3行まとめ
三層構造の知財戦略でイノベーションを加速
村田製作所はプラットフォーム技術(第1層)、デバイス・モジュール(第2層)、新規事業(第3層)の三層構造で知財戦略を展開し、IPランドスケープ分析を経営会議・取締役会に定期報告することで事業戦略と深く統合している。
国際評価と特許取得で圧倒的な競争力
クラリベイト社の「Top 100 Global Innovators」に4年連続選出され、2024年には米国で1,139件の特許を取得(全体29位、前年比27%増)。競合のTDK(477件)、京セラ(702件)を上回り、材料・工程技術の自社開発比率の高さが差別化要因となっている。
次世代技術投資と訴訟リスクへの戦略的対応
6G通信、パワーエレクトロニクス、環境・ウェルネス領域への先行投資を強化する一方、中国企業Sunlord・Maxscendへの特許侵害訴訟提起など、グローバルな権利行使と模倣品対策を積極化している。
この記事の内容
村田製作所は電子部品業界で高度な多層セラミックコンデンサや通信モジュールを提供するグローバル企業であり、知的財産(IP)戦略は競争優位の源泉である。本レポートでは村田製作所の知財戦略を体系的に分析し、組織体制、技術領域ごとの重点、他社比較、リスク、将来展望などを総合的に示した。以下は主要な論点の要約である。
村田製作所(以下、村田)は1944年の創業以来、セラミック材料や高周波技術を活かした電子部品で世界トップシェアを誇る。多層セラミックコンデンサ(MLCC)、通信モジュール、センサー、電源など幅広い製品を展開し、売上高の約90%を海外市場が占める。MLCCはスマートフォンや自動車の電装化に不可欠であり、村田の主力製品である。こうしたグローバルかつ技術集約的なビジネスにおいて、知財は競合優位の源泉である。
村田は知的財産を「企業の持続的成長を支える基盤」と位置づけている。知財ページでは、IPと非IP情報を組み合わせたランドスケープ分析を経営判断に活用し、研究開発段階から事業戦略に至るまで知財の観点を組み込む方針を明示している[1]。この認識の背景には、半導体・電子部品市場での急速な技術革新と競合環境の激化がある。村田は早期に海外市場へ進出し、1990年代から海外特許出願を本格化させた。海外売上の増加に伴い、特許ポートフォリオをグローバルに拡充する必要性が高まり、国際出願(PCT)制度を活用して戦略的な権利取得を推進している[5]。
村田の知財活動は以下の基本方針に基づく[4]:
これら方針は社員教育や評価制度とも連動する。例えば、発明提案から出願・登録までの過程で知財部門が伴走し、発明者には特許報奨金が支給される。2024年には環境・ウェルネス分野に特化した新報奨制度が導入され、サステナブルな技術領域での発明促進が図られている[8]。
知財戦略を実効的に機能させるには、他社が模倣しにくい技術基盤が必要である。村田は材料技術・フロントエンドプロセス・バックエンドプロセス・製造技術・製品設計技術・分析技術の6領域で独自技術を構築している[18]。これらの技術の組合せにより、高誘電率材料の開発や超微細積層プロセスなどを実現し、セラミックコンデンサの高性能化を実現した。またM&Aで獲得した技術も組み込み、新たなコア技術を形成している[19]。このような技術開発力が高いことから、自社保有の特許だけでなくノウハウの秘匿も重要となる。具体的には製造プロセスや材料処方など公開できない技術を社外漏洩から守るため、機密情報管理の徹底と研究開発拠点のセキュリティ強化が行われている[5]。
村田の知財組織は大きくコーポレートIP部とIP企画部の二部門からなる。コーポレートIP部は製品群別のチームを持ち、研究開発部門や事業部門と密に連携しながら、発明の抽出・特許出願・他社特許解析・権利活用(クロスライセンスや侵害対応)を行う。一方、IP企画部は全社的なポートフォリオ管理、特許投資の優先順位付け、リスク管理、知財教育、規程整備を担当し、経営層への報告やガバナンスを担う[2]。海外拠点として米国・中国・欧州に知財担当者を配置し、現地での権利取得や訴訟、ライセンス交渉に対応している[3]。
組織階層を補完する役割として「特許リーダー」が各事業部や拠点に配置され、発明提案を促し、発明者と知財部門の橋渡しを行う[9]。知財部門全体は約○百名規模(推定)で、技術バックグラウンドを持つ社員が多数在籍する。また、弁理士や国際弁護士など専門家も採用し、国内外の法制度に対応する体制を整えている。
知財部門は経営会議や取締役会へ定期的に活動報告を行い、知財戦略の検証と承認を受ける仕組みがある。2023年度には、IPスコアや投資効率などの指標でポートフォリオを評価し、その結果を経営会議で共有した[8]。知財戦略のPDCAサイクルとして、①ビジョン・成長戦略の確認、②R&Dテーマの検討、③知財ポートフォリオ計画の策定、④調達やアライアンスの検討、⑤実行、⑥評価・改善という流れで継続的に運用している[6]。
ガバナンスの観点では、知財活動が経営戦略と乖離しないよう「IPランドスケープ分析」を活用している。これは自社および競合の特許情報や市場トレンド、技術動向を俯瞰し、将来有望な技術分野や潜在的パートナーを特定する手法である。村田はこの分析結果を事業部門と共有し、新規事業や提携先探索に活用している[6]。
海外拠点は権利取得だけでなく、現地での訴訟・係争への対応、模倣品対策、特許庁や法律事務所との関係構築など多様な役割を担う。米国拠点では、U.S.特許法の改正対応や現地裁判所とのやり取りを行い、欧州拠点ではEUユニタリー特許制度への対応や標準必須特許(SEP)のライセンス交渉を担当する。中国拠点では、模倣品取り締まりやライセンシング交渉に加え、国家知識産権局(CNIPA)による強制実施権制度など新制度への対応が課題となっている[3]。
近年、IP企画部は単なる管理部門から事業創出の支援機能へと進化している。2022年にはIPランドスケープに基づく「新規事業創出支援チーム」を設け、技術探索やスタートアップの発掘、M&A候補のリストアップを行っている[8]。また、環境・ウェルネス分野など会社が注力する領域において、特許出願だけでなく事業モデルの検討段階から法務・知財の観点を提供することで、ビジネスリスク低減と価値創出の両立を図っている。
村田の中核技術であるセラミック材料開発は、誘電率・信頼性・温度特性を改善するための特殊配合や焼成条件のノウハウの蓄積に支えられる。これらは製造プロセス全体の根幹をなすため、特許出願に加え企業秘密としての管理が重要である[5]。例えば多層セラミックコンデンサの誘電体材料に関しては、微量添加物の組合せや結晶粒径制御が性能を左右するため、複数の特許で広範に保護しつつ、具体的な処方は外部に公表しない。プロセス技術では、薄層化や高速積層技術が競合他社との差別化要因であり、これらも複数の特許とノウハウで防御される。村田は年間1,000件前後の国内出願を行い、海外も含めた特許群で材料技術を囲い込んでいる。
特許戦略の面では、他社との差別化を明確にするために「広く出願して狭くライセンスする」方針を採る。つまり発明の範囲を広く抑えつつ後続の改良を自社特許で押さえることで、競合が設計変更で回避する余地を減らす。さらに、競合他社が特許侵害のリスクを抱える場合はライセンス交渉やクロスライセンスを通じて自社の技術優位を確保する。2023年には同種技術についてIPスコアで評価し、価値が低い特許は権利維持費を削減するため放棄するなど、投資効率を考慮したポートフォリオ管理を実施した[7]。
村田の強みは材料開発に加え、これを応用した小型・高性能モジュール製品である。例えば通信モジュールでは、RFフィルターやアンテナを高度に集積化し、機構設計・熱設計・回路設計が複雑に絡み合う。この領域では多くの特許が必要になる一方、標準化や他社技術との相互依存が高まるため、他社特許の回避やクロスライセンスが不可欠となる。知財部門は開発段階で標準必須特許(SEP)の調査を行い、特許プールへの参加やライセンス費用の見積もりを事業部門に提示することで、開発計画の適正化を図る[6]。
また、モジュール製品ではソフトウェアやアルゴリズムが付随する場合がある。これらは特許よりも著作権やノウハウ管理で保護されることが多い。村田はセンサー技術や通信制御アルゴリズムに関して、ソフトウェア特許を戦略的に取得するとともに、オープンソースソフトウェアのライセンス管理をIP企画部が担当し、コンプライアンスを確保している。
第3層はヘルスケアやスマートシティ、環境・エネルギー分野など既存事業とは異なる領域で、新規ビジネス創出を目指す。ここでは、従来の電子部品メーカーの枠を越え、データビジネスやサービス提供に進出する可能性がある。村田はIPランドスケープを活用し、市場トレンドやスタートアップの特許状況を分析して成長分野を特定している[6]。さらにM&Aや資本提携候補の技術力を評価し、技術とIPの双方でシナジーがある企業を選定している[19]。
2023年には新規事業創出支援チームが、ウェアラブルセンサーを用いた健康モニタリングサービスの企画段階から参画し、通信規格や個人情報保護法、医療機器認証などの観点を提供。特許出願のみならずサービス提供形態における知財リスクを検討し、試験的に外部企業とジョイントベンチャーを設立する際の契約条件やライセンス分配を策定した。また、外部取締役からは「第3層ビジネスを支えるより強固な知財戦略が必要」との意見があり、経営層もIP投資を拡充する方針を示した[17]。
IPランドスケープは、特許情報を軸に市場・技術・競合の動向を俯瞰し、事業戦略にフィードバックする手法である。村田は特許出願件数や被引用回数などの定量データに加え、専門家の評価を取り入れた「IPスコア」を用いてポートフォリオを評価している[7]。IPスコアでは、特許の技術的優位性や市場ポテンシャル、競争環境を定量化し、投資効率を分析する。競合企業との比較では、特許数のみならず特許資産価値(質)も評価し、競合が強い技術領域や弱い領域を特定する。
村田はこの分析結果を用いて、①特許の集中投資領域(例:高周波フィルター、パワーエレクトロニクス)の選定、②特許出願の中止や権利維持費削減が必要な領域の整理、③M&Aやアライアンス候補の探索、④標準化活動への参加方針策定を行っている。例えば、特許競争力と市場ポテンシャルを比較したグラフでは、自社を含む企業が「競合A」「B」「C」「D」として掲載され、村田の特許の質と量が一定水準以上であることが示されている[7]。
ここでは村田と主要競合企業であるTDK、京セラ、太陽誘電などの知財戦略を比較し、特徴と差異を明らかにする。数字は可能な範囲で2024年時点の情報を用いた。
企業 |
IP組織・戦略の特徴 |
特筆事項 |
参考資料 |
村田製作所 |
コーポレートIP部とIP企画部の2部体制。研究開発と連携し、IPランドスケープを活用。全社員に事業視点の発明を求める[2][4]。海外拠点を設置し、模倣品対策と権利行使を強化[3]。 |
クラリベイトTop100に2025年まで4年連続選出[15][16]。発明報奨制度を強化し環境・ウェルネス領域を優遇[8]。 |
村田知財ページ、Murata Value Report |
TDK |
M&A企業を含めたグループ全体で知財を統合する「TDK United」を掲げ、5つのコア技術(材料、プロセス、評価・シミュレーション、設計、製造)の知財保護を実践。IPインテリジェンスを活用し、GX/DX分野の未来市場を探る[10]。 |
IPランドスケープによる将来市場分析を先行しており、脱炭素・デジタル変革領域への投資を強調。 |
TDKの知的財産ページ |
京セラ |
2022年にIP企画開発部を設立し、事業戦略と知財戦略の一体化を推進。SLD社の買収でLiFi通信等の知財を獲得。特許の事業貢献度を数値化し、売上増・コスト削減などのKPIで評価[20][11]。 |
6G関連や新素材(コージェライト)への投資を進め、Top 100 Innovatorsに選出。IP価値の投資回収と再投資のサイクルを強調。 |
京セラ統合報告書2022/2024 |
太陽誘電 |
技術報告書や統合報告書でR&Dの重点領域を紹介するが、知財戦略の詳細記述は少ない。研究開発と製造技術に注力しており、独自のフェライト材料などを保有[21]。 |
特許活動は公開情報が限定的であり、企業秘密としての管理を重視していると推察される。 |
太陽誘電統合報告書 |
その他(Samsung, Bosch等) |
韓国や欧米の大手デバイスメーカーは、標準特許やクロスライセンスに強みを持ち、特許係争に積極的。特にSamsungは半導体・メモリ分野で大量出願し、SEPのライセンス収入を得ている。これら企業との競争では特許数だけでなくクロスライセンスの交渉力が重要となる。 |
N/A |
公開情報 |
2024年に米国で取得した特許件数では、村田は1,139件で全体29位に位置し、前年比27%増となった[22]。競合のランキングは以下の通りである。
ただし特許数が多いほど優位とは限らない。京セラは特許数を抑えつつ価値の高い特許への投資を強調しており、TDKはM&A先の知財も含めたポートフォリオの統合に注力している。村田は第1層技術に関して膨大な特許網を構築しているため総数が多いが、今後は第3層事業に対応した質の高い特許取得が課題となる。
村田は模倣品・侵害品への対応に積極的で、警察や行政と連携して摘発活動を行う。2024年8月には、中国のSunlord Electronics社を相手取り、磁気誘導部品関連の5件の特許侵害訴訟を上海知識産権裁判所に提起し、製造・販売の停止と損害賠償を求めた[12]。また同年11月にはMaxscend社による弾性波装置特許の無効審判と関連訴訟が報じられ、強力な権利行使姿勢が示された[13]。一方で、米国ではFleet Connect Solutions社から通信モジュール関連の特許侵害で提訴され、対応を迫られている[14]。
TDKや京セラも米中欧で模倣品対策や訴訟に取り組んでいるが、具体的な案件は限定的に公表されているのみである。特にTDKは標準必須特許のライセンス収入が一定割合を占め、侵害訴訟よりもライセンス契約による収益拡大を重視している。京セラは知財係争件数が少なく、クロスライセンスやオープンソース活用を通じた協調路線が特徴である。
村田の知財活動における主なリスクと課題を、時間軸ごとに整理する。
本レポートでは、村田製作所の知財戦略を企業の成長戦略と重ね合わせて分析した。村田は材料技術からモジュール、サービスまで多層的な事業を展開しており、それぞれの層に適した知財管理体制を構築している。コーポレートIP部とIP企画部が連携し、IPランドスケープを駆使して技術開発や新規事業の方向性を示す仕組みは、他社に比べても先進的である[2]。また、全社員が事業有用性を意識した発明提案を行う文化が浸透しており、環境・ウェルネス領域を含む新報奨制度の導入は企業文化の変革を促している[8]。
一方で、模倣品の拡大や海外訴訟の増加などリスクは高まっている。中国企業に対する侵害訴訟や米国での被告事件は、グローバル企業として避けられない課題である[12][14]。また、標準必須特許への対応やデジタルサービスへの進出など、新たな知財管理領域が拡大しており、人材育成と組織体制の進化が求められる。
今後、6Gや環境技術など次世代分野では競争環境が一段と激化する。村田が競争優位を維持するためには、技術開発と知財戦略の統合をさらに進めるとともに、グローバルガバナンスの強化、データ・ソフトウェア領域の知財管理、サステナブル技術への投資と保護を推進する必要がある。競合他社と比較すると、村田は量・質ともに強固な特許網を築いているが、第3層事業における新規価値創造では未踏領域が多い。IPランドスケープと人材育成を活用し、オープンイノベーションを通じて社外の知見を取り込みながら、新たな知財戦略を構築することが、今後の持続的成長に不可欠であると考えられる。
[1] [2] [4] [5] [6] [9] Murata's Intellectual Property | Murata Manufacturing Co., Ltd.
https://corporate.murata.com/en-us/company/intellectual-property
[3] [23] Measures concerning intellectual property | Murata Manufacturing Co., Ltd.
https://corporate.murata.com/en-us/csr/governance/ip
[7] [15] [18] [19] [24] [25] [26] Murata value report 2022 P61-62_Strengthening technological capabilities for the future and intellectual property activities to support it
https://corporate.murata.com/-/media/corporate/ir/library/murata-value-report/2022_e/p61-62_e.ashx
[8] Murata value report 2023 P62_Murata’s intellectual property activities
https://corporate.murata.com/-/media/corporate/ir/library/murata-value-report/2023_e/p62_e.ashx
[10] TDK and Intellectual Property | TDK
https://www.tdk.com/en/about_tdk/intellectual_property/tdk_intellectual_property/index.html
[11] integrated_2024_e.pdf
https://global.kyocera.com/ir/library/pdf/catalog/integrated_2024_e.pdf
[12] Sunlord sued by Japanese Murata over electronic component patent-Patent|China|Judicial Development|China Intellectual Property Lawyers Network
https://www.ciplawyer.com/articles/154228.html
[13] Murata has initiated patent enforcement action against Maxscend-Patent|China|Judicial Development|China Intellectual Property Lawyers Network
https://www.ciplawyer.com/articles/155585.html
[14] Fleet Connect Solutions LLC v. Murata Manufacturing Co., Ltd. et al 2:2024cv00964 | U.S. District Court for the Eastern District of Texas | Justia
https://dockets.justia.com/docket/texas/txedce/2:2024cv00964/234397
[16] Murata Selected as Clarivate Top 100 Global Innovator for 4th Year in a Row | Murata Manufacturing Co., Ltd.
https://corporate.murata.com/en-us/newsroom/news/company/general/2025/0402
[17] Murata value report 2024_Section4-e
[20] integrated_2022_e.pdf
https://global.kyocera.com/ir/library/pdf/catalog/integrated_2022_e.pdf
[21] TAIYO YUDEN CO., LTD. INTEGRATED REPORT 2022
https://www.yuden.co.jp/en/ir/2022ar/download/pdf/Yuden_AR22-E_p46-p49.pdf
[22] 2025 Patent 300 List | Top Patent Owners List | Top Companies In Patents
https://harrityllp.com/patent300/
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本レポートは、公開情報をAI技術を活用して体系的に分析したものです。
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