク対応として、TDKは各地域の知財動向を緊密にモニターし、重要案件では複数地域で特許を確保するなどリスク分散を図っています[100]。さらに代替市場の育成(例えばインド・東南アジア)にも着目し、そちらでの知財取得も進めています。総じて、短期の市場変動リスクに対しては知財ポートフォリオの柔軟なリバランスと多地域展開で備えている状況です。
②特許紛争・訴訟リスク:短期的には、競合他社との特許紛争が発生するリスクも常にあります。電子部品業界では、一つの製品に多数の特許が含まれるため、知らず知らず他社特許を侵害してしまうケースもあります。TDKは他者の知財権を不当に侵害しないよう充分注意すると謳っていますが[2][101]、故意でなくとも訴訟に巻き込まれる可能性はゼロではありません。特許訴訟は多額の賠償や差止めリスクを伴うため、短期的な業績に直撃する危険があります。また訴訟対応そのものに経営資源(費用・人材時間)が取られ、他の戦略実行が遅れる恐れもあります。TDKはこれに備え、常時の特許クリアランスを徹底しています。新製品開発時に必ず第三者特許の調査を行い、リスクがあれば回避設計やライセンス交渉を行っています(知財部門の重要業務の一つです)。また万一訴訟となっても勝てるよう、守りの特許も取得しています。すなわち、自社製品を守るための防衛特許(周辺技術の特許など)を確保し、相手からの攻撃に対抗できる材料を持っています。さらに米欧中それぞれの訴訟制度に詳しい法務要員も配置し、短期決戦に備えています。実際、村田製作所は「いかに戦略的に特許を行使するか」を課題としつつ、特許訴訟を起こす際は勝てる体制を築いています[67]。TDKも同様に、訴訟リスクを低減する契約戦略(クロスライセンス網の構築など)を短期課題として管理しています。
③模倣品・知財侵害への即応:短期では、模倣品業者や不正流出にも対処が必要です。TDKは模倣品対策としてECサイト監視や税関差止めを組み合わせ、流通阻止に努めています[91]。しかし新手の模倣品は次々現れるため、迅速な発見と法的措置が欠かせません。AIを駆使したネット監視や、各国当局との連携強化が短期の課題です。また人材面では、TDKは知財研修で社員教育を行っていますが、短期的な課題として全社員の知財リテラシー向上があります。現場社員がうっかり機密を漏洩したり、誤って他社機密を持ち込んだりすれば、知財リスクが顕在化します。特にグローバル採用者が増える中、統一的な知財倫理教育が必要です。TDKは「知財マインドを備えた人材育成」に取り組んでいます[102]が、短期の課題として継続訓練や効果検証が求められます。
①事業ポートフォリオ転換に伴う知財戦略の再構築:中期(数年スパン)では、TDK自身の事業構造変化が大きなテーマです。先述のように、TDKは電池からセンサ、次世代電子部品へと軸足を移そうとしています[84]。この「ポスト電池」戦略において、新規事業領域(例えば環境発電デバイス、光学モジュール、ロボティクス部品等)の知財を一から築く必要があります。現状では、これら新規領域の特許はまだ蓄積途上であり、知財ポートフォリオに隙(ホワイトスペース)が生まれる可能性があります。中期的課題として、既存事業由来の知財資産をどう新規事業に活用・応用するか、また新規領域で他社に先行されないよう迅速に特許網を形成するか、が挙げられます[25]。例えばTDKが注力するとされる「フルカラーレーザーモジュール」(AR/MR向け表示デバイス)では、光学技術の特許で遅れをとれば参入障壁に苦しむでしょう。中期的には、研究開発と知財戦略の伴走強化がカギとなります。現在TDKはマーケティングを伴走させる体制に移行中と報じられ[83]、知財部門も研究開発段階から深く関与する必要があります。これまで培った材料・電子回路の知財だけでなく、ソフトウェア制御やAIアルゴリズムなど新分野の知財知見も取り入れなければなりません[25]。そのための人材補強(例えばソフト系特許人材の採用)も中期的課題です。
②知財ガバナンスのさらなる高度化:中期では、現在構築済みの知財ガバナンス体制をいかに成熟させるかが問われます。TDKは縦横マトリクス体制でガバナンスを敷いていますが、実際にこの体制が全グループで機能するには時間と調整が必要です。各海外拠点には独自の企業文化や意思決定プロセスがあり、本社の方針が浸透しない恐れもあります。小柴氏も「各拠点の自律性を損なわず権限委譲と透明性確保を実現する」ことを目指すと言及しています[6][31]が、それでも実務では衝突や非効率が起こり得ます。例えば、欧州拠点が独自判断で特許出願を減らしたりすると、本社戦略と齟齬が生まれるかもしれません。また人事ローテーションで知財責任者が代わると一貫性が失われるリスクもあります。中期課題として、グローバル知財ガバナンスのPDCAを回し、改善していくことが挙げられます。具体的には、各拠点からのフィードバックを集めルールを微修正する、ITシステムを導入し特許管理を一元化する、世界横断の知財データベースを構築する等が考えられます。村田製作所がIPfolioで共通プラットフォームを実現したように[24]、TDKも中期的に何らかの統合知財管理ツールを投入する可能性があります。また、日本人従業員が1割しかいない中でのコミュニケーション問題も課題です[103]。英語を共通語とした知財情報発信、人材交流プログラムで相互理解を醸成することなど、中期的な取り組みが必要でしょう。
③知財を巡る外部制度の変化:知財制度や国際枠組みの中期的変化もリスク要因です。例えば、特許法改正で保護期間や特許要件が変われば、これまで有効だった戦略が通用しなくなる恐れがあります。AI発明の扱いやグリーン特許促進策など、新しいルールが議論されています。TDKに関係深いのは環境技術の特許開放圧力かもしれません。気候変動対策技術(電池など)は人類共有財産として無償開放を求める動きもあり、TDKの電池特許が標的になる可能性もゼロではありません。この場合、営業秘密で囲う戦略への転換など対応が必要です。国際的には、米中対立で知財デカップリングが進むリスクもあります。中国で特許を取っても米国がそれを重視しないとか、逆に米国特許が中国で効果を持たないといった事態です。TDKのようにグローバル展開企業には悩ましい問題です。中期的には、各主要国での知財確保方針を再点検し、政治リスクを織り込んだ戦略を練る必要があります。例えば重要技術は「中米双方で別々に開発して特許も別々に取得する」など、デカップリング対応の知財戦略も検討課題です。
④知財人材・体制の持続性:知財戦略を支える人材について、中期的には世代交代と専門人材確保が課題となります。日本企業全般で知財人材の高齢化・不足が指摘されており、TDKも例外ではありません。技術に精通したベテラン知財マンが引退すると、そのノウハウをどう継承するかが問われます。さらに、新興分野(AI、ソフトウェアなど)では従来型とは異なるスキルが必要です。TDKは知財ワークショップ開催などで若手採用に動いています[78]が、優秀な人材獲得競争は激化しています。中期的には、グローバルで人材を融通する(例:米欧で採用した専門家を本社戦略チームに入れる)など柔軟な体制も必要でしょう。また業務効率化で限られた人員でも回せる仕組みづくり(知財DX化)も課題です。膨大な特許データ分析や単純事務はAI/ITに任せ、人は戦略判断に注力する体制へ移行できるかが、中期の成否を左右するでしょう。
①技術パラダイムシフトによる知財価値減衰:10年以上の長期スパンでは、そもそも現在のコア技術が陳腐化し、新たな技術パラダイムに移行する可能性があります。例えば、もし全く新しい蓄電原理(例えば量子電池など)が出現すれば、TDKが抱えるリチウム電池特許群の価値は大きく減ずるでしょう。同様に、シリコン半導体から次世代材料への転換や、部品自体が不要になるアーキテクチャ革命(例えばモジュールのブラックボックス化で個別部品の差異が消える等)も考えられます。このような技術パラダイムシフトは長期的最大のリスクであり、TDKの知財資産が紙切れになる可能性さえ孕みます。対策としては、やはり「変革を先取りする知財戦略」すなわち知財インテリジェンスの深化が必要です[13]。長期に目を向け、基礎研究段階から知財を押さえることで、新パラダイムでも主導権を取れるようにしておくことが求められます。TDKは長期ビジョンとして「TDK Transformation」を掲げており、その中には七つの重点分野(Seven Seas)でのイノベーションが含まれます[104]。これら未来分野に対し、長期視野での知財ロードマップを描いて投資を続けられるかが課題です。
②知財インフラの老朽化と刷新:長期では、現在の知財システムや制度自体が時代遅れになるリスクもあります。例えば、特許という仕組みがAIによる大量自動出願やオープンソース化トレンドに押されて形骸化する可能性も議論されています。また気候変動などグローバル課題への対応で、「公益の前に私権が制限される」動きが強まると、知財独占に風当たりが強くなるかもしれません。TDKのような企業は、そのような社会的要請に応える知財戦略(例えばグリーン特許はFRAND条件でライセンスする等)を長期的に考える必要があります。さらに、特許に代わる知財保護手段としてブロックチェーン証明やデータ専有権など新概念も登場しつつあります。TDKはこれまでの経験が通用しない新領域の知財インフラにも適応しなければなりません。長期課題として、知財戦略のアップデートを怠らず、新技術や社会潮流を受け入れる柔軟性が挙げられます。
③経営戦略との齟齬:長期的には、経営トップや事業環境の変化により知財戦略との整合が崩れるリスクもあります。極端な例では、会社が大規模再編で事業売却・買収を繰り返すと、知財の帰属が散逸し戦略どころでなくなる可能性もあります。TDKは創業90年以上で培ったベンチャー精神を謳いますが、あと10年20年で企業形態が変わるかもしれません。例えば持株会社化、巨大企業との合併などが起きた場合、現行の知財戦略を抜本的に作り直す必要が出ます。こうした経営環境の長期変動に対応するには、知財部門自体が変革に強い組織であることが求められます。人的ネットワークや知の蓄積を次世代に繋ぎ、どんな体制下でも知財価値を発揮できるよう、知財ガバナンスのレジリエンス(強靭性)を高めておくことが課題となるでしょう。
④知財と社会的責任:ESGの観点で、長期的には知財戦略も社会責任との両立が問われます。医薬や環境技術では特許独占と人類益のバランスが議論になります。電子部品でも、希少鉱物の特許や標準技術の特許などが公共財化圧力を受けるかもしれません。TDKは責任ある鉱物調達等にも取り組んでおり[105]、知財でも社会に貢献する姿勢が必要です。長期課題として、知財戦略をCSR/ESG戦略と整合させ、ステークホルダー(顧客、投資家、社会)の信頼を損ねないようにすることが挙げられます。
以上、短期・中期・長期それぞれのリスクと課題を概観しました。TDKは既に多くの対策を講じていますが、知財戦略は動的なものです。変化を予見し先手を打つことで、これらリスクを制御可能なものとし、むしろ将来の機会へと転化していく必要があります。
当章の参考資料:
TDKの知財戦略は、今後の政策動向や技術・市場トレンドとも深く関わっていきます。ここでは、将来を見据えた展望をいくつかの側面から論じます。
政策動向との連動:各国政府や国際機関の知財政策は、企業戦略に大きな影響を与えます。まず日本では、知財立国を掲げ近年「知財金融」「オープンイノベーション促進税制」など知財活用支援策が拡充されています。TDKのような製造業も、知財の経済価値を金融機関に評価してもらい資金調達する動きが出てくるでしょう。また政府はカーボンニュートラル技術の特許情報分析(GXTI指標)を進めており[106]、TDKはSDGs関連特許数ランキングにおいて日本23位となった実績があります[10]。今後、脱炭素に資する技術の知財開示や共有が政策誘導される可能性がありますが、TDKは電池技術で大きく貢献できる立場です。そのため政府との連携を深めつつ、自社特許を活かした補助金獲得や官民プロジェクト参画など、政策と協調した戦略が展望されます。加えて知財教育政策では、TDKが実施している知財ワークショップ(学生向け)[78]などは国の人材育成施策とも合致しており、産学連携で知財人材を確保するモデルケースとなり得ます。
国際的には、WIPOやWTOの枠組みで知財とSDGsの調和が議論されています。例えば途上国向け技術の特許開放やライセンスプールなどの動きがある中、TDKも何らかの形で関与する可能性があります。電池リサイクル技術や環境センサ技術など、人類全体の課題解決に資する領域では、TDKの知財を提供する代わりに国際資金を得るようなスキームも将来考えられます。これは一企業としての利益最優先だけではないものの、長期的に見れば世界標準を取るチャンスでもあります。政策の方向性を見極め、「攻めの協調」を行うのも展望の一つです。
技術革新との接点:技術トレンドとしては、AI・量子技術・先端材料などが今後10年のキーテーマでしょう。TDKは材料・電子部品メーカーとして、これらを横串で支える役割を担えます。例えば、量子コンピューティングでは超伝導材料や磁気デバイスが必要となり、TDKのコア技術と親和性があります。またAIの普及でセンシング需要が爆発的に増えることが予想され、TDKのセンサは不可欠です。したがって、将来的にはAI×センサ、量子×素材といった異分野融合領域の知財を押さえることが展望されます。実際、小柴氏は講演で「IPインテリジェンス戦略でより良い意思決定を導く」と強調しており[107]、AIを活用した知財戦略高度化を示唆しました。将来は、AIが自動的に特許出願書を書いたり、膨大なデータから発明のヒントを提案するようになるでしょう。TDKはそうした知財業務のAI化にも前向きに取り組むと見られます。これにより、知財部門は反復作業から解放され、創造的戦略策定にリソースを集中できるようになります。AI時代には、他社も同様のツールを使うため、いかに優れたデータとアルゴリズムを持つかが差になります。TDKは自社の発明データや市場データを独自に蓄積し、AI知財分析の質でリードすることが期待されます。
また、モノづくりの形態変化(デジタル製造、マスカスタマイゼーション等)も知財に影響します。3Dプリンタで誰もが部品を作れる時代になれば、従来の特許での制約は実効性が薄れる恐れがあります。代わりにデザインやノウハウ、サービスとしての知財が重要になる可能性があります。TDKも製品売り切りからサービス化(例えばデータサービス提供)にビジネスを転換していけば、特許だけでなくデータやソフトウェアの権利化が肝要になります。よって、知財戦略のサービス化対応が展望されます。既にTDKは一部でデータ解析サービス(センサ+AIプラットフォーム)提供を試みています。将来、ハードとソフトが一体化した提供形態になれば、著作権やデータベース権なども駆使した複合的知財防衛を戦略に組み込むでしょう。
市場動向との関係:マーケットでは、2030年頃までに電気自動車(EV)の本格普及、再生可能エネルギー拡大、そして6G通信の到来が予想されています。TDKはこれらすべてに関連部品を供給できます。EVではパワーコンディショナや磁性材料、センサ、電池。再エネでは蓄電システム用電池、パワーエレクトロニクス部品。6Gでは高周波対応部品や新型アンテナ向け材料。各市場でリーダーになるには、その分野のキー特許を握る必要があります。マーケットドリブン特許の考え方で、各新市場での特許シェアを計画的に高めることが展望されます。例えば6G関連では競合の動きを注視しつつ、標準特許を取得する動きが予想されます。TDK自身が標準策定に直接関わらなくても、関連技術(高周波フィルタなど)で特許網を張れば、6G商用化時に優位に立てます。このように、未来の巨大市場に向け先行投資型の知財取得を続けることが重要です。
市場の地理的推移にも留意です。今後、インド・東南アジア・アフリカが成長市場となり、日本企業もそこへのシフトが避けられません。TDKは既にインドに開発拠点を設けていますが、現地知財制度や商習慣への適応が必要です。将来、インド人エンジニアが多数TDKの発明者となり、インド特許を量産することも考えられます。その際、本社がどう支援するか、また現地企業との知財競争(あるいは協調)をどう図るかが課題です。例えばインド政府は自国企業保護のため知財規制をする可能性があり、TDKはローカルパートナーと組んで対応するかもしれません。新興国市場における知財戦略の構築が展望上避けられず、すでに各社が計画を練っています。TDKも各地域の売上高に見合った知財出願を進めており[76]、この延長で新興市場での知財プレゼンス確立を目指すでしょう。
知財戦略の進化:上記のとおり、政策・技術・市場すべての動向が知財戦略に影響します。それらを踏まえ、TDKの知財戦略自体も進化していくことが期待されます。キーワードは「知財戦略の統合化」と「知財価値の見える化」でしょう。統合化とは、経営戦略・技術戦略・知財戦略の区別がなくなるくらい融合することです。TDKは既にかなり一体化していますが、将来は知財戦略がそのまま経営戦略と同義と言えるくらい高度に統合されるかもしれません。たとえば中期経営計画に「重点知財領域◯◯で世界トップ特許シェア」というKGIが載る、といった具合です。知財価値の見える化は、特許の質や事業貢献を客観指標にして社内外に示すことです。現在も特許スコア等ありますが、将来はブロックチェーン等で特許利用履歴が記録され、誰の特許がどれだけ価値を生んだかリアルタイムで分かる時代が来るかもしれません。TDKはそのような透明性をも恐れず、知財経営のフロントランナーとして価値創造に邁進している可能性があります。
以上、今後の展望を述べました。まとめれば、TDKの知財戦略は外部環境の変化に適応しつつ「攻めと守りの高度化」を遂げていくでしょう。政策と協調し社会課題解決にも資する知財、革新技術をリードする知財、成長市場を制する知財――そうしたビジョンのもと、TDKは知財戦略を進化させ続けると見られます。
当章の参考資料:
以上の分析を踏まえ、TDKおよび同様の製造業企業に対して、知財戦略上の示唆と具体的なアクション候補を提示します。経営、研究開発、事業化それぞれの観点から整理します。
以上のようなアクションは、TDK自身にも当てはまりますが、広く他社にとっても有益な示唆と言えます。要約すると、経営戦略として知財を据え、研究段階から知財を創り込み、事業化段階で知財を活かし切る——この一連の流れを社内に確立することが、持続的競争優位のカギとなります。TDKの知財戦略の実践はその好例であり、他社も学び得るところは大きいでしょう。
当章の参考資料:
TDKの知財戦略は、創業時のフェライト特許に始まる知財重視のDNAを今日のグローバル経営にまで昇華させた、極めて戦略的かつ柔軟な取り組みと言えます。本レポートで見てきたように、TDKは知財を単なる権利の集合ではなく「未来志向の経営ツール」として位置づけ、事業ポートフォリオと知財ポートフォリオの統合を図っています[2][101]。グローバルに多様な事業を展開しつつも、縦横マトリクス型ガバナンスで全社的な知財最適化を追求する姿は、変化の激しい電子部品業界において一つの理想形でしょう[5][6]。
最重要論点は、知財戦略と事業戦略の真の融合にあります。TDKは知財インテリジェンスを駆使して将来市場を見極め、必要な技術領域への先行投資と特許取得を行っています[13]。この先見性が、スマートフォン電池やセンサといった成長分野での競争優位を支え、結果的に同社の事業成長に直結しています[11]。一方で、過度な特定事業依存によるキャッシュ創出難という課題も経験し、ポートフォリオ改革に着手した点は示唆に富みます[82][27]。知財戦略は経営資源配分の羅針盤でもあり、TDKは知財の観点から自社事業構造を見直すことで、次なる収益の柱づくりに乗り出しました[84]。このように知財は攻めと守りの両面で経営の意思決定に組み込まれており、知財部門は経営陣のブレーンとして機能していると評価できます。
また、TDKの知財ガバナンスと他社比較から浮かぶのは、バランス感覚と適応力です。他社が特許件数競争や訴訟合戦に傾斜する中、TDKは自社の強みを活かせる重点領域で質の高い特許網を築きつつ、他分野では協調や標準化も受け入れる柔軟さを持ち合わせています[92][38]。これはグローバルなダイバーシティ組織をまとめてきたTDKならではの「しなやかな知財戦略」とも言え、短期利益のみを追わず長期の事業持続性を優先する経営判断が背景にあると推察されます[82]。一企業の知財戦略が社会課題(SDGsやGX)への貢献度合いにまで踏み込み、かつそれが企業価値評価に繋がりつつある現在、TDKの姿勢は公知の知財モデルを超えた新しいベンチマークを提示しているように見えます[10]。
意思決定への含意として、経営者はTDKのケースから知財を“費用”ではなく“価値創出の源泉”とみなす重要性を再認識すべきでしょう[2]。知財への投資は時に成果が見えにくく、短期業績を圧迫することもあります。しかしTDKの歴史が示す通り、独創的技術を保護・活用する知財戦略がなければ、あのフェライトも世に出ず、90年にわたる変革も遂げられなかったはずです[33][1]。現代の経営においても、知財戦略の巧拙が将来の競争地図を塗り替えます。知財を経営の言語に翻訳し、意思決定の核心に据えること——これはTDKの知財戦略が我々に教える最大のポイントです。今後、更なる技術革新と市場変動が予想されますが、TDKは知財戦略を不断にアップデートしつつその波を乗りこなすでしょう。そしてその姿は、知財を軸に価値創造する21世紀企業のロールモデルとして、他の追随を許さない輝きを放ち続けると見られます。
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