テーマ別 深掘りコラム 1分で読める!発明塾 塾長の部屋
会社概要 発明塾とは? メンバー
実績 お客様の声

富士フイルムの知財戦略:価値創造を支える知的資本の全体像と展望

3行まとめ

社長直轄の知財センターと先進的なAI活用

知的財産センターが経営戦略に直結し、2026年までにIPデータと非IPデータを統合する管理システムを構築予定。IPランドスケープと生成AIを活用して技術潮流を予測し、新規事業創出やM&Aの判断材料として活用している。

化学業界1位の特許競争力と国際標準化での主導権

2023年に特許資産の規模と競争力が化学業界1位を獲得し、医療機器・半導体材料・化粧品など多様な領域で質の高い特許ポートフォリオを構築。ISO規格策定で主導的役割を果たし、2023年に経済産業大臣賞を受賞した実績を持つ。

経営・R&D・知財の三位一体運営で持続的成長を実現

年1回の「知財戦略会議」で事業本部長・R&D責任者・知財センターが集結し、中長期課題とポートフォリオを共有。今後はIPデータの価値化・グローバル標準化で新しい収益源を創出し、生成AIやオープンイノベーションを通じた価値創造を推進する方針。

エグゼクティブサマリ

富士フイルムホールディングス(以下、富士フイルム)は、写真フィルムを主力としていた企業から医療機器や先端材料を中心とする多角的企業へと変貌した。この変革を下支えしたのが研究開発力と知的財産(IP)を中核に据えた戦略である。本レポートは、2025年版統合報告書や非財務資本報告、政府の知的財産戦略など一次情報を中心に分析し、富士フイルムの知財戦略の全貌を明らかにする。以下は重要なポイントである。

  • 転換期の背景2000年代初頭のデジタル化で写真フィルム市場が急縮小した。富士フイルムはコア技術を再定義し、医療・ヘルスケアや高機能材料へと事業をシフト。研究開発方針にはコア技術の深化、多様技術の融合、グループシナジー強化が掲げられ、デザイン・知財との協働が重視されている[1]
  • 知的財産部門の役割:知財部門は社長直轄組織として、技術・法務・標準化・企画の4部門から構成され、グループ横断的に事業部や研究所を支援する。攻めの知財活動を掲げ、特許・商標・ノウハウを “経済的堀” として構築し、新規事業創出と競争優位維持に貢献する[2]
  • ポートフォリオ管理:知財部門は事業ポートフォリオに応じて知財ポートフォリオも設計し、成長領域に資源を重点配分している。統合報告書では、成長分野の特許比率が半数を占めるまでになったと説明されている[3]
  • IPランドスケープとインテリジェンス:公開特許や投資情報を分析するIPランドスケープ機能を持ち、M&Aや新規事業のシナジー評価に活用している。日立の診断装置事業買収では技術ヒートマップを作成し、コア技術との相乗効果を検証した[4]。生成AIを活用したデータ可視化も検討中である[5]
  • 国際標準化とオープンクローズ戦略:富士フイルムはISO等の標準化活動を通じて市場ルール形成に参画し、環境性能表示や再資源化基準の策定に取り組んでいる。この取り組みは日本経済産業省から優良事例として認定され、国内企業8社の一つに選ばれた[6]
  • 外部評価:特許資産の規模と牽制力で業界首位(化学分野)の評価を受け、特許資産規模ランキングでも上位に入っている[7]。米国特許2024年授与件数では1,281件で世界26[8]
  • 競合比較:キヤノンは米国特許出願数で第9位(2024年)かつ日本企業トップであり、1020年先を見据えた知財戦略を策定している[9][10]。オリンパスはグローバルIP機能を持ち、ISO 56005に準拠した標準プロセスと15,000件の特許ポートフォリオを最適化している[11][12]。ブリヂストンは「IPミックス」や暗黙知の可視化を通じてROIを高め、2019年比で知財価値創出が2倍に増加した[13]
  • 政府の知財政策とAIリスク:日本政府は2024年の知的財産推進プログラムで、知財と収益の結び付けの可視化と、国際政治経済リスクへの対応、戦略的な標準化を重視している[14]2025年版ではAI・量子技術に対応した法制度整備、国際標準の形成、新しいコンテンツ産業の育成が柱となっている[15]。生成AIが著作権侵害や情報漏洩を引き起こすリスクにも言及し、関連各主体が法律・技術・契約を組み合わせた対策を求めている[16]
  • リスク要因:富士フイルムの知財戦略は多様な事業と海外拠点にまたがるため、技術漏洩、標準化遅延、法制度変更などのリスクが存在する。生成AIや米中対立に伴う地政学リスクへの対応が急務であり、社内外の知財教育とガバナンス強化が求められる。
  • 戦略的示唆:ポートフォリオの最適化と資産価値可視化をさらに進めるとともに、標準化活動への参加拡大やスタートアップとの共同開発を通じてエコシステムを構築する必要がある。またAI時代に対応した人材育成や、コンテンツ・データの権利保護と活用ルールの整備が重要である。

本文

背景と基本方針

写真フィルムから多角化企業への転換

富士フイルムの知財戦略を理解するには、同社の事業変革の背景を押さえる必要がある。デジタルカメラの普及により写真フィルム市場は急激に縮小した。富士フイルムは危機を乗り越えるため、1970年代から蓄積してきた銀塩写真の微粒子制御、化学合成、薄膜コーティング、画像処理技術などを新事業へ応用した。2000年代以降は医療機器、バイオ医薬品製造(バイオCDMO)、再生医療、化粧品、機能性材料などへの展開を加速させ、2025年時点ではヘルスケアと高機能材料が売上の大半を占める。こうした技術移転には莫大な投資とリスクが伴ったが、知的財産の積極的取得と活用が競争優位を維持するための基盤となった。

研究開発体制では、「コア技術の深化」「異質技術の組み合わせ」「グループシナジー強化」「スピード向上」「研究基盤の構築」が基本方針に掲げられている[1]。コア技術の深化では、フィルム製造で培った写真技術や化学技術を再解釈し、高度化させることを目指す。異質技術の組み合わせでは、画像処理技術と医療診断装置、化粧品技術と医薬品技術といった複数分野の融合を促進する。グループシナジーでは、各事業部や子会社の技術や人材を横断的に連携させることで、新たな価値創造を図る。この方針に基づき、研究所は事業別研究所(ヘルスケア・材料・イメージングなど)と企業横断的なコーポレート研究所に分けられ、両者をつなぐ「横断会議」や「アドバンストリサーチラボ」によって新技術探索が行われている[1]

デザインと知財の連携

富士フイルムは技術のみならずデザインやブランド力も重視する。統合報告書では、研究開発・知財・デザイン部門が一体となって価値創造に取り組む姿勢が示されている[1]。この連携により、顧客の体験価値(User Experience)を重視した商品設計やブランド戦略が実現し、特許取得や商標・意匠登録と組み合わせることで模倣困難な差別化要素を築く。例えば美容ブランド「アスタリフト」は、コラーゲンの分散技術と写真フィルム由来の抗酸化技術、感性に訴えるデザインを融合させた製品であり、特許・商標・意匠で守られている。

知財戦略を取り巻く外部環境

日本政府は2024年の「知的財産戦略推進プログラム」で、研究開発投資と知財・無形資産の連動、技術流出防止、戦略的国際標準化、産学連携による社会実装を主要課題に位置付けた[14]。同プログラムは、国際政治経済リスクの高まりや生成AIの普及、国際標準化競争といった背景を踏まえ、知財を収益源とするためのエコシステム構築を目指している。またAIによる著作権侵害や技術漏洩といったリスクも指摘され、関係者が法・技術・契約を組み合わせた対策を取る必要性が強調された[16]2025年版プログラムでは、AIと量子技術に適した法制度整備、国際標準形成での主導権、コンテンツ産業による地域活性化が柱とされている[15]。こうした外部環境は富士フイルムの知財戦略にとって追い風である一方、技術漏洩や規制対応の負荷を増加させるリスクでもある。

全体像と組織体制

知財部門のミッションと組織

富士フイルムの知財部門(IP部門)は社長直轄の組織であり、「知的財産の創出・保護・活用を通じて企業価値を向上させること」をミッションとしている[2]。組織は大きく次の4部門で構成される。

  1. 知財技術部門(IP Technology:各研究・事業部門と連携し、特許・商標などの出願・権利化や技術情報管理を担当する。発明の発掘やポートフォリオ形成を支援し、技術的な観点から権利取得の優先順位を付ける。
  2. 法務部門:契約交渉やライセンス契約、係争対応、独占禁止法・競争法への適合を担う。M&Aやアライアンスでは技術・ブランドの取得条件を精査し、競業避止やコンプライアンスを確保する。
  3. 標準化部門:国際標準化機関での提案や認証取得を担当し、会社に有利な技術仕様を国際ルールとして取り込む戦略(オープンクローズ戦略)を実行する。印刷環境性能表示のISO 22067-1への参画や、EU循環経済対応の認証創設などが成果例である[6]
  4. 企画部門:全社の知財戦略策定や、IPランドスケープ分析、教育・人材育成、予算管理を行う。特にIPランドスケープでは、市場・技術トレンドや競合の特許・投資動向を分析し、経営判断にインサイトを提供する[3]

知財部門には約200名のスタッフが所属し、国内外の研究所や事業部に駐在する人員を含む。米国や欧州のグループ会社に駐在員を派遣し、現地での特許出願・訴訟対応やライセンス契約をサポートする。統合報告書によれば、海外グループ会社や研究機関を対象にした「グローバルIPサミット」を開催し、知財方針やリスク情報を共有している[17]

知財戦略会議と意思決定プロセス

全社的な知財戦略を議論する場として、年1回の「知財戦略会議」が開催される[18]。ここでは各事業部や研究所からの計画と知財部門の提案を照合し、次年度の知財施策や投資方針を決定する。同会議には社長や事業部長、研究所長、デザイン責任者が参加し、投資回収見込みやリスク評価を共有する。知財部門はIPランドスケープで作成した技術ヒートマップや市場予測を提示し、重点特許の選定や撤退案件の判断材料を提供する。

また、知財技術部門は研究開発部門の技術テーマごとに「横断チーム」を組織し、発明発掘会議を開催する。エンジニアやデザイナーが初期構想段階から知財担当者と議論することで、単なる出願支援にとどまらず製品コンセプトやユーザー価値を踏まえた特許戦略を構築する。統合報告書では、デザイン部門との協働により顧客価値を守る特許・意匠・商標のポートフォリオを形成し、差別化を強固にしている点が強調されている[3]

詳細分析

技術領域別の知財戦略

富士フイルムは医療・ヘルスケア、高機能材料、イメージングの3本柱で事業を展開する。各領域の知財戦略を概観する。

医療・ヘルスケア

医療部門では画像診断機器(CTMRI、超音波)、内視鏡、放射線医薬品、再生医療製品、バイオ医薬品製造受託(CDMO)などが主力である。2019年の米ゼロックスとの合意解消後、富士フイルムは診断装置市場で米企業や欧州企業と競うことになり、日立製作所の画像診断事業を約1.7兆円で買収した。この買収に際し、知財部門は技術ヒートマップを用いて自社と日立事業の技術領域・特許網の重複や補完関係を評価し、M&Aのシナジーを可視化した[4]。医療部門では規制対応が厳格であり、標準化部門と連携して国際規格の策定や承認取得を主導し、顧客価値を守る特許・商標ポートフォリオを構築している。

再生医療ではiPS細胞由来の臓器再生技術や、他家iPS細胞を用いた細胞培養技術に関する特許を積極的に取得している。例えば、武田薬品との提携で樹立した細胞株に関する特許のほか、再生医療用培地やスキャフォールドなどの知財も蓄積している。統合報告書は詳細を公開していないが、同分野の特許保有件数は数百件規模と推定される。医薬品分野ではインフルエンザ治療薬「アビガン」の製造特許や用途特許を保有しており、新型インフルエンザ対策の備蓄として政府との契約を結んでいる。技術流出や模倣を防ぐため、知財部門は特許のみならず営業秘密管理や製造プロセスのブラックボックス化を併用している。

高機能材料

高機能材料分野では、半導体材料、ディスプレイ材料、バッテリー用材料、インクジェットインク、メンブレンフィルターなどが対象である。半導体材料事業は急成長しており、富士フイルムはフォトレジストや配線材料、CMP(化学機械研磨)材料等で強みを持つ。統合報告書によれば、半導体事業では知財部門が研究・事業・製造と一体となって開発段階から特許戦略を策定し、市場投入前に競合特許を調査して迂回設計や共同出願を行うことで競争優位を確保している[19]。また顧客との協働開発では背景特許の権利帰属や標準必須特許(SEP)を巡る交渉が重要となり、法務部門と連携して契約を締結している。

エネルギー・環境素材でも、酸化物半導体材料や固体電池用材料、水素分離膜など新規材料の研究が進む。国際標準化活動では、印刷プロセスの環境性能評価に関するISO規格策定に参加し、世界初の環境性能表示規格ISO 22067-1の制定に貢献した[6]。これにより自社の高耐久インクや再生材インクカートリッジの優位性を客観的に示し、循環型ビジネスへの移行を促進している。

イメージング&ドキュメント

富士フイルムの原点とも言えるイメージング事業は、現在もインスタントカメラ「チェキ」や高級デジタルカメラ「Xシリーズ」、フォトプリントサービスなどで高い収益を上げている。知財戦略では、レンズ光学設計や画像処理アルゴリズム、美しいカラー再現を可能にするフィルムシミュレーションなどを特許で守り、デザイン性やブランド価値を商標・意匠で保護する。チェキに関する特許は中国や欧米でも多数取得しており、アジアの模倣品対策として税関での差し止め措置とネット監視を強化している。

ドキュメントソリューション事業は富士フイルムビジネスイノベーション(旧富士ゼロックス)が担い、複合機やクラウドドキュメントサービスを提供する。こちらもプリント技術やセキュリティ機能に関する特許を多く保有し、ソフトウェアの著作権や商標も活用している。米国での特許訴訟が多い分野であるため、法務部門が中心となってリスクマネジメントを実施している。

市場・顧客志向の知財活動

富士フイルムの知財戦略は単に技術を守るだけでなく、顧客が感じる価値や市場のニーズを起点としている。統合報告書では「顧客価値保護」を重要施策として掲げ、ユーザーが高い評価をする体験や感性価値を特許・意匠・商標で保護する取り組みを紹介している[3]。例えば医療機器では、医師や放射線技師のワークフローを理解し、操作性や画質に関する改良点を反映させた特許を取得する。化粧品では、肌の感触や香りに関する官能評価をデザイン部門がまとめ、それに基づく意匠登録やブランド構築を行っている。

一方、知財部門は出願件数を追わず、ビジネスに直結する価値創造を重視している。技術開発担当者や経営者と議論し、特許取得によるコストと利益を検証して出願可否を判断する[20]。また、学術論文や展示会などで技術を公開する場合には公開日の前に出願を済ませ、権利取得可能性を確保する。費用対効果を考慮し、他社とのクロスライセンスや非侵害意見書を活用するなど柔軟な運用を行う。

収益モデルと知財活用

富士フイルムは知財を収益化するためにさまざまなモデルを採用している。

  1. 製品販売による差別化:自社の製品に独自技術を組み込み、競合他社が同等の性能を容易に再現できないようにすることで、製品価格や利益率を維持する。化粧品や医療機器など顧客価値が高い領域では、知財とブランドの組み合わせが強力な堀となる。
  2. ライセンシング・クロスライセンシング:プリンターやイメージングデバイス、半導体材料などの分野では技術標準や相互運用性が求められるため、他社とのクロスライセンス契約を締結しており、ライセンス収入を得ている。商標やデザインのライセンスアウトも行っており、バラエティグッズやコラボレーション商品の展開に貢献する。
  3. オープンイノベーション:大学やベンチャー企業との共同研究、研究成果の事業化支援において、知財部門が契約や権利帰属を調整し、成果を共有する。二次情報によれば、地域活性化に向けた技術ライセンス供与や知財教育支援も実施している[21]
  4. M&Aと技術取得:日立の医療機器事業買収のように、大規模なM&Aでは知財資産と技術ポートフォリオの評価が重要となる。IPランドスケープ分析を通じて、買収対象の特許の強さと市場価値を算定し、案件の価格や統合後の事業戦略に反映させる[4]

パートナーシップ・エコシステム

知財戦略の効果を高めるためには、外部との連携が欠かせない。富士フイルムは以下のようなパートナーシップを構築している。

  1. 国際標準化機関ISOIECなどの標準化団体で議長・幹事として活動し、自社技術を国際標準に組み込むことで市場優位を獲得する。印刷環境性能表示に関するISO 22067-1の策定や欧州循環経済向けの認証制度構築は、オープンクローズ戦略の成功例である[6]METIからもルール形成能力の高い企業として認定された。
  2. 大学・研究機関:再生医療やAI基礎研究などで大学との共同研究が多く、共同特許出願や研究成果の社会実装を進めている。基礎研究を担うアドバンストリサーチラボでは産学官連携プロジェクトが活発である。
  3. スタートアップ:オープンイノベーション拠点を通じてスタートアップと連携し、新規技術の探索や事業化を推進する。知財部門はリスクマネジメントとエクイティ投資の観点から契約・ライセンスを調整する。二次情報では、スタートアップの特許データ分析や出資判断の支援を計画している[22]
  4. 行政・公共機関:政府の知的財産戦略への対応や補助金制度の利用、標準化委員会への参加などを通じて政策形成に関与している。2024年の政府プログラムでは知財と収益の結び付けが強調されており、富士フイルムの取り組みも参考事例として紹介されている[14]

競合比較

富士フイルムの知財戦略を評価するには、同業他社や他業界の取り組みとの比較が有効である。ここでは主な競合としてキヤノン、オリンパス、ブリヂストン、浅井インテックを取り上げ、特許出願件数や戦略の特徴を整理する。

企業名

主な事業領域

IP組織と特徴

特許件数・ランキング

戦略の特徴

コメント

富士フイルム

医療機器、半導体材料、カメラ、ドキュメント、化粧品等

社長直轄のIP部門。技術・法務・標準化・企画の4部門から構成し、デザイン部門や研究所と密接に連携。IPランドスケープ分析と標準化活動を重視。

2024年の米国特許授与件数は1,281件で世界26[8]。化学分野の特許資産規模と牽制力で国内首位[7]

成長領域への資源集中、顧客価値保護、国際標準化とオープンクローズ戦略、M&A支援が柱。

多角的事業に対応した柔軟な知財マネジメント。生成AI活用や可視化への取り組みは他社に先行。

キヤノン

オフィス機器、カメラ、半導体装置、医療機器

知財部門は1020年先を見据えた長期戦略を策定し、社長直属で全社に浸透。経営層に知財出身者を配置し、研究・製造・営業と一体運用する[10][23]

2024年米国特許出願件数は2,329件で世界9位、日本企業では20年連続1[9]

大量出願により技術の囲い込みと競合牽制を図る一方、グローバルな標準化とクロスライセンスも活用。

特許件数は富士フイルムの約2倍だが、重点分野が光学・半導体装置に集中しておりリスク分散は限定的。

オリンパス

医療内視鏡、科学分析機器、工業内視鏡

グローバルIP機能を設け、各地域のIP担当者や事業部が3カ月ごとに情報共有。IP管理をISO 56005に準拠した統一手順へ移行し、IP投資のROIを可視化[11]

保有特許数は約15,000件。IPOトップ300リストでは2024年に426件の米国特許を取得し109[8]

ポートフォリオの質を重視し、平均特許スコアの向上を目指す。標準化やセキュリティ強化に注力し、社内のIP教育を徹底[12]

内視鏡分野で世界シェア70%超を持つため、標準必須特許や医療規制への対応が重要。富士フイルムよりも集中領域が狭いがIP管理プロセスの成熟度は高い。

ブリヂストン

タイヤ、工業用品、ソリューション事業

IPミックス」と呼ばれる実体資産とデジタル資産の組み合わせを可視化し、知財価値のROIを評価。暗黙知を形式知化し、標準化とルール形成を推進[13]

知財価値創出を2019年比2倍に拡大。詳細件数は非公表だが、保有特許を事業ごとに分類しリーン投資を実施。

環境指標や安全性能の標準化活動が強みで、タイヤ分野の規制策定に参加。AIやモビリティサービス向けIP投資を拡大。

モノづくり企業として研究開発と製造現場が密接に連携し、IP部門がROIを追跡している点が特徴的。

浅井インテック

医療機器(血管用カテーテル)、特殊ワイヤ、産業部品

知財管理規程を制定し、特許・実用新案・意匠を積極的に取得。加工技術に関するコアノウハウは特許出願せず企業秘密として管理し、模倣防止を図る[24]

20246月時点で保有特許・意匠権は938[24]

製品差別化を守る一方、コア技術の秘匿化によって技術流出を防ぐ。IP委員会で案件を審議し、欧米訴訟対応も実施。

中小規模であるため、知財投資と人員に制限がある。富士フイルムほどの攻めの標準化活動は行っていない。

リスク・課題

知財を巡るリスクは多岐にわたる。富士フイルムが直面する主なリスクを短期・中期・長期に分けて整理する。

短期(12年)

  1. 生成AIによる権利侵害・技術流出:政府のAI時代の知財報告では、生成AIが著作権侵害や情報漏洩のリスクを伴うことが指摘され、法・技術・契約の対策が必要とされている[16]。富士フイルムはIPランドスケープに生成AIを導入しているが、社内データや機密情報が漏洩するリスクに対して強固なアクセス管理とモデル訓練データのガバナンスが必要である。
  2. 各国規制の複雑化:医療機器や化粧品では各国規制が厳格化しており、特許要件や標準化手続きも変化する。欧州AI規則や米国の医療機器サイバーセキュリティ基準は、知財戦略と製品設計に影響を与える。規制に対応した標準化活動が遅れると市場参入が遅れるリスクがある。
  3. 訴訟・特許係争:競合とのクロスライセンス交渉が不調に終わった場合、訴訟リスクが顕在化する。米国市場では特許侵害訴訟が多発しており、訴訟費用の増大や損害賠償のリスクが短期的な利益を圧迫する可能性がある。

中期(35年)

  1. ポートフォリオ最適化の遅れ:事業が多角化する一方、知財予算と人員は有限である。ポートフォリオの継続的な棚卸しを怠ると、価値の低い特許にコストがかかり、高価値特許の取得が遅れるリスクがある。オリンパスのように平均特許スコアを意識したポートフォリオ最適化や、浅井インテックのような技術秘匿化と出願選別を参考にする必要がある。
  2. 人材不足と教育:知財部門ではAIやバイオ、国際標準化に精通した人材が求められる。政府の知財プログラムでも高度な知財人材育成が重点施策に挙げられており[25]、富士フイルムも海外駐在員やIPサミットによる育成を強化しているが、需要に追いつかない可能性がある。
  3. 標準必須特許(SEP)の競争:半導体や通信技術が絡む標準化では、SEPの保有とライセンス交渉が競争力を左右する。技術が急速に更新される中、SEPの獲得が遅れると市場アクセスに制限が掛かる。キヤノンやオリンパスと比べて富士フイルムはSEP保有の公表が少なく、戦略の明確化が必要である。

長期(5年以上)

  1. 地政学リスクとサプライチェーン分断:米中対立の激化や輸出管理規制により、半導体材料や医療機器のサプライチェーンが分断される恐れがある。政府プログラムでも国際政治経済リスクへの対応が課題として挙げられており[14]、技術流出防止や共同研究の再検討が必要になる。
  2. 無形資産経営への転換:無形資産が企業価値の大半を占める時代において、知財だけでなくデータ、ブランド、人材、組織文化などの価値を統合的に管理する必要がある。投資家は非財務資本の開示を重視し、企業は知財資産と財務指標との関連性を明確に示すことを求められている。政府プログラムは知財と収益の可視化を推進しており[26]、富士フイルムも生成AIを活用して知財価値を可視化する計画を進めている[5]
  3. AI・量子技術の技術動向AIや量子コンピューティングが研究開発や製造プロセスに革命を起こす一方、知財制度や標準化の枠組みも変革を迫られる。2025年政府プログラムはAIや量子に対応した法制度整備を掲げており[15]、富士フイルムはこれら新領域の特許取得と技術獲得戦略を早期に検討する必要がある。

今後の展望

政策・制度面の展望

日本政府は知的財産戦略を毎年更新し、産業界のニーズに応じて制度改正や支援策を打ち出している。2024年版プログラムでは知財と収益の連動、技術流出防止、国際標準化と人材育成が強調された[14]2025年版ではさらにAI・量子技術対応、コンテンツ産業の活性化、デジタル技術を用いた知財管理の高度化が追加され[15]、国際競争力強化を目指している。政府がAI・デジタル技術の利用を推進する背景には、人材不足や業務効率化への期待がある。富士フイルムはこの政策動向を踏まえ、生成AIとデジタルツールを知財管理や研究開発プロセスに活用しつつ、データガバナンスや倫理規範を整備する必要がある。

国際的には、米国や欧州で特許法改正や標準必須特許に関する新しいガイドラインが議論されており、企業は各国法制に柔軟に対応することが求められる。米国では特許侵害訴訟の損害賠償額が高額化する傾向にあり、日系企業は訴訟対策費用を見積もらなければならない。欧州ではデジタルマーケット法(DMA)やAI規則が発効し、プラットフォーム企業との協調やデータ共有のルールが変化する。富士フイルムはこれら規制の動向を踏まえ、標準化活動や業界団体を通じて自社の立場を反映させることが重要である。

技術・市場動向

医療機器市場では、画像診断装置や医療ITの需要拡大とともに、AI支援診断、遠隔医療、精密医療が注目されている。富士フイルムは画像診断装置にAI画像処理を搭載し、診断精度と効率を高めるとともに、AI関連特許の取得を進める必要がある。再生医療やバイオCDMO事業では、細胞の製造プロセスや遺伝子編集技術に関する知財競争が激化しており、海外企業との協働や規制調整が重要になる。

半導体材料では、EUVフォトレジストや次世代パッケージング材料など新領域への研究投資が続く。台湾や韓国の半導体メーカーが主導権を握る中、日本国内でも経済安全保障上の重要性が高まり、政府が補助金を投入する動きが活発化している。富士フイルムは国内外の顧客と連携して技術開発を進めるとともに、国家プロジェクトへの参画や共通インフラ整備に関与することで、知財ポートフォリオの拡充と事業機会の確保を図るべきである。

コンテンツ・デジタル領域では、メタバースやXR技術の普及に伴い新しい映像表現や配信技術が求められる。富士フイルムは写真や映像の色再現技術を応用してVR/ARコンテンツへ参入する可能性がある。この際、商標や著作権、肖像権などデジタルコンテンツ特有の知財問題に対応する必要がある。

市場パートナー・エコシステム構築

今後の知財戦略では、社内外の技術・人材を結び付けるエコシステム構築が重要になる。富士フイルムは研究開発と知財部門を軸に、スタートアップや大学、国際標準化機関、行政機関、顧客企業を巻き込んだ共創プラットフォームを形成すべきである。スタートアップとの協業では、富士フイルムが保有する製造設備やグローバル販売網を提供し、相手は新しいアルゴリズムやデバイスアイデアを提供することで、両者が利益を得る仕組みを設計する。知財部門は契約条件や権利帰属を明確にし、オープンイノベーションに伴うリスクを最小化する。

標準化活動では、国際ルール形成に継続的に参加し、自社技術が採用されるよう働きかけることが必要である。ISO 22067-1の成功事例に続き、半導体材料や医療機器のエコシステムで標準必須特許を獲得することが長期的な競争優位につながる。標準化には長期的な投資と人材が必要なため、大学や産学連携機関と共同でリソースを確保することが望ましい。

戦略的示唆

本研究から得られる経営・研究開発・事業化に関する示唆は以下の通りである。

  1. 知財ポートフォリオの可視化と戦略的投資:政府プログラムが求める「知財と収益の可視化」[26]を踏まえ、富士フイルムは特許・商標・意匠・ノウハウの価値を財務指標に結び付け、投資対効果(ROI)を継続的に測定する仕組みを構築すべきである。生成AIやデータベースを活用し、特許の価値やリスクをリアルタイムで可視化することで、適切な出願・維持・廃止の意思決定が可能になる。
  2. 標準化活動の拡大とSEP戦略:オープンクローズ戦略の成功例をさらに広げ、半導体材料や医療機器など将来性の高い分野で標準必須特許を取得することが競争力の源泉となる。国際会議への人材派遣や、国内外企業・大学との連携により標準化提案を主導し、ライセンス収入を確保する。
  3. AI時代に対応した知財人材の育成:高度な技術理解と法律知識を兼ね備えた人材が不足しているため、社内研修や外部教育、大学院への派遣、ジョブローテーションを通じて専門人材を育成する。AIやデジタルトランスフォーメーションに対応した実践的な知財教育が必要である。
  4. オープンイノベーションとエコシステム構築:スタートアップや大学との共同研究・共創を促進し、早期の技術発掘と事業化を実現する。知財部門は契約の透明化と公平性を確保し、共有成果の権利帰属や利益配分を明確にする。
  5. 地政学リスクへの対応:技術流出防止やサプライチェーン分断への備えとして、重要技術の保護措置を強化し、複数地域での研究拠点や生産拠点の確保を進める。国際政治経済リスクの高まりに応じて、国別の知財法制や輸出管理に関する情報を常時モニタリングする。
  6. 無形資産の統合的管理:知財だけでなくデータ資産、ブランド、人材、顧客関係など無形資産全体を統合的に管理する体制を整える。統合報告書やサステナビリティレポートで非財務資本の価値を定量的に開示し、投資家や社会からの信頼を高める。
  7. 社会課題への貢献とリスクコミュニケーション:富士フイルムの技術が健康・環境・生活の領域で社会課題解決に寄与することを積極的に発信する。生成AIやデータ利用に伴う倫理的課題やプライバシー保護についても透明性の高い情報開示とステークホルダー対話を行い、社会的信頼を確保する。

総括

富士フイルムの知財戦略は、写真フィルム時代に培った技術と知的資本を多角的に活用し、新しい成長分野への事業転換を成功させてきた点で高く評価できる。知財部門が社長直轄のもとに設置され、技術・法務・標準化・企画が有機的に連携し、研究・デザイン部門と共創する体制は他社にない強みである[2]IPランドスケープ分析や国際標準化活動を積極的に推進し、ポートフォリオの質を高める取り組みも成果を上げている。

一方で、多角化の広がりや技術革新のスピードに伴い、リソース配分や人材育成、標準必須特許の獲得などに課題がある。キヤノンやオリンパスのように大量出願やポートフォリオの質的向上に特化した戦略と比較すると、富士フイルムは資源を幅広い分野に投資しているため、戦略の優先順位付けが必要である。また生成AIや量子技術が進展する中、知財制度や倫理的問題への対応策を強化しなければならない。

総合的に見ると、富士フイルムの知財戦略は研究開発投資と知的資本の一体管理により企業価値の向上を実現しているが、さらなる高度化とグローバル連携が求められる。戦略的な標準化活動、AI時代に適した人材育成、無形資産の可視化と投資管理、地政学リスクへの備えなどを進めることで、富士フイルムは今後も世界的なイノベーション競争の中で持続的成長を達成できると推察される。

参考資料リスト

  1. 富士フイルムホールディングス「2025年版統合報告書(日本語版)」「非財務資本報告」(研究開発と知財戦略に関する記述)[1][2][3][6][7][4][5]など。
  2. 富士フイルムホールディングス「非財務資本が支える価値創造(FH_2024_006E)」の知財戦略セクション[27][18][17][19]など。
  3. 日本政府「知的財産戦略推進プログラム2024[14][16]および2025年プログラム概要[15]
  4. アジアIP NewsJapan unveils 2025 IP strategy to climb global innovation rankings[15]
  5. The Japan TimesGovernment adopts new intellectual property program to enhance competitiveness[28]
  6. キヤノン「統合報告書2024」および公式IP戦略ページ[9][29][10][23]
  7. オリンパス「Integrated Report 2024[11][12]
  8. ブリヂストン「統合報告書2024[13]
  9. 浅井インテック「統合報告書2024[30][24]
  10. IPO/Harrity Analytics2024年米国特許授与件数ランキング」[8]
  11. 二次情報記事「富士フイルムの成長戦略における知的財産部門の貢献」[20][21][22]

[1] [2] [3] [6] [7] fh_2024_allj_a4.pdf

https://ir.fujifilm.com/ja/investors/ir-materials/integrated-report/main/00/teaserItems1/01/linkList/0/link/fh_2024_allj_a4.pdf

[4] [5] fh_2023_allj_a4.pdf

https://ir.fujifilm.com/ja/investors/ir-materials/integrated-report/main/019/teaserItems1/02/linkList/0/link/fh_2023_allj_a4.pdf

[8] PowerPoint Presentation

https://ipo.org/wp-content/uploads/2025/01/2024-Top-300-Patent-Owners-List.pdf

[9] [29] canon-annual-report-2024-01

https://global.canon/en/ir/annual/canon-annual-report-2024.pdf

[10] [23] Canon Intellectual Property | Intellectual Property | Canon Global

https://global.canon/en/intellectual-property/about/

[11] [12] integrated_report_2024e_20.pdf

https://www.olympus-global.com/ir/data/integratedreport/pdf/integrated_report_2024e_20.pdf

[13] ir2024_42-43.pdf

https://www.bridgestone.com/ir/library/integrated_report/pdf/2024/ir2024_42-43.pdf

[14] [16] [25] [26] siryou2_e.pdf

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/chitekizaisan2024/pdf/siryou2_e.pdf

[15] Japan unveils 2025 IP strategy to climb global innovation rankings | Asia IP

https://asiaiplaw.com/article/japan-unveils-2025-ip-strategy-to-climb-global-innovation-rankings

[17] [18] [19] [27] fh_2024_006e.pdf

https://ir.fujifilm.com/en/investors/ir-materials/integrated-report/main/0113/teaserItems1/019/linkList/0/link/fh_2024_006e.pdf

[20] [21] [22] 0d8ddb2ab4b8ebf1c997.pdf

https://yorozuipsc.com/uploads/1/3/2/5/132566344/0d8ddb2ab4b8ebf1c997.pdf

[24] [30] Asahi%20Intecc%20Group%20Integrated%20Report%202024%20%E3%80%90English%20Version%E3%80%91.pdf

https://www.asahi-intecc.co.jp/sites/default/files/2025-01/Asahi%20Intecc%20Group%20Integrated%20Report%202024%20%E3%80%90English%20Version%E3%80%91.pdf

[28]  Government adopts new intellectual property program to enhance competitiveness - The Japan Times

https://www.japantimes.co.jp/news/2025/06/04/japan/japan-intellectual-property-promotion/

 

PDF版のダウンロード

本レポートのPDF版をご用意しています。印刷や保存にご活用ください。

【本レポートについて】

本レポートは、公開情報をAI技術を活用して体系的に分析したものです。

情報の性質

  • 公開特許情報、企業発表等の公開データに基づく分析です
  • 2025年10月時点の情報に基づきます
  • 企業の非公開戦略や内部情報は含まれません
  • 分析の正確性を期していますが、完全性は保証いたしかねます

ご利用にあたって
本レポートは知財動向把握の参考資料としてご活用ください。 重要なビジネス判断の際は、最新の一次情報の確認および専門家へのご相談を推奨します。

→詳細なご相談はこちら

企業内発明塾バナー

最新レポート

5秒で登録完了!無料メール講座

ここでしか読めない発明塾のノウハウの一部や最新情報を、無料で週2〜3回配信しております。

・あの会社はどうして不況にも強いのか?
・今、注目すべき狙い目の技術情報
・アイデア・発明を、「スジの良い」企画に仕上げる方法
・急成長企業のビジネスモデルと知財戦略

無料購読へ
© TechnoProducer Corporation All right reserved